「それじゃあまずはボクたちから」
ボクが長テーブルの上に置かれたクッキーをサクサクと咀嚼しながら、難しい表情をしている隣に座るヒロちゃんを短い手でパシパシと叩いた。
「……叩くな、エマ。皆が怪訝な顔をしているだろう。コホン。では、私とエマが聖女教の大聖堂で、【教皇】春日井ジウとの質疑応答によって得られた情報を共有させてもらう」
ヒロちゃんは手帳を開き、書き留めたメモを見つめながら、リビングに集まった面々へ向けて冷静に言葉を紡ぎ出した。
彼女が開示した、この都市とボクたちの行く末に関わる決定的な事実は、大きく分けて3つあった。
「まず1つ目だ。この都市【アビゲイル】は、綺麗な見た目とは裏腹に、【魔法】が発現した者――あるいはその可能性を秘めた【魔女候補】たちを集めて隔離している、いわば監獄都市だそうだ。ただし、一生閉じ込められるわけではない。一定の年数が経過しても魔法が現れなかった場合、彼女たちには3つの選択肢が与えられる。聖女教への入信、都市への完全移住、そして……一般世界への【解放】だ」
「へぇ……じゃあ、その魔法ってやつさえ使えなきゃ、お家に帰れるってコト?楽勝じゃん」
ココちゃんが頬杖をつきながら、つまらなそうに髪を指先で弄る。ヒロちゃんはそれに首を振って、2つ目の事実を告げた。
「そう簡単にはいかない。それが2つ目だ。街を統治している聖女教は、ただの宗教組織ではない。彼女たちの本質的な役目は、その危険な魔女の手から都市の一般人を守り、魔女候補たちを監視・捕縛することにある。つまり、私たちが一歩でも不穏な動きを見せれば、即座に敵と見なされるということだ、それに魔法の有無に関してもそういう【検査】があると聞く、あの門番のシスターたちの苛烈さもある、迂闊なことはできないな」
ヒリつくような緊張感が部屋を支配する、ヒロちゃんは一呼吸置き、最も重要な3つ目の本題へと移る。
「そして3つ目。これが、私たちヘクセンハウスに集められた13人に適用される特例だ。――教皇ジウは、私たちがこの街で起きる【ある事件】の解決に協力するならば、全員の解放を約束すると明言した」
「事件? それって、いくつあるの?」
ミリアちゃんが不安そうに尋ねる。ヒロちゃんは手帳の数字を指でトントンと叩いた。
「4つだ。この街で起きている、あるいはこれから起きるであろう4つの大事件。それらすべてを解決することが、私たちの釈放の条件らしい。だろう?リンネ」
「間違いないよ」
最上席のリンネちゃんが、眼鏡の奥の瞳を細めて不敵に微笑んだ。まるで最初からその答えを知っていたかのような、確信に満ちた口調だった。
「えー、マジかよ。4つもあんの!? 超めんどくせぇ……。あてぃしは配信だけして引きこもってたいんだけどなー」
ココちゃんが盛大に机に突っ伏し、だるそうに声をあげる。
「――望むところよ」
そんなココちゃんの愚痴を遮るように、冷徹な声が響いた。ナノカちゃんだった。彼女は自身の過去を奪った存在への憎悪を思い起こすように、拳をきつく握り締め、鋭い視線を虚空へと向けている。
「4つだろうが何だろうが、さっさと片付ける。その先にしか、私たちの本当の自由がないのならね」
ナノカちゃんの不退転の決意に、リビングがしんと静まり返る。そんな重苦しい空気を吹き飛ばすように、対面に座るシェリーちゃんが元気よく両手を挙げた。
「はーい! それじゃあ次は、私とハンナさんの番ですね!」
シェリーちゃんは身を乗り出し、満面の笑みで楽しそうに話し始める。
「私たちが街を探索していたら、本来は立ち入り禁止だった場所で、寿リアンさんという女の子に出会ったんです! そのリアンさんから、この街について色々と面白いお話を――」
「待ってくれ、シェリー」
楽しげな話を遮ったのは、ボクの隣のヒロちゃんだった。万年筆をピタリと止め、鋭い目をシェリーちゃんに向ける。
「話の腰を折ってすまない。だが、気になる点がある。そもそも、なぜその場所は【立ち入り禁止】になっていたんだ? 聖女教が何かを隠蔽している区域、あるいは危険な場所だったという可能性はないか? 私としては、そこが一番引っかかる」
「ええと……それはですね、ただの公園のメンテナンスのため、とリアンさんは仰っていました!」
シェリーちゃんはいつも通り明るくそう答えた。
けれど、ヒロちゃんはあからさまに疑わしそうな顔で「メンテナンス、ね……」と呟く。ただの公園掃除で立ち入り禁止にするだろうか――ヒロちゃんの言いたいことは、ボクにもよく分かった。
「…………」
ヒロちゃんに真っ向から疑念をぶつけられたシェリーちゃんは、一瞬だけ口を閉ざした。
その顔からいつもの快活な笑みがスッと消えて、何かを思い起こすような、どこか遠い目をする。彼女がその立ち入り禁止の場所で、単なる公園の掃除以上の【何か】を感じ取っていたんじゃないかって思えて、少し背中がゾクっとした。
