ARMORED CORE 6 緑の魔女はルビコンに羽ばたく 作:強化人間E4-514
普通に1万字を超えはじめて非常にマズい。
7000字くらいが読みやすい気はするんですけどね……
今回はビルバオさん回です。
ベイラムの依頼を終えてから2日後。
珍しく雲が晴れ、コーラルの赤い筋が走る青空が雄大に広がる快晴。
そんな空の下、ビルバオは鼻歌交じりにグリッドの床に散らばる瓦礫を愛機の《GREEN WITCH》に乗って拾い集めていた。
自室で休んでいるウォルターから通信が入る。
「手間をかけさせてすまないな、ビルバオ。
少し休め。
621もそろそろ起きそうだ」
「了解しました、ウォルターさん。
ビルバオ、戻ります」
拾い集めた瓦礫を、増設した作業用アームで括りつけて固定し、《GREEN WITCH》はその場を後にする。
ゆっくりと床を揺らさないように歩み、ガレージまでの帰路に着いた。
───グリッド090。
ハンドラー・ウォルターがルビコンで活動する〝友人〟に依頼して買い取った、セーフハウス代わりの場所だ。
アイビスの火以前に建造された場所の割には損傷も少なく、5機分のAC用ガレージも備え付けられた良物件である。
当然それなりの値が張りそうだが、それがAC1機を購入してお釣りが来る程度の値段で購入できたのには理由があった。
「そうそう、ウォルターさん。
懸念していた白骨遺体などは見つかりませんでしたよ」
「そうか。
いや、さすがになくて当たり前ではあるが……
助かる」
ここは事故物件だった。
それも、アイビスの火が原因の。
かつてこのグリッド090は、医療用に建設された場所だった。
高所作業やACの整備に始まり、果てはコーラル研究が原因の傷病に対応すべく用意された施設が一通り揃っていた。
コーラルを用いた強化人間やACに最適化された機械置換型強化人間の被検体のために研究、開発された機器はまずここに運び込まれ、実証を受けて各地の研究施設に出荷されていたとも聞く。
医療が集まるということは、災害が起きた場合はそこに患者も集まるということ。
アイビスの火でコーラルに灼かれた者や二次災害によって重傷を負った者たちがここに搬送され、助けられなかった命も多い。
ウォルターはこのグリッドが621とビルバオの2人が居住するに最適と判断し特に何の説明も聞かずに即決購入したのだが、その話を聞いたのは全ての手続きが終わり、〝友人〟と通信を繋いで今後を話し合っていた時だった。
つくづく最近は変なものを掴まされるものだ、とウォルターは何度頭を抱えたか分からない。
だが、自分たちが起こしてきた厄と業を精算するためのこの仕事のためには、そういうものと付き合わねばならないのも重々承知ではあった。
ガレージのキャットウォークで杖をつき、整備用アームに囲まれて固定される《GREEN WITCH》を眺めながら、ふと思いを巡らせる。
「……しかし、アレは細すぎるな……
防弾性能の保証はされているのか……?」
ハンガーに固定された《GREEN WITCH》は淡い青のカメラアイをゆっくりと消灯する。
エアーが抜ける音とともにコックピットハッチが開き、煤けたような灰色と緑のパイロットスーツに身を包んだビルバオが装甲板を飛び越えるようにしてACを降りた。
《LAMMERGEIER》の剥き出しのコックピットブロックは通常のACと違い、戦闘機のように前方の大型ハッチがスライドする仕組みになっている。
軽量化のため装甲を省いた頭のおかしい設計だが乗り込みやすく、さらにコックピットの座席後方に人一人が座れる程度の広さがあるため、人質の奪還依頼などは遂行しやすい。
そのためこれはこれでアリか、とウォルターはふと思ったが、やはり被弾時の危険性はメリットを帳消しにするレベルでマズい。
シュナイダーは
ビルバオは乗降用の足場を渡り、脇に挟んだ端末をウォルターに渡した。
数日前から行っていたグリッドの清掃やチェック、その進捗度を簡潔にまとめた情報が一通り表示されていた。
「ひとまず、崩落している場所はなさそうです。
いくつか足場が危険そうな箇所はありましたが、多少の修理で使用に耐えられる程度ですね」
「そうか……
あの災禍があって、よくここまで形を留めていたものだ。
爆心地からはそう離れていないはずだが……」
50年前の災禍、アイビスの火。
ルビコンを星系ごと焼き払った大災害であり、その爆心地付近のグリッドは原型もとどめないほどに焼き尽くされ、融解した鉄による新たな山が出来ていたほどだ。
だが、その災禍に見舞われてもなお、ルビコニアンは生きている。
つくづく人間の生命力とは侮れないものだ、とウォルターは思う。
ウォルターは幼い頃から様々な本を読み、その価値観を醸成していった。
一度生まれたものは、そう簡単には死なない。
人の想いも業も功罪も、生活も人生も、そう簡単に潰えるものではないと、歴史が証明している。
だからこそ、人間という種がたまらなく愛おしかった。
ウォルターは人間が好きなのだ。
「……ふっ」
「ウォルターさん?
