ARMORED CORE 6 緑の魔女はルビコンに羽ばたく   作:強化人間E4-514

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お久しぶりです。
なんか長くなっちゃった……
戦闘シーンはないですしだいたい私の好みが前面に出た回です。

次回はイグアス出るので早めに上げたいですね。
しばしお待ちを……


第10話 RUBICON SKY

 グリッド135の依頼以降、ずっと見ている夢。

 荒野に響く爆撃の音。

 水中のように曇って、鼓膜に張りつくような感覚と爆発の振動に吐き気がする。

 

『管制室、聞こえるか! 救援を頼む! 

 あの大仏モドキめ、一瞬でMT部隊を……うわぁッ!!』

 

 隣にいた白い四脚ACへと降り注いだミサイルが彼を消し飛ばす。

 爆発で飛んできた白い腕の一部が、グリーンウィッチの脚部にぶつかって地に落ちる。

 

『クソ……若造が、俺より先に死ぬとはな……

 舐めるなよ管理者!』

 

 グリーンウィッチの横を、アンテナのような頭の赤い逆関節ACがオーバードブーストで通り抜け、破壊の限りを尽くす巨大な白い機体へ無謀にも突っ込んでいく。

 

 彼には優しくしてもらったな、とか、大仕事の後に奢ってもらったお酒が美味しかったとか、場にそぐわない考えばかり浮かんでしまう。

 

 苛烈な戦場にいるのにそんなことを考えてしまう私は、とうに生き残るのを諦めてしまったのだろうか。

 

 どう足掻いたって勝てそうにない巨大兵器を前にして、私は操縦桿を離した。

 

 戦闘が始まって30分と経っていないのに、この戦場の地面には夥しい数のAC(レイヴン)の死体が転がっていた。

 

 四肢が消し飛んだ者やコアに風穴を開けられた者、両膝をついて、跡形もなく吹き飛ばされた上半身との接続部から火を噴いている者。

 

 遅かれ早かれあの赤い逆関節ACも、私も、この一部になる。

 死にたくないという気持ちすら消えうせ、目を閉じたその時──────

 

『ACフリューゲル、作戦領域に到着! 

 ゲドのおっさん! ビルバオ! 待たせたな!』

 

『ACエスペランザ、同じく到着しました!』

 

 空を見上げる。

 灰が淀む人工の空に、蒼い閃光が見えた。

 

 全身をクレスト系で固め、マシンガンを握る紺色の二脚AC〝フリューゲル〟と、それに追従する、赤と黄色が眩しい二脚のAC〝エスペランザ〟

 

 陽射しを背に受け舞い降りた二機はブレードを装備した左手で、後方にいる私へと揃って器用にピースサインをして見せた。

 

 フリューゲルを駆る彼の声が、コックピットへと飛び込んでくる。

 

『よし、生きてるな。

 ……すまん、遅れた』

 

 彼の声色は余裕に満ちていた。

 この戦場において、自分だけは地に墜ちることはないという絶対の自信と、それに見合う実力に裏付けされた余裕である。

 

 エスペランザのパイロットが同じ通信回線に割り込んできた。

 

『ご無事ですか? 

 僕らも加勢します。倒しましょう、アイツを』

 

 素直そうな好青年の声。

 彼もまた、自分が地に落ちることなどありえないという自負に裏付けされた力強い声色であった。

 

『ゲドのおっさんとビルバオは後ろから撃っててくれ。

 俺とリンゴ君が前線だ』

 

 エスペランザが、マシンガンの先で隣に立つフリューゲルの肩をコツ、と小突いた。

 

『アップルボーイ、です!』

 

『いいじゃねーか、こっちの方が呼びやすいんだ。

 ……んで、周りの奴らも、俺の話は聞いたな? 

 同じレイヴンだ、助け合いでいこうぜ』

 

 彼の指示がオープン回線で周囲の部隊全体に伝わる。

 このレイヤードにおける最強の称号、アリーナNo.1の名声を持つ彼の到着が、疲弊し憔悴していた周囲のAC達を再び立ち上がらせた。

 

『運が回ってきたな! 頼んだぞ、レイヴン……!』

 

『味方なら心強い……! 

 やるぞ! あのクソッタレなバケモンに一泡吹かせてやろうぜ!』

 

『遅れた分の仕事はキッチリしてもらうわよ!』

 

『皆行くぞ! No.1とNo.2の道を作るんだ!』

 

 まだ生き残っていたAC達が一斉に銃を掲げて雄叫びを上げ、ENと実弾の嵐を巨大兵器へとぶつける。

 

 襲いかかるミサイルを撃ち落とし、赤い逆関節ACがフリューゲルの隣へと跳び下がってきた。

 

『来たか……チャンピオン。

 指示通り、俺は下がって援護しよう。

 アリーナNo.1のお手並み拝見とさせてもらおうか』

 

『嫌でも魅せてやるさ、おっさん。

 その代わりに後で奢れよな? 

