なんか都合がいい感じのラ・マンチャランドくれ 作:300狂気
「永久に続く…♬祝福のカーニバル…♬」
祝祭の熱気が辺りを包み込んでいる。行列と音楽に合わせて、人々の熱気がだんだんと高まっていって溢れかえりそうなくらいに人も、血鬼もこの場所を楽しんでいた。
空高く花火が立ち上り、夜空を色鮮やかに彩っていく。照明と爆竹で少し眩しいくらいに照らされた大通りを、皆揃って一歩、また一歩と進んでいく。
私たちは、毎日ここを回っていた。新しい一日が始まることを期待しながら...何度も、何度もパレードを繰り返していく。誰もが笑顔で、皆歌っては心の底から楽しそうにはしゃぐのに...私の気持ちは、どこか冷めていた。
今の気持ちをうまく言葉に表すことができないけれど...この感情は飽きか、それとも空虚さか。あるいは...義務感。退屈ではないから、たぶん、義務感だろう。
「きっと楽しい…♬幸せの王国…♬ラ・マンチャ~ランドへ~♬」
歓声と声援と、歓喜。フィナーレこそがパレードで最も盛り上がる瞬間。その瞬間に私はいた。パレードで最も高く、最も先頭で、最も美しく、誰もが視線を奪われる。そんな場所に私は立っていた。
観客に笑顔で手を振りにこりと微笑んで、最後まで高貴に、歩みは優雅に居続ける。初めはぎこちなかった振り付けも、それなりに慣れてきて今は考えるより先に指先が動く。
ラ・マンチャランドは順調だった。少なくとも、この世界では。誰も飢えてはいなかったし、血液バーも美味しい。
何もかもが怖いくらいにうまく進んでいて、観客は溢れかえるほどに来るし、現状に不満を持っている人なんて誰もいなかった。私以外は。
「いつになったら、終わりが来るの」
思わず、口元を抑えた。はっとして、微かに呟いてしまった言葉が歓声と音楽にかき消されたことに安堵する。まだ、パレードは終わっていない。少しのグリーティングが残っていて、私はまだ姫を演じなければならない。
フロートからゆっくりと降りて、カーニバルの真っ只中を私と王子は歩いていく。観客に手を振り、微かに微笑みながら、舞台裏に向けて歩んでゆく。
大きな日傘で身を隠しながら、ようやく私はたどり着いて、薄暗い舞台裏が私を歓迎し、暗闇の中で安堵した。今日も一日パレードを無事に終えられたことに。そして、今日も私は完璧になれなかったなって、そう思う。
私は本来、姫の器なんかじゃない。
私は自分のことを姫だと思い込んでいる精神異常者で、姫のような格好をして姫だと皆に思われているだけの百姓娘なのである。
それは実質お姫様でしょ、何が問題なの?と思うかもしれないけど、当人からすると大問題なの。なんせ、見た目は姫でも中身は普通の百姓娘だから。
言葉遣い、礼儀作法、姿勢。品格というものは細かな日常の仕草から作られるものであり、私に品格なんてものはない。
毎日毎日やってるのに慣れないお化粧を頑張って髪を整えて着るのがクソめんどくさいドレスをニコリーナに着せてもらってる間に脳内に理想のお姫様ドゥルシネーア人格を作り演じて漸く、私の一日は始められる。
毎朝あー、あー、私はドゥルシネーア。優雅で高貴なお姫様。身振りは美しく、歩みは優雅に。なんて言ってる情けない姿を知ってるのはニコリーナくらい。もしかすると、無意識のうちに時折素の私が飛び出しているかもしれないけど...
