なんか都合がいい感じのラ・マンチャランドくれ   作:300狂気

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六話

ニコリーナを眷属にしたその時から、ぼんやりと考えていたことがある。私がドゥルシネーアで、ニコリーナを眷属にしたのなら。私のもう一人の眷属は、神父クリアンブロになるのだろうかと。

元の私は、どんな思いで彼を眷属にしたのだろうか。私も御父上も、特に何かを信教しているわけではなく、したがって神父を眷属にする理由もないように思えた。なら、どうして心優しい神父を血鬼にする罪を背負ってまで、眷属にしたのか。

 

でも、そんな考えが浮かび上がって答えを得る前に…私の思考は血の快楽でかき消されていって、何も形にはならなかった。甘くどろりとして、鉄臭くて、生暖かい血で口元がいっぱいになると…全てが、どうでもよくなってしまう。

肉を嚙みちぎり、血管を味わい、最後の一滴まで残さず搾り取って空になった死体を見下ろしている私がいて、何も残ってはいない。

 

私の目の前に広がるのは、地獄のような楽園だった。人の死体、打ち壊された機械。死体、散乱した何かの残骸、死体。死体。果てしなく濃ゆい血と死の香りが永遠と広がっている。

態々私自身の手で殺める必要のないほど街中が血で溢れかえり、通りは赤く血とオイルで染まっていて、時折悲鳴や怒号が響き渡り、路地の向こう側からは今もまだ打ち合う武器の音と銃声が響き渡っている。

 

きっと、まともな人にとってはこれ以上ない地獄絵図だったんだと思う。それでも、私たち血鬼にとっては、白昼堂々と好きなだけ血を啜れる幸せな日にすぎなかった。

 

都市が都市として、人間の為に人間が統治するものである以上。この日が来るのは必然だった。限りなく人間に近い機械が生み出され、自由な意思と感情を持ったけれど、しかし機械は人間の為に使われる道具にすぎない。少なくとも、頭はそう結論を下した。

機械粛清の日は遂に訪れた。人工知能倫理改正案が施工され、知性を持つ機械が次々と打ち壊されていく。勿論、AIたちだって黙って殺されるわけでもないし、愛する機械と自らの技術や信念を守るために戦う人だって大勢いた。

 

だけど…むしろ、これは戦争というより、蹂躙に近かった。

 

血の匂いを嗅ぎつけた私たちがお城から這い出てきたときには、もう既に粛清は終わっていて、残ったのは山のように積もった機械の残骸と、機械を守るために死に絶えた人たちだけだった。

今、この場所で生きているのは火事場泥棒を狙ったあらゆる組織たちと、私たちのような血を貪る血鬼だけ。まともな人たちはもうとっくに逃げ出している。

 

血と硝煙と、焼き付いたオイルの匂いを嗅ぎ分けて、血に誘われるがまま路地の傍らにまた一つ死体を見つけた。何も隠す必要もなく、何も考える必要もない。衝動のままに死体に飛び掛かり、また口を首筋に近づけて血を貪った。まだ温かかった。

 

第二眷属として、姫として、保つべき気品も血を飲む瞬間には失われて、獣のように一心不乱に貪るだけになる。卑しい私に対する嫌悪感が募っていき、それも存分に血を貪る快楽にかき消されていく。

死者の尊厳を冒涜する、人として最低の行為に罪悪感がなかったとは言わないけど、それでも結局は私も血鬼にすぎず、思う存分血を飲む瞬間には…何も思い出せなくなる。ただ幸せに打ち震えていた。

 

でも、御父上は違った。御父上だけは、どれだけ血が満ち足りていていても、死体には一瞥もくれず、ただ何かに導かれるように路地の真ん中を歩いていく。私は不思議と目で追っていた。無意識のうちに、後ろ姿を追いかけていた。

それがあまりにも血が満ち足りていて喉の渇きを感じなかったからなのか、それとも御父上を一人にしてはいけないという不安からかはわからない。

 

「ドゥルシネーア。思う存分喉の渇きを潤すことのできる機会はそう多くはない。俺は気にせず、いくらでも血を飲んでいていいんだぞ」

 

「…いいえ、父上。私は、もう充分ですので。父上も少しはお飲みになってください」

 

私は第二眷属であり、お姫様でもあるから…あまりにも血に酔っていてはいけない。例え私たちの本質が血に狂った獣に過ぎないとしても、美しくあらないと。それが私の役目だったから。

御父上に連れ添って、私は燃え盛る路地を歩んでいく。子供たちが少し心配だったけれど、こういう時のサンチョは面倒見がいいから、任せていた。

 

