なんか都合がいい感じのラ・マンチャランドくれ 作:300狂気
血鬼という種族は、都市の中でもかなり上澄みの力があるほうだ。第一眷属の御父上はレベル90。特色と同等の力があるし、第二眷属の私も、レベル85。数字だけ見れば、あのレイホンよりちょぴっと上。もちろん、第二眷属としての力が強いのであって、私自身の技量はそのあたりの村娘と何ら変わりないのだけれど、それでも私は結構強いほうだと思う。
5レベル。それが私と御父上との差。数字で見れば、そこまで大きな差はないのかもしれない。けれど…この差は、見た目以上に大きなものだった。
御父上は、誰よりも強い力を持っていた。例え私とサンチョと、子供たち全員が決死の覚悟で挑んだとしても、きっと御父上が勝つのだろう。他の家門まで含めたとしても、御父上は血鬼の中で間違いなく一番強かった。
そして、そんな誰よりも強い御父上と、白い月の騎士は全くの互角であり…三日三晩戦っても、終ぞ決着がつかなかった。つまり、バリは私とサンチョを含めて、父上を除いた家族全員を皆殺しにできる力があるということになる。
私は…そんな御父上と互角のバリを、一人で殺さなければならない。
もしサンチョが一緒