ARMORED CORE 6 緑の魔女はルビコンに羽ばたく 作:強化人間E4-514
早めに続き出します
時刻は11時を少し過ぎた頃。
ウォルターは座面の破れが目立つ古いオフィスチェアに腰掛け、ガレージのコンソールから伸びる大量のケーブルに繋がれた《LOADER 4》を見上げながら、保温マグに入ったコーヒーを眠気覚ましに胃へと流し込む。
人間の生理として当たり前の眠気に襲われる時間だが、今のウォルターには、カフェインで睡眠時間を削ってでもやらねばならない急務があった。
《LOADER 4》の各種コンディションが表示されたコンソールのモニターは、コックピットで退屈そうに座っている621の心拍数や神経接続の深度まで詳細に表示している。
621は計器やモニター、神経接続用コードに囲まれて狭いコックピットの中で足をジタバタと動かし、その度にスーツの硬いつま先がインテリアのどこかに当たる音が、621の甲高い声と共に外部スピーカーから鳴ってガレージに響く。
『ヒ~マ~だ~っ!
ごす~! もう終わろうよ~!
《LOADER 4》も私も元気だからさァ~っ!!』
「辛抱しろ、621。
お前の身の安全に関わることだ」
ウォルターの急務。
それは明日に控えているレッドガンとの共同任務に備え、機体とそのパイロットを万全にしておくことだ。
精鋭部隊の仕事に参加するということは、これまでに比べても難度が高く危険な戦いに赴くということである。
予想外の強敵はあれど所詮は雑兵のプラスアルファでしかなかったこれまでの仕事とはわけが違う。
僅かな反応速度や神経接続深度の差が生死を分ける。
戦場とは往々にしてそういうものだ。
故に、チェックや調整には相応の時間をかけるべきなのだが、621がその理屈を理解して飲み込めるほど早熟な子供かと言うと……
『あぁ~もう退屈退屈退屈!
ごす知ってる!? ACに繋いでじっとしてると、首の後ろゾワゾワするんだよ!!
動かないときもちわるい~~ッ!!』
駄々をこねる621に合わせて、肩部武装用アームの基部モーターがギュルギュルと回る。
腕や脚のほうを動かさないのは、さすがにそれは危険だと理解しての621の良心なのか。
ここ最近になって、ウォルターは《LOADER 4》の頭部が段々小型犬のそれに見えてきた。
ACはパイロットに似るのかもしれない。
「……はぁ」
眉間のシワを指でほぐしながら、あくびを噛み殺したついでのため息をつく。
621の声を左から右へと流しつつモニターと睨み合いを続ける作業の手は、カツ、カツ、と床の鉄板を鳴らす足音と機嫌の良さそうな鼻歌に止められた。
ウォルターは座ったまま、椅子を少し回して振り向く。
にっこりと、擬音がそのまま書いてあるような微笑みを浮かべたビルバオが、温かい紅茶が入ったマグカップ片手に佇んでいた。
普段はポニーテールにしている淡い緑の髪を、今日は珍しく下ろしている。
「……ビルバオか」
「ふふ、621さんの元気な声がお部屋まで聞こえてきましたので。
お疲れ様です、ウォルターさん」
『私も~!』
先程までの不機嫌そうな態度はどこへやら、621の明らかに弾んだ声がスピーカーから聞こえ、ウォルターはため息をついた。
「はいはい、621さんもお疲れ様です」
『うん! つかれた!』
「はぁ……
すまないな……まだ怪我も癒えていないだろう」
「いえいえ~
1人ぼっちのお部屋でじっとしてるよりも、賑やかな方が楽しいですから。
あぁそれと、ハークラーさんのことですが、今はレッドガンの人と連絡をとっています。
彼も明日、ここを出るんでしたよね」
G7 ハークラー。
密航の時に出会い保護した彼をミシガンの元に返すのも、今回の共同任務の目的のひとつであった。
「あぁ。
奴もそろそろ戻りたくなっているだろう」
「ふふふ、そうですね……」
ビルバオは遠くを見つめるような、それでいてどこにも目を向けていないような顔をした。
「みんな、戻れるところがあれば……戻りたいですから、ね」
ぽつりと呟くビルバオ。
「戻りたいと思うか、レイヤードに」
考えてみれば、当然のことである。
彼女の意識では、自分は死んだと思いきや、突然遥か未来に叩き起されたようなものだ。
友人や家族の1人もいなくなってしまった世界に放り出される気持ちは、とても想像できるような範疇ではない。
「あっ、もちろんウォルターさんと621さんのいるここも好きですよ?