路地を歩けば歩くほどに、砕かれた機械たちが山のように無数に積みあがっていく。思うところは沢山あれど、私にできることは何一つない。人が人にすら優しくあることのできないこの都市で、人が機械に優しくあれるはずもなかったから。

私たちは皆、純粋に血を飲むためにやって来たけど…御父上は、やっぱり違う。誰かを探しているような気もするけど、違う気もする。私に推し量れる部分ではなかった。

 

いいえ、実のところ…私はもう、この先どうなるかがわかっていた。あえて考えたくないし、言葉にもしたくなかったのは…私が、責任に耐えられないから。

ニコリーナは、まだ良かった。言い訳でしかないけど、ニコリーナ自身が望んだことでもあったし、そこまで悩みや苦しみを抱え込むような性格でもなかったから、渇きの為に人を殺したとしても、私のように罪悪感に囚われて生きることはないだろうって、そう思ったから。

 

暫くの間、人を避けながら路地を歩いて、御父上の歩みは、路地の片隅に立っている、焼け焦げて黒づんだ小さな教会の前で止まった。私は第二眷属だし、聴力も物凄かったから…中を覗かなくとも、様子がわかる。

とてもか細い呼吸で、今にも息絶えて死んでしまいそうなほどだけど…まだ、誰か生きている人がいる。もう嫌になってきた。会いたくなかった。ここで逃げ帰っても良いのだろうか。

それに、私は渇きの為に幾人も人を殺めてきた来た大罪人であり、神に背いて決して許されることはない血鬼だから…そんな神聖な教会に入っていいのだろうかと考えて、それでも、御父上から離れるわけにはいかないからと、意を決して、足を踏み入れる。

 

本来荘厳で、優しくあるべき礼拝堂は、あちこちが炎に焼かれて黒づんでいて、煙の臭いと争いの気配がまだ漂っている。あまりに凄惨な状態ではあったけれど…それでも、人の死体も、打ち砕かれた機械も、ここには転がっていない。

 

それは、ただ一人が逃がしてくれたからだった。私は知っていた。身体中が焼けただれ、焦げ付き、もはや誰かも区別がつかないほどに所々ケロイド状になっていても、私は彼が誰かわかっていた。

全身が炎に焼かれていても、命が尽きかけていても、聖書だけは燃え尽きず守りきっていて、少し端が焼け焦げていても無事であり…彼がどれだけ敬虔な神父であるかが、誰かわからずとも痛いほど伝わってくる。

 

神父にはもう立つ力すら残っておらず、祭壇の端に半ば倒れ掛かるようにしてただ死を待っている。惨かった。見てられない、助けたい。でも、どうやって?

 

「ああ…嬉しいですね…。今日は、主日ですから…このような時であっても、祈るべきでしょう」

 

息も絶え絶えで、肺も喉も掠れて声一つ出すのすらままならならず、それでも彼は神父としての役目を、最後まで全うしようと努めていた。

彼に告白すべき罪は山のように思い浮かんだ。渇きのために人を殺めたこと、死者の尊厳を冒涜したこと、あるいは…人としての両親を捨てたことだろうか。

 

御父上と神父は、何度か確かめるように言葉を交わし、どこか遠い昔を懐かしんでいるように思えた。もしかしたら、親しい間柄だったのかもしれないし、逆に数回会っただけの仲かもしれない。兎に角初対面ではないことはわかる。

ちょっと、意外だった。私と御父上は、とてもとても長い間を同じお城で生きていたのに、御父上にはまだ私の知らない姿があったのだと思うと、ほんの少しだけ羨ましいと思う。それが、今抱くべき感情ではないとしても。

 

「なぜ生きようとしない?お前は逃げることもできただろうに」

 

「…私は神父として人々の罪を受け入れ、赦すために存在し…故に、ここを離れてはならないのです」

 

「それならば、なおさらだ。神父。生き延びるために逃げることは罪ではないだろう。離れていった人々の中にも神父の赦しを必要とする人は大勢いる。逃げ延びた者の為にも、お前は生きるべきではなかったのか」

 

「私は、人のような知性と感情を持つ機械を生み出した技術者でもあり…神父でもあったので、最後までここに残らなければなりません。機械が死ぬとき…私も、死んだのです」

 

私は、もし神父と出会ったとしても、絶対に眷属にしないと決めていた。誰よりも優しく、信心深い神父。そんな、そんな人を、人を殺さねば生きていけない血鬼に変えてしまうというのは…残酷にすぎるから。

