永久の軌跡   作:お倉坊主

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閃の軌跡Ⅲの情報が続々と公開されてテンションアガットな今日この頃。成長したⅦ組メンバーの姿に感慨さえ覚えます。やっぱりリィンの傍に彼らがいるだけで安心感が違いますね。序盤は胃痛が避けられなさそうな環境だけに尚更……

拙作がⅢに追いつくのは遥か先のことでしょうけど、プレイする前から色々と妄想がはかどります。尚、何時もはかどりすぎて設定を詰めまくるものだから展開が遅くなってしまう模様。学院祭が終わったらテンポ早くなる予定なのでご容赦ください。


第29話 誰が為に 何が為に

 ノルティア州は帝国の北部に位置する地方であり、その州都であるルーレはその中でも北部国境を形成するアイゼンガルド連峰に近しい。そのためリベールなどに比べて寒冷な帝国の中でも一層冷え込みやすい。

 とはいえ、その寒さが我が身を蝕むのは冬期の話。夏期に向かう六月現在においては、最近増してきた蒸し暑さが軽減されてありがたい。寒暖にも適応するオールシーズン仕様の学院制服とはいえ、暑いものは暑いのだ。

 

 そうした気候から涼しげな風が吹く朝方のルーレ。やや寝不足気味な目を時折こすりつつ、トワたちは街区中央の導力式自動階段――エスカレーターと呼ばれているらしい――で街の下層に向かっていた。

 

『まったく、朝ご飯を食べるミラも覚束ないなんて……クロウ、もう少し計画性ってものを持った方がいいと思うの』

「うっせ。だいたい、あんな糞高いレストランで食おうと考える方がおかしいんだよ。サラもサラだ。朝飯くらい込みにしてくれていいだろうに、こんなところでケチりやがってよ……」

「まあまあ、クロウ君。私たちはあくまで予行演習だからあんまり予算が出ないんだし」

 

 今日の依頼を受け取る前からこうして街に繰り出しているのは他でもない。クロウの素寒貧な財布事情のため、彼でも出せる範囲の料金設定の店で朝食をとるためである。ホテル内のレストランでは、一般的なエンパイアブレックファストでさえも残金を消し飛ばしかねないものだったのだ。

 ノイからの至極もっともな説教にぐちぐちと文句を垂れるクロウ。素泊まりで朝食がサービスに含まれないことに関しては、予算の都合というしかない。来年度からの本格的なカリキュラムならばいざ知らず、現段階では無駄に使えるほど金回りが良くないことをサラ教官の手伝いでトワは知っていた。一学生にそこまで知られるほど手伝わせてもいいのか、とも思ってはいるが。

 

「今回に関しては個人的な挨拶も兼ねてだから、まあ勘弁してあげるとしよう。機会を見て訪ねようとは思っていたからね」

「居酒屋の《ドヴァンス》だよね。僕も何度か行ったことがあるけど、いい店だよ」

 

 そんな財布事情からアンゼリカが案内してくれている店が下層の外れにあるという居酒屋。工場や鉱山の労働者向けの店で、夜の営業がメインではあるが、朝も出勤する人向けに朝食を提供しているらしい。馴染みのアンゼリカだけではなくジョルジュもこう言うあたり、評判はいいのだろう。

 

『で、アンゼリカはそんなお店とどうして馴染みなの?』

「鉱山でバイトしていた頃に毎晩のように通っていたからね。顔も覚えられるさ」

 

 相変わらず名門貴族の令嬢としては落第の理由に、トワは呆れを通り越してアンちゃんらしいなぁ、と笑うしかなかった。他の面々も、もはや突っ込む気力さえ湧いてこない様子。昨日に門番の人が言っていた通り、彼女を止めるためには鎖にでも繋いでおかなければ無理なのだろう。

 談笑するうちに下層に到着し、エスカレーターを降りる。早朝のまだ人がまばらな街並み。「さて」とジョルジュが街の西側を指さした。

 

「ドヴァンスはあっちだ。早速行くとしよう……あまりのんびりしていると、博士にどやされそうだからね」

 

 疲れが色濃く残るクマの浮いた眼で彼は笑った。深夜までこき使われていたのだから、疲労が蓄積されているのは当然のことだ。実習中は残念ながらそうはいかないが、出来得る限り彼にはしっかりと休息を取ってもらいたいところだ。

 だが、彼の心の中のしこりは何時になれば、どうすれば取り除くことができるのだろうか。

 昨晩から続くもどかしさが、トワの胸の内で小さく疼いていた。

 

 

 

 

 

 カランカラン、と古ぼけたベルの音が鳴る。トワたちが入店してきた音に気付いた店主が「おっ」と洗い物から顔をあげた。

 

「へい、らっしゃい……って、姫さんじゃねえか! はは、しばらくぶりだな!」

「どうも、ご主人。息災のようで何よりだよ」

 

 覚えのある顔を認めた途端に喜色に染まった声をあげる店主。やはりというべきか、そこに貴族と平民の身分差など欠片も存在していなかった。ニコニコ顔でカウンターの奥から出てくる彼は歓迎ムード満点である。