でも……やっぱり思うんです、ACで空を飛んでいると、
本物の空と同じくらい、あの偽物の空も尊かったなぁ……って」
懐かしむように目を伏せる。
長く冷凍保存されていたが故に多少の記憶の欠落が発生している彼女にとっての、鮮明に思い出すための必要な行動だった。
「帰りたいわけじゃないんです。
でも、あの時、あの場所で……
レイヴンとして戦ったり、仲間と一緒にお酒を飲みに行ったり……もっと昔の、冬の気象設定日に……寒い寒いって言いながら……受験会場に向かったり、とか……」
「懐かしい、か」
「えぇ……とても。
でも、もうあのレイヤードは無くなったんですよね。
1人のレイヴンの手によって極悪の管理者は打ち倒され、人類は狭く息苦しい地下の鳥籠から開放された……。それが後世に伝えられた、私の生きた時代の歴史。
でも、私にとっては、あのレイヤードは決して悪いことばかりではなかったですし……
その時の記憶が少しづつ薄れていって、あの頃が悪い時間だったと忌むようになってしまうかもというのは、ちょっと怖いです」
「そうか……」
ウォルターにも、少しだけ彼女の気持ちが理解できた。
彼にもそのような経験はある。
子供の頃、よく世話をしてくれた年上の女性と手を繋いで歩いた街。
ガキがそんなにかしこまるんじゃないよ、と乱暴に頭を撫でられたことが少し嬉しかった、あの頃を過ごした場所。
遠く離れた地球で流行っていたらしいヒーローのおもちゃが幼いウォルターの住んでいた星に入荷されたと聞いて、買いに行きたいと初めて父にわがままを言って許してもらえたあの場所。
彼が幼い日々を過ごしたあの街は、今や全ての人類が忌むべき惨事が熾った中心とされている。
時代の流れに流されて、自分自身すら昔のことを憎んでしまうように変化してしまうことが怖いのだ。
「……俺も少しはわかるつもりだ、ビルバオ」
「えっ?」
《LOADER 4》を眺めていたビルバオは少し驚いたような表情をしてウォルターと目を合わせる。
「……忘れそうになったり、変化してしまいそうと思ったら、俺たちに話せばいい。
お前たちが戦い、拓いた地上と空に……俺たちは今、生きている。
あのレイヤードの時代に何があったか、どんな暮らしがあったか、そして何が失われたのか……
俺たちは知り続け、教訓とせねばならない。それが歴史に学ぶということだからだ」
ウォルターは少し苦笑いをしながら、《LOADER 4》を親指で指す。
「それに、621の退屈しのぎのタネとしても、な。
あいつは案外と、知らないものを知ることが好きらしい。
お前が解放戦線にいる間、621は俺の部屋の本を勝手に読んでいた。
旺盛な好奇心を満たされ続けた子供はよく育つ」
ビルバオは目をぱちくりとさせ、それから普段の穏やかな彼女からのイメージからは外れた、鈴を転がすような笑い声を上げた。
両手で自分の腹を押さえて身体を折るように笑うビルバオは、 目尻に浮かんだ涙を指で拭う。
実年齢よりも若く見える容姿の彼女だからか、まるで子供のようだ。
「あ、あははは……っ!
い、いや、ごめんなさい……笑うつもり……なかったんですけど……ふふっ……」
「……独身の男が言うことではなかったな」
ひとしきり笑ってから、少しバツが悪そうな表情のウォルターに向き直る。
「いえいえ……そうですね。
色々お話してみるのも、良いですね。
ちょっとマイク貸してください!」
「うおっ」
ウォルターを押しのけ、コンソールに置かれていた、《LOADER 4》との通信用マイクをとるビルバオ。
今まで見た中で、最も晴れやかな顔だとウォルターは思った。
「621さん、ヒマですかー?