だけど、その気まずい沈黙を破ったのは、彼女の隣に座るお嬢様だった。
「ヒロさん、そこに関しては事実ですわ」
すっと通るような上品な声で助け舟を出したのはハンナちゃんだった。彼女が毅然とした態度で言葉を続けたおかげで、ヒロちゃんの質問の矛先は自然とハンナちゃんの方へと移る。
「わたくしたちも最初は不審に思いましたけれど、リアンさんはご自身のことを、聖女教の環境整備部門の職員だと仰っていましたの。お名刺のようなものも見せていただきましたし、嘘をついているようには見えませんでしたわ。ですから……ヒロさんが警戒していらっしゃるような、わたくしたちを陥れようとする危険な人物というわけではありませんことよ」
さすがはハンナちゃん、ヒロちゃんをまっすぐ見据えて疑ぐり深い質問を綺麗にいなしてみせた。
でも、やっぱりあのリアンという子の強烈なキャラクターが頭をよぎったんだろうね。
「……まぁ、少々……おかしな方ではありましたけれど……」
最後だけ、ハンナちゃんは小さくため息をつきながら、誰にも聞こえないような小声でポツリと本音を漏らすのを、ボクは見逃さなかった。
ヒロちゃんも、これ以上の追及は無意味と判断したんだろう。手帳をペン先でトントンと叩き、小さく頷いた。
「……ふむ。分かった。立ち入り禁止の理由については、一旦これ以上は追及しないでおこう。シェリー、話の途中だったね。先ほどの続きを聞かせてほしい」
「ええと、はい!」
シェリーちゃんはコクリと一拍置いて頷くと、表情をいつもの明るいものに戻して、リアンちゃんから聞いたという話を語り始めた。
「この都市アビゲイルは、ヒロさんが言った通り、確かに魔女を閉じ込めるための監獄なんです。ですが、教皇のジウさんは、ここをただの監獄じゃなくて【魔女の楽園】にしたいって考えていらっしゃるみたいなんです!」
「楽園、ねぇ……」
ヒロちゃんが冷ややかに呟くけれど、シェリーちゃんは気にせず続ける。
「なんでも、この都市の存在を政府は黙認しているらしくて、実際、都市のインフラや福祉なんかは政府の強力な力添えがあって成り立っているそうなんです。だから、表向きは隔離施設でも、中身は普通の、それ以上に暮らしやすい都市として機能しているみたいですよ」
「へぇ、政府公認の隔離都市ってわけか。それにしても、街に女の人しかいないのはどうしてなの? ボク、歩いててすっごく不思議だったんだけど……」
ボクが素朴な疑問を口にすると、シェリーちゃんは「あ、それも聞きました!」と指を立てた。
「別にこの街の住人が全員そういう趣味というわけではなくて……。実は、ここに集められる魔女候補の女の子たちには、男性関連での重いトラウマや、過去に心に酷い傷を負わされた経験を持つ子が多いからなんだそうです。余計なストレスを与えないための、教皇様なりの配慮なんだとか」
「なるほど、それは一理あるな」
ヒロちゃんが納得したようにメモを走らせる。
ボクは、大聖堂の豪華な部屋で出会った、あの小さな女の子――教皇ジウちゃんの姿を思い返していた。
「……でも、すごいよね。ジウちゃん、ボクたちよりずっと小さくて幼く見えたのに、そんな大きなことを考えて、この広い街を動かしてるんだもん」
ボクがしみじみと感心していると、テーブルの最上席から、くすりと小さく笑う声が聞こえた。
ハーブティーのカップをソーサーに戻したリンネちゃんが、眼鏡の奥の目を悪戯っぽく細めて、ポロっと言葉をこぼした。
「ふふ、感心するところはそこじゃないよ、桜羽エマさん。――彼女、見た目よりかなり年いってるからね」
「えっ!?」
ボクは思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。
見た目はどう見てもボクたちより年下、なんなら小学生くらいに見えるあの子が、まさか、大人の女性だっていうの!?
その言葉に、ヒロちゃんの目の色が変わった。
手に持っていた万年筆を置き、リンネちゃんを射貫くような鋭い視線で見つめる。
「百合園リンネ……。ジウは、いったい何者なんだ? 見た目と実年齢がそんなにも乖離しているというなら、彼女自身も普通の人間ではないのだろう?」
じりじりとリビングの温度が下がるような、ヒロちゃんの迫真の問いかけ。
けれど、リンネちゃんは全く動じる様子もなく、いつもの澄ました顔で肩をすくめてみせた。
「さぁ? 私はただの貧乏寮長だからね。そこまで詳しいプライベートは知らないよ。ただのアンチエイジングの天才かもしれないし……ね?」
そう言って、リンネちゃんはマリカちゃんに目配せをして、はぐらかすように新しいお茶を淹れさせるのだった。