よくわかりませんが、なんだか嬉しそうですね?」
「そうか……?
いや、621や、このルビコンを見ていると ……
俺の価値観も、そう間違ったものでははない気がしてな」
無意識に口角が上がっていたらしい。
二日前の仕事で重傷を負った621は意識不明のまま一夜を過ごしたものの、翌日にはベッドの上で自慢げに腕を組んで座っていた。
寂しがるかと思いハークラーと同室にしたが、なぜか「レーションはショートブレッド系か缶詰のどちらが美味いか」というしょうもない内容で口喧嘩をしていたので再び別室に分けたのが昨日。
子供の621はともかく、いい歳したハークラーまでこんなことで揉めないで欲しい。
胃痛の種が増えたと感じつつも、621が起動してすぐの頃よりも子供らしい振る舞いをすることが増えたという事実は喜ばしく思う。
情操教育もしなければな、と呟き、ウォルターは笑った。
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621に食事を届け、ついでに簡単なチェックを済ませて数時間後。
ビルバオは《GREEN WITCH》のコックピットに座り、普段は肩甲骨の辺りまで伸びている髪を結い上げ、うなじの接続ユニットを介して機体と接続している。
621が受けなかったアーキバスの依頼のブリーフィングが始まるまでは数十分。
彼女はそれまでの間にきっちり機体と自身の点検を済ませ、《ALL MIND》のネットワークに接続して待機していた。
用意周到、そして勤勉。
それがウォルターからの、ビルバオの仕事に対する姿勢の評価であった。
普段は実弾兵器に笑顔のまま怒るという器用なことをしたり、レーザーショットガンが欲しいと駄々を捏ねたり微妙に大人気ない振る舞いが多いが、そこはレイヤードの時代からACに乗ってきたベテラン。
公的に傭兵として認められ活動していた彼女の、プロとしての責任感が如実に現れている。
ガレージでアイドリング状態にある《GREEN WITCH》は、再び空を飛ぶのが待ち遠しいかのように還流型ジェネレーターの駆動音を微かに立てていた。
《GREEN WITCH》の淡い青のカメラアイがゆっくりと明滅し、ビルバオの網膜に遠隔ブリーフィングの映像が投影された。
簡易な瞑想状態にあったビルバオは意識をゆっくり身体に戻し、2、3回瞬きをする。
「ん……そろそろ始まるみたいですね」
ウォルターはオペレーション用機材の前でアーキバスとの契約資料を確認しつつ、《GREEN WITCH》に通信を繋いでマイクをONにした。
黒い腕が手綱を握るウォルターのエンブレムが画面中央で明滅し、《GREEN WITCH》のコックピットに彼の声が飛び込む。
「ビルバオ、仕事の時間だ。
星外企業勢力のひとつ、アーキバスグループから公示が出ている」
言い切ると同時にウォルターのエンブレムは裾に捌け、入れ替わるようにアーキバスの傭兵登用担当のエンブレムが表示された。
背中合わせの赤子を繋ぐようなY字状の臍の緒、その下には口のようなシルエット。
登用担当の男〝V.VIII ペイター〟の不気味なエンブレムであった。
極めて事務的な質の男の声が、依頼内容を読み上げ始めた。
『独立傭兵各位。
これは当社系列企業、シュナイダーからの依頼です。
作戦地点はベリウス南部 グリッド135。
目標は当社と競合関係にあるベイラム系列企業、大豊のMT部隊殲滅です。
当社はグリッド135を、汚染市街の調査採掘における橋頭堡と位置付けています。
コーラル調査における優勢を確保するには、独立傭兵各位の協力が不可欠。
なお、グリッド135では不明なMTと思しき機体が確認され、大豊MTと交戦した映像が弊社の諜報部隊によって記録されています。