ヒマですよねー! お話しましょー!」
『あっ! お姉ちゃん!
ヒマだよ~! なんか話してー!』
「いいですよ~!
そうですねぇ……私が大学生だった頃のお話でもしてあげましょうか!」
『だいがくってなーにー?』
「そこからですかぁ!?」
2人の様子に、コンソールのぼんやりとした光に照らされているウォルターの表情は綻んでいた。
まるで仲の良い姉妹のように軽口を叩きあったり、コロコロと声音や表情を変えるビルバオと621の様子が微笑ましくて、昔からの家族だったように錯覚してしまう。
自分の使命のために、この2人には辛い思いをさせるかもしれない。
けれど、せめて今だけは─────
「……忘れても構わないか、先生」
このふたりを見守るただの保護者という立場を楽しみたいと、小さな我が儘を抱くウォルターだった。
──────────────────────
数時間後、レッドガン前哨基地。
コンクリートに描かれた臨時ヘリポートに、621とウォルターを乗せた輸送ヘリがバラバラと激しいプロペラの音とともに降下を始めた。
円筒のACガレージを保持するパーツの底部ランディングギアで接地し、ゆっくりと着陸する。
プロペラの音が止まり、全ての着陸プロセスを無事終えた輸送ヘリの中。
座席で眠る621の隣で缶コーヒーを片手に携行食のバーをかじるハークラーに向けて、窓際に立っていたウォルターは手でトントン、と何かを叩くような仕草をすると、その意図を汲み取ったハークラーは621の肩を軽く叩いて起こす。
寝ぼけ眼を擦りながら顔を上げた621はまだ覚醒しきっておらず、意識半分は夢心地といったような顔である。
「早めに寝かせたとはいえ、やはり4時起きは辛かったか……」
ウォルターは呟く。
621は呻き声を漏らしながら伸びをして、ぷはぁ、と息を吐く。
横に立っていたハークラーを見つめ、彼が持っている缶コーヒーを指さした。
「……ん、ほしいのか?
飲みさしなんだが……いいのか?」
「ん……眠気覚まし……」
「はぁ……ほらよ」
ハークラーから缶コーヒーを手渡された621は缶の開口部に口をつけてゆっくりと傾けて飲み、苦味に顔を顰めた。
「うぇ」
不快そうに舌を出して眉間に皺を寄せる621。
その様子を見てハークラーはケラケラと笑う。
「お子様にはわかんねーかなァ~この美味さは」
「まずい~……
ハークラーのバカ舌ァ~……」
「なんだとこのっ」
寝ぼけながら悪態をつく621の頭をハークラーは笑いながらわしゃわしゃと撫でる。
コイツは本当に帰る気があるのかと遠目に眺めるウォルターは思ったが、あえて口には出さない。
「……今日くらいは大目に見るか」
しばらくじゃれてすっかり目が覚めた621とハークラーを連れてウォルターは輸送ヘリを降り、レッドガン隊員の寮へと向かう。
目的の白い建物をミシガンは〝寮〟と言っていたが、実際には中に会議室や食堂なども備えられており、居住だけの場所というよりは、兵器の整備以外の機能をまとめて完結させた施設といったほうが正しいだろうか。
隣にはACを複数機整備可能なガレージが建てられており、ハークラー曰く〝即席建造だが普通に使える〟とのこと。
寮の玄関に着くと、そこに待っていたのは二人の男。
そのうちの1人────G1 ミシガン。
壮年期の男性としては少し小柄、しかし放つ覇気は対峙する者に歴戦を感じさせる。
雪焼けした浅黒い肌に携える白い頭髪と髭は、齢70を過ぎても若い連中を叩きのめし、怒号を飛ばせるだけの強靭な生命力を物語るように豊かであった。
その隣に立つ青年────G6 レッド。
坊主頭の彼は若々しく、憧れのミシガンを真似るように腕を組み、足を開いてどっしりと構え立っている。
「久しいな、ミシガン」
片手を上げて旧友に挨拶をするウォルターに、彼の数十倍はあろうかという声量でミシガンは答える。
「よく来たな、ハンドラー・ウォルター!」
鼓膜を貫きかねないほどよく通るミシガンの声に微かな聴覚の痛みを覚え、肩をすくめながら621とハークラーは耳を押さえた。
余談だが、人の鼓膜は140dBで破れる。
青年期のウォルターが暇つぶしにミシガンの声量をこっそり測ってみたところ、彼の怒号の最高記録はなんと120dB超えを記録していた。破壊兵器か何かだろうか。
「うるさぁい……耳痛い……」
「相変わらずうるせぇ親父だァ……
耳痛ェ~」
「この程度の声が堪えるとは、相当腑抜けたようだな
「慣れてたまるかよクソ親父め
……まぁ、俺が戻る前にくたばってなくて何よりだ」
「ほう、貴様の目にはこの俺が死に損ないに映るようだな!
