STARWARS バクトゥールの地にて 作:バケツ頭 小説もどき家
パーティーの騒がしさは、壁一枚を隔てただけでまるで別世界のように遠ざかっていた。
ミラは背後で閉まった扉を一瞥し、そのまま足早に廊下を進む。先ほどまで纏っていた笑顔は既に消え失せ、代わりに浮かんでいるのは露骨な疲労と倦怠だった。
自分に取り入ってくる有力者達。優しさと笑顔の裏に野望を隠す男性。全てが煩わしい。彼らの頭には自分達の利益の事しかないと、ミラは理解していた。貴族、企業の幹部、求婚者達。そのどれもがサーラス家という餌に群がる獣だ。もしも、ミラが勲章を授与された軍人ではなくとも有力者達はおべっか使いをやめないだろうし、彼女が長い髪を根本から毟り取っても求婚者達の多くは愛を語るだろう。反対にミラがサーラス家の娘でなければ有力者達は、彼女が例え将軍になったとしても見向きはしないであろうし、どんなにその美貌を高めたとしても求婚者達はミラの側から離れていくだろう。
軍服に付けられた勲章。彼女の胸元で虚しく輝くこのメダルは、クローン戦争時に活躍したバクトゥール人の英雄ヘルウィンを模った物だった。
精巧に刻まれた横顔。誇り高き戦士の象徴。祖国のために戦い、命を賭した者にのみ与えられる栄誉。それがこんなにも安っぽくなるとは。
確かにミラはSB-920を操作してガイバグの攻撃を退けた。だが、それは突出して英雄的な行いとはいえず、仮にそうだったとしても一人ではこなせなかった。あの日SB-920は仲間と共に動かしたのだ。なのに勲章を授与されたのは自分だけ。あまりにも不公平だと、ミラは感じていた。
廊下の奥にある化粧室。ミラは部屋に入ると、目を閉じて静寂を静かに味わった。厚い壁と上質な素材に包まれたその空間は、静寂を保つために作られているかのようだった。
彼女の“瞑想”は直ぐに中断された。
個室の一つから物音と鼻歌がしたからだ。
ガサガサという物音と共に聞こえてくるそれは帝国国歌だった。だが、式典で流れる荘厳なものとは違い、どこか軽い。音程は外れてはいないのだが、何故か別の曲に聞こえる。
まるで子供が遊び半分で口ずさんでいるような、軽さだった。
「よし、完璧」
個室から出てきた一人の女性。帝国軍の軍服に身を包んだ彼女は鼻歌を続けていたが、ミラと目が合うと恥ずかしそうに笑い、咳払いで誤魔化した。
「……ずっとそこにいた?」と、士官は気まずそうに言う。
「いえ、今来たところ」
「なら、よかった」
彼女はくすりと笑い、手洗い台の前──ミラの隣に立った、流れ出る水の音が室内に響く。
女は両手を乾かすと、ミラを見た。
「もう勲章授与は済んでしまったみたいね……」女はミラの胸元で輝くメダルを目にするとそう呟いた。「パーティーはどんな感じ? もうお開きなムードかな?」
「まだ続いてますよ。食事は先ほど始まったばかりです」
「良かった。これで少なくとも“食いっぱぐれ”はしないで済む」
そして彼女は声を落として「実は私今さっき来たところなの」と、笑う。「遅刻も遅刻、大遅刻」
授与式で呼ばれても出てこなかった候補者は一人だけ。ミラが目の前の女性がファマ少尉──激戦を共に戦い抜いた帝国のスカウトトルーパー──である事に気がつくまで、そう時間は掛からなかった。
茶色の髪、透き通った肌。それから緑色の瞳。ファマ器量の良く、その笑みは無邪気だった。勇敢なスカウトトルーパーの正体にミラは驚いた。
「もしかしてあなたはファマ少尉?」
女――ファマは口角を上げた。
「そうよ。あなたは? 何処かで会ったっけ?」
「前哨基地での戦闘であなたと一緒に戦いました。ミラです。SB-920の操作に志願した内の一人──」
「ああ! 思い出した!」
ファマの顔がぱっと明るくなった。その反応は誇張でも社交辞令でもなく、本当に記憶が繋がった時のそれだった。彼女は「あの時は助かったよ」と彼女の手を強く握った。
「あの後は忙しくてしっかり顔を合わす機会はなかったわ。ごめん」
「いえ」
ミラは静かに首を振った。謝罪されるようなことではない。むしろ、あの混乱の中で自分のことを僅かにでも覚えていたという事実の方が意外だった。
「あの時の戦闘で勲章を貰ったの?」
「はい」
「おめでとう」
「……ありがとうございます」
礼を言いながらも、その言葉が胸の内にすとんと落ちることはなかった。祝福されるべき出来事だと理解はしている。だが、その“理解”と“納得”の間には、埋めがたい溝があった。