不明機体を交戦し、これを撃破した場合は、シュナイダーの引き継ぎ部隊に残骸の提供をお願いします。
戦闘記録の他、不明機体の非損傷度合いに応じた追加報酬も用意しています。
アーキバスグループは、その奮闘に期待しています。
ブリーフィングは以上です。
よろしくお願いします』
V.VIIIペイターは必要な伝達事項のみを伝えてさっさとブリーフィングルームを閉じてしまった。
あまり気分のいいものではないが、世の中にはそういう人物もいる、ということでウォルターとビルバオは自分を納得させた。
大人の処世術である。
ガレージがわずか十数秒で円筒状の輸送形態へと変形を完了し、輸送ヘリの固定具がその両端を強く掴んだ。
赤い回転灯があちこちで起動し、警告音とともに《GREEN WITCH》の手に武装を装備させる。
「ビルバオ、お前はまだこのルビコンでは無名だ。
実績を積み上げていけ」
「了解しました、ウォルターさん。
……久しぶりの戦闘ですが、頑張りますね」
ビルバオの声音に緊張は見られない。
やはり、彼女はベテランだと改めて実感する。
外部カメラ越しのウォルターの見送りの元、《GREEN WITCH》を乗せた輸送ヘリは、グリッド135へと飛び立った。
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カタパルトが併設されたグリッド135。
621が飛び立った場所も、このグリッドであった。
経年劣化で脱落した壁はまるで大口を開けているかのよう。
少し離れた空中で輸送ヘリから出撃した《GREEN WITCH》は、アサルトブーストでそこに飛び込んでいった。
一時的に枯渇したENを回復させるため、《GREEN WITCH》の四脚が関節をショックアブソーバーのようにして衝撃を吸収しながら、グリッドの床へと着地する。
今回の《GREEN WITCH》のアセンブルは以前と違い、左手にパルスミサイルの《PFAU/66D》、右手にはレーザーライフルの《VP-66LR》が握られていた。
先日のモンキー・ゴードとそのAC《CANAVERAL》の戦術に感心したビルバオが、ウォルターから予め提供されていた資金で購入した最初の武装だった。
高性能で扱いやすく、そして弾持ちも申し分ない。
EN兵器を主体として扱うならば、最初の選択としてはベストと言えるだろう。
『メインシステム、戦闘モードを起動します』
COM音声が告げる。
ウォルターが通信を再接続し、手短に告げる。
「ミッション開始だ。
大豊のMT部隊を殲滅しろ」
ウォルターの通信と同時にビルバオはブースト移動を起動し、四本の脚を滑らせるようにして《GREEN WITCH》を作戦領域への入口まで運んだ。
錆びた鉄の扉で固く閉ざされている。
襲撃を警戒した大豊MT部隊によるセキュリティだろうが、《GREEN WITCH》に搭載されているハッキングソフトならば突破は容易であった。
ピピーッ、という解除完了の音と同時に扉が上がる。
「進入します」
ビルバオが手元のパネルを操作すると、《GREEN WITCH》の脚部は瞬く間に姿を変える。
鋭く長い四本の脚は繊細な変形機構によって飛行に適した形状に折りたたまれ、下部のスラスターが機体を浮遊させた。
──────フロート形態。
《LAMMERGEIER》の特徴の一つと言えるこの変形は、偶然が必然か、同じ名を冠するレイヤード時代のビルバオの愛機に似ていた。
かつて《管理者》と呼ばれた地下都市の神と熾烈な戦いを繰り広げ、死闘の果てにコアだけの姿になってでも彼女を守り抜いた《GREEN WITCH》は、このルビコンでも彼女と共にある。
地面という制約から解き放たれた《GREEN WITCH》は、扉が開き切るのも待たずグリッド135の戦場へと進む。