ならばその死に損ないより先に逝きかけた貴様は何だ!
これに懲りたら、小遣い稼ぎをしようだなんて考えは二度と起こさないことだ!」
「へいへい、もうしませんよォ~っと。
……じゃあ給料も上げてくれよ」
「貴様の勝手な行動で修理費も嵩んだ!
その分の金は貴様の給料から天引きするとナイルが言っていたぞ!」
「マジかよ!?」
ハークラーはガックリと肩を落とし、深くため息をついてガリガリと後頭部を搔く。
「はぁ……まぁいいや。
ただいま、クソ親父。
それにレッドもな、こっち来いよ」
「はっ!」
ミシガンの隣で後ろ手を組んで立っていたレッドはハークラーの声に答えて彼へ駆け寄ると、彼の手をとってガレージの電子キーを渡した。
レッドガンの方で回収していたハークラーの機体と、その整備ガレージの鍵である。
レッドは1歩後ろに下がって敬礼し、ミシガンに勝らずとも劣らずの声を張り上げた。
「ハークラー先輩!
ご無事の帰還、何よりであります!」
「おうレッド。
俺の《
ありがとよ」
「光栄であります!」
「お前なぁ……
一応お前の方が上なんだぞ?
もっと雑でいいんだぜ? あのクソ親父みたいにな!
ガハハハ!」
敬礼の姿勢を崩さないまま坊主頭を撫でられるレッド。彼は世話になった先輩には下位ナンバーであっても敬語を用いる。
階級に大した意味はなく、ただ誰に対してもしっかりと敬意を払う性分ということなのだろう。
階級と実力と功績が全ての序列を決める軍で生きてきたハークラーにとってはむず痒くはあるが……苛烈な戦場に居てばかりだと、レッドのその誠実さが羨ましくなる時がある。
ハークラーはレッドの頭から手を離し、肩を抱き寄せた。
「じゃあ俺はバカ共に挨拶してから機体のチェックしてくるからよ。
ついでにレッド借りるぜ~」
「好きにしろ!
どの道貴様にはナイルからも説教がある!
せいぜい覚悟しておくことだ!」
「うげェ……マジかよ、あいつの話長いんだよな……。
まぁいいや、行こうぜレッド」
ハークラーはウォルター達の方を向く。
ここで別れればあとは他人同士、どこかで銃を向け合うかもしれない。
だが彼らはそれを受け入れている、それがこの時代の常なのだから。
「……じゃあな621、ウォルター、世話になった」
未練がましくならないようにハークラーは短く別れの挨拶を済ませウォルター達に背を向けて、レッドと共にACガレージの棟の方へと歩いていった。
「じゃーねーハークラー!!」
彼の背に手を振る621。
ミシガンは向こうへ歩いていくハークラーの背中から、621へと視線を移した。
「……ここからが本題だ。
その子供が新しい猟犬か、ウォルター」
ミシガンは腕を組んだまま、621の姿を見る。
彼の目に映る621の印象はまだ幼い子供そのものである。
しかし、かすかに光る紅い瞳や、頬の血色の変化から薄らと見える人工皮膚の分割線が、彼女が紛れもない強化人間であると物語っていた。
ミシガンからの視線を感じた621は元気よく手を挙げる。
「そうだよ!
私、ごすの猟犬! ワンワン!」
そう言って手で犬の真似をしてみせる621に溜息をつきつつ、ウォルターは背中に手を回して前に押した。
「621、ミシガンに自己紹介をしてやれ。
内容は昨日練習したとおりに、だ」
芸は仕込んできているようだな、と感心するミシガンに向き直って咳払いをし、621は自己紹介を始めた。
「私、C4-621! 独立傭兵レイヴン!