 アンタのACも直せなくなるくらい飲んでやるから、覚悟しろよ』

 

『フッ、言うようになった』

 

 二人の短い軽口の応酬に巨大兵器のミサイルが割り込もうと飛来するが、それはエスペランザの放った銃弾に撃ち抜かれ、空中で爆ぜた。

 

 銃口から青白く上る煙が、エスペランザの発光するカメラアイの前に揺らぐ。

 

『まったく……野暮ですよ、管理者様』

 

 冷たく言い放つエスペランザのパイロット。

 この地下世界〝レイヤード〟の神の尖兵にも臆することの無い物言いが、彼が歴戦のレイヴンであることを物語っていた。

 

『あぶね~……

 サンキューな、リンゴくん。

 さて、そろそろアイツをぶちのめすか』

 

 エスペランザとフリューゲルが並び立ち、二機の赤く光るモノアイが白い巨大兵器を睨みつけた。

 2機は揃って背部のブースターを展開し、チャージを始める。

 

『終わらせるぞ、リンゴくん』

 

『だからアップルボーイですって! 意味は間違ってませんけどッ!』

 

 コントじみたやり取りをしながら、ジェネレーターの咆哮と共に2機は飛び立っていった。

 ブースターユニットから噴射される炎が空を埋めるような大きな蒼い翼を幻視させ、大型兵器の攻撃を身を翻して回避するたびに、それは力強くはためいている。

 

 No.1とNo.2、2羽の渡り鴉(レイヴン)が光の中へと突っ込んでいく。

 

 彼らの背中に、私はコックピットの中で手を伸ばした。

 私も彼らのように、自分の力だけで、飛んでいきたいと。

 そうありたいと。

 

 生きたいともがいている程度の私が願ってもそこに届くことは出来ないという、諦念を抱えながら。

 

 

 

 ──────────────────────

 

 瞼越しに強い光を感じて、ビルバオの意識は夢から現実へと引き戻された。

 消毒液の匂いが鼻腔を刺し、乾いた喉の張りつくような不快感を感じて、はっ、と息を吐く。

 

 目を開いて見えた光景は知らない天井、グリッド090の治療室とも違う。

 

 四角い蛍光灯がトラバーチン模様の天井で煌々と光を放ち、接触不良でも起こしているのか時折チカチカと点滅している。

 

 視線を少し下に向けると、所々が跳ねた黒い髪を後頭部で結い上げ、シンプルな橙色のシャツと黒いスパッツに身を包んだ女の子が、ベッドの隣で椅子に座って居眠りをしていた。

 621より1つ上、もしくは同じくらいか。

 

「……ここは……どこ……?」

 

 確か自分は解放戦線の依頼中に不明機体と戦って、それで───

 そこでやっと、自身の身体に走る痛みに気づいた。

 

 ACに乗っていたとはいえ数kmの高度から、その上自ら加速をつけて落下したのだ。

 無事であるわけがない。

 

「痛た……くぅ……」

 

 ビルバオは痛みに呻きつつ、身体をゆっくりと起こした。

 ベッドが軋む音が部屋に響く。

 居眠りをしていた少女はその音で目覚めたのか、寝ぼけ眼を擦りながらビルバオを見る。

 

「あ、起きてる」

 

 そう言うと彼女はポケットから通信機のようなものを取りだし、どこかに通話を繋いだ。

 

「んー……起きたみたい。

 わかってるよアーシル、ちゃんと見てたって。

 はぁ? さっきまで寝てた声だって? 

 ……何でわかんの? 

 とりあえず、六文銭に食事用意させといて。

 うちでちゃんとしたごはん作れるのアイツだけだし」

 

 アーシルという名前が出たということは、ここは解放戦線の施設だろうか。

 珍しい名前でもないため全く関係ない可能性もあるが……

 

「ん、了解。

 とりあえず帥叔にも伝えて。今いるんでしょ? 

 そういうことで、じゃあね」

 

 通話を切った彼女は通信機をポケットにしまうと、椅子からベッドへと移ってビルバオに近づき、目の前で手を振って見せた。

 

「見える?」

 

「……???? 

 はい……」

 

「ならよかった。

 うちの《STRlDER》を守ってくれてたんだよね、アンタ」

 

 ビルバオの中で全てが繋がった。

 状況からして、戦闘で気を失った自分は解放戦線に回収されて治療を受けたのだろう。

 

 

「あなたは……解放戦線の……?」

 

「そ。

 私、リトル・ツィイー。

 よろしく」

 

 ツィイーはベッドから降りてビルバオに手を差し伸べた。

 掴め、ということなのだろうか。

 

「えーと……ビルバオ、だっけ。

 立てる? 立てなかったら車椅子もあるけど」

 

「え、ぇえ……

 立てると思います……」

 

 とりあえず起きることにしたビルバオはブランケットを退けて身体を解放し、そこでやっと気づいた。

 

 今の彼女は灰色に緑の差し色が入ったパイロットスーツではなく、タイトなハイネックの黒いインナースーツに、色あせた藍色のジーンズを履いている。

 

 最新の記憶ではパイロットスーツの方を着ていたはずだが、服装が一致しない。

 

 ビルバオが少し困惑している姿を見て何となく察したツィイーは頭を掻きつつ、ベッドの下からプラスチックのカゴを取り出した。

 

 カゴの中には折りたたまれたビルバオのパイロットスーツが収められており、まばらに血の跡が残っている。

 

「治療してる間に洗おうかと思ったんだけど、他の奴らが洗濯機使っちゃっててね。

 もう空いたと思うから、このあと放り込んでくるよ。

 しばらくそれ着てて」

 

「あ、ありがとう、ございます……?」

 

 怪我人に着せる服装ではないのでは? という考えが少しよぎったが、ここは通常の医療機関ではないので、まぁそういうこともあると自分を納得させた。

 

 入院着なんて大層な物よりも、適当な服の方が数を揃えやすく対応もしやすいのだろう。

 