 

「朝っぱらからどうしたよ。帝都の方の学校に入ったって聞いていたが、とうとう脱走でもしてきたのか?」

「まさか。窮屈な実家とは違って刺激に溢れているから存分に楽しませてもらっているよ」

「そいつは何よりだ。姫さんが友達連れてくるなんて今までなかったしな」

 

 そう言って「がはは」と大口を開けて笑う店主。朝から随分と元気である。久しぶりにアンゼリカの顔を見れて嬉しいのもあるかもしれないが、きっと普段からこんな調子なのだろう。労働者向けの居酒屋を経営しているだけあって、鉱山員にも負けないくらい活力に溢れていそうだ。

 そんな彼とひとまずの挨拶を交わしたアンゼリカはぐるりと店内を見回す。そして目に入った光景に対して呆れたように肩をすくめた。

 

「それにしても昨晩は派手に宴でもやったのかい? 随分な散らかりようじゃないか」

 

 同じく周囲の様子を窺ったトワは確かに、と内心で頷いた。積み重なった大皿、乱立する飲み干されたエールのジョッキ。店内のあちらこちらにどんちゃん騒ぎの痕跡が残されている。少なくとも、ちょっとやそっとでは片付きそうにないくらいには。

 知らない仲ではないとはいえ、仮にも客にこんな店内の有様を見られるのはバツが悪いものがあったのかもしれない。店主は恥ずかし気に頬をかいて曖昧な笑みを浮かべた。

 

「すまんなぁ。片付けたいのは山々だったんだが、昨日は俺も一緒に騒いでしまってな……娘も疲れ切って寝入っているし」

「普段からそんなに盛り上がるものなんですか?」

「いんや、昨日は格別だったな。いつもなら鉱員たちも二日酔いで仕事なんてしたくねえから、ほどほどで済ませるんだが……」

 

 店主が視線を店の奥に向ける。その先を追うと、店の奥のテーブルで何かがもぞもぞと動いているのに気が付いた。皿とジョッキの山に埋もれたその物体が「うぅ……」と苦しそうな呻き声を絞りだす。恐る恐るその正体を覗き込んだトワたちは、テーブルに突っ伏す姿を見てポカンとする羽目になる。

 

「その御仁が気前よく奢りだって言うもんだからよ。そりゃあ大いに飲ませてもらって……おい、どうした?」

「いや……なんというべきか、奇妙な巡り合わせだと思ってね」

「確かに、奇縁という他にない感じはするね」

「ったく、このオッサンはこんなところで何をやってんだか」

 

 アンゼリカとジョルジュは苦笑いを浮かべ、クロウに至ってはあきれ顔だ。

 そんな反応をさせる目の前の人物を、トワはなるべく親切に揺り起こす。

 

「ボリスさん、こんなところで寝ていると、またドミニクさんに怒られますよ」

「うん? ……おお、トールズの諸君。この酔っ払いの夢に何の用かね?」

 

 寝ぼけ眼で惚けたことを口にする紡績町パルムの領主、ボリス子爵にトワは「本物ですよ」と笑いかけるのだった。

 

 

 

 

 

「いやぁ、また会えて嬉しい限りだ。帝都では君たちに色々と世話になったからな……うっぷ」

 

 大口を開けてご機嫌に笑っていたボリス子爵の顔が青褪める。黙って水を差しだしつつも、トワは無理に大きな声を出さなくてもいいのにと内心で苦笑い。他の面々もおおむね似たような気持であることは言うまでもない。彼女たちの奇妙な知り合いはものの見事に二日酔いであった。

 申し訳程度に片付けられたテーブルを囲むトワたちが朝食を食べる前で、コップに注がれた水で気分を落ち着かせようとするボリス子爵。店主がせっせと宴会の残骸を片付ける音をバックグラウンドに、彼女たちは先月ぶりの再会をなんだかんだ喜びあっていた。

 

「こちらこそ。ボリスさんは、帝都ではあれから大丈夫でしたか?」

「うむ、まあ憲兵隊に避難所へ誘導されてからは大人しくしていたとも。ドミニク君も口うるさいからな。おかげで騒ぎが収まったらすぐに列車に詰め込まれてしまったよ」

 

 残念そうに「できればオリヴァルト皇子の凱旋を見たかったものだが……」とこぼす中年男性。垂れ下がった犬耳を幻視してしまいそうなしょんぼり具合である。いい歳なのにこういう愛嬌があるところが、彼が色々としでかしても秘書に見捨てられないでいる秘訣なのかもしれない。

 

「はは……取りあえず、ご無事ならよかったです」

「まさか、こんなところで会うとは思っていなかったけどな。いったい何がどうなって酒場で潰れていたんだよ?」

 

 クロウの言うとおりである。トワたちの中の誰一人、ボリス子爵に再会することなど欠片も想像していなかったのだ。それも悪くいってしまえば場末の酒場で、こんなお手本のような二日酔いになった状態で、である。