得意なことはAC!
好きなものはごすずんと、ビルバオお姉ちゃんと、えーと、あっ《LOADER 4》!
たしか……ミシガン総長って人だよね!
よろしくね!!」
「はぁ……」
昨日教えた自己紹介の仕方と違うではないか、とため息をついたが、もう言ってしまったものは仕方ない。
とりあえず帰ったら敬語を教え直そうとか、ミシガンに仕事を切られないかという考えがウォルターの脳裏をよぎる。
「……すまんミシガン。
あとでしっかり言って聞かせておく……」
「案ずるなウォルター。仕事が出来れば文句はない」
なら良いのだが。
いずれにせよ621の将来の社会復帰のためにも礼儀の教育は不可欠だろう。
帰ったらビルバオにも協力を頼んで座学でもするかと、ウォルターは内心で誓った。
「C4-621 レイヴン! 貴様には先日空きが出たラッキーナンバー、〝
G13、復唱!」
「がんずさーてぃーん!」
敬礼する621。
おそらくはハークラーの真似だろう。
「よし! では準備を始めるぞ!
ついてこいG13!」
「りょーかい!」
「ちょっと待て、俺を置いていくな、ミシガン! 621!」
身を翻して、駆け足で寮の中へと進んでいくミシガンとそれに続く621。
ウォルターはいつの間にか話の流れからはじき出されていた。
少し遅れて二人を追いかけるが、相手は犬のように元気の有り余っている621と、生命力が服着て歩いているようなミシガンの2人。
毎朝の軽い体操程度でしか身体を動かさず、裏方のデスクワークが多いウォルターの老体にとっては酷だった。
階段を駆け上がる2人を必死に追いかけ、2階の会議室前に到着する頃にはウォルターは白い壁によりかかって息を切らしていた。
むせながら待ってくれと言うウォルターにミシガンは振り向く。
「この程度でへばるとは……老いたものだな、ウォルター。
貴様、俺より一回り若いだろうに」
621の気遣いに対し、ウォルターは咳き込みながらも大事ないと伝えるが、それがただの痩せ我慢でしかないことは誰の目にも明白である。
ここまで衰えていたとはな……と独り言のように呟きながら軽いショックを受けているウォルターに溜息をつきつつ、ミシガンは会議室の鍵を開ける。
そこで廊下の奥から歩いてくる人物に気づいた。
ポケットに手を突っ込み、大股気味に歩く金髪の男は、典型的なチンピラの風貌。
しかし、彼の羽織る淡い紺色のジャケットの胸元には、レッドガンのAC部隊所属を示す赤いバッジがLED灯の光を反射し、赤く輝いていた。
G5 イグアス────ミシガンにそう呼ばれた彼は、機嫌が悪そうに舌打ちをする。
「チッ、相変わらず早ェな……
今からブリーフィングか?」
「メンツが揃えば始めるつもりだ。
G4はどうした?」
「便所。
……つーか、後ろのガキと爺さんは誰だよ? 見ねぇ顔だな」
イグアスはミシガンの肩越しに、後ろで壁にもたれかかって息切れをしているウォルターとその隣の621を睨む。
老人と子供という組み合わせの上、そもそも来客の機会自体が少ないルビコンでは珍しいのだから、興味を引くのも無理はない。
息切れしながらウォルターが621の背中を押すと、彼女はそのままイグアスの方へと歩いて前に立ち、頭ひとつ上方にある彼を見上げた。
「はじめまして!!
