リンネちゃんに煙に巻かれ、ヒロちゃんが不満げに眉をひそめていると、テーブルの少し離れた席からバサバサと勢いよく紙をめくる音が響いた。
アンアンちゃんが、スケッチブックをボクたちに向けて力強く掲げている。そこには太いマジックで、こう書かれていた。
『次はわがはいたちだな』
「あはは……。じゃあ、私から説明するね」
アンアンちゃんの横で、ミリアちゃんが苦笑いしながら手を挙げた。その隣では、ノアちゃんがこっくりこっくりと船を漕ぎかけている。
「私たちは、ほとんどの時間をピグマリオンっていうドールショップで過ごしちゃったんだけど……一応、街の気になる情報は掴んできたよ。――最近、魔法を失ってしまったらしい人たちがいるみたいなの」
「魔法を、失う?」
ヒロちゃんが万年筆を握り直し、身を乗り出す。
「うん。単なる噂じゃなくて、聖女教の検査でも本当に魔法の力が綺麗に消えちゃってることが確認されたんだって。人数は今のところ、4人から6人程度。ただの一般市民じゃなくて、魔女候補の女の子たちらしいんだけど……原因はまったく分かってないみたい」
そんな重苦しい空気の中、アンアンちゃんと、いつの間にか目を覚ましたノアちゃんが、なぜか胸を張ってフンスと誇らしげにドヤ顔をきめている。
そんな二人を、ヒロちゃんがジト目でじっと見つめた。
「……一応確認だが。君たち二人は、情報収集をすべてミリアに任せきりにして、自分たちは遊んでいた、あるいは寝ていただけなんじゃないか?」
痛いところを突かれたアンアンちゃんは、一瞬でドヤ顔を引っ込めると、無表情のままスケッチブックのページをめくった。
『ノーコメント』
ノアちゃんに至っては、すっとヒロちゃんから視線を逸らして窓の外を眺め始めている。
「あはは……まあ、楽しかったからいいんだけどね」
ミリアちゃんの肯定するような力ない笑い声が、何よりの証拠だった。やっぱり、この二人はただ付いていっただけだったみたいだ。
「よし! それなら次は私だね!」
今度は、レイアちゃんがバッと大袈裟なジェスチャーと共に立ち上がった。演劇の主役さながらに片手を胸に当て、通る声で高らかに宣言する。
「このレイアが、街の闇を暴くために奔走した成果を発表しよう! ――と言いたいところなんだけど……ごめん。実は、半日以上を師匠の雑貨店探しに費やしちゃって、まともな調査はほとんどできていないんだよね!」
テヘッと可愛らしくウインクをして見せるレイアちゃん。
あまりに堂々としたサボり宣言に、リビングの全員がずっこけそうになった。ヒロちゃんは盛大にため息をつき、こめかみを押さえる。
「……はぁ。なるほど、君もか。分かった、レイア。では次の人――」
「待って待って! 待ってくれヒロ! 一応、これでも耳寄りな噂話は拾ってきたんだ!」
次のグループに話を回そうとするヒロちゃんを、レイアちゃんが慌てて身を乗り出して引き留める。
「なんでもね、このアビゲイルの街には、数十年前から謎の小さなモノがうろうろと歩き回っているっていう奇妙な噂が流れているらしいんだ。小さくて、すばしっこくて、正体は誰も知らない。どうだい? 何か事件の匂いがしないかい!?」
「不採用だ」
ヒロちゃんは手帳から顔すら上げず、冷酷なまでにピシャリと言い放った。
「私たちはこの都市がどういう場所なのかをを共有しに来たんだ。数十年前からの出所も定かではない都市伝説を、いちいち精査している時間はない。――次」
「そんなぁー! 冷たすぎるよヒロくぅんーっ!」
まるで悲劇のヒロインのように大袈裟にのけ反り、ソファに倒れ込むレイアちゃん。
ボクはクッキーをかじりながら、そんな騒がしいやり取りを眺めていた。
「――次は私ね」
騒がしいレイアちゃんをスルーして、今度はマーゴちゃんの隣に座るナノカちゃんが静かに声をあげた。その表情はいつになく真剣だ。