 未だによくわかっていないが、ひとまずツィイーの言う通りにしようと決めたビルバオはベッドの脇から足を出し、床に置かれている古びたスニーカーを履く。

 

 サイズもピッタリだ。

 余所者にここまで親切だと、裏があるのではないかと余計な勘繰りをしてしまう。

 

「動けそうだね。

 じゃあ行くよ、私が案内する」

 

 節々の痛みによろけたビルバオの手を掴んで起こし、こっち、と一言告げてツィイーは歩き出した。

 ビルバオはツィイーの後ろに続く。

 

 朝日の指す窓から、野ざらしのMTやACが見える。

 解放戦線のどこか重要そうな拠点らしいここは、グリッドに比べてもレトロというか、少し過去の時代の建築に近い。

 

 先程までいた無機質な医務室に比べて廊下は木造の壁や床が主になっており、ビルバオにとってその様子はさながら旧世紀の映像作品の世界である。

 

 幼い頃に両親と行ったテーマパーク以来だろうか。

 木材の独特な暖かさを感じる趣に、

 

 前を歩きながら、ツィイーは説明を始めた。

 

「……アンタのおかげで、《STRlDER》は無事にボナ・デア砂丘を越えられた。

 まぁ……バケモノどもがめちゃくちゃしてくれたお陰で、しばらく修理しなきゃだけど」

 

「……ごめんなさい、私が気を失ってなければ、防げた被害です」

 

「謝んないでよ。

 皆アンタに感謝してた、アレはうちの主戦力の一つだからね。

 それに相手が技研の遺産なら仕方ないって」

 

「技研の……遺産……? 

 あの不明機体のことでしょうか?」

 

「そ、アイビスの火を起こした悪い奴ら謹製のバケモノ。

 ルビコン調査技研って言ってね、まだルビコンにコーラルが沢山あった頃、そいつらはコーラルを使って色んなものを研究したり、兵器を作ったりしてた」

 

「ルビコン、調査技研……」

 

 ビルバオはゆっくりとその名を復唱する。

 コーラルを研究する組織、考えてみれば自然なことだ。

 

 コーラルというのはただ効率のいいエネルギー資源というだけではない。

 

 エネルギー資源であると同時に情報導体の特性も併せ持つコーラルは、人間の脳に流し込んで知覚を増幅したり、兵器の制御装置の一部に取り入れて性能を劇的に引き上げたりもできると、ウォルターは言っていた。

 

 なぜ彼がそれを知っているのかはともかく、そういうものがあるらしいとの知識だけはあった。

 

「アンタが昨日遭遇したのは、その技研が作った〝C兵器〟ってやつ。

 気ィつけな、たまに野生のヘリアンサスって車輪みたいなやつが襲ってくる時あるから」

 

「野生!?」

 

 素っ頓狂な声を上げるビルバオに振り向き、器用に後ろ歩きで

 

「たまにゴロゴローって音たてながら、破砕機みたいなそいつが突っ込んでくるの。

 しかもいっぱいいて、その辺をうろついてる」

 

「ひぇ……恐ろしいですね……」

 

 昨夜の不明機体でも手に負えなかったのに、同じような物が徘徊しているとでも言うのか。

 背筋に嫌な感覚が走り、立ち止まったビルバオは怯えたように自身の肩を抱く。

 

 その様子を見たツィイーはビルバオへと駆け寄ると、つま先立ちで少し背伸びをして彼女の頭を撫でた。

 

「怖がったらやられるよ。

 大丈夫、アンタは1回アイツら倒してんだから」

 

 ツィイーはビルバオに微笑んでみせる。

 太陽のような彼女の笑顔に、ビルバオの体に這っていた寒気は吹き飛んでいた。

 

「……ありがとうございます、ツィイーさん」

 

「ん、よかった。

 ……じゃあ朝ごはん食べようか、アンタの面倒ずっと見てたからお腹減ってんだ。

 六文銭ってのがいてさ、うちで一番料理上手いの。

 アイツにかかればミールワームだってご馳走だよ」

 

 そう言ってツィイーはビルバオの手を引き、2人は廊下を駆け足気味に歩いていった。

 

 

 ─────────────────────

 

 ツィイーに連れてこられたのは、真ん中でテーブルを挟むように対面で椅子がふたつずつ並べられた、簡素なリビングといった様子の部屋だった。

 

 ツィイー曰くここは自分と六文銭とアーシルの三人が割り当てられた部屋とのこと。

 

 色々持ってくるから待っててとツィイーに言われ、ルビコンの自生種らしい木材で作られたテーブルの前に座って待つことにしたのが数分前。

 

 今のビルバオは冷や汗をかき、隣に立つ黒髪に赤いバンダナを巻き、サングラスをかけた大男から目線をそらすのに必死だった。

 

「……」

 

 怖い、ずっと黙っている。

 真っ黒なサングラスの奥の瞳が自分を睨んでいることだけはかろうじてわかるが、真意は全く分からない。

 

 昔文献で見たサムライのような格好をしているが、このルビコンでどうやって手に入れたのだろうか。

 

 すごく気まずい、早く帰ってきてくださいツィイーさんとビルバオが心の中で呟いていると、目の前の男は突然跪いた。

 

「ひぃやっ!?」

 

 驚きのあまり変な声が出てしまった、と手で口を塞ぐビルバオをスルーしながら、男はゆっくりと口を開く。

 

「此度のルビコン解放戦線への助力、誠に感謝する。

《STRlDER》の同志たちも喜んでいた。

 我は六文銭と申す者、以後お見知りおかれよ」

 

 六文銭、ツィイーが話題に出していた人物だ。

 なんというか……挙動がものすごく芝居がかっているのは気のせいだろうか。

 

 ともかく、ツィイーが信頼していそうな人物となれば、悪い人ではないのだろう。

 

「六文銭……さん? 

