あー、くそ、わけわかんねぇ。
マスクの下で、ウチは盛大に舌を打った。
どこを見渡しても、右も左も女、女、女。綺麗に舗装された道路も、天を突くような高層ビルも、一見すればどこかの発展した大都市そのものだ。だが、行き交う人間のすべてが女で、しかも外に出る方法を誰も知らないなんて、どう考えても頭が狂ってる。
「おい、ちょっとお前。ここから出る方法を――」
「ひっ……!? ご、ごめんなさいっ!」
フードを深く被り直したアタシが声をかけた瞬間、すれ違いざまの女は悲鳴を上げて逃げ出していった。
……チッ、これだから人は嫌いだ。ちょっと目つきが鋭くてマスクをしてるからって、化け物でも見るような目で見てきやがって。これじゃまともに情報収集もできねぇ。
いっそ、あのバカでかい大聖堂にでも殴り込んでやろうか。そんな物騒な思考が頭をよぎった、その時だった。
「……あ、あのっ、アリサちゃん?」
後ろから聞こえてきた、聞き覚えのある頼りない声。
振り返ると、そこにいたのは修道女のような格好をした、あの臆病者の少女だった。
「メルル……? お前、なんでここに」
そこに立っていたのは、確かに氷上メルルだった。
だが――ウチは本能的に、目の前の少女に奇妙な【違和感】を覚えた。
(……なんだ? こいつ……)
いつもなら、ウチと目が合っただけで涙目になってガタガタ震え出すはずの奴だ。なのに、今のメルルはどこか平然としている。
それだけじゃない。前髪の隙間から覗くその瞳は、確か灰色だったはずなのに……今は黒になっている。
「えへへ、アリサちゃんが一人で外に出ていくのが見えたので、心配で追いかけてきちゃいました。……あ、いえっ! 険悪な雰囲気に耐えられなくて、お散歩に出ただけ、なんですけど……っ」
慌てていつものオドオドした態度を取り繕うように、メルルは身振りを手振りを交えて弁明する。
だが、隠しきれていない。声のトーンがいつもより高くて、喋り方も妙にはきはきしている。怯えているフリの奥から、どうしようもなく【明るいお調子者】のような地が滲み出ていた。
「お前……なんかいつもと違くねぇか? 目の色が――」
「あはは! 目の色ですか? これは、その……お外の光が眩しすぎるから、そう見えるだけですよぅ! それより、アリサちゃん。困っているみたいですね?」
メルルはアタシの追及を強引に笑い飛ばすと、そそくさとアタシの前に躍り出た。
「道行く人に怯えられちゃって、お話が聞けないんですよね? でしたら、私にお任せください! 私が代わりに、この街の人たちに話しかけてあげます!」
「はあ!? ふざけんな、お前みたいなトロくさいのに何ができるってんだよ。足手まといだ、すっこんでろ!」
「むー! トロくさくなんてありません! それに、アリサちゃんがそんな怖い顔をしてマスクで睨みつけるから、みんな逃げちゃうんですよ? 郷に入っては郷に従え、です。ここは大人しく、可憐で無害な私を頼るべきだと思いまーす!」
(なんだこいつ……本当にメルルか……?)