「私とマーゴは、街の裏通りを中心に調査をしていた。そこで、社会に馴染めずに浮いている魔女候補たちを何人か見かけたの。驚いたのは、彼女たちの中にも、私たちと全く同じように大切な誰かの記憶が不自然に抜け落ちているという、記憶の欠落を持った子が複数いたこと」
「私たちと同じ、記憶喪失……? 街全体がそんな状態なのか?」
ヒロちゃんがペンを走らせる手が、一気に速くなる。ナノカちゃんは小さく頷き、さらに言葉を続けた。
「それだけじゃない。一番の収穫は、私の名前を迷いなく呼んだ白藤ハツネという白髪の少女に出会ったこと。彼女は私に対して明確な、剥き出しの憎悪を向けてきた。だけど、私には彼女の記憶が本当に何もないの。……それに彼女は、人間では到底あり得ないほどの圧倒的な跳躍力で、十数メートルもあるビルの壁を飛び越えて、夜の闇に消えていったわ」
「人間離れした身体能力……ハツネ、か」
ヒロちゃんは手帳にその名を大きく書き留めると、難しい顔で頷いた。
「その白藤ハツネという少女については、最優先で調べる必要がありそうだな。彼女が私たちの消された過去や、この街の正体を知っている可能性は極めて高い」
一通りナノカちゃんの報告を整理し終えたヒロちゃんは、ボクにしか聞こえないような囁くような声で呟く。
「完全に新しい情報だな」
(……!)
ボクは小さくコクリと頷きながら、その意図を察した。
ハツネちゃんという白髪の少女の存在。そして、ナノカちゃんの記憶を消した黒幕の影。
まだまだ分からないことだらけだね
ヒロちゃんはハツネちゃんの名前を丁寧に手帳に書き留めると、万年筆のペン先を今度は、隣で退屈そうに自分のスマホをいじっていたココちゃんへと向けた。
「次はココ。君の番だ」
「えー? あてぃしはパスでいいよー。めんどくさいしー」
ココちゃんは頬杖をついたまま、けだるそうにひらひらと手を振る。いかにもやる気のなさそうなその態度に、ヒロちゃんは少しだけ眉間のシワを深くした。
「パス、とはどういうことだ。これからの生存に関わる重要な共有会なんだぞ。些細なことでもいい、本当に何もなかったのか?」
「いや、マジで別に何もないって。あてぃしは自分の部屋で配信してただけだし。あ、でも、なんかあてぃしの配信の超熱狂的な全肯定リスナーで、聖女教の司教をやってるっていうヤチヨってヤバい奴が部屋に
「……は?」
ヒロちゃんの手がピタリと止まった。
それどころか、隣にいるボクも、お菓子を口に運ぼうとした手を空中で静止させてしまった。
「司教……? 聖女教の高位役職者が、直接現れたというのか!?」
「いや、めちゃくちゃ重要な情報だろう!」と、普段は冷静なヒロちゃんが珍しく声を荒らげる。
けれど、ココちゃんは「えー、そう?」と全くピンときていない様子で首を傾げた。
「でも、あてぃしのリアルな姿を見て尊死しかけてただけだし……。最後に外は危険だから気をつけてねみたいなこと言われたくらいで、別にそれだけよぉ。ふわぁ……」
ココちゃんはそのまま、退屈そうに大きめのあくびを噛み殺した。
聖女教の司教と直接接触したというのに、その緊張感のなさはある意味大物すぎる。ヒロちゃんは呆れたように「……後で詳しく聞かせてもらうからな」とだけ書き留め、最後に残ったペアへと視線を向けた。
「――最後は、ウチたちの番だな」
マスクの位置を少し気まずそうに直しながら、紫藤アリサちゃんが少し低い声で話し出した。
「とはいえ、ウチらが街で手に入れた基本情報は、さっきヒロたちが言ったことと大体同じだ。街には女しかいないこと、聖女教がこの街を管理してるってことくらい。……正直、街の連中はマスク姿のウチを見てビビって逃げるばかりだったからな。ウチはあんまり役に立てなかった。メルルに情報を集めてもらうばかりでよ……」