 顔を上げてください、そういうのはちょっと……」

 

 勢いよく顔を上げる六文銭。

 義理堅く礼儀を重んじる人物というのは何となくわかったが、ここまでされると逆に怖い。

 

 もはや六文銭本人がやりたい放題してるだけなのでは? と思ったが口には出さなかった。

 

「……客人を見下ろすのは無礼の極み、ご容赦いただきたく」

 

「無礼とか気にしませんから~!」

 

 悪い人じゃないけど怖いし挙動が急すぎて先程から心臓がドキドキと激しく鳴っている。

 そろそろ持たないかもしれないと思い始めたその時だった。

 

 入口から盆にティーカップを乗せたツィイーが足で制動をかけ、六文銭の隣に滑り込んできた。

 良くこぼさないものだ、とビルバオは彼女のバランス感覚に感心する。感心してる場合ではないのだが。

 

「どこ探してもいないと思ったらここにいた! 

 朝ごはん作るよって言ったでしょ六文銭! さっさとこっちくる! あとお客さんを怖がらせんな!」

 

 ツィイーはビルバオの前にカップを置いて盆を脇に挟むと、跪いていた六文銭の右耳を思い切り引っ張った。

 

「オワーッ!? 同志ツィイーッ!? いだだだッ!?」

 

「さっさと立つッ! 行くよ!」

 

「イヤーッ!」

 

 悲鳴をあげる六文銭と、あの屈強な彼を尻に敷いているような物言いのツィイーにビルバオは少し引いた。

 

「ごめんねうちのバカが。

 帥叔がアンタにってさ、本物の紅茶だよ」

 

 前に出されたカップを手に取り、中を覗き込むビルバオ。

 

 湯気の立つ澄んだ紅い液体から漂う香りが、彼女の鼻腔をくすぐる。

 

 駄々を捏ねてまでルビコンに紅茶の茶葉を持ち込むようなビルバオには、この星で手に入れるには相応の苦労が必要な希少品であるとすぐに分かった。

 

 火傷しないように気をつけつつそっと一口啜ってみると、その味わい深さに驚く。

 

 レイヤードにいた頃の友人に影響されて飲んだウィスキーを思い出す香りと共に、ちょうど飲みやすく心地良い温度の、蜜のような茶の甘さが口の中に広がる。

 

 微かな渋みが甘みの輪郭をより一層際立たせており、普段は眠気覚ましとして渋みの強い紅茶を選ぶ傾向にあるビルバオにとっては新鮮な体験だ。

 

 カップから口を離すのに名残惜しさすら感じる。

 

「……美味しいです。

 はじめて飲みました、こんな紅茶……」

 

「そう? それならよかったよ

 BAWSのお偉い人とかにもなかなか出さないんだよコレ。

 帥叔に気に入られたみたいだね、アンタ」

 

 ふひひ、と笑うツィイー。

 それはそうとそろそろ六文銭の耳がのっぴきならないぐらいに赤くなっているので離してあげて、と伝えると、彼女はそこでようやく手を離した。

 

 引っ張られていた右耳をいたわるように手で押さえる六文銭。

 

「まったく……ほらいくよ。

 ちょっとまっててね、すぐ用意するから」

 

 ツィイーに手を引かれながら、六文銭は廊下へと出ていった。

 

 1人取り残された部屋でビルバオはふふ、と笑う。

 あまりにもドタバタとしていて、まるでコントのようで笑ってしまう。

 

 2人が帰ってくるまでビルバオは紅茶を楽しみつつ、廊下の向こうから聞こえてくる微かな声に耳を傾けていた。

 

 

 

 ─────────────────────

 

 

 朝食として出されたのは、シンプルなミールワームの塩焼きと、ルビコン産の麦と米が半々に混ぜられたおにぎりが2つ。

 

 ツィイー曰く〝六文銭の料理はシンプルなほど美味しい〟とのことだが、実際その評に違わぬ出来だった。

 

 ルビコンに密航して割と直ぐの頃、ビルバオはウォルターが現地の食に慣れることも必要と言って用意したミールワーム焼きのレーションを食べたことがある。

 

 BAWSが製造しているらしいそれは化学的アプローチによって擬似的に再現したスパイスや、何かしらの化学薬品から抽出した塩化ナトリウムといったもので無理やり肉の匂いを誤魔化しているのが丸わかり。

 

 美味くもなく不味くもなく、まぁ食べられないということはない、というのが素直な感想だった。

 

 しかし六文銭の焼いたミールワームはどういうわけか、全くと言っていいほどの別物だった。

 

 企業の食品部門がどうにかこうにか苦労しながら調味料で誤魔化しているワーム肉特有の匂いも、彼の手腕によって良いアクセントとなっている。

 

 使った塩はアーレア海の水から採ったものか化学薬品から抽出した塩化ナトリウムか程度の違いしかないらしく、それが作り手の技術一つでここまで変わるのだから侮れない。

 

 ルビコン原生の穀物を改良して作られた代用米と代用麦のおにぎりも、程よい塩気がふっくらとした代用米の風味を際立たせている。

 