一日が始まってからも姿勢は正しく。口調には気を遣い。子供たちの面倒を見て、日が沈み自室に帰るその時まで気が休まる暇が一切ない。私の本性は俗なのに、愚かで大した教育も受けてないのにどうして知的で高貴なふりをしなきゃらならないの。
素のメンタルが貴族で高貴でいられる御父上やサンチョが羨ましい、私はただ農民なのに。私の取り柄なんて胸と顔の良さくらいでしょうに、見た目が良いからってこんなに大変な目に合うとは思ってなかった。
私が姫になったその日から、いつかはパレードの主役を務めるって覚悟していたけど、いざ実際に努めるとなると責任は重いし、私は目立ちたがり屋でもなければ、姫の器でもない。それでも美しさだけは誇りに思っていた。
ちなみに、脳内に理想の姫人格を作る手間を入れないとクソダルいとか、あーもうまじめんどくさいみたいな、なんで私が姫やってんだろうみたいな絶対に姫の口から出てはいけない言葉が飛び出すから、この手順は必ず必要。
守るべき家族とか責任があるからやめようにもやめられない、私が夜逃げなんかしたらラ・マンチャランドの来客が激減してしまうでしょうし、自意識過剰かもしれないけど、それくらい私には人気があった。
誰よりも美しく、高貴っぽい私だから、先頭に立っているだけ。私より美人な人がいれば今すぐ私の役目を変わってほしい、ニコリーナももうちょっと化粧を頑張ればイケると思うのに、彼女は頑なに私をパレードの主人にさせたいらしい。
まあニコリーナは運営とかアトラクションの管理で忙しいから、しょうがないけど。
「はぁ...疲れた」
舞台裏用の安っぽいパイプ椅子に腰かけて、少しため息をついた。ため息をつく度に、隣にいるカセッティがいつもビクっとして少し面白いから半分わざとやっているのだけど、彼が可哀想だから最近やめようか悩んでいる。
私はまだ人間の感覚が残っているから正直階級とかはあまり気にしていないのだけど、彼からするととてつもない重役だろうから、気を遣ってあげないと。
そもそも力に差がありすぎて怖いだろうし、彼からすれば私は無茶ぶりしてくるパワハラ上司みたいなものだろうから。
それがわかっているのに、それでも王子役にサンチョではなく態々彼を選んだ理由は...顔だ。彼が眷属となって、お城に連れて来られた日に一目見た瞬間に思った。
こいつ...顔がメロすぎる!って。原作の私が態々第六眷属を王子役に選んだ理由が一瞬でわかったのよ、顔採用だったのって。
そんな風に、ぼんやりと私は休憩をして、何をするでもなく慌ただしく閉園に向けて準備をし始める家族たちを眺めていた。ラ・マンチャランドはパレードの終わりと共に閉園するから。
下位眷属の皆より、第二眷属の私の方がずっと体力があるのだから私がもっと働くべきなのだろうけど、家族たちは誰も私に雑事を任せてはくれないし、そもそも精神的に疲れて、滅入っているから。これ以上頑張る気も起きなかった。
疲れているのは私だけじゃなくて、子供たち皆も同じ。皆顔には僅かに疲労が浮かんでいて、それでもどこか満足げで、誰も彼もが充足していた。
ラ・マンチャランドは...順調だった。
開園してからまだ数か月しか立っていないけれど、今のところ、何もかもがうまく進んでいる。御父上に謀反を起こすだなんて、誰も、欠片も考えていない。発想すら誰も思い浮かんでいないだろう。
本来なら飢えに苦しみ抜いた挙句、親不孝を覚悟して御父上に反乱を起こし、ラ・マンチャランドに閉じ込められて200年断食した後一族滅亡、なんて言っても誰が信じてくれるのでしょうね。
いつまでも休んでいる訳にはいかない、今は御父上とサンチョは冒険に行かれているから、私がちゃんと、子供たちの面倒を見てあげないと。
正直な話、自分で建てた遊園地なんだから自分自身で管理してよ...って暗い気持ちが湧いてくるけど、子供たちが飢えていないのであれば、私が文句を言う資格もないのだろう。
誰も飢えていないから、告解室はいつもガラガラで余裕のある神父が取りまとめてくれてるから...まあ、私が居なくても大丈夫だけど。それでも私が居たほうがいいだろうから。
気だるげな脚を何とか動かして、少し背伸びをする。そうやって、私は考えを遮った。