私、C4-621! 独立傭兵レイヴン!」
「あァ? 独立傭兵? 昨日言ってた独立傭兵ってコイツかよ。
ただのガキじゃねぇか。
それに……」
イグアスは621に顔を近づけ、紅い瞳を覗き込む。
第4世代の強化人間同士の2人の瞳は、脳のコーラル管理デバイスが行う定期的なコーラル励起の影響で淡い明滅を繰り返している。
「第4世代型の強化人間か。
オレと同じかよ、気に入らねぇ……」
「おそろいだね!」
「うるせェ。
おい野良犬、ひとつ教えておいてやるよ」
そう言ってイグアスは621の頭頂の髪を乱暴に掴んで寄せる。
鼻先の触れ合いそうな至近距離に近づかれても、621は微塵も動じていなかった。
「わっ、なに?」
ACに乗っていない人間など恐れる意味もない、とでも言いたげに見えるその表情が、益々イグアスを苛立たせる。
「テメェとオレは違う。
並べると思うなよ、野良犬ごときが!」
イグアスの怒号が響く。
さすがにそろそろ介入した方が良いかと判断したミシガンは彼を止めようと動き出すが、それよりも早く621は反応を見せた。
「なんかムカつく!
おりゃ!」
金属製の補助腱を埋め込んでいる621の渾身の蹴りがイグアスの股ぐら向けてぶち込まれた。
「ほぅ」
「ハァ……」
ウォルターのため息とミシガンの感嘆を背景に、バキッ、という何かが砕けるような音がイグアスには聞こえた。
外には聞こえていないが、確実にナニかが砕けた音が。
「が……ッ!?
ア゚ァアアア゚ァ゚ッ゚!?」
イグアスの股間から脳天まで、激痛が彼を真っ直ぐ貫き、その瞬間のイグアスの脳裏には、ベイラム製のパイルバンカー《ASHMEAD》の姿がよぎった。
使い勝手は悪いが抜群の破壊力を持つ逸品である。
声にならない声を上げながら彼は621の頭から手を離し、そのまま股を押さえて倒れる。
「テメェ……何しやがる……ッ!? このクソガキ……ッ!!」
痛みに悶えながら床で転げ回っているイグアスに追撃をかけるように621は彼を何度もゲシゲシと蹴りつける。
その光景にミシガンは困惑し、いつの間にか息を整えて復帰していたウォルターもその横で頭上にハテナを浮かべていた。
「オマエがっ! ケンカ売ってっ! 来たんで……しょっ!」
数発の蹴り、続いて少し溜めて勢いをつけた一撃がクリーンヒットする。
さすがに手でガードされている股間は狙っても無駄と判断したのか、621はイグアスの脛を重点的に蹴り飛ばしていた。
「痛゙ェっ!? テメェっ!? とりあえず蹴るのやめろッ!?」
「バーカバーカ!! ヴァ~~~~カ!!!
AC乗ってないやつなんて怖くないしっ!!!」
「イ゙ってェ!? この゙ッ!? クソガキャアアア゙あ゙ァ゙アッ!」
「……はぁ」
薄々予感してはいたがやっぱり揉め事を起こしたか、ウォルターはため息をつき、ミシガンは彼の肩に手を置いた。
「……同情するぞ、ウォルター。
狂犬は手がかかるな」
「……すまないG5」
ウォルターは眉間を指で押さえながら再びため息をつくと、未だイグアスの抗議を無視して蹴り続ける621に近づき、肩にそっと手を置いた。
「ビルバオが居ないとこうもなるものか……
621、そのあたりにしておけ……」
ウォルターに気づいた621は足を止め、彼の方を向いて抱きつく。
「ごすずん! アイツがケンカ売ってきたんだよ!