 ウォルターや621にも食べてもらいたいと思いつつ、六文銭とツィイーの見様見真似で箸を使って口に運んでいると、気付いた頃にはとっくに全て食べ終えていた。

 

 六文銭が食後の一杯として出してくれた煎茶を飲んで一息つく。

 

「はぁ~……」

 

 思えばルビコンに来てからずっと、かすかに気を張っていたと思う。

 

 久しぶりに肩の力が抜けた気がして、ビルバオの口からは無意識に気の抜けた声が零れてしまっていた。

 

 食器を乗せた盆を六文銭に預け、頬杖をついてその様子を見ていたツィイーがあはは、と笑う。

 

 それに気付いたビルバオは、羞恥で湯気の立ちそうな程に真っ赤になった顔を手で隠した。

 

「……すいません」

 

「あはは、いいっていいって。

 ……美味いっしょ、六文銭の料理」

 

 少し火照りのマシになった顔を手で仰いで冷ましつつ、ビルバオは頷いた。

 

「……はい。

 とても美味しかったです」

 

「そ、ならよかったよ。

 私らは生まれたときから食べてるし普通なんだけど、どうも他の星からきた奴らには不評でね……

 この前に仕事任せたやつは、こんなの食えるかー! ってひっくり返しやがったから、思わずぶん殴っちゃったよ」

 

「あらあら……」

 

「でもアンタは気に入ってくれた、嬉しいよ。

 ……ルビコンにいる傭兵が皆、アンタみたいだったらいいのにな」

 

 ツィイーは片手に持ったカップをくるくると揺らし、中に微かに残る液体が回るのを伏し目ぎみに眺めていた。

 

 六文銭曰く〝湯呑み〟というらしいそれは、ぼんやりと思考を浮かべるだけのお供に程良い。

 

 それから少しの談笑の後、六文銭から2人分のお茶のおかわりを受け取って、ツィイーはビルバオに向き直った。

 

「さて、そろそろアンタの話だ。

 まずは……ACの話からかな」

 

 真剣な顔に変わるツィイー。

 幼く見えた彼女だが、その表情には確かに解放戦線の戦士としての風格が備わっている。

 

「あのAC……《GREEN WITCH》だっけ? 

 知らないパーツが多すぎてうちでは直せないから、ひとまず整備用のスキャン機にかけて壊れてるとこをリストアップしてる」

 

《GREEN WITCH》は解放戦線では直せない、というのは当然と言えば当然だった。

 ビルバオの《GREEN WITCH》を構成するパーツはそのほとんどがルビコン星外企業のシュナイダー製、それも技術実証用の機体である。

 

 平均的なAPの数値を1000も下回るような薄い装甲、ACのAの部分を全て捨てたとしか思えないような機体だが中身は最新技術の結晶。

 

 AC用パーツの建造施設を備えたグリッド090ですら作れない部品ばかりで、《GREEN WITCH》は破損する度にウォルターが製造元へといちいちパーツ請求を送らねばならないほどには面倒な金食い虫であった。

 

「アンタの雇い主……ハンドラー・ウォルターだっけ? 

 身柄と合わせて、破損部のリストも渡すつもりだって帥叔が言ってたよ。

 そんで、次の話なんだけど……、アンタが起きる前に連絡があって、帥叔が話したいって言ってたから、そっちに行ってほしいんだ」

 

 〝帥叔〟ミドル・フラットウェル。

 ルビコン解放戦線の実質的な指導者であり、解放戦線の宗教的権威である〝帥父〟サム・ドルマヤンに代わり資金調達や戦闘指揮などの実務を行う人物であった。

 

 ツィイー曰く外部との交渉はアーシルに一任しているようで、余所者の前に現れることは極めて稀らしい。

 

 ましてや木っ端の弾除け、数が足りない時の補充要員として扱われがちな独立傭兵を呼び出すということ自体が初めてのことだった。

 

 ビルバオはそこまで自分が解放戦線に気に入られるようなことをしただろうかと疑問に思ったが、この星での大きな勢力の一つのトップに近づくことが出来れば今後の仕事も増えるだろう。

 

 少し考えた後、ビルバオは彼と話をすることに決めた。

 ツィイーはありがと、と呟いてから通信機を取り出し、アーシルへと繋ぐ。

 

「あー……アーシル? 

 そうそう、会ってくれるってさ。

 帥叔に伝えておいて、じゃあね」

 

 短く要件だけ伝えて通話を切る様子がツィイーの性格を如実に表している。

 サッパリとしていて簡潔で素直、そこが好ましい。

 

 基本的に初対面の人間を警戒する癖がつきやすい傭兵稼業のビルバオが最初から自然体で接することが出来たのも、彼女の良い意味でドライな性格があるだろう。

 

 世間ではこれをカリスマ、というのだろうか。

 ツィイーのその爽やかさに、ビルバオは紺の二脚ACとそれを駆る男の面影を感じていた。

 

 

 ─────────────────────

 

 

「ここだよ」

 

 ツィイーに手を引かれてやってきた、ミドル・フラットウェルの書斎らしい部屋の扉の前に、1人の大柄な男が後ろ手を組んで立っていた。

 

 オリーブ色のフィールドパーカーを筋骨隆々な体躯の浮き出るパイロットスーツの上から着込んだ浅黒い肌の男の険しい顔が、ビルバオの頭の上から睨んでいる。

 

 平均的な身長のビルバオでは、少し顔を上げないと目線が合わない。

 ツィイーは気まずそうな表情で呟いた。

 

「……げ、ダナムじゃん」

 

「ツィイー、そいつは誰だ」

 

「言ってたでしょ、C兵器相手に《STRlDER》を守ってくれた独立傭兵だよ。

 名前はビルバオ」

 

「フン……

 帥叔は聡明な方だが、時折我々の理解の及ばない行動に出る。

 俺にはどうやってもわからん、なぜ独立傭兵のような者をここに連れ込んだんだ……? 