大豊MT部隊の1人が《GREEN WITCH》を捕捉し叫んだ。
『 敵襲! ACが1機!』
大豊MT部隊の補助戦力として投入されていたヘリのパイロットは《GREEN WITCH》を一瞥し、その目的と背景を即座に推測する。
『おそらく、アーキバスグループの雇用戦力だ』
部隊の隊長と思しき男の声。
『独立傭兵か…… ヴェスパーでないならやりようはある。
迎え撃つぞ!』
《GREEN WITCH》をまばらなマシンガンとミサイルの束が迎え撃つ。
しかし、装甲をほぼ省いた頭のおかしい設計と引替えに手に入れた軽量と機動力の前に、追いすがることの出来るミサイルは皆無に等しい。
《GREEN WITCH》は機体を左右に振りながら、クイックブーストですらない
豆鉄砲がごときマシンガンが数発脚部に当たるが、APの現象は軽微である。
「レイヤードの時よりも、弾丸は痛くないようですね……
ならばっ!」
《GREEN WITCH》はMT部隊に対してぐるりと回るように立ち回って背後をとり、ライフルを構える。
レーザーライフルがバシュッ! という鋭い音とともに青い光線を飛ばし、真ん中の通路に陣取っていたMT部隊の一機を貫いた。
続いて2発、3発目。
膝を着いて煙を吹き、次々と爆散していくMT。
『このAC乗り……なかなかやる……!』
『攻撃を集中しろ!』
高火力の肩部グレネードを装備したMTが《GREEN WITCH》を照準に入れるが、即座に青い閃光がコックピットに飛び込みパイロットを焼く。
大豊の兵士は怖気付いたものもいれば、味方が次々と撃墜されていく光景に敵対企業の名を出して毒づくものもいる。
『独立傭兵が ここまでやるのか……?』
『アーキバスめ……!
当たりを引いたか……!』
本来なら対人用であるガトリング砲を健気に放つヘリに《GREEN WITCH》はパルスミサイルで対処し、EN枯渇を起こしたジェネレーターを休ませるため、変形を解除して一時的に足場へ降り立つ。
「長く飛べるわけではない……
ですが……!」
《GREEN WITCH》のVP-20Cは回復性能とEN出力のバランスが取れた還流型ジェネレーター。
変形機構が高速巡航の要となる《LAMMERGEIER》との相性は抜群だ。
数秒で充填されるENは多少の無茶も許容でき、レイヤードから続くフロートの高速戦闘術を遺憾無く発揮できる。
ビルバオの操縦で再びフロート形態をとった《GREEN WITCH》は三本の長い足場の間を飛び回り、《GUARD MECH》とMTを確実に排除していく。
パルスミサイルの緑の曳光を追い越しながら、マシンガンをばら撒くMTの攻撃をかいくぐって肉薄した。
MTのパイロットがヒュッ、と喉を鳴らす。
それは背後にいた味方がパルスミサイルで撃破された爆発に対するものか、目の前に降り立ち、整流板だけ取り付けた皿のようなACの顔から受ける謎の覇気に対するものか。
両肩の武装ハンガーに握っていた武器を置いた《GREEN WITCH》は、マシンガンを握るMTの腕を掴んで引きちぎった。
『なッ!!???!!』
目の前のACの行動に困惑する。
ビルバオは笑顔のままこめかみに青筋を浮かせながら、バチバチとスパークするMTの腕をヘリに投げつけ、オープン回線で大豊のパイロットに語りかけた。
「さきほどからパシパシパシパシと実弾兵器ばかり……!
お説教が必要そうですね~~~~~????」
『うわぁぁぁぁアアアッ!!!???!!?!』
半狂乱になりつつ、残った左腕で殴り掛かるMTのパンチを《GREEN WITCH》は難なく受け止める。
「ちょっと……大人しくしなさい!!」
左腕を引いてMT姿勢を崩し、肩口を晒したところに作業用アームのような手で手刀のようなものを繰り出して切断した。
『なぁアアッ!?!?