アリサちゃんは少し自嘲気味に視線を落とした。自分のせいで調査が滞ったのではないか、と責任を感じているみたいだ。
「そんなことありません!」
その時、アリサちゃんの隣に座る氷上メルルちゃんが、いつになく強い口調で身を乗り出した。いつもの怯えるような様子はなく、アリサちゃんを真っ直ぐに見つめている。
「アリサちゃん、ちゃんと私の後ろで周囲を警戒して、ずっと守るようにしてくれていました! アリサちゃんが一緒にいてくれたから、私は安心して街の人に話しかけられたんです!」
「メルル……」
「そうだ」と、ヒロちゃんも手帳から顔を上げて穏やかな声で同意した。
「不慣れな環境で、お互いを補い合って行動できたのなら、それは立派な成果だ。この状況で自分のできることを探して、こうして無事に戻ってきてくれただけでもありがたい。気にする必要はないよ、アリサ」
「……っ。あ、あぁ……ありがとな、二人とも」
アリサちゃんは耳まで少し赤くしながら、ぶっきらぼうに、けれど嬉しそうに感謝を述べた。
そして、コホンと一つ咳払いをすると、今度はきりっとした真面目な表情を作って本題を切り出した。
「それでな、ヘクセンハウスのことを調べてる時に……昔、この寮で起きたっていう不穏な噂を小耳に挟んだんだ」
「昔の事件?」
ボクが問いかけると、アリサちゃんは重々しく頷いた。
「そうだ。このヘクセンハウスでは、昔、とんでもねえ凄惨な事件があったらしい。噂によると……それは、ウチたちのような【13人の少女が、殺し合いをした事件】だそうだ」
「っ……!」
その言葉がリビングに響いた瞬間、部屋の空気が凍りついたように冷たくなった。
13人の少女。殺し合い。
不気味なほどに、今このリビングに集まっているボクたちの人数と一致している。これは単なる偶然なのか、それとも、ボクたちがここに集められたこと自体に、その過去の事件が関係しているのだろうか。
ヒロちゃんはペンを握る指先に力を込め、すぐにテーブルの最上席へと鋭い視線を向けた。
「リンネ。君はこの寮の寮長だ。……今の事件について、何か知っていることがあるんじゃないか?」
全員の視線が、リンネちゃんへと集中する。
リンネちゃんは、いつもと全く変わらない澄ました様子で、ハーブティーのカップを指先でトントンと叩いていた。そして、眼鏡の奥の瞳を妖しく細めると、実にあっさりと、歌うような口調で答えた。
「あぁ……あったね、そんなことも」
「それだけか? 詳細を話してはくれないのか」
「さぁ? 大昔のただの噂話だよ。死人に口なし、ってね」
リンネちゃんはそれだけ告げると、ふいっと口を閉じてしまった。これ以上は何も話すつもりはない、という明確な意思表示だった。その底知れない態度が、かえってリビングの不安と不気味さを増幅させていく。
ヒロちゃんはしばらくリンネちゃんを睨みつけていたけれど、やがて小さくため息をつき、手帳をパタンと大きな音を立てて閉じた。
「……ヘクセンハウスの過去については、今ここで考えても推測の域を出ないな。これ以上の追及は、一旦置いておこう」
ヒロちゃんはリビングにいる全員を見渡した。
「これで全員の情報共有は終了だ。魔法の消失、白藤ハツネ、聖女教の司教、そしてこのヘクセンハウスの過去。色々と不可解な謎や不穏な事実が見えてきたが……まずは今日一日の疲れを癒やすのが先決だ。慣れない街で、皆よく動いてくれた」
ヒロちゃんは椅子から立ち上がり、全員に向けて告げた。
「――とりあえず、今日はこれで解散とする。各自部屋に戻り、ゆっくり休んでくれ」
その言葉に、リビングのあちこちから安堵のため息が漏れ出す。
こうして、ボクたちの長く、そしてこれから始まる激動の予感に満ちた【最初の夜】は、静かに更けていくのだった。