 金次第で侵略者にも靡くような獣だぞ?」

 

「ハァ!? 

 ちょっとやめてよ! ビルバオはそんな奴じゃ……!」

 

 ツィイーはダナムに詰め寄り、胸ぐらを掴む代わりとばかりにパイロットスーツの腹の部分を引っ張る。

 一触即発といった空気だが、それを止められるだけの力はビルバオにはない。

 

「アンタさァ、そろそろ来た人みんな威嚇すんのやめなよ! 

 こないだもそれで……ファーロンだっけ? そこの偉い人怒らせたじゃん! 

 帥叔とアーシルがあの後どれだけご機嫌取りに苦労したかわかってんの!?」

 

「取引先の名前を余所者の前で出すな! 

 お前の発する言葉ひとつが、ルビコニアン全体を危険に晒すこともあるんだぞ!」

 

「はぁァ!? ファーロンなんてどこも取引してんでしょ! 

 ていうか私の話聞いてた!? お客さんに喧嘩売るなって言ってんの!」

 

 ツィイーの言い様にダナムは舌打ちを返す。

 

「所詮は子供……道理も解さぬか! 

 いいかツィイー! 俺はルビコニアン全体のことを考えているんだ! 

 独立傭兵なぞ信頼できるわけがない! そもそも企業共が侵攻してきたのも、独立傭兵がコーラルの情報をリークしたからと専らの噂じゃないか!」

 

「へぇ~~? アンタ、たかが噂に踊らされてんだ!? 

 それで、ビルバオが良い奴ってこともわかんないってこと? 

 どっちが子供だよ! 人も見れないくせに!」

 

「なんだと!」

 

「あ、あの……」

 

 喧嘩はやめてください、とビルバオが言うよりも先に、ダナムはツィイーの横をすり抜けてビルバオへと詰め寄っていた。

 

「ちょっと、ダナム!」

 

「フン、物腰は柔らかだが、頭の単純なツィイーとは違う。

 俺は騙されんぞ……! 言え! お前はその手でいったい何人のルビコニアンを殺した! 

 恥知らずの企業の狗め! お前たちがいなければ!」

 

 ビルバオの肩を掴んだダナムの怒声が廊下に響く。

 粗暴極まりないが、ダナムの表情を見たビルバオには、彼を責めることは出来なかった。

 

 彼の瞳を見て、声を聞けばわかる。

 追い詰められているのだ。

 

 企業の侵攻や飢えに苦しむルビコニアン達の声に加え、拠り所としていたであろう指導者たちの言葉が、少しづつ分からなくなってきている自分そのものに。

 

 表面上は強気に声を張り上げていても、人の弱さとは滲み出るものである。

 

 そうやって死んでいく数多の傭兵や企業の兵士を見てきたビルバオにとって、インデックス・ダナムという男は恐るるに足らず。

 むしろ慈悲の目を向けずにはいられなかった。

 

 肩を掴むダナムの手に、そっと手を添える。

 追い詰められていく彼がどうか、身を滅ぼすことがないようにと。

 

「……なんだその目は……ッ!」

 

 ビルバオの手を振り払うダナムは拳を振り上げ、それを見たツィイーの身体は考えるよりも先に動いていた。

 

「やば……ッ!」

 

 強化人間であるビルバオの動体視力をもってすれば避けることも出来たが、ここは素直に受けていた方が彼も静まるだろうと思い、覚悟を決めて目を閉じた。

 

 しかし、ダナムの拳がビルバオに直撃することはなかった。

 

 彼の背後から、振り上げた拳を止める者が現れたからである。

 

「……ダナム、少し落ち着け。

 〝それ〟を振りかざして何になる?」

 

 ダナムの背後から扉を開けて現れた、彼に比べると少し背の低い人物。

 色白い肌に青い瞳、限りなく白に近いブロンドの髪をオールバックにした細身の男性。

 

 歳は50過ぎくらいだろうか。

 若く見えるその顔出ちとは裏腹に、細い眼鏡の奥の目には数々の修羅場をくぐり抜けてきたであろう凄みがあった。

 

 ウォルターと似通う印象もあったが、纏う雰囲気が全く違う。

 厳格を装ってはいるものの、ウォルターの纏う雰囲気は優しい。

 

 しかし、振り上げられたダナムの拳を押さえる彼のそれは、まるで雪のようであった。

 

「帥叔っ!」

 

 ツィイーが叫ぶ。

 彼こそが、ルビコン解放戦線の実質的指導者〝ミドル・フラットウェル〟

 

 かつて存在した英国の紳士のような装いに身を包む彼は静かに言う。

 

「……ツィイーも、あまりダナムを苛立たせるな。

 人にはそれぞれの考えがある」

 

「……ん。

 ごめん、ダナム」

 

「よし、いい子だ。

 ダナム、仮眠中の警護をありがとう。

 少し休め」

 

「……くっ」

 