頭もガシッてされたし! 痛かった! ムカついた!」
「掴まれたのは怖かっただろう。
即座に防衛・反撃の判断ができるのは良いことだ。
的確に急所を狙う思い切りの良さも、戦場では役に立つ」
ウォルターは621から、脛を押さえて転げ回っているイグアスへと視線を向ける。
「……だが、その後の追撃は過剰だ。
過剰な攻撃は、相手を生かしてしまった場合に不要な禍根を残す」
殺してたらいいのか? とミシガンは言いたくなったが面倒なので言わなかった。
「で、でも……
うん……わかった……」
抱きついている621を離れさせ、ウォルターはイグアスに手を差し出す。
イグアスはゆっくりと身体を起こし、痛む足とは逆の右足で踏ん張りながら、ウォルターの手を取って立ち上がった。
「クソっ……なんつークソガキだ……」
「すまないG5、うちの者が迷惑をかけた」
「痛ェわクソが……
ったく、ガキの教育ぐらいちゃんとしとけよ……」
イグアスは悪態をつきつつ、ウォルターから離れる。
ウォルターの背後でこっそり中指を立てていた621にサムズダウンを返し、それに腹を立てた621はシャーッ、と威嚇する。
「ヘっ、離れてさえいりゃ何も怖かねぇ。
クソガキの野良犬が」
いい気になって態度の悪いハンドサインで621を煽るイグアスにそろそろ一発ぶち込んだ方が良いかとミシガンが袖をまくって前に出ようとしたそのとき、いつの間にか来ていた大柄な男が、イグアスの後頭部をはたいた。
「痛゙ェッ! なにしやがるヴォルタ!」
バチィッ! と良い音を立てて叩かれた後頭部を押さえながら、イグアスは後方へ振り向く。
平手打ちを放った手に残るじんじんとした痛みを払うように手を振りながら、呆れたようにため息をついたガタイの良い男。
筋骨隆々という言葉がこれほど似合う者もそういないだろう。
前を開いて羽織っているジャケットの胸元に輝くバッジが示すコールサインは〝G4〟。
イグアスとは同郷であり、かつて同じスラムのチンピラとして暴れていた過去を持つ彼は、かれこれ10年以上の付き合いになる悪友のアホらしい行動にまたもため息をつく。
「なんか騒いでるなと思ったら……
ガキじゃねぇんだぞイグアス、ガキがチビにキレてんなよガキ」
「あ゙ァ!? 先に手ェ出したのは向こうだぞ!?
ってか、ガキガキ言うんじゃねぇ!」
イグアスの抗議をスルーしつつ前に出たヴォルタはミシガンを見て、そこから少し視線を下げて621を見た。
イグアスが騒いでた原因はコレか、と何となく察したヴォルタは、一先ず事情を知っていそうなミシガンに尋ねる。
「あのバカがキレてた原因は……このガキンチョか?」
「そうだ!
独立傭兵レイヴン、今日の作戦に参加してもらうG13だ。
G13! 自己紹介!」
「はいはーい!」
ミシガンの隣に立った621は、自身よりも遥かに大きい……おそらく頭2つ分は差があるであろうヴォルタに向けて手を挙げた。
「ワタシ、C4-621! 独立傭兵レイヴン! あとG13! 好きなものは《LOADER 4》とごすとビルバオお姉ちゃん!
あ、あとなんか突っかかってくる黄色アタマを蹴ること!」
「死ねガキ!」
イグアスの怒号は全員スルーした。面倒なので。
「大きいね!」
自分より頭ひとつか2つ分ほど差のあるヴォルタを見上げる621は、ヴォルタの目にはただの子供にしか見えなかった。
「こりゃまた随分と小せえヤツだな……
……大丈夫なのかミシガン?」
後ろでこっそりと両手で中指を立てているイグアスを無視しつつ、ミシガンに耳打ちするヴォルタ。
「案ずるなG4。
コイツは既に、惑星封鎖機構の大型武装ヘリを単独で撃墜した経験もある」
「マジかよ!?
嬢ちゃんすげぇな!?」
「そうだよ! 私すごい!」
胸を張る621。
ヴォルタのほうはまだ敵ではないと判断したのか、良く言えばフレンドリーに、悪く言えば馴れ馴れしく接する様はやはり子供である。
相方よりも幾分か親しみやすいヴォルタとじゃれ始めた621にジェラシーでも感じたのか、威嚇したりわけのわからない罵詈雑言を放っては脛を蹴られるイグアスという、3馬鹿という言葉が似合いすぎる面々に、ウォルターとミシガンはため息をつきながら頭を抱えた。
──────────────────────
結局、顔合わせも兼ねた対面ブリーフィングは派手に喧嘩をしたイグアスと621、それにヴォルタの様子から不要と判断され、作戦区域に向かっている間に個別の輸送ヘリ内で行われることになった。
世話になった恩でも返しておけ、と621のヘリに送られてきたハークラーは、ガレージでウォルターから事の顛末を聞き、腹を抱えて笑う。一方ウォルターは頭を抱えた。
「だッははは! バッカでェ~!