言い返すウチの言葉を、メルルは臆するどころか、どこか楽しげにいなしてくる。普段のメルルなら、ウチが怒鳴った時点で泣いて怯えだすなのに。
だが、今はそんな違和感に構っている場合じゃなかった。この街の情報を集めるのが先決だ。
アタシは忌々しげに髪をかきむしると、ふいっと顔を背けた。
「……チッ。好きにしろ。ただし、妙な真似したらただじゃおかねぇからな」
「はーい! ありがとうございます、アリサちゃん!」
メルルは嬉しそうに微笑むと、さっそく近くを歩いていた住人の女性にトコトコと近づいていった。
「あの、すみません。少しお伺いしたいことがあるのですが……」
先ほどまでのハキハキした様子はどこへやら、メルルは一瞬で世間知らずで困り果てた可憐な少女の顔を作り上げ、おろおろとした態度で女性に話しかける。その演技力の高さに、後ろで見守るウチは呆れるしかなかった。
メルルが聞き出してくれた内容は、この街の異常さを裏付けるものばかりだった。
やはりこの街には男が一人もいないこと。外の世界へ繋がる道など誰も知らないこと。そして、都市を統治する聖女教の絶対的な権力。
(※これらは、別の場所でエマや二階堂ヒロたちが掴んだ情報と、ほぼ完全に一致するものだった)
しかし、メルルが最後に引き出した老女の話だけは、他とは違う毛色の内容だった。
「……ヘクセンハウス、ですか? ああ、あの妙に古い建物ね。あそこには近づかない方がいいわよ。……もう随分と昔のことだけど、あそこでは【凄惨な事件】が起きたっていう噂だから。聖女教の人たちも、あそこだけは滅多に近づかないのよ」
「事件……?」
ウチは思わず声を漏らしそうになり、慌てて口を噤んだ。
老女はそれ以上は何も知らない様子で、メルルにお礼を言われると足早に去っていった。
近代的なビル群の中で、ぽつんと浮いている古い寮、ヘクセンハウス。あそこで昔、事件があった。
その情報は、これからのアタシたちの運命を左右する、決定的ななにかに思えた。
「――ふぅ。こんなところですかね、アリサちゃん!」
老女が見えなくなると、メルルははきはきとした調子でウチを振り返った。やはり違和感がある。
コイツの正体が何なのか、ウチには分からない。
けれど、コイツのおかげで、ただ突っ立っているだけじゃ絶対に手に入らなかった情報が手に入ったのも、また事実だった。
ウチはふいっと視線を斜め下に落とし、気まずさを隠すように、ボソリと呟いた。
「……おい」
「はい?」
「……助かった。ありがとな」
「え……?」
メルルは一瞬、本当に意表を突かれたように、その目を丸くした。
けれど、すぐにクスリと悪戯っぽく笑みを深める。
「どういたしまして、アリサちゃん。……やっぱりアリサちゃんは、思ったよりずっと優しい子なんですね」
「うるせぇ! 余計なこと言ってんじゃねぇよ!」
ウチはカッと顔が熱くなるのを感じ、それをごまかすように、大股で歩き出した。
「おい、帰るぞ。これ以上ここにいても不審がられるだけだ」
「あはは、待ってくださいよー!」
背後からついてくるメルルの足音を聞きながら、ウチはヘクセンハウスへの帰路を急いだ。
あの古い建物に隠された過去、そして隣を歩く少女の奇妙な変貌。
アビゲイルの冷たい風が、ウチのフードを小さく揺らしていた。
「……ねえ、ヒロちゃん。リンネちゃん、お昼の12時にはご飯があるから帰ってきていいよって言ってたよね?」
「ああ、確かにそう言っていたな」
「今、何時だと思う?」
「時計を見る限り、19時を少し回ったところだ」
ボク――桜羽エマは、ヘクセンハウスの広々としたリビングのソファに深く腰掛けながら、盛大にため息をついた。
予定されていたお昼の時間なんて、とっくの昔に通り過ぎている。窓の外はすっかり帳が下りて、不気味なほど綺麗な都市アビゲイルの夜景が広がっていた。
まぁ実のところ、ボクとヒロちゃんがこの寮に帰ってきたのは、実は12時ではなく16時だったんだけどね。みんなリンネちゃんの言うことには従わないってことかな。
聖女教の大聖堂で、あの最高権力者だという教皇・春日井ジウ――さんからいくつかの話を聞き終えた後、ボクたちは情報収集も兼ねて街をぶらぶらと歩き回ったんだ。
……まあ、情報収集と言いつつ、ボクが街のあちこちにある美味しそうな匂いに釣られて、色んなお店の食べ歩きにヒロちゃんを付き合わせちゃっただけなんだけど。
「君の胃袋のブラックホールっぷりには毎度驚かされるよ、エマ。だが、おかげで良い土産は買えたな」
ヒロちゃんが視線を向けた長テーブルの上には、ボクが「みんなで食べよう!」と意気込んで買い込んできた、街で評判のお菓子や軽食の袋が山ほど積み上げられている。