 ダナムは腕を下げ、フラットウェルに振り向くことなくこの場を去ろうと足を踏み出すが、それはツィイーの声で文字通り足止めされた。

 

「謝んなよ、ダナム」

 

「……」

 

 悔しげに口を閉じているダナム。

 少し唸ってから、苛立ちを飲み込むように呟いた。

 

「……すまん」

 

 少し躊躇いなどしたが、きちんと謝れるだけで、人間としては上澄みである。

 すぐに視線を外したダナムに微笑み、ビルバオは返した。

 

「気にしないでください……貴方の気持ちも分かりますから」

 

「……フン」

 

 ダナムはビルバオの横を抜け、廊下の向こうへと歩いて去っていった。

 フラットウェルは咳払いをし、ビルバオに視線を合わせながら謝罪を述べる。

 

「ダナムは悪い奴ではないが、少々頭に血が昇りやすい性質(タチ)でな……失礼を詫びる」

 

 ツィイーの頭を撫でながら、フラットウェルは書斎へとビルバオを招き入れた。

 

 暗い色の木の本棚には数え切れないほどの本が整列し、デスクの後ろの壁にはアンティークと呼べるような時計などと共に、解放戦線のエンブレムと警句が描かれたタペストリーが掛けられている。

 

 キョロキョロと視線を散らすビルバオに背を向け、フラットウェルとツィイーはタペストリーに向かって祈りを捧げていた。

 

 静謐な雰囲気に息を呑むビルバオ。

 やはりというか、解放戦線の母体は宗教的組織にあると再認識させられる。

 

 しばらく2人の祈りを待ち、数分経っただろうか。

 ビルバオに向き直ったフラットウェルは手で椅子を差した。

 

「座ってくれ。

 アーシルから話は聞いている」

 

 彼が差した赤い本革の椅子にビルバオは浅く腰掛けた。

 ローテーブルを挟んでフラットウェルが対面に座る。

 

 ツィイーに紅茶を淹れてくるように言って退席させてから、フラットウェルは足を組んで膝に両手を置いてビルバオを見る。

 

 その瞳は彼女を推し量ろうとするものなのか、それとも……

 

 暖炉を模した電気式の暖房器具の音だけが響く中、先に口を開いたのはフラットウェルの方だった。

 

「……ふむ。やはりな。

 常に相手の様子を探り、隙を見せれば食らいつきそうな獰猛な本能を、穏やかな物腰のベールで隠している。

 レイヤード出身だな?」

 

「……っ!」

 

 思わず息を呑んだ。

 フラットウェルはビルバオに関することを何も知らないはず。

 にも関わらず、彼はビルバオの振る舞いや視線の動き、そして僅かににじみ出る表情から全てを読んでみせたのだ。

 

 彼は普通ではない。

 俗に言う〝大物〟にしか出せない覇気があった。

 

「その顔……やはり正解か。

 いや、怖がらせるつもりはない。

 ただ……昔、少しだけシュナイダーにいた事があってな。

 そこでレイヤードの強化人間と出会ったことがある。

 彼と同じくレイヤードの者にしかない風格がお前にはあった、それだけのことだ」

 

「……はい。

 私はレイヤード出身です。

 登録名はビルバオ。グローバルコーテックスでレイヴンをしていました。

 レイヴンは個人を指す登録名ではなく、ACを駆る傭兵の総称です」

 

 彼に隠し事は通じないと判断したビルバオは、最初から全てを開示することにした。

 そのほうがお互いに腹の探り合いをしなくて済むからだ。

 

「……わざわざお前が総称としての〝レイヴン〟を名乗ったということは、今のレイヴンについても知っているな?」

 

「……はい」

 

 621の事だろう。

 このルビコンで名が売れ始めた彼女を、解放戦線がマークしていないはずがない。

 

 開示しても問題ない情報を頭の中で選択するビルバオ。

 しかし、フラットウェルが続けた〝レイヴン〟の情報は彼女の持つそれとは全く一致しなかった。

 

「ハクティビスト集団《BRANCH》に属する正体不明の傭兵。

パイロットの情報からアセンブルに至るまで全てが高度に秘匿され、特殊な迷彩を使っているのか機体のカメラ映像には姿も映らない。

このルビコンで最も謎に包まれている個人と言えるだろう」

 

「……えっ?」

 

「……どうした?」

 

「あの……っ!え、えぇ……?

《BRANCH》……?」

 

《BRANCH》という名前も特殊な迷彩も、その全てがビルバオの知るレイヴンには当てはまらない。

 

特に隠すような情報でもないため、フラットウェルに対して全て説明した。

 

自分と今のレイヴン……C4-621はルビコン星外からの密航者であり、現在の雇い主はハンドラー・ウォルターということ。

 

新規にライセンスを取得したビルバオと違い、レイヴンのライセンスは傭兵支援システムを利用するために汚染市街にころがっていた残骸から盗んだものであること。

 

一通り聞き終えたフラットウェルはちょうど部屋へと紅茶を持ってきたツィイーからソーサーごとカップをふたつ受け取り、片方をビルバオに差し出してもう片方を1口飲む。

 

カップから口を離してテーブルに置き、眼鏡を外して目元を押さえる。

思考を整理しているようだ。

 

「……あのレイヴンが、密航者にライセンスを抜かれるとはな。

よほど油断していたか……

そういえば汚染市街で哨戒をしていた者たちから、高台で封鎖機構のヘリと戦闘していたACが居たと報告を受けたが、それか?」

 

