STARWARS バクトゥールの地にて   作:バケツ頭 小説もどき家

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主要登場人物SS
ファマ


 コルサント上空を飛ぶ数多のスピーダー。無数の光点が重なり、都市惑星の空は星空と見紛うほどに輝いている。上も下も、規則正しい光の奔流が絶え間なく流れていた。

 

 スピーダーの列の中を、スピーダーバイクが縫うように進んでいく。茶色の髪を靡かせ、機体と一体化するように姿勢を取る若い女性。

 

 彼女の名はファマ・アディソン。学業と遊び、それからバイトに精を出す若者だ。

 

 バイクの後部に固定された冷蔵ケース、ケースに納められた特上寿司。彼女は視線を備えつけのモニターに向ける。モニターの画面には、ルートと時間が表示されており、現在位置示すマーカーと目的地まで伸びる赤線が映し出されていた。

 

 ギリギリ間に合う距離だ。衝突事故で悲惨な事になるリスクと保安部隊を気にしなければ。

 

 ファマは無謀なドライバーでも命知らずなバイカーでもなかった。残念だが、チップは諦めるしかない。

 

 無理はしない。それが、バイク好きの女学生の信条だった。

 

 ファマは周囲の流れに身を委ね、規則正しいリズムを崩さないように機体を走らせた。目的地のビルが、徐々に近づいてくる。この時点で数分の遅れだ。

 

 白い腕に取り付けられたコムが振動する。

 

「あーあ、嫌な予感がしてきた……」ファマはため息をつき、コムを口に近づける。「はい、マイド! こちら──」

 

「おい! 今どこにいる?!」

 

 張り裂けんばかりの怒声。ファマは思わず顔をしかめた。コム越しでも分かる、あからさまな苛立ち。顧客はカンカンだ。

 

「もうすぐです! 三分、いえ……四分くらいかな――」

 

「ふざけんな!」怒鳴り声がコムを震わせる。「タダにしてもらうぞ!」

 

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

 ファマは思わず声を張った。スロットル操作は崩さず、視線は前方の発着ポッドから外さない。

 

「たった数分の遅れですよ? それでタダは――」

「うるさい! さっさともってこい!!」

 

 ブチッというノイズと共に切れる通信。

 

「はいはい。言われなくたってそうしますよ」

 

 ファマは小さく息を吐いた。発着場に機首を向け、ゆっくり着地させる。

 

 ファマは冷蔵ケースを確認する。中身は――完璧だ。シャリもネタも、微塵も乱れていない。

 

「よし」

 

 彼女が安堵した時だった。

 

 

「待て!!」

「止まれ!」

 

 怒声は発着ポッドの喧騒を裂くように響いた。ファマは反射的に視線を向ける。人の流れが一瞬だけ歪み、その中心を男が駆け抜けていく。

 黒いジャケット、伏せられた顔。片手には膨らんだバックが握られていた。その隙間からこぼれ落ちる赤や黄色のスティック。

 

 デス・スティックだ。

 

 酒場で見つかったか、それとも職質に引っかかったか。どちらにしてもコルサントを覆う悪の一部が終わりを迎えようとしていることは確かだ。

 

 ファマは少し機体を前に出し、男の行く手を阻もうとした。だが、男はスタビライザーを避け、直ぐ側に駐機されていたエアスピーダーに乗り込んだ。

 

 赤い光弾を弾き、宙に上がるエアスピーダー。

 

 ファマは、無意識のうちにバイクのハンドルを握り締めていた。鼓動が早い。頭の中では理性が警鐘を鳴らしている。

 

 カドゥの群れに轢き殺されそうになったり、分離主義勢力の放棄された基地を冒険した幼少期。迷い込んだコルサントのアンダワールド内で警察と密売組織の銃撃戦に巻き込まれた1年前の記憶。

 

 もう二度と馬鹿な真似はしない。トラブルが起こる度にファマは自分にそう言い聞かせてきた。だが、それが守られる事はない。今日も、そして恐らくこれからも。

 

 ファマはスロットルをひねる。エンジンが甲高い音を立て、スピーダーバイクが滑り出した。

 

 黒のエアスピーダーはまだ見える距離にいる。操縦は荒い。交通流を読む余裕がない。

 

 彼女は距離を詰めていった。

 

 黒い機体が振り返るように機首を揺らす。男がこちらに気づいたのだろう。次の瞬間、エアスピーダーは無理な角度で急加速し、流れを横切った。

 