都市に転生した。たぶん。
たぶん、というのは私が産まれた時代が昔も大昔で、都市っぽい用語にぜんぜん馴染みがないから。
時々両親が翼が~とか、遺跡や外郭がどうのこうのみたいな話をすることはあるけど、フィクサーという言葉は全く聞いたことがない。それくらいの昔の時代。
しかも私が産まれたのが北部の辺境も辺境の領地で、都市っぽい殺人とか争いごとみたいなのに全く関わったことがない。
根本的に人口密度が低すぎて、村の外の人と関わることが稀だからか、それとも、そもそも日々を生きるだけで精一杯で、あまり誰かと争ってる余裕がこの辺境にはないのかもしれない。
時代が時代だからかわからないけど、巣や裏路地、外郭の境界が割と曖昧であまり気にしてる人もいないみたいだし、ここが都市という実感があまりにもなく、全てが穏やかで緩慢としていた。
テレビもねぇ、ラジオもねぇ、電気もガスもないどころか水道も通ってない。私こんな村嫌だ~って口ずさんでしまいたいくらい、田舎の農村。私が生きているのはそんな場所だった。
一日中畑をいじくるか家畜と戯れるかくらいしか本当にやることも起こることもない。正直、現代文明を一度味わっている私からするとかなりキツイ。
スマホが欲しい、いやスマホは高望みだとして電化製品が欲しい、洗濯を手洗いでするのはかなりしんどかった。
本当に私は都市に転生したのかな、よくわからない中世か近世に転生したって言われた方がまだ納得ができるのに、中途半端に聞きなじみのある言葉が耳に入ってくるからたぶん都市なんだろうなってぼんやりと思っているけど、私は未だにここが都市かどうか半信半疑のままだった。
どうせ都市に生まれるなら、もっと未来のほうが良かったかもしれないなとも思う。だって、私がこのまま年を取ったとしても、ロボトミーや図書館に関わる前に絶対寿命が来て死んじゃうから。
探せば延命手段とかはあるかもしれないけど、そこまでして生きる気力もない。
そもそも、私って本当に転生した身なのだろうか。きっかけや理由はわからないし、自分自身でもいつこの身体になったか定かではない。チートとか能力とかは何にもなくて、ただ自分でも知らないことを知っているだけ。
転生したのに、何も刺激的なことはない灰色の生活。田舎の村娘が退屈のあまり頭がおかしくなって、自分は転生したんです~って妄想を始めてるだけの可能性もある、正直そっちの方が信憑性があった。
「...重い」
もう何度も感じた、変わり映えのしない重さだった。だから、今日も変わり映えしない日になると思う。バケツに注がれた水はなみなみと風に揺れていて、少し覗いてみれば、水面に微かに私の表情が浮かんだ。
農家の生まれだから当たり前だけど、私は物心ついた時から水を汲んで、畑に撒いては時折穀物を挽くことだけを繰り返して生きてきた。今日は風があるから汲み上げるのは風車が勝手にやってくれるけど、水やりは自分が頑張らないといけない。
そこまで広い畑ではないから私一人でも一時間くらいあれば十分撒き終わるけど、それでも水やりは重労働だった。両親は暫く街に出稼ぎに行っているから、数週間は私一人で頑張らないといけないかも。
水を汲み、乾ききった土に水を少し与えてやる。バケツの水がなくなるまで撒いたら、また風車に戻って水を汲み、バケツを満たしてはまた水を撒く。
何も思うことはない、ただ...ひたすら退屈なだけ。今日は風が強かった。収穫時期に近づいてきた麦が、黄金色の穂を気持ちよさそうに揺らしていて、風車も良く回ってすぐに水が汲みあがる。
規則的な生活、同じことの繰り返し。くるくると回り続ける風車のような...私の人生。この風車も私の人生も大差ないなって、そう思う。
景色も、音も、私自身も何一つ変わることはない。風が耳を撫でる音と、ちゃぷちゃぷとバケツの中で揺らめく水の音と、麦の穂が擦れあう音の中に、土を踏み鳴らす微かな靴音が混じった。私のじゃない。
ふと振り返って音の主を目で探し、風にたなびく小麦畑の向こう側から誰かがこっちに歩いてくる。
珍しいな、と思う。辺境の農村の、更に少し外れに私の家と畑はあったから。だから私の家に用がある人なんてほとんどいないはずなのに。