「えぇ。

それが今のレイヴン…C4-621です」

 

「ふむ……。

いや、すまない。少し予想外が過ぎてな。

逆に話が早いかもしれない」

 

フラットウェルは少し身を屈めて前に乗り出すと、先程より気持ち小声で話し始めた。

 

「単刀直入に言おう。

お前に、《BRANCH》の調査を頼みたい」

 

「はぁ……」

 

「あのレイヴンだ。

ライセンスを奪われたとなれば、そう遠くないうちに取り返しに来るだろう。

お前には今のレイヴンを監視し、本物のレイヴンと接触した際にはその情報を集めて欲しい」

 

フラットウェルの狙いはなんとなく察しが着いた。

彼は、《BRANCH》を取り込もうとしているのだ。

 

卓越した技術を持ち、裏工作の要員としても、尖兵としても極めて優秀であろうレイヴンを駒とするため、ビルバオを通して彼らと接触する道を確保したいのだろう。

 

「1度で全てを集める必要は無い。

噂によれば、レイヴンはRaD製AC《ORBITER》の身体に、鷹のような意匠の頭部を乗せているようだ。

お前が傭兵活動中にそれらの特徴を持つ機体と接触、もしくは交戦の現場を見かけた際には、これでその姿を撮って欲しい」

 

そう言ってフラットウェルは立ち上がり、重厚な木造のデスクの棚からカメラを取りだした。

 

それはフィルムカメラと呼ばれるもので、百年以上前のレイヤードの頃から既に博物館行きになるレベルのアンティークであった。

 

ずっしりと重く、巨大なレンズが中央に位置するそれをテーブルに置き、再度座って足を組むフラットウェル。

 

「おそらくだが、レイヴンの迷彩はACやMTのような電子的制御のカメラシステムに干渉できる。

そこでこれの出番だ。

電子制御を用いない旧世紀のフィルムカメラには、流石のレイヴンでも干渉できまい。

そもそも干渉する機器自体が、これにはないのだからな」

 

ビルバオはフラットウェルの許可を得てカメラを手に取る。

 

「フィルムの現像はこちらでやろう。

レイヴンの姿を1枚撮るごとに、報酬として5万COAM。

鮮明なものであればそこから更に上乗せしよう。

余裕があれば《BRANCH》の他のメンバーの情報も頼む」

 

「他の……メンバー……?」

 

「あぁ。

1人は、タンクAC《UMBER OX》を駆る独立傭兵〝シャルトルーズ〟。

正面火力では比肩するものなく、見つめ合うと死ぬ女傭兵として恐れられる人物だ。

もう1人は四脚AC《ASTER CROWN》を駆る独立傭兵〝キング〟。

依頼達成率は9割に迫り、その実力から完成された傭兵と渾名されている。

この2人は機体情報だけなら《ALL MIND》のデータベースにも登録されている。

参照しておいてくれ」

 

要件を伝えたフラットウェルは立ち上がり、陽の差す窓際から外を見る。

 

「……レイヴン、か。

我々が飼い慣らすことの出来る鷹となるか、全てを壊す黒い鳥となるか」

 

フラットウェルの視界に広がる、青に紅の筋が走るルビコンの空。

彼はその空に翼を広げて優雅に飛ぶ黒い鴉の姿を幻視していた。

 

ビルバオも立ち上がって彼の隣に立ち、ルビコンの空を見上げる。

彼女は赤い筋の走る青空に、かつての紺色の二脚ACを幻視していた。

 

もし彼本人、もしくは彼に繋がる誰かならば、ビルバオはそれを突き止めて見届ければならない。

 

彼に大海よりも深い羨望を抱いていた者として。

 

彼に焦がれ、短く淡い蜜月を過ごした者として。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




【本編で説明するのが面倒なところを説明するコーナー】

・ミールワームの味とか代用米のこととか

イメージとしては白身魚っぽい感じの肉からオートミールみたいなのと肉(鳥とか)のがそれぞれ混じったような感じの独特な臭いがするイメージです。

全体的に鮭っぽい感じの肉だったらいいなという私の願望ですがそれはそれとしてゲテモノ感も欲しかったので、魚肉みたいなモノから鶏肉みたいな臭いがするという要素も入れました。

こんなもんどうやって美味くしろってんだ(白目)

米に関してはルビコンに自生してたイネ科っぽい植物を改良して、前話にでてきた植物管理プラットフォームで栽培しているものです。

そこそこ量が取れるので、ワームと並んでルビコニアンの栄養源となっていますが味がね……
腕の立つ奴が調理しないと美味くなりません

・ACフリューゲル
AC3の主人公です。
この世界線ではアップルボーイくんと共にアリーナの頂点に立っていました。
だいたいOPの引き撃ちでミラージュの赤いの倒したアレですが、頭だけは目が縦に2個並んだヘリみたいなやつ(名前忘れた)に変わっています。

ビルバオとはクレスト施設襲撃で僚機として出会い、その後もしばらく一緒に仕事をしていくうちに恋愛未満友人以上くらいの付き合いをしていました。

彼がレイヤードを解放するよりも早くにビルバオは撃墜されているので、ビルバオ本人はレイヤードを解放した人物が彼であることを知りません。

ACや兵器の呼称についてのアンケートです。ACやMTなどの名称は現状常に《》を付けて表記していますが、初登場以降もこの表記を維持するか、《》を外して表記するか、読みやすい方に票を入れてください

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