──逃がすもんか。

 

 ファマは同じ軌道をなぞった。

 

 

 

「ダンク・ファリック!!」

 

 密売人はしつこい追跡者に苛立っていた。スピーダーの列を縫うように進んでも、ビルの隙間を掻い潜っても振りほどけない。これまで数多の法執行機関の追跡を躱してきたが、これほどしつこく追われた事はない。

 

 第一、こんなに意味不明な状況は初めてだ。自分を追いかけているのはポリスドロイドでも、トルーパーでもなく、若い女性が操るスピーダーバイクなのだから。

 

「観念したら?!」

 

『状況はどうなっている?』

 

 バンバンと窓を叩く白い手。隣を並走する追跡者の様子をチラチラ見ながら男はコムリンク越しの相手に、自分が置かれた状況を説明しようとする。

 

「当局は撒いた。だが、しつこい小娘が──」

 

「ねぇ!? 聞こえてるの?!」

 

 女はエアスピーダーを蹴った。

 

「うるさい!」男は思わずコムリンクから口を離し、叫ぶ。「お前いったい何なんだよ!!」

 

 そう叫びながら男は女が跨るスピーダーバイクを見た。コムリンクの周波数が書かれた機体、後部の冷蔵ボックス。自分は一体何に追われてるんだ? 男はますます意味が分からなくなった。

 

 男はスピーダーバイクに体当たりしようとハンドルを操作した。

 

 しかし、動かない。

 

「一体……──」

 

 男が後ろを振り返ると、そこには当局のパトロール艇がしっかりとついていた。

 

 トラクタービームに捉えられたのだ。

 

「……ダンク・ファリック」

 

 男は呟き、深いため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

『――本日、コルサント保安部隊は違法薬物の密売人ジョラ・デストを拘束しました』

 

 淡々としたアナウンサーの声。感情の起伏はなく、事実だけを並べていく。

 

『容疑者はエアスピーダーで逃走を図りましたが、迅速な対応により被害は発生していません』

 

『なお、当局は一般市民に対し、危険な追跡行為や介入を控えるよう、改めて注意を呼びかけています──さて、続いては銀河観光協会からのお知らせです』

 

 操縦席の叔父は、フロントミラーでファマの様子を一瞬だけ見た後、すぐに前方へ戻した。

 

 少し前まで、意気揚々と密売人を追っていた若き女性は今ではすっかり大人しい。ファマは拘束こそされなかったものの、当局から厳重注意を食らい、叔父に迎えに来てもらうという惨めさを味わっていた。

 

「それにしても」

 

 叔父はハンドルから片手を離すことなく、低く言った。

 

「相変わらずだな、お前は」

 

 その声には怒気はなかった。呆れと、ほんの少しの笑みが滲んでいるだけだ。

 

 ファマは後部座席で肩をすくめ、膝の上で指を絡めたまま俯いた。

 

「……ごめん」

 

 小さな声だった。

 叔父はすぐには返事をしなかった。エアスピーダーは交通流を外れ、上層から中層へと緩やかに高度を下げていく。ホロニュースはいつの間にか観光広告に切り替わり、明るい音楽と能天気なナレーションが機内に流れていた。

 

「でも、CSFも酷いと思わない? 私のおかげで悪い犯罪者を捕まえられたのに──」

 

「捕まえたのは当局だ」叔父は言う。「お前じゃない」

 

 ファマは唇を噛んだ。

 

「厳重注意ですましてくれたのを感謝するんだな。学校に連絡されたら退学もあり得た。そうなったらお前のアカデミー進学の夢もパァだ」

 

「でも……」

 

「出た。“でも”」叔父は言葉を重ねた。「でも、何だ? 言ってみろ」

 

 

 ファマは一瞬言葉に詰まり、視線を窓の外へ逃がした。流れていく中層区画の街並み。上層ほど眩しくはないが、人の営みの気配が濃い、落ち着いた光。

 

「……私がやらなかったら、逃げ切ってたかもしれないでしょ」

 

 絞り出すような声だった。

 

 叔父はすぐに否定しなかった。エアスピーダーを安定飛行に入れ、しばらく沈黙を保つ。その間も、エンジン音と広告の陽気なジングルだけが機内を満たしていた。

 

「かもしれないな」

 

 意外にも、叔父はそう答えた。

 ファマは驚いて顔を上げる。

 

「でもな」叔父は続けた。「それは“結果論”だ。運が良かっただけだとも言える」

 

