なんか都合がいい感じのラ・マンチャランドくれ 作:300狂気
私がドゥルシネーアなら、もっとドゥルシネーアっぽくならないと。そう思ったのが始まりだった。確かに私はドゥルシネーアだけど、細かいところが少し違う。御父上から頂いたドレスはあれど、日傘も差してなければ、ボンネットも付けてないし、何よりちゃんとしたお化粧がよくわからない。
一応裁縫なら私にもそれなりに心得があったけど、それは日常生活に必要な農民としての物であって、仕立ての良いきちんとした衣装を作るには力不足。三人で慎ましく暮らしてるこのお城に理髪師や仕立て屋がいるはずもなく、一応御父上に相談してみたのだけど、『あー、そういうのはサンチョに聞いてみるといいぞ!』って丸投げされた後サンチョを尋ねてみれば、『私が化粧に詳しいように見えるんですか?そんなものは父上様に聞いてください』って一蹴されてしまった。御父上もサンチョもぜんぜん頼りにならない。
御父上に相応しい、より美しく高貴なお姫様にならなければならない今の私には、専門的な理髪師が必要で、ニコリーナと私の関係はそうして始まった。
そう、ニコリーナ。私は運命なんて信じていない。御父上から名を頂いたとしても、私が私であるうちは、未来は私の知らないものになるんだろうと思っていた。でも、出会ってしまった。出会いたくなかった。いつか第三眷属として、私の娘になるであろう、彼女。
正直言って、できる限り会いたくない。しかし、衣装にせよ化粧にせよ、彼女に縋る以外の方法は私にはなかった。生まれてからずっと土いじりをだけをして生きてきた私に化粧の心得なんてあるわけない。だから、嫌々ではあれど彼女の理容室に通っては色々と工面をしてもらっている。決してニコリーナのことが嫌いとか、そういうわけではない。寧ろ、ニコリーナに髪を梳いてもらう時間は心地が良いものだったけど。ただ...
「ドゥルシネーア様ぁ!どうか私を眷属にしてくださいまし!」
「あ、あのねぇ、血鬼になるってどういうことか本当に分かっているの?」
いつも、こう。ニコリーナは私を出迎えるたび、私の眷属になろうとお願いしてくる。
このやり取りを繰り返したのはもう何度目だろうか。私はニコリーナを家族にするつもりはなかった。例え原作の私が眷属にしていようと、いや、だからこそ私は絶対、絶対、断固として眷属にするつもりはなかった。彼女を眷属にしてしまったら、いつの日か彼女は飢えに苦しんで悲痛な叫びをあげながら死んでいくような気がしてならなかった。渇きと飢えに苦しんで死んでいく彼女を見たくなかった。
「勿論!わかっておりますわよぉ、血を吸わないと生きていけないとかぁ、水や日光に苦しむとかぁ、あとニンニクも恐れるって聞きましたわよぉ!」
はぁ...こうなるのなら、初めから私が血鬼であることを隠しておくべきだった。私は人の形をしているけれど、本質は血を求め続ける化け物に過ぎない。今だって、渇きが私の中で燻っているのを感じている。だから、ニコリーナには私が化け物であることを知っていて欲しかった。私が血鬼であると知ってなお、関わるかどうかの選択肢を与えてあげたかった。でも、それは私の偽善の押し付けに過ぎなくて、ニコリーナは、結局私の家族となることを望むようになってしまった。
「やっぱり、分かってない。私が血鬼として何人食い殺して来たと思ってるの?」
ニコリーナに嘘なんて吐きたくないけど、これは嘘。こうでも言わないと、諦めてはくれなさそうだから。私はまだ誰も殺めたこともなければ、人を傷付けたこともない。今のところは、だけど。
人を捨てて血鬼となり、彼の家族になって半年が経った。私の胸の中で、じわじわとだけど、確かに渦巻いている欲求がある。ようやくこれが渇きだと実感して、意外にも、想像していたよりはキツくないなというのが私の率直な感想だった。確かに、血が飲みたい。甘くて、鉄臭くて、どろりとした何よりも甘美な血を味わいつくして幸せとなり、本能のままに生きたい。それはわかる。
だけど...その渇望からどこか遠くて、薄い膜が私を覆っていて、血鬼の本能と私の自我との間に一枚壁があるような気がする。どうして私は渇きを堪えられているのか、理由はわからない。御父上に渇きが負担されているのもあるのだろうけど、それにしたって私は渇きを感じなかった。私が借り物の自我だからなのだろうか、それとも元々、ドゥルシネーアという人が渇きに強い方だったのか。
私は、夢なんて見ていないのに。
兎に角、私の渇きは死体漁りで何とかならないこともない...くらいの感じ。正直、死体漁りですら罪悪感で胸がいっぱいになるからやりたくないけど、実際血を啜っているときは幸せだった。罪悪感は、血を残らず啜った後の余韻にやってくるから。一滴すら残らず搾り取って、殻だけになって残った死体を見下ろしている私が居るのを自覚して、幸せに打ち震え、何も残っていない寒さを自覚した時ようやく、言葉では表せない罪悪感を感じる。
そんな気持ちを、ニコリーナに感じてほしくない。
「ニコリーナ、私たちが血鬼と人であるうちは対等なの。私があなたを家族に迎え入れれば、あなたは私のことを本当の母親のように思うことになる。価値観も道徳も何もかもが書き換わって、逆らうことはできなくなって、私の奴隷になってしまう。でも、あなたが人間のうちは私が命令したとしても、嫌なことはきちんと嫌と言って断れるでしょう?それがちゃんとした友達ってものだから。私はあなたと友達でいたいから、眷属にしたくないの。これでわかった?」
これでどうにか言いくるめられてくれないかと宥めて、どうかニコリーナが諦めてくれるように願った。私は、ニコリーナと友達でいたかった。友達なら、責任を被らなくていいから。子の責任は親にある。私は親になる覚悟なんて、未来を知っていてなお、ニコリーナを眷属にする勇気も、覚悟もなかったから。
ふと、ニコリーナの髪を梳く手が止まる。閉じていた瞼を開いて、彼女の顔を伺うために振り返る。ニコリーナが、諦めてくれることを望んで。
「ぅう...ぐすんっ、お母さまぁ!」
え、何。お、おかあさま?私?私まだニコリーナを眷属にしてないわよね?