 ボリス子爵が帝都に来ていた理由から、このルーレに来ている理由はなんとなく察しが付く。だが、この酒場にいる理由は皆目見当がつかなかった。仮にも領主貴族が鉱山労働者たちとどんちゃん騒ぎを始める切っ掛けなど、トワにとっては全くの未知の領域だ。

 水のおかげでだいぶ気分もマシになってきたのだろうか。ボリス子爵は幾分かよくなった顔色で口を開く。

 

「どうしてと言われると……うむ、ここは最初から話すとしよう。想像の通りだろうが、私はこのルーレにも商談のために訪ねたのだ」

 

 そうだろうな、と一様に頷く。帝都で会った時もそうだった。この領主子爵は領地運営ではなく営業回りが仕事なのである。となれば、今回も同様の理由で来ている可能性が最も高い。わざわざ帝国の南端にある領地から北部に出向いてきていることからも、ただ遊びに来ただけとは考えにくい。

 ただ、それはそれで疑問を覚える点はあるのだが。

 

「えっと、ルーレでも取引されている方は結構いるんですか? あまり服飾関連のイメージはないところですけれど」

「まあ、確かにな。着飾っている奴より、作業着やら白衣姿の方が目につく印象はあるぜ」

 

 ルーレは工業の街。決して服飾品を扱う店舗がないというわけではないだろうが、それでも帝都などに比べれば格段に少ないだろう。着飾って歩いている人の姿もあまり見かけない。

 代わりに目にするのは、様々導力製品を取り扱うRFの系列店や工房、そして、店舗に並ぶ製品を開発生産する技術者や作業員である。身だしなみの範疇の話ならばともかくとして、あまりお洒落などには縁のない環境や、そこに身を置いている人々だ。人によりけりかもしれないが、普段はあまり服飾品に目を向けることが少ないイメージがある。

 そのような特色を持つ街に、果たして子爵自身が営業をしに来るほどの利があるのだろうか。そんなトワたちの疑問にボリス子爵はにっこりと笑みを浮かべた。

 

「いい質問だ。では、逆に私からも聞かせてもらおう。トワ君、私が営業して回っている商材は何だと思うかね?」

「えっ」

 

 唐突な質問返しに声が上擦る。この返しは想定していなかった。

 トワはうんうんと頭を悩ませる。ボリス子爵はダムマイアー家が運営する紡績工場の関連商品を営業しているはず。となれば、やはりそこで生産される綿糸や絹糸、あるいはそれらを織って作られた布生地などと思われる。

 

「糸……生地……あっ、そっか」

 

 そこまで考えて思い至る。手をポンと叩いたトワに、同じように考えていたジョルジュが不思議そうな目を向けた。

 

「何かわかったのかい?」

「うん。ボリスさんに聞かなくても、売り込むものはクロウ君が先に言っていたじゃない。それが取引相手に繋がっているんだ」

「俺が? そんなこと言った覚えは……あっ」

「なるほどね。そういうことか」

 

 トワの言葉にクロウたちも得心が行く。自分たちは知らなかったのではない。先入観から見落としていたのだ。

 ボリス子爵はそんな彼女らを見て「はっはっは」と機嫌がよさそうに笑う。それが答えであった。

 

「作業着や白衣、他にもそうした作業環境における衣類用品を取り扱う方々が、ルーレにおけるボリスさんの取引相手なんですね?」

「その通り! いや、ほんの取っ掛かり程度の質問だったのだが、それだけで答えにたどり着いてしまうとはね。やはりトワ君は察しがいい」

「それはもう、私のトワですから」

「いや、なんでお前が自慢げなんだよ……」

 

 気恥ずかしさから頬をかくトワの横で胸を張るアンゼリカ。それへの突っ込みはクロウに任せておいて、ボリス子爵はさらに事細かな内情を口にする。

 

「服飾関連というと礼服やドレスといった華やかなものをイメージしがちだが、パルムで作られるもの何も柔らかな絹糸だけではない。鉱山のような怪我をしやすい現場でも、ちょっとやそっとでは破けない丈夫な服を織る糸。実験中に失敗しても薬品から身を守れる耐食性に優れた服を織る糸。満たすべき需要は探せばいくらでもあるのだよ」

 

 勉強になる話だ。物事に対するイメージは普段の生活で目に入るものから形作られるものであるが、実際には他にもいろいろなところで、時に想像もつかないようなものと繋がっていることもあるのだ。意識しなければきっと気付かないことだろう。

 普通に暮らす分には必要のない知識なのかもしれない。だが、それが役に立つ時もまたあるのだとトワは思う。イメージの中だけの知識は一つの点でしかない。けれど、点と点の繋がりを知ればそれは線となり、繋がりが増していけばいずれ面となる。知識と知識を織り合わせていけば、それはきっと智慧となって自らの糧になるだろう。

 やはりボリス子爵との話は面白い。彼と語らう中で、自分の内に新しい世界が拓けていくような感覚がトワは好きだった。

 

「なるほど。それで鉱員さんたちと宴会をしていたのに繋がるわけですか」

「鉱山関係の業者に誘われて参加したら興が乗ってしまってね。ついつい奢るなんて言ってしまったら引くに引けないだろう?」

 