 フロントガラス越しに見える光が、叔父の横顔を淡く照らす。

 

「お前が怪我をしていたら? 誰かを巻き込んでいたら?」

 

「考えすぎよ……」

 

「お前は昔から後先考えずに先走りすぎる」叔父は一度言葉を切り、ミラー越しにファマを見た。「カドゥの群れに殺されそうになった時から何回危険な目に遭った? 何で首を突っ込まずにはいられない?」

 

「わからない……」

 

 叔父はそれ以上責め立てることはしなかった。ただ前を向き、操縦桿を微調整する。

 

「正義感があるのは、立派だ。怖くても体が動くのも、お前の長所だ」だからこそ、と叔父は静かに言った。「それを使う場所を間違えるな」

 

 エアスピーダーは居住ブロックの発着ポッドへと進入する。減速のGが、ふたりの体をシートに押しつけた。

 

 エアスピーダーから降りる二人。ファマはしばらく黙っていたが、エレベーターの前で小さく息を吐いた。

 

「……お母さん、怒ってる?」

 

「心配してる。凄くね」叔父は笑った。「しばらくはバイクは諦めろ。バイクという単語も御法度だ」

 

 ファマは肩を落とし、分かりきっていた答えに小さく頷いた。

 

「……だよね」

 

 発着ポッドの喧騒から少し離れた居住ブロックの通路は静かだった。上層のきらびやかさとは違い、照明は柔らかく、足音がよく響く。エレベーターの到着を知らせる電子音が、やけに大きく聞こえた。

 

「バイトも、しばらくはお預けだな」

「分かってる……」

 

 反論は出てこなかった。今日はもう、言い返す気力もない。

 エレベーターに乗り込み、扉が閉まる。

 

 エレベーターはゆっくりと上昇し、二人を上層フロアへと運ぶ。

 

『48階。アディソン邸です』

 

 機械的なアナウンスと共に扉が開く。

 

「だから言ったろう? あの子は姉に比べてまともじゃないのよ──」

「そんなこと言わないでください」

 

 聞こえてくる祖母と母の声。

 ファマの足が止まる。

 

 扉の向こうで交わされる声は、決して大きくはなかった。だが、妙にはっきりとファマの耳に届いた。

 

 

「ヘイルは主席で名門校を卒業したってのに、あの子ときたら──」

 

「ただいま……」

 

 ファマの声が祖母の言葉を遮った。ソファに座っていたのは、年老いた女性――ファマの祖母、マルナ・アディソンと母レイナだった。

 

「ファマ」母――レイナは立ち上がり、ファマを見ると、ほっとしたように、そしてすぐに心配そうに眉を寄せた。

 

「……怪我は?」

「ないよ」

 

 ファマは小さく首を振った。

 

 祖母の視線が、ファマを上から下まで値踏みするように走る。

 

「ニュース、見たわよ」ため息交じりの声。「また危ないことをしたんですって?」

 

「母さん」叔父が遮った。「今日はもう十分だ。さぁ、行こう。意地悪な老人は家へ帰らないと」

 

「黙りな、グラードン」

 

 祖母は引かなかった。彼女は立ち上がり、下からまじまじとファマの顔を見た。

 

 その視線に思わずファマは喉を鳴らした。

 

「おかしなもんだ。こんなにも似てるのに中身は別物とはね」祖母はファマから目線をそらすと、やっきりとしたため息をついた。「ヘイルとは真逆だわ」

 

「お姉ちゃんは私と違って優等生だから……」その声は微かに震えていた。

 

 茶色の髪、白い肌。その顔立ち。双子のように似ている姉妹だが、性格は祖母の言うように真逆だった。

 

「おや、まぁ! 分かってるじゃないか。そうともさ。あんたは姉と違って問題児。アディソン家の厄介者だよ」

 

「母さん!」グラードンが怒鳴った。「いい加減にしろ!」

 

「なんだい! 事実じゃないか!」

 

「何がだ! この性悪な──」

 

 溢れ出てくる涙。表情が保てなくなる事を悟ったファマは叔父と祖母の親子喧嘩の隙をついて自室へと走った。

 

「ファマ?! ちょっと!」

 

 後ろから呼ぶ母の声。

 

 ドアを閉め、ベッドに腰を下ろす。窓の外では、相変わらずスピーダーの光が流れている。

 

 見返してやる。絶対に。

 

 それは誰に聞かせるでもない、小さな誓いだった。

 

 

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