村に住んでる人なら遠目からでも一目でわかるけど、あまり見覚えのないシルエット。見覚えがないはずのに...私の心の中には、強烈な既視感が燻っていた。
「誰だろう...」
色々気になることはあった。淡いプラチナブロンドの髪はぼさぼさで、病的に青白い肌をしていて不健康そうなのに、足取りは力強くて身体が全く揺れていない。
一目でわかるくらい上質な赤茶色のロングコートを羽織っていて、胸元の金色のネックレスが彼の気品と地位を強調している。そして、なにより赤い瞳。
「変な人」
「...変ではないだろ。それに初対面だ。もう少し礼を尽くすとかはできないのか」
「だって変なものは変だもの。あなた、貴族でしょ?貴族がこんな辺鄙な場所に訪れるのも変だし、来るとしても従者も連れ歩かずに一人で出歩いてるなんて。遍歴の騎士だったりするの?それとも...お腹が減って私を食べに来た?」
見たことがないはずだった、私と彼は間違いなく初対面のはずなのに、私は彼を知っている。だから、この質問にはそれ程意味がない。
それでも尋ねた理由は確信を得たかったからかだろうか、それともただ退屈で話し相手が欲しかっただけなのか、自分でもわからない。
「驚いたな、俺を知っている人間は一目散に逃げるか武器を構えて襲い掛かってて来るかの二択だろうに」
「あなたがその気なら逃げたって無駄でしょ。それに、別に殺されても構わないの」
「なぜだ?」
「あなたと同じだから」
意味が分からないといった風に、彼はゆっくりと考え込んだ。
「一日一日を、意味もなく生きていると感じている。生きている意味がないなら...いっそのこと、あなたのご飯にでもなったほうがマシかもしれないって、そう思ったから」
「お前には家族がいるだろう。俺とは違う」
少し、吐き捨てるような言い方だった。長い孤独から来る寒さが彼を締め付けていて、それ故に家族を切に望んでいる憧れと妬みが混じった言葉だった。
「私の家族には、暖かさもなければ冷たさもないの。愛がないわけじゃないけど、灰色で、どこか遠くて、何も感じられない」
生きる意味がないのは彼と同じだけど、その源になる理由は違う。虚しさと、寂しさと、孤独が彼の生きる意味を奪い去っていて、私の生きる意味を奪い去っているのは、全てがつまらないからだった。
だから、いっそもう終わりたかった。何の期待もない明日を始めたくなかった。でも少し期待していた。彼が、私のつまらない日々を変えるきっかけになってくれるんじゃないかっていう淡い期待があったから。
「おかしいな、俺の知る限り、君のような人は邸宅にもいなかったと思うんだが。俺が人間だったころに俺と会ったことがあるのか?正直昔のことはよく覚えてないんだ」
「いいえ、間違いなく初対面だけど...でも、目を見れば誰だってわかると思う。あなたの瞳はぎらついて、飢えている前に虚しさでいっぱいだから」
彼は僅かに表情をこわばらせ、肩を下して大きくため息をついた。そんなにわかりやすい程なのか、という小さな呟きと共に。
「それで、結局私を食べるの?食べないの?もし食べる気で来たのなら、気が変わらないうちに速くした方がいいと思う」
「言っておくが、俺は態々君を食べに来たわけじゃない。旅の途中、ほんの少し道がわからなくて迷子になってるだけだ。でなければ態々こんな外れまで来ないさ」
迷子。何というか...彼らしい理由ではあった。妙な納得と一緒に、この村に迷う要素なんてあるだろうか?という素朴な疑問が湧いて、そんなに迷うほど広くも、複雑でもないと率直に思う。
農地だけは無駄に広いから、麦畑の中か葡萄園で遭難するならわからないでもないけど。
「やっぱり、変な人」
「...はぁ、おかしいのは君のほうだろうに。俺が血鬼であることを知りながら逃げず、戦いもせず、句の果てには殺されても構わないという。そんな人間はここ数百年で君が初めてだ。ここまで言葉を交わしたことも」
ロマンチックな出会いではなかったと思う。私の御父上...つまり、血鬼の第一眷属であるドン・キホーテとの出会いは、サンチョのように命を救われる、とかではなかった。
それでも、このつまらないきっかけと他愛のない話が、私に少しずつ染みわたっていき、私の全てを変えていった。