なんなんだよお前ェッッ!!?!??』
両腕を失った影響でバランサーがエラーを起こし、両膝をついたMT四脚の回転蹴りで弾き飛ばし、MTへウォルター相手の説教に使ったスライドショーのデータを送信する。
「せっかくAP残してあげたのですから!
それでも見て勉強しててください!!」
三本しかない指の2本で、蹴り飛ばしたMTを差した《GREEN WITCH》。
ウォルターはその様子を見て頭を抱え、ため息をついた。
「はぁ……」
ハイテンションで思想を押し付けるのはさすがに注意した方がいいかなどと考えつつ、《GREEN WITCH》の入ってきた扉から戦場へ進入する機影を広域スキャンで捉えたウォルター。
コックピットでは未だにビルバオがブツブツと文句を言っていた。怖いのでやめてほしい。
ウォルターは本日何度目か分からないため息をつき、気を取り直して通信に声を乗せる。
「ビルバオ、新たな機影を確認した。
増援のようだ。
排除しろ」
「あらあら……
損耗は激しいでしょうに、頑張りますね」
MTを4機ほど懸架した輸送ヘリが2、レーザーガンを装備したドローンが4。
輸送機は撤退し、撃墜する必要があるのはヘリから投下されたMTを含めて12機といったところか。
まだ余力を残している《GREEN WITCH》には簡単すぎる相手だった。
アサルトブーストで接近する《GREEN WITCH》を補足したMT部隊はマシンガンを斉射する。
まとまった数の射撃の束に加え、ミサイル持ちのMTが援護としてミサイルを放つ。
先程よりも練度の高い部隊だが、レイヤードの経験を持つビルバオにとっては少し戦いにメリハリが出る程度のものでしかない。
盾を持ったMTを背後から蹴り飛ばして少し離れた場所にいたMTにぶつけ、とどめのレーザーライフルで2体同時に撃墜。
肩の装甲をチマチマと焼いてくるドローンを一瞥してビルバオは叫んだ。
「あなた達もレーザー使えるじゃないですか!!!」
EN兵器を使えるのに使わない大豊に苛立ちを顕にしながらパルスミサイルでドローンを撃ち落とし、扉の前に陣取ったMT部隊に急接近する。
周辺のMTをレーザーライフルで片付け、隊長機と思しきペイントが施されたMTをパルスミサイルのとがった部分で殴りつける。
見事にジェネレーターに直撃したようで、MTのコックピットは警告音の激流と共にスパークを起こしていた。
衝撃で頭を強く打ち、意識が朦朧とし始めたパイロットは友軍へと通信を繋ぐ。
『ミシガン総長に……報告を…… を……!』
残った最後のMTのパイロットは隊長の言葉に叫びながら返した。
『どう報告しろってんですか……ッ!
こんな奴──ーッ!!!』
直後にコックピットへと飛び込んだ緑の曳光。
それが、それぞれのMTパイロットの最期に見た光景だった。
輸送機などの敵影が無いことを確認したウォルターは通信を繋ぐ。
「敵MT部隊の殲滅を確認した。
仕事は終わりだ。
帰投しろ、ビルバオ」
状況終了。
《GREEN WITCH》のAPの減少は9割以下。
完璧と言って差し支えない成果だった。
これなら修繕費と弾薬費で赤字になることは無いだろう。
新しいACのパーツ購入の目処が、ようやく立ってきた。
帰投しようと《GREEN WITCH》をフロート形態に変形させたビルバオが機体を前に進めたその時だった。
一足早く気づいたウォルターが声を上げる。
「回避しろ! ビルバオ!」
「えっ?」
完全に油断していたビルバオの死角。
光学迷彩を施し、ウォルターにすら気づかれることなく潜んでいた不明機体が機体の真後ろから、プラズマを纏った縄のような武装を振り上げ、《GREEN WITCH》に叩きつけた。
「きゃあぁっ!」
ガァン!! という音とともに揺れるコックピット。
ビルバオの悲鳴がウォルターの耳を刺す。
スタッガーギリギリの負荷を受けた《GREEN WITCH》を素早くクイックブーストで後退させながら、旋回して不明機体に向き直る。
円盤から手足が生えたような奇妙な形状。
ACより少し低い程度の全高の不明機体は、左手に装着した筒のような部品でプラズマを帯びる縄を巻きとった。
円盤の中心に3つ取り付けられた目のようなユニットが辺りを見渡し、《GREEN WITCH》を捉える。
「……ッ!」
ビルバオは息を呑んだ。
この迫力、感じたことがある。
レイヤードを襲い、傭兵や企業の兵士に留まらず、民間人までもを殺戮した化け物。
そして、
《管理者》の実働部隊───────不明機体が放つ覇気は、それとよく似ていた。
深層心理で燻っていた恐怖が、ビルバオの脳裏に広がっていく。
身体がすくみ、ここから逃げ出したい衝動に駆られた脚を理性で引き止める。
「あなた……まさか……管理者の……!?」
「落ち着け、ビルバオ。
ここはお前のいたレイヤードではない」
ウォルターの冷静な声がビルバオの思考を現代に引き戻す。
「不明機体……アーキバスの言っていた奴か……!
撒ける相手ではない。撃破しろ、ビルバオ」
「無茶をいいますね……ッ!」
鞭のようにしなり、辺り一面にプラズマを撒き散らしながら迫り来るレーザーウィップをクイックブーストで機体を前後左右へと高速ではじき飛ばして回避を試みるが、変則的な軌道のウィップを避けるのは容易ではない。
かするだけでもかなりのAPが削られ、3回しか使えないリペアキットでの回復も追いつかない。
その上、一撃ごとにACSに恐ろしいほどの負荷が蓄積されていく。
スタッガーまでのカウントダウンが刻一刻と迫る。
軽量機体故に防御性能の低い《GREEN WITCH》では、スタッガーはそのまま死へと繋がりかねない。
「く……ぅ……!」
追い詰められていく《GREEN WITCH》。
恐怖と屈辱感に唸るビルバオの脳は先程よりも遥かに強い恐怖に襲われていた。
牽制射撃にもなりはしないレーザーライフルの乱射を不明機体は難なく回避する。
ならばとパルスミサイルも織りまぜて、なお結果は変わらない。
圧倒的だった。
しなるウィップは確実に《GREEN WITCH》とビルバオを苦しめる。
ビルバオの目からは無意識に涙が溢れていた。
せっかくルビコンまで来たのに。
終わったと思っていた人生をやり直せたはずなのに。
「くっ……!
ビルバオ! シュナイダーの部隊がすぐそこまで来ている!
カタパルトまで後退しろ!」
指示を撤回し、撤退を促すウォルターの声がビルバオに届くことはない。
不明機体が放ったジャマーによって通信は阻害されていた。
確実に敵を殺すための戦い方をしている。
機体そのものが殺意に満ち、溢れ出したそれが《GREEN WITCH》とビルバオをこの場に縛り付けているかのようだった。
薄ら寒く背筋を走る恐怖に抵抗するかのように、ビルバオは叫んだ。
「ぁああ゙あ゙ァアァッ!!」
引きずるような悲鳴混じりの叫びとともに放たれた両手の一斉射撃。
そのうちいくつかは不明機体に直撃したものの、スタッガーには至らない。
回避機動をとりながら乱射する《GREEN WITCH》を待ち構えるかのような軌道をとり、背後に回っていたレーザーウィップがコアの冷却装置を格納している突起に巻き付く。
「なっ!?」
ビルバオが反応して《GREEN WITCH》を脱出させるよりも早く、電撃がウィップを伝ってACの装甲を焼き、電装系を通じてコックピットのビルバオを痺れさせる。
全身の皮膚が焼き尽くされ、全ての神経を針で刺されているかのような痛みに襲われたビルバオが背骨が折れそうな程に仰け反る。
「ぐ…………っぁあ゙ぁあぁァッ!!」
悲痛な叫び声を聞く者はいない。
あるいは、不明機体がそれを聞いているのか。
そして、愉しんでいるのか。
《GREEN WITCH》はスタッガーを起こし、四脚が崩れ落ちた。
ウィップを巻きとった不明機体は手を腰の後ろに回してレーザーガンを取り出した。
《GREEN WITCH》に銃口が向けられる。
青い光が銃口へ収束していく。
確実にコアを撃ち抜くチャージ射撃。
ビルバオは絶望に呑まれていた。
全身の刺すような痛みに奮起する気力もかき消され、モニター越しに光る銃口を見ることしか出来ない。
「うぁ……っ」
今にも泣き出しそうな掠れた声を漏らし、目をきつく閉じて現実から目を逸らしたその時だった。
『見つけたぞ』
直上から降り注いだミサイルが次々と爆発し、不明機体は堪らず飛び下がった。
「……えっ?」
爆発音で目を開いたビルバオと《GREEN WITCH》の前に降り立った四脚のAC。
苔むしたような緑と、紫とも赤とも言えないような色に染まり、細身な《NACHTREIHER》のコアに見知らぬ平たい形状の頭部を乗せ、巨大な腕を取り付けた異形の機体。
おそらくアーキバス系列のパーツで固められたその四脚ACは、《GREEN WITCH》に回線を開く。
『……立てるか?』
男の声だった。
気だるげだが、確かな強さを感じさせる声。
四脚ACがジャマーを撃ち落とすと、ウォルターの焦燥に満ちた声が《GREEN WITCH》のコックピットへ通信に飛び込んだ。
「ビルバオ! 無事か!? そのACは……!?」
不明機体と《GREEN WITCH》の間に立ち塞がる四脚ACを駆る男は、静かに名乗りを上げる。
『V.III……オキーフ』
回復したACSが制御を取り戻し、再び立ち上がった《GREEN WITCH》を一瞥したオキーフは武器を構える。
『お前は、シュナイダーの依頼を受けた独立傭兵か。
災難だったな、端で休んでおけ。
後は……』
不明機体が放ったレーザーウィップを撃ち落とし、プラズマをまとった爆発を背景にオキーフは短く、優しい声音で告げた。
『俺が片付けよう』
飛び立つオキーフのAC。
それは空中で脚を大きく開き、ホバリングを始めた。
地面を駆けて飛び上がる不明機体だが、空中では彼のACに追いつけない。
機体を端に寄せたビルバオはオキーフの戦闘を見る。
圧倒的だった。
まるで不明機体の弱点を知り尽くし、それに適切化したアセンブルを施しているようにすら見える。
「すごい……」
思わずビルバオの口から賛辞が漏れた。
それを聞いたウォルターは落ち着いた声音で返す。
「……ビルバオ、よく観察しておけ。
あれがアーキバスの精鋭……〝ヴェスパー〟の戦いだ。
奴はそのNo.3、機体名を《BARREN FLOWER》という」
「バレン……フラワー……」
その名を復唱するビルバオ。
おなじ四脚ACに乗る者として、いや、AC乗りとしての隔絶した能力差を否が応でも感じさせられる。
オキーフは不明機体の飛び上がる高さに限界があることを見抜き、そのギリギリの高度から爆撃を続けていた。
ミサイルの軌道とそれを避ける不明機体の軌道を先読みし、牽制のライフルによる射撃で挟み込む。
猛攻を続けながらレーザーウィップを回避し、ENが切れた瞬間に不明機体から距離をとって時間を稼ぎ、回復と同時に再び空へ上がる。
そしてそれらの行動を一切の淀みなく、美しく繋げていく。
彼は不明機体に対して何かを言い捨てる程度の余裕を保ちながら戦っていた。
『人を人のまま死なせず、永遠に殺し合わせる世界など馬鹿馬鹿しい。
……うんざりするような世界で、人の形のまま死ぬのが人間だ。
当たり前だがな』
不明機体は苛立ったようにノイズのような音を吐く。
『お前の戦い方は薄っぺらい。
人間を倒せるなどと思うな、その程度で』
スタッガー。
不明機体が膝をつき、全身から煙を吐いて崩れ落ちた。
関節という関節からスパークを放ち、立ち上がろうとするもその度にガク、とバランスを崩している。
「……っ!」
《BARREN FLOWER》は不明機体の眼球のようなユニットの中心にライフルの銃口を押しつけた。
『仕舞いだ。消えろ』
バンッ。
短く鳴った銃声とともに、不明機体はゆっくりと糸の切れた人形のように崩れ落ち、沈黙した。
『……』
短く息をついたオキーフは《BARREN FLOWER》を《GREEN WITCH》の付近に運び、通信越しに、優しげな声で語りかける。
『……奴は死んだ。
弊社系列企業の依頼遂行、感謝する。
追加報酬は上に掛け合っておこう。ACも直さなくてはな』
先程の苛烈な戦いをしていたとは思えない、まるで操縦と会話を別の人間がやっているのではないかと感じるほどに、慈しみのある声だった。
「え、ぇえ……
ありがとうございます……助かりました……」
ビルバオは弱った声で返す。
今日はもう戦えない。それほどに消耗していた。
オキーフはその声を聞いてふむ、と呟く。
《BARREN FLOWER》が《GREEN WITCH》に近づいた。
コックピットハッチが開き、中からヘルメットを被り、ACに似たペイントが施されたスーツに身を包んだ細身の男、オキーフが姿を現す。
「!? ちょっ、何を……?!」
驚愕するビルバオの声は彼に聞こえない。
ACから降りているため、当たり前だが。
彼はコアからコアへと飛び移り、《GREEN WITCH》の頭部の前に立った。
「安心しろ。
銃は持っていないし、殺すつもりもない。
渡したいものがあるだけだ」
彼はそう言って、《GREEN WITCH》のカメラの前でくるりと回ってみせる。
言った通り、銃のホルスターなどは見当たらなかった。
「信じてくれたか?
じゃ、開けてもらおうか」
少し笑ったような感情の掴めない声がコックピットの上から聞こえる。
「は、はぁ……
ハッチが上がりますので、一度頭に上がっていただけますか……?」
「……そうか、これは《LAMMERGEIER》か。
普通のACとは開き方が違うんだったな。
わかった」
オキーフが《GREEN WITCH》の皿のような頭の上に乗ったことを確認してから、コックピットのハッチを開くボタンを押した。
エアの抜ける音とともに大型のハッチが開き、グリッド135の天井をビルバオはACのモニターではなく生身の眼で見上げる。
少し身体をひねって後ろを見れば、コツ、という足音とともにヘルメットを被ったオキーフがビルバオを見下ろしていた。
「……あの」
何のつもりなのか、とビルバオが尋ねる前に、オキーフはしゃがんで何かを差し出してきた。
鈍く光る銀色の縁に黒いフィルムが巻き付けられたそれは、所謂缶コーヒーと呼ばれるものだった。
「……???」
ひとまず受け取りはしたものの、訳が分からず混乱するビルバオにははは、と笑いながら、オキーフはヘルメットを脱いだ。
少しくせ毛でウェーブのかかった茶髪。
前髪は片目を覆い隠してはいるが、隙間から角張った視覚補助用のガジェットが見えた。
30代後半ぐらいだろうか。
隈の浮いた目元に無精髭の目立つ彼は困惑するビルバオの顔を見て笑うと、ゆっくりと立ち上がった。
「……アーキバスの食品部門の連中は、フィーカは苦ければそれでいいと考えている。
だが、それはそんなに簡単なものじゃないことを俺は知っている」
「はぁ……???」
輪郭が浮き上がらない彼の言い様が混乱を加速させる。
「……お前はそれを理解できそうに見える。
また機会があれば会おう。戦場ではないことを祈る。
じゃあな」
オキーフはそう言い残し、そそくさと《BARREN FLOWER》に乗り込んで飛び去っていった。
「……なんだったのでしょう」
ビルバオの呟きと、それに続いて缶の封を開けた音だけが、嵐の後の静寂に包まれたグリッド135に木霊した。
【本編で説明するのが面倒なことを説明するコーナー】
・レーザーウィップ
オマちゃんヨーヨーよりも長い縄がグネグネ動いて非常に避けづらいですが、ウィップの節がプラズマ爆発を連続で放出するためのジェネレーターのような構造になっているので、上手く銃撃すれば破壊もできます。
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