そんな決意がぐらぐらと揺らいでいくのを感じる。未来で死ぬより酷い苦痛を味わうなら、今死んだ方がマシ?そんなこと、絶対、絶対、決してない。彼にはもっと生きて、幸せになってほしかった。こんな苦痛の最中で死ぬべき人ではなかった。

 

「…痛みから逃れたいとは思わなかったのか?」

 

「人々の手によって機械が打ち壊される瞬間が、何よりも苦痛でした。今日ここで私の魂は死に絶え、魂が死んだというのに、生き延びることにどんな意味があるというのでしょう」

 

あまりにも痛ましく、悲惨で、そして…似ている。今、やっとわかった。御父上が望まれ、私が彼を眷属にしたその理由。それは、サンチョに似ていたから。

思わず、御父上と顔を見合わせる。御父上が何を望んでいるのか、何を思われているのかが、言葉を使わずともわかる。私も、同じことを考えていたから。

 

ボロボロの神父に、ゆっくりと歩み寄っていく。

 

「…ねぇ、神父様。私は、あなたに生きていてほしいの。貴方に生きる意味を与えてはあげられないかもしれないけど…それでも、私は貴方の優しさと善性を知っているから」

 

半ば炭化し、酷く焼けただれた手を取って、私は神父に嘆願した。神父は、少し迷ったように目を伏せて、しかし…何も言わない。喉を震わせようとして、声が出ない。

言葉を紡ぐ僅かな力すら、彼にはもう残されていない。きっと、あと数分もしないうちに本当に神父は息絶えてしまう。

私は、どうすればいいの?彼を助ける方法はもはや血を分け与える他なく、でも、血鬼になってしまえば、彼は人を傷付けねば生きていけなくなって、永遠の渇きと罪悪感に囚われてしまう。

 

選べない。私は責任も罪も背負えない、御父上がラ・マンチャランドを建てれば、彼は今死ぬより遥かに酷い終わりを迎えてしまう。私は…

 

「ドゥルシネーア、頼む」

 

やっぱり、助けたい。御父上も、私も、同じ気持ちだった。だからもう迷わなかった。いっそ、理性なんてなければよかったのに。彼を眷属にする全ての理由を血の本能に押し付けてしまいたかった。私は今正気だから…言い訳も、逃げ道も許されない。

いつかの未来。親不孝の罪も、責任も、全部私が負うから。だから、許してほしいとは言わない。

 

「父上が、望まれるのなら」

 

ニコリーナの時とは違う、純粋な私の心だけで…彼を、私の眷属にする。

 

まだ血が巡っているなら充分だった。首筋に口元を近づけて、牙を突き立て、私の中の呪いを彼に分け与えていく。血管を通じ、命を吹き込むようにして身体中に血が巡って行き、途絶えかけた生もまた繋がった。

血を分け与えるということは、渇きもまた分け与えるということに他ならず、倫理と道徳は変わらないが故に…苦痛だった。それでも、今ここで死ぬよりはマシなのかもしれない。そう信じたい。

 

私に宿る血の呪いを注いで、私の熱で、冷たくなった彼を少しでも温かくしてくれるように願った。血で繋がって同じとなり、神父は私の子供に変わっていって、私の背筋に罪がひた走ったような感覚を覚える。

変化はあまりにも明白で、焼け焦げて溶けた肌はまるで傷一つなかったかのように元通りになっていた。もちろん、瞳も赤く染まっていて、彼が血鬼に変わってしまったことを否応にも理解する。

 

「…もう、立ち上がれそう?」

 

神父は自分の変化に戸惑っていて、まるで自分が生きていることが信じられないという風に、指を折り曲げて自分の姿を一つ一つ確かめて、最後に私を見つめた。

 

命を助けたというのに、私の胸は訳の分からない罪悪感でいっぱいに満ちていて、自分で決めたことだというのに…私は正しい選択をしたのだと、言い切れなかった。

家族が増えた喜びも、血を分かち合った温かさも、今の私のこの気持ちに比べればあまりにも些細な気がして、それでも、私は母親になったのだから、彼が眷属になったことを祝福してあげなければならない。

 

後ろめたい気持ちを押し隠して…私は、彼に微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ニコリーナと、クリアンブロ。私は二人眷属を作った。そして、サンチョは眷属を作っていないから、ラ・マンチャの血鬼はサンチョを除いて全て私の子供ということになる。

私は、御父上に杭を刺すことなんてできず、子供たちを見捨てることもできない。それならば…夢を、終わらせるしかない。言葉では表せない、どす黒い感情が私の胸の内に渦巻いていて、それでも子供たちのために、決意した。

 

御父上に夢を与える前に、私は白い月の騎士を殺す。

 

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