困惑のまま聞き返そうとして、でも、声が出ない。ニコリーナの涙ぐんだ表情は、私を硬直させるには十分だった。
「だってアタシを見出してくれたのはドゥルシネーア様ですぅ!ドゥルシネーア様がいなかったらアタシなんて、ずっとずっと売れないまま日も当たらなずに誰にも着られない無意味なドレスを作り続けて、誰にも認められないまま死んでいった!一日、また一日と!だから...だから、私はドゥルシネーア様と一緒になりたかった!私をお救いになったドゥルシネーア様の、家族になりたい、んですの...」
とん、と背中に軽い重みを感じて、人肌の暖かさと熱を受けた。ニコリーナの柔らかな両腕が私を抱きしめて、彼女の想いが熱を通して伝わってくるような気がした。
ニコリーナは、元々あまり売れない理髪師だったという。誰よりも腕前はあれど、彼女が作ったドレスには誰も目を向けなかった。彼女はそんな日々に倦んでいた。そんなときに、私たちは出会った。初めて出会ったときのことを思い出す。ニコリーナは、今のように決してハイテンションでもなければ、明るい性格でもなかった。私のように、暗い目をしていた。
けれど、今となっては元気いっぱい。私のお蔭かは怪しいと思うけど、兎に角今のニコリーナは多忙である。人もお客さんも沢山来て、富と名誉も手にして、ニコリーナはやっと、世間に認められたから。
それが私のお蔭だとニコリーナは言うけれど、実際彼女の才能は凄かった。だから私がきっかけじゃなくてもいつか大成していたのは間違いないのに、私に恩を感じすぎていると思う。実際、私がやったことはニコリーナのドレスを着て街を歩くことくらい。別に宣伝なんてしているつもりないのに、私の知らないところで勝手に噂が広まっただけなのに、ニコリーナは私のお蔭だと勘違いしているのだ。『都市一番の美人が通ってるってだけでネームバリューが凄いんですわよぉ!』とは言うけども、どう考えてもニコリーナの実力が凄いだけだと思う。
「それは、お礼を言うなら御父上に言ってあげて」
化粧がわからない私にニコリーナを紹介してくれたのは、御父上。そして、私をお姫様にしたのも、御父上。御父上から頂いたドレスも、ニコリーナが仕立てたもの。結局ニコリーナも私も御父上に救われたのだから、感謝すべきなのは御父上であって、私じゃない。
「そう!ドンキホーテ様にちゃんとしたお礼をしたいですわぁ!でも、ドンキホーテ様って神出鬼没でどこにいるのかさっぱりわからないし中々会えないんですわよね...」
実際、そう。御父上は本当に神出鬼没で、何処へ行くかも言わずふらりと遠くへ出かけることもよくあったし、帰って来たかと思えば変な遺物や生き物を手に携えていて、毎回サンチョが嫌な顔をする。たぶん、原作の私なら嫌な顔をしていたと思うけど、私はそういうの嫌いじゃない。熊の肉だって食べてみたいし、御父上から名を頂いたとしても、私はドゥルシネーアじゃないんだなって時々感じる。
御父上は、良くも悪くも奔放な人だったけど、それは彼なりの孤独の発露なんじゃないかって、最近思うようになった。私とサンチョが居ても、お城はまだまだ広くて、寂しい。だから、御父上の為にも、ニコリーナの為にも、二人はもう一度会うべきだと、そう思った。
「...私と一緒に来る?お城なら、案内してあげる」
御父上は寂しがり屋で、いつだって人との関わりに飢えているから。だから私とサンチョ以外にも人と関わる機会があったほうがいいと思う。それが人間だとしても。サンチョは、城にあまり人間を連れて来ないでください。とか言いそうだけど、御父上は歓迎してくれるだろうから。
椅子から立ち上がって、今度はちゃんとニコリーナを見つめる。ニコリーナから逃げ続けてきた私だけど、エスコートするときくらいはお姫様でありたいと、そう思ったから。
「ほ、本当ですかドゥルシネーア様ぁ!ありがとうございますぅ!」
笑顔で飛び掛かって来たニコリーナを両手で抱き留めて、彼女の熱を、また感じた。ニコリーナと一緒にいる時間を、心地よく感じてしまっている私がいて、私は怖かった。どうしよう、私ニコリーナを眷属にしてしまうかもしれない。私の自制心は、陥落寸前だけれど...私はまだ、母親じゃなかった。