いやぁしかし……あの狂犬ヤローのイグ坊に噛みつくとは、621もなかなか根性あんじゃねーか。
レッドガン向いてるかもな! ギャハハ!」
「笑うな……洒落にならん。
……まぁ、気概は買われたが」
ミシガン直々の説教の後、イグアスに懇切丁寧に謝罪したところ、両者から予想に反して同情の眼差しで見られたことがウォルターには何よりも効いていた。悪い意味で。
しかし、多少の心労に見合うだけの成果は確実に手に入れた。
「しかし、よくクソ親父がコレ貸してくれたよな。
……なんか弱みでも握ってんのか?」
ハークラーが親指で紺色のベースカラーを、赤黒いペイントで彩ったACを指す。
無骨でシンプルなデザインと、手頃な価格と性能のバランスが人気のベイラム製AC《MELANDER》によく似た姿だが、《MELANDER》のカタログ写真と見比べると、頭部に増設されたプレート型アンテナや削ぎ落とされた装甲、左右非対称の肩部が目立つ。
「人聞きの悪い言い方はよせ……
昔馴染みというだけだ」
ハークラーの視線の先のACを、ウォルターも見上げた。
《LOADER 4》をレッドガンの基地に預けて代わりに積んできたこのACの中では、621がブリーフィングを受けている。
《MELANDER》の新型バリエーションモデルであるこの機体《MELANDER C3》は、 つい数週間前に3機のテスト用個体が送られてきたらしい。
独立傭兵が運用する際の他社製パーツとのアセンブル相性などのテスターが欲しかったころにちょうどウォルターが連絡を入れてきて……といった経緯で、今はウォルターと621が使用者として登録されている。
《LOADER 4》の武装とジェネレーターやFCSなどの内装を丸ごと移植した、急拵えの《TENDER FOOT》。
これがG13 レイヴンに割り当てられたACの名前だ。
「イグ坊のACもなんかガワ変わってると思ったら新型だったんだな。
いいんじゃねーの、カッケェし」
「……わかるか、お前も。
側頭部に増設された厚みのあるプレートアンテナが良い味を出している。
ケレン味が利いた良いデザインだ」
「マジカッケェよなコイツ。
俺のACに使ってる《MELANDER》のパーツ、全部C3のほうに変えてやろうかな」
戦闘兵器であり人を殺すためという目的で作られたことは変わらないが、何か一つのものに特化したものはカッコよく、そして美しいということは全ての男子の心に刻まれた真理であろう。
奇妙なところで意気投合し、ウォルターとハークラーががっしりと握手を交わす。
一方、とっくにブリーフィングを終えていた621は、そろそろ作戦も始まるというのに《MELANDER C3》から見る昨今のベイラムACのデザインの変遷について談義を始めそうな2人をACのカメラ越しに捉え、大きく声を張り上げた。
『ご! す! ず! ん!
おしごと! 始まるってばぁ!!!!!!!!!』
耳をつんざく621の声に、慌ててウォルターとハークラーはオペレーション用のモニターの前に戻り、作戦要項の資料に目を通す。
目標はルビコン解放戦線の拠点であり、ルビコニアンの重要な治水拠点のひとつである、ガリア多重ダムへの襲撃。
ライフラインを破壊し損害を与えることで勢力を削ぐ。
よくある襲撃作戦だ。
G4 ヴォルタの《CANNON HEAD》とG5 イグアスの《HEAD BRINGER》が先行して攻撃を始め、その隙に新入りの621が、目標の施設を破壊していくという流れを組み立てているらしい。
ウォルターがオペレーション用のライブシステムを立ち上げている間に投下ポイントに到着していたヘリは、自動的にホバリングモードに移行すると、積もった雪を巻き上げながら滞空を始めた。
先行して付近の偵察を行っていたMT部隊が哨戒している小山群の谷の直上に3機のヘリが集合すると、その内部でACの投下準備が始まる。
ハンガーで固定されていた《TENDER FOOT》の両肩を懸架アームが掴み、後部のハッチが開くとと同時に外の吹雪に機体を晒す。
紺色のマットな装甲が早くも白い雪にまみれ始めると同時に、ミシガンから通信が入る。
『G13! 投下開始! 愉快な遠足の始まりだ!』
「あいあいさー!」
《TENDER FOOT》は積雪を踏みしめる。
舞い散る雪が、621が授かった新たな名前を祝福しているようだった。
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