ファマはその微妙な間を感じ取ったのか、くすりと笑みを浮かべた。
「どうしたの? もしかして嬉しくない?」
「いえ、光栄だとは思います……ただ自分がそれに相応しいかどうか……」
ミラは言葉を選ぶように、ゆっくりと続けた。
「……分からないんです」
視線は自然と胸元の勲章へ落ちる。
「私だけが受け取るものではない気がして」
ファマはその言葉を遮らなかった。軽口を叩くこともせず、ただ静かに聞いている。
「確かに、あの場にはいました。やるべきこともやりました。でも……あれは、私一人で成し遂げたものじゃない」
指先でメダルの縁をなぞる。
「それなのに、ここにあるのは一つだけです」
「あなたって真面目なんだね」
少しの沈黙の後、ファマはそう笑った。
「私なんて勲章を貰えると分かってから、実家にそれを送りつけて家族を見返してやる事しか考えてなかったよ。何故貰えるのかとか、本当に自分がそれに相応しいのかとか思った事も無かった。ああ、何だか自分が途端に恥ずかしく思えてきた……」
「あなたは指揮官の一人で間違いなくあの戦闘の功労者です……あなたと比べたら私なんて……」
ファマは苦笑しながら、軽く手を振った。
「そこまで。余計に惨めになるからやめてよ。これ以上あなたの高尚さで私を押しつぶさないで」
「すいません……」
「謝らなくていいって」
「ごめんなさい」
ファマは肩をすくめ、わざとらしくため息をついた。
「真面目な人って、どうしてすぐ謝るんだろうね。別に悪いことしてないのに。私のお姉ちゃんも幼馴染の婚約者もそう。気づいてないなら言うけど、それ悪い癖だよ」
「……ごめんなさい」
「ん?」
ファマの視線にミラは小さく肩をすくめ、今度は少しだけ照れたように笑った。
◇
「今からでも勲章貰えると思う?」
「どうでしょう?」
トイレから出てきた二人は、賑やかな廊下を雑談をしながら並んで歩く。まともに会話したのはついさっきの事なのに、二人は親友のようだった。
「会場に入ったら離れないでよ?」
「もちろん」
ミラが頷くと、ファマはホールに繋がる扉を開いた。
笑い声、グラスの触れ合う音、楽団の奏でる軽やかな旋律。先ほどまで遠ざかっていた喧騒が、一瞬で現実へと引き戻す。
ミラはほんの僅かに眉を寄せたが、その表情はすぐに整えられた。背筋を伸ばし、顎を引き、貴族令嬢として、そして勲章を授かった軍人としての顔を作る。
その横にいるファマはご馳走に目を奪われていた。
「……すご」
ファマは素直にそう呟くと、口笛を鳴らした。並べられた料理の数々に、目がきらきらと輝いている。見たこともない料理から慣れ親しんだバンサやナーフの肉料理まで。テーブルに並べられたご馳走は選り取りみどりだった。
「ナブー産のシャクを使ったローストです。是非ご賞味下さい」
給仕の男が高らかにそう告げ、銀色ののトレーをテーブルに置いた。
「ミラ、私あれ取ってく──」
「少尉」
男の声とミラの左手がファマを止めた。
声の主はネスラウだった。ネスラウ・ラーグ中佐。彼はファマと同じ大隊所属でAT-ST小隊の指揮官である。
「これは中佐」
ファマは敬礼するが、その視線はご馳走に向けられていた。
「まったく、大した度胸だな。授与式をすっぽかすとは」
ネスラウはあきれ笑いを浮かべながら同じ中隊の問題児を見つめた。
肩をすくめるファマ。ネスラウは視線をファマの隣に立つ女性に向ける。
「あなたは?」
「ミラです。ミラ・サーラス」
「どうも」
ネスラウは短くそう言うと、ファマへ視線を戻す。
「で、お前は何故遅れた? お偉方はカンカンだぞ?」
「仕方なかったんですよ。シャトルが来なくて、トラブル続きで……」
「言い訳か」
「そんな──」
ミラはファマと中佐のやり取りを静かに見つめていた。気づけば、彼女はネスラウの顔だけを見ていた。
「遅れた遅れたって言いますけど、あなた達だって前回の戦闘ではだいぶ私達を待たせたじゃないですか」
「それを言うのか? ……俺達が来なければお前達はガイバグ達から皮を剥がされてたというのに」
ファマは一瞬だけ唇を尖らせ、それから肩をすくめる。
「はいはい、助けていただきました。感謝してますよ、中佐殿。だけど、次からはもっと早くお願いします」
「こいつ」
ネスラウは小さく息を吐き、呆れとも諦めともつかない表情を浮かべる。
彼と目が合い、ミラは小さく微笑んだ。