一番乗りで帰宅したボクたちは、それからアリサちゃんとメルルちゃんが帰ってきた後、他のメンバーが帰ってくるのを今か今かと待ちわびていたわけだけど……。
「ただいま戻りましたわー! もう、本当に大変でしたのよ!?」
「いやー、アビゲイル、広くて楽しかったですねー!」
ガチャ!、と騒がしく玄関のドアが開いて飛び込んできたのは、ハンナちゃんとシェリーちゃんのコンビだった。
二人は公園で出会ったという寿リアンという案内役の女の子と色々な話をしながら街を巡っていたらしく、すっかり仲良くなったのだという。
「リアンさん、最後に『シェリーともっとお話がしたいなぁ!』って、もの凄い熱量で迫ってきたんですけど……上司の方への報告があるとかで、嵐みたいに去っていってしまわれて」
「そうなんですよ! あ、連絡先聞き忘れた!って気づいた時にはもう遅くて。夜も遅くなっちゃったし、とりあえず帰ってきました!」
ガハハと笑うシェリーの横で、ハンナちゃんはぐったりと肩を落としている。連絡先を書き忘れたのは痛いけれど、無事で何よりだ。
そんな二人と入れ替わるようにして、次にリビングに現れたのは、アンアンちゃん、ノアちゃん、ミリアちゃんの3人組だった。
「……うぅ、おじさんの足が棒のようだわ……」
「ミリア、お疲れ様。……ノア、アンアン、起きるんだ」
ミリアちゃんが完全に魂の抜けたような顔でリビングの床にへたり込む。
どうやら、探索の途中で歩き疲れたアンアンちゃんとノアちゃんが、近くの公園のベンチで揃って爆睡してしまったらしい。二人をおぶって連れ帰るのに、相当な時間がかかってしまったようだ。当の二人は、まだ眠そうに目をこすっている。
「ただいま……。すまない、遅くなった……」
続いてドアを開けたレイアちゃんは、いつもの凛とした役者オーラがどこへやら、前髪を完全に乱して疲労困憊といった様子だった。
聞けば、子役時代の師匠の泥セイヤっていう人の雑貨店を、半日以上もかけて血眼で探し回っていたらしい。その執念は凄いけれど、さすがに体力の限界のようだ。
「よぉ、随分と遅かったな」
「お疲れ様です!」
階段の方から、すうっと降りてきたのは、アリサちゃんとメルルちゃんだった。
二人はかなり早い段階で街の探索を切り上げていたらしく、ずっとこのヘクセンハウスの内部を独自に調査していた。あれ?メルルちゃんの瞳ってあんな色だっけ?
「おい、ちょっと聞いてくれよ! あてぃしの配信、さっき同時視聴者が116人までいったんだぞ! これは大物配信者への第一歩じゃね!?」
さらに、自分の部屋からパソコンを抱えたココちゃんが、テンション高々にドタドタと階段を駆け下りてくる。
ココちゃんが言うには宇都宮ヤチヨっていう人にリアルエンカウントされて配信を邪魔されたけど、めげずに部屋にこもってずっとライブ配信を続けていたらしい。リスナーが100〜116人でも大喜びしているあたり、彼女のメンタルは本当にタフだと思う。どうせ初動だけだと思うよ
「……戻ったわ。みんな、揃っているようね」
最後に静かにリビングへ入ってきたのは、マーゴちゃんとナノカちゃんだった。
二人は白藤ハツネっていう人との衝撃的な遭遇の後、街に蔓延する記憶の消失という不気味な病理と、白藤ハツネについて、粘り強く夜まで調査を続けていたらしい。二人の表情は一様に暗く、あんまり成果は芳しくなさそうだ。
こうして。
紆余曲折、ドタバタ、それぞれの思惑を孕みながら――19時を回って、ようやくこのヘクセンハウスに13人全員が集結した。
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長テーブルの周囲に、13個の椅子が満たされる。
夕ご飯を食べた後、ボクたちがお土産に買ってきたお菓子をつまみながらも、全員の視線は、自然とテーブルの最上席へと向けられた。
そこには、昼間と全く変わらない澄ました顔で、温かいハーブティーを口に運んでいる黒眼鏡の少女――寮長の百合園リンネちゃんが座っている。
その背後には、相変わらず無口無表情の和風メイド、聖園マリカちゃんが微動だにせず控えていた。
リンネちゃんはカップを静かにソーサーへと戻すと、眼鏡の奥の瞳を妖しく光らせ、ボクたち全員を見渡した。
「やあ、魔法少女の皆さん。ずいぶんと遅いお帰りだね。……まあ、それぞれに【良い収穫】があったようで何よりだ」
その言葉を合図に、リビングの空気が一気に引き締まる。
それぞれが街で見て、聞いて、触れてきた、この異常な都市【アビゲイル】の謎。
ボクたちの、最初の情報共有会が、いよいよ始まろうとしていた。