 納得したように頷くジョルジュに対してウィンクを決める中年子爵。このノリと勢いで生きている感じも、困った人だとは思ってもなんだかんだ嫌いになれない。若干頬が引き攣った苦笑いしか返せないけれど。

 

「でも、そう考えると本当に奇遇だったんですね。こうして居酒屋に居合わせたこともそうですけど、たまたま私たちの実習先と被るなんて」

 

 トワの感慨が含まれた言葉に、クロウたちも頷いて同意する。

 実際、この広い帝国で行き先が同じになるなど早々あることではない。片や士官学院の実習、片や領地の特産物の営業。目的から何まで全く異なる二つの軌跡が交わったのは奇縁という他にないように思えた。

 が、それに対してボリス子爵はなぜだか目を逸らす。やましいことでもあるかのような様子にトワは首を傾げた。

 

「あー……白状するとだね、私の方が狙って君たちの実習先に被せたのだよ」

「おや、そうなのですか?」

 

 それは思ってもいない自白だった。なにやら開き直ったかのように子爵は笑う。

 

「先月の件からハインリッヒに連絡を取ってな。奴にぐちぐちと説教をかまされつつも、君たちの次の行き先を聞いておいたのだ。私の方は行き先に自由がきくから問題ないしね」

「そりゃまた、ご苦労なこって……だがよ、なんでわざわざそんなことしたんだよ?」

「歳を食うとどうにも若者に魅かれてしまうのだよ。特に君たちのような、将来有望な活力溢れる子たちにね。純粋に君たちと話すのが楽しいというのもある」

 

 なんとも自分の欲求に正直な理由だった。昔からの腐れ縁だというハインリッヒ教頭からは半ば強引に聞き出したのだろうし、営業先の自由が利くとは言え多少は計画を捻じ曲げてもいるのかもしれない。そうして勝手を貫くあたり、彼も貴族らしい部分はあるようだ。

 しかし、そこまで買ってもらえているのが嬉しいのも事実だった。多分に面映ゆさが先行するものの、一領主にまた会いたいと思ってもらえるくらいに好意を持ってもらえるのは光栄なことには違いない。

 

「まあ、年寄りの数少ない楽しみだと思ってくれたまえ。私の知識が実習の一助となるかもしれないし、君たちとしても損はないだろう?」

「そりゃお勉強の役には立つかもしれねえが……」

「おっと、そうだ。せっかく年寄りの道楽に付き合ってくれたのだ。この場の代金は私が持つとしよう」

「やっぱり領主様のお話はためになるなぁ! 今後とも是非お付き合いしていきたいなぁ!」

「クロウ、君ってやつは……」

 

 渋い顔から一転、鮮やかな手のひら返しを披露するクロウにジョルジュがこめかみを抑える。帝都ではお礼の意味合いがあったが、今回はそうではない。流石にそこまでしてもらうのは悪いのでトワは慌てて口をはさむ。

 

「そんな、お話したくらいでそこまでしていただくわけにも……」

「そう遠慮しなくても構わんよ。言っては何だが、大して懐が痛むわけでもない」

 

 そうは言われましても、とトワは続けようとする。ところが、その先は「まあまあ」と割って入ってきたアンゼリカに遮られた。

 

「ここは素直に厚意を受け取っておくべきだと思うよ。それに、こうやって懐の深さを見せるのも貴族の習慣だしね」

「ログナー嬢の言うとおりだ。ここはどうか、私に見栄を張らせておくれよ」

「アンちゃん、ボリスさん……分かりました。ここはご馳走になります」

 

 ぺこりと頭を下げてお礼を言う。ここのところの礼儀はしっかりとしなければ。ほかの面々も、言わずともそこのところは分かっているのだろう。各々ボリス子爵に礼を伝えていく。クロウが九十度の最敬礼をしたのには、さしもの子爵も笑みが引き攣っていたが。いったいどれだけお金に苦心しているのだろうか。

 ともあれ、こうして再びトワたちと話すことができてボリス子爵は大層満足したようだ。闊達に笑う姿は上機嫌そのものである。

 

「何にせよ、帰る前に会えてよかった。予定では午前の便で帰ることになっているからね。ごねたらドミニク君にどやされるところだった」

「あはは……そういえば、そのドミニクさんはご一緒じゃないんですか?」

「彼なら個人的に用があるとかで昨晩に別れたきりだね。一応、駅で待ち合わせる予定になっているのだが……あっ」

 

 懐から取り出した懐中時計に目を移したボリス子爵は、そこで不穏な呟きとともに動きが固まった。言われずとも何か不味いことが起きたことが伝わってくる分かり易さである。冷や汗をダラダラと流し始めた彼にジョルジュが遠慮がちに問いかける。

 

「あの、どうかしましたか?」

「……待ち合わせの時間から一時間も過ぎとった」

 

 ヤバイ、という感情を顔面に張り付けたボリス子爵の言葉。もはや手の施しようもあるまい。トワたちは助けを求めるような視線から静かに目を逸らすことしかできなかった。

 待ち合わせに遅れたとしても、十分や二十分くらいなら待ち続けることはできるだろう。だが、流石にそれ以上はしびれを切らして相手を探し始めるに違いない。もしかしたら何かあったのではないかと心配するだろうし、心当たりのある人物などに聞きこんだりもするだろう。

 ボリス子爵は昨日、この酒場で取引相手や鉱員たちと大いに飲み明かした。その事実が耳に届くのは時間の問題であることは疑いようがない。遅刻の原因が単に酔いつぶれていただけと知れば、心配は反転し怒りへと変貌する。

 結論を言えば、ボリス子爵が秘書にどやされる未来は確定事項なのである。

 

「工場長ぉっ!!」

「うっひぃ!?」

 

 だから、こうして酒場のドアを乱暴に開け放って件のドミニク氏が怒鳴り込んできたのも予定調和なのだろう。店主が思わず飛び上がり、店の奥からは誰かが転げ落ちるような音がしたのにも構わず、ドミニクは子爵に一直線に駆け寄って胸倉を掴み上げた。

 

「あなたという人は! 私が散々遅れないように釘を刺したにもかかわらず! 酔いつぶれた挙句に呑気に会話に花咲かせているとはどういう了見しているんですかぁ! ええっ!?」

 

 ガチギレである。全面的にボリス子爵が悪いので擁護のしようもない。胸倉を掴まれたまま前後に揺すられるボリス子爵の顔色が急速に悪くなっていく。あっ、とトワが気付いた時には半ば手遅れであった。

 

「ちょ、ドミニク君! 私が悪かったからタンマ――うぷっ」

「く、クロウ君! そこのお皿! お皿取って!」

「俺かよ!? 畜生が!」

 

 瞬間、ボリス子爵の中で堤防が決壊する。おぼろしゃぁ、と二日酔いの結果が解き放たれた。

 尊い犠牲を払い、店に多大な迷惑をかけるという最悪の事態だけは免れたことを明言しておく。

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

「朝から酷い目に遭ったぜ……臭いついてねえだろうな」

「だ、大丈夫だと思うよ。その、ちょっと掛っただけだし」

 

 早朝の居酒屋におけるなんやかんやの騒動の後、気を取り直して工科大学に向かうトワたち。約一名の被災者をトワが励ましつつ、昨日と同じく受付で入構許可を貰ってからシュミット博士の研究室へ。

 早朝から色々と想定外の事態に見舞われはしたが、早めに行動していたおかげで時間はまだ八時過ぎ。一般的な始業時間が八時半であることを考えれば、遅いと文句を付けられるような時間ではないだろう。いや、シュミット博士相手でなければ逆に早すぎると苦言を呈されてしまうかもしれないが。

 まあ、あの短気な博士なら早い分には嫌な顔はしないと思われる。そう当たりを付けて朝一に訪れた研究室。ジョルジュがノックをすれば、中から「入れ」と短い返事が聞こえてくる。

 

「ふん、可もなく不可もなくといったところか。遅れなかったことだけは評価しよう」

「それは、どうも」

 

 師がいつも通りと言えばいつも通りな調子で口を利くものだから、教え子の反応も素っ気ないものになる。そんなことなど気にした様子もなく、シュミット博士はずいと手を差し出してきた。

 

「えっと……?」

「何を呆けている。さっさとARCUSを渡すがいい。私が昨日なんと言ったか忘れたわけではあるまい」

「博士、普通は口で説明しますよ」

 

 戸惑うトワに対して当たり前のことのようにのたまうシュミット博士。ジョルジュが呆れ混じりの苦言を呈したところで、その意図を理解する。

 ジョルジュを深夜残業に駆り出して完成した、昨日の模擬戦のデータを反映した調整プログラム。それを早速ARCUSに適用させようというわけだろう。一言加えてくれればいいものを、それすら無駄とばかりに省いてくるあたり筋金入りの自分本位である。例えそれを伝えたところで、彼が自省することなど望むべくもないだろうが。

 考えていたところで話は進まない。素直に渡そうと腰のホルダーからARCUSを取り出す。しかし、そこでふと思い至った懸念を口にした。

 

「ところで、調整にはどれくらいかかりそうですか?」

「半日程度だ。そこから更に調整結果の詳細確認。少なくとも、今日一日は付き合ってもらうぞ」

 

 その答えにトワたちは自然と難しい顔になってしまう。

 今日一日かかるのはまだいい。帰りは遅くなってしまうだろうが、それは仕方のないことだ。いざとなれば帰りの鉄道で寝る時間はあるし、最悪の場合は延泊すればいいだろう。

 だが、調整自体に掛かるという半日の時間。手隙になってしまうその間はどうするかが問題になってしまう。戦術オーブメントを預ける以上は街の外に出るのは避けたいし、かといって街中でやることもあまり思いつかない。幸か不幸か、シュミット博士の用件が激務であることを考慮して今日の課題はこれ一つしか申し渡されていなかった。シャロンの気遣いが裏目に出た形である。

 

「不都合があるのか知らないが、こちらも予定を変更する気はない。分かったらグズグズするな」

 

 とはいえ、そんな事情を話したところでシュミット博士が取り合ってくれることはないだろう。空いてしまう時間に関しては後から考える他にない。仕方なくトワたちはARCUSを博士に預けていく。

 

「結構。ならば、どこかで適当に時間をつぶしているがいい。ジョルジュ、早速始めるぞ」

「……はい」

 

 ただ、当たり前のように浮かない顔のジョルジュを助手に駆り出そうとするところまでは、素直に従うわけにはいかなかった。

 

「ちょっと待ってジョルジュ君。そういえば、昨日の分のレポート終わっていなかったじゃない」

 

 唐突なトワの言葉にジョルジュが「え」と間の抜けた顔をする。まるで思い当たるものがない様子。当然だろう。昨日のレポートは寝る間を惜しんでちゃんと完成させたのだから。少しでも楽になるようにと雛型を作るのにトワも手を貸していたのだから、そのことを知らないはずがない。

 だというのに、このはっきりとした言いよう。これはどういうことかとジョルジュが戸惑う間に、トワはクロウとアンゼリカに素早くアイコンタクトを送る。一瞬にしてその意図を理解した二人は続けざまに口を開いた。

 

「そうだぜ、ジョルジュ。いつも俺に人のノートを写してばかりいるなって文句付けてんだ。あとで見せてくれって言われても貸してやらねえからな」

「そういうことだ。それにシャロンさんから頼まれた件もあるだろう? 勝手に抜け駆けしてもらっては困るな」

 

 無論、他に依頼がない以上はシャロンから頼まれていることなども無いし、クロウがジョルジュにノートを貸すような事態になることも今後一切ないだろう。だというのに、それをさも当然の事実のように嘯く彼らにジョルジュは尚更目を白黒させる。

 そんな彼の手を、トワが有無を言わせずに握り取った。

 

「そういうわけでシュミット博士。申し訳ないですけど、ジョルジュ君はお貸しできません」

「……ふん、勝手にするがいい。調整が終わるのは昼過ぎが目途だ」

「分かりました。では、よろしくお願いいたします」

 

 シュミット博士は深く追求してこなかった。察していたかどうかは分からない。ただ、どちらにせよ引き留めるほどの興味は持たれなかったのだろう。最低限のことを伝えると、彼は背を翻して研究室の奥へと向かう。

 その背中に頭を下げ、トワたちも足早に研究室から立ち去るのだった。トワに半ば無理やり引っ張られる形のジョルジュは構内から出るまで戸惑ったままだった。

 

 

 

 

 

「……ごめん、気を遣わせてしまったね」

「ジョルジュ君、こういう時って謝るのは正しくないと思うんだ」

「はは……じゃあ、ありがとう、かな?」

 

 トワにやんわりとたしなめられたジョルジュが苦笑とともに礼を告げる。よろしい、と満足げに頷くトワ。二人は工科大学前の広場のベンチに腰掛けて期せずして訪れた空き時間をゆっくりと過ごしていた。

 目の前の広場では、クロウとアンゼリカ、そして大学生である二人の青年が地面を走り回る小さな導力車のようなもので遊んでいる。彼らはハーヴェスとグレゴ。ジョルジュの知り合いであり、暇を持て余していたトワたちに自分らの開発物を試してもらいたいと声をかけてきたことで今に至っている。導力ラジコンというものらしく、無線接続のコントローラーを操作することで自由自在に動かせるのだとか。

 思いの外はまったクロウとアンゼリカはレースなどをして先ほどから盛り上がっている。一応、研究中のものだからあまり乱暴に扱わない方がいいのでは――と当初は思っていたが、当の開発者二人が一緒になってはしゃいでいるので問題ないのだろう。たぶん。

 

 それはともかくとして、問題はジョルジュの方である。あのまま放っておくことができずに強引に連れ出してきたのはいいものの、正直、そこからどうするかは全く考えていなかった。

 まあ、せっかく纏まった時間が取れたのだ。ここで言いたいことを言ってしまうのもいいかもしれない。そうと決めてしまえばトワは思い切りがいい。普段はクロウなどに向けられるお説教モードに入った。

 

「ジョルジュ君も色々と悩んでいるのは分かるけど、嫌なときや迷ったときはちゃんと断ったりしないとダメだよ。頼りになるのは良いところだけど、流されて押し付けられるのはジョルジュ君の為にならないんだから」

「うっ……耳が痛いなぁ。自覚があるだけに尚更……」

 

 クロウやアンゼリカなら馬耳東風と受け流すところだが、二人と違ってジョルジュは真面目である。トワのお小言に割と本気で凹んでいた。

 嫌と言い切れないのは彼の性分でもあるのだろう。頼まれると断れない性質なのだ。それゆえに様々な人に頼られるのは良い点なのだが、自分自身のことを顧みられないのが欠点だった。

 だからシュミット博士に助手を命じられてもジョルジュは自分で断ることができなかった。悩みを抱えているにもかかわらず、流されて余計に苦しい思いをすることになってしまう。それは彼の懊悩の助けにはならず、むしろ助長することになってしまうことだ。

 

「僕もマカロフ教官みたいにきっぱり出来たらいいんだろうけど、やっぱり難しいなぁ」

「マカロフ教官がどうかしたの?」

「教官も昔は博士のもとで学んでいたんだよ。聞いたところによると、ついていけないって弟子を辞めたそうだけど」

 

 意外な事実に少し驚く。いつも猫背気味で無精ひげを生やしている導力学のマカロフ教官。昼行燈な雰囲気に反して、その実、優れた技術力や豊富な知識を有しているのは知っていたが、まさかシュミット博士の弟子とは思っていなかった。

 

「一応、僕のことも知っていてね。以前に『よくあの博士に付き合ってられるもんだ』なんて言われちゃったよ」

「うーん、そればっかりは教官が正しいと思うなぁ」

 

 マカロフ教官も兄弟子として弟弟子に思うところでもあったのだろうか。袂を分かった元師匠に対する苦言を呈しつつも、ジョルジュのことを気には掛けているのかもしれない。

 しかし、そうなるとジョルジュの悩みはやはり相当に根深いのだと理解せざるを得ない。マカロフ教官という前例がいるというのに、自分とシュミット博士は違うのだと割り切れないのは自分の目指す先が見えないから。博士と同じ道から外れ自分の足で道を拓いていこうにも、標も何もない真っ暗闇の中では不安ばかりが大きくなり自分が正しいのか分からなくなってしまう。

 その心細さが、トワには痛いほどに分かった。自分の作り上げたものが人を不幸にする感覚や技術者の性は分からない。けれど、一筋の光も見えない中で歩き続ける辛さだけは身に染みている。

 それは、トワ自身が抱えるものに通じるものだったから。

 

「分かってはいるんだけどね……本当、どうしたもんかな」

 

 きっとジョルジュはこのままだと博士の影から逃れることはできないだろう。例え縁を切ってどこか遠くに去ったとしても、技術者としてある限りその影はどこまでも付きまとう。彼が確固とした一人の技術者としての道を見出さない限り。

 そう分かっていても、トワは掛けるべき言葉が見つからなかった。彼女自身もまた迷いのさなかにいるというのに、どうして他者に対して答えを与えることができるだろう。

 二人して俯き、考え込んでしまう。その時、視界の中に導力ラジコンが滑り込んできた。

 

「ようジョルジュ……って、どうしたんだよ。そんな辛気臭い顔して」

「グレゴさん」

 

 場違いな明るい声。導力ラジコン開発者の片割れが、トワたちが座るベンチの方にやってきていた。遊び回っていた方からこちらに来たら、その雰囲気の落差に驚きもするだろう。我ながら陰鬱になっていた自覚があった。

 

「いえ……ちょっと悩み事があって。それより向こうはいいんですか?」

「お前のダチのクロウが面白いゲームを教えてくれてな。ラジコンの試験は一旦中断だ」

「ゲームって……ああ」

 

 何をしているのかと思って目を向けてみれば、いつの間にやら地面にカードを広げているクロウたち。ルーレに来る列車の中でもやっていたクロウが布教中のカードゲーム《ブレード》である。ラジコンは実験という名目があったものの、これでは完全に遊んでいるだけである。今更とやかく言う気はないけれど。

 ただ、せめてテーブルがあるところでやるべきじゃないかなぁ、とは思う。初心者のハーヴェスをカモにしているのか、悲痛な叫びとクロウの悪役染みた高笑いを聞いていると、グレゴが導力ラジコンのコントローラーを差し出してきた。

 

「というわけで、ジョルジュたちもそれを試してみてくれよ。無線の範囲とか操作のレスポンスとか、まだ色々と試行錯誤しているところだからさ」

 

 半ば押し付けるようにコントローラーを渡される。おっかなびっくり触ってみれば、なるほど、確かに操作に対して動作が少し鈍い気もする。この小さいボディに無線通信を搭載して、更に正確な動作が可能なだけでも凄いことであるのは間違いないのだが。

 そんな縦横無尽に地面を走り回るラジコンを見て、ジョルジュがぽつりと疑問をこぼした。

 

「グレゴさんは……その、自分が作ったものがどうなるか考えたことがありますか?」

「うん?」

 

 要領を得ない様子のグレゴ。そんな彼に、ジョルジュは躊躇いがちに言葉を続ける。

 

「この導力ラジコンは凄く面白いものだと思いますし、いい発明なのは確かです……けど、ひとたび軍事利用しようと思えば幾らでも使えてしまう。単純に爆弾を積むだけでも脅威ですし、無線操作を発展させたら戦車の無人操作もできるかもしれない……そんなことを考えたことはありますか?」

 

 人の発明品にケチをつけるようなことを言うのは本意ではないのだろう。申し訳なさそうでありながら、しかし、どうしても聞いておきたいことが伝わってくる面持ちにジョルジュはなっていた。

 うーん、と頭をかくグレゴ。さして気を悪くした様子もなく、彼は軽い調子で口を開いた。

 

「ぶっちゃけ、あんまり考えたことないな。そういう使い方もジョルジュに言われるまで思いつかなかったし……あ、でも無人戦車っていうのは何かロマンを感じたりもするなぁ」

 

 なんとも気の抜けた返答にトワとジョルジュは揃って「「えぇ……」」と思わず白い目を向けてしまう。こちらとしては真面目な話のつもりだっただけに尚更である。流石に気まずいものを感じたのか、グレゴは咳払いをして仕切りなおす。

 

「ま、まあ真面目な話をするとさ。仮に俺たちの作ったものがそういう風になったとしても、世に出た後の使い道は俺たちの手から離れちまっているんだ。どうにもならない後先のことを考えるより自分の好きなものを作りたいとは思うよ」

「そう、ですか。やっぱり、そういうものなんでしょうか」

 

 それは、ある意味で真理なのだろう。例え開発者が全く意図していなかったとしても、まるで別の発想から人を傷つける手段として用いられる可能性をゼロにすることはできない。だから、あれこれ考えるよりも自分が好きなものを好きなように作る。その選択は間違っていないだろうし、きっと否定することもできない。

 だが、同時にそれはシュミット博士のやり方を認めることでもある。ジョルジュとて博士のことを否定したいわけではない。けれど、博士と同じ道を行くことに抵抗を感じる身としては、グレゴの答えは意に沿うものではなかった。

 やはり、考えるだけ無駄なことだったのだろうか。意気消沈しかけるジョルジュ。

 

「それにさ、やっぱどう使われるかより、どう使ってほしいかっていうのが大事じゃないか」

 

 そんな彼の様子に気付かぬまま、何気なく放たれたグレゴの言葉にジョルジュは顔をあげた。

 

「どう使ってほしいか……?」

「あれ、なんか変なこと言ったか? このラジコン開発だって戦争に使われるかもー、とか考えていたらモチベーション上がらないだろ。どうやったら楽しく遊んでもらえるか考えなきゃ、やる気もアイデアも湧いてこないって」

「それは……その通りですね、はい」

 

 言われてみれば当たり前のことだ。むしろ、どうして言われるまで思い至らなかったのかと聞かれても仕方がないレベルである。だが、実際のところトワとジョルジュの頭からはすっぽりと抜け落ちていたことであり、二人ともなんとなく頷くくらいしか反応できなかった。

 

「あー、要するにアレだ。もっと自分の気持ちに素直になった方がいいと思うぜ。小難しいことばっか考えていると禿げちまうぞ」

 

 あまり真面目な話は得意ではなかったのだろう。照れ隠しのように冗談めかすと、グレゴはさっさと踵を返してクロウたちの方に戻っていった。最後に「ラジコンの感想よろしくなー」と言い残していくのは忘れなかったが。

 しばらくその背中をぼんやりと眺めつつ、頭に残る言葉を咀嚼していく。どう使われるかより、どう使ってほしいか。確かにそれもまた、真理であることに変わりはない。どう使うかという当初の目的がなければ、そもそも開発することもないのだから。目的に対する効果を最大化するためにも、機能もそれに沿って最適化されていくのだろうし。

 思えば、トワたちは極論で考えすぎていたのかもしれない。シュミット博士という先鋭化した例を前にして、自分たちもまた極端な前提の中に囚われてしまっていたのではないか。本当は、もっと単純なことだったのではないか。

 なら、ジョルジュが答えを探すべき問いかけも見えてくる。

 

「ね、ジョルジュ君」

「え……な、なんだい?」

「ジョルジュ君はさ、どうして導力技術を学ぼうと思ったの?」

 

 ジョルジュの瞳が揺れる。彼が技術者の道を志し、そして道を歩む中で霞んでしまったのだろう、その原点。最初に抱いた純粋な気持ちこそが、きっと彼の道を照らしてくれる。そんな確信がトワにはあった。

 

「急いで答えを出さなくてもいい。じっくりと考えて、納得いくまで探し続けて、その先にあった答えが、きっとジョルジュ君にとって一番大切なものだから」

「トワ……」

「ほら、せっかくだからクロウ君たちみたいにラジコンで競争してみよう。遊んですっきりした後の方が考えもまとまるかもしれないし」

 

 先ほどまで悶々と考え込んでいたのだ。そこから更に考えようとしてもあまりよろしくない。時には気分転換も必要なのである。ちょうどいい道具も手元にあることだし、ちょっとくらい羽目を外しても罰は当たるまい。いつもはブレーキをかける側だが、トワもこの手の遊びは好きなタイプだった。

 ベンチから立ち上がり、コントローラーを手にまずは慣らし運転。思い通りに動かすには意外とコツがいりそうだ。むむ、と割と真剣にラジコンの操作に集中するトワ。そんな彼女を見て、ジョルジュは薄っすらと微笑んだ。

 

「敵わないなぁ、ほんと」

「え、何か言った?」

 

 トワには何と言ったかは聞こえなかった。ジョルジュもわざわざ言い直したりはしない。ゆっくりと立ち上がると、彼もまたラジコンのコントローラーに手をかける。

 

「いや……ただ、競争なら僕も手を抜かないからね」

 

 数分後、華麗なドリフトを決めるジョルジュのラジコンに唖然とするトワの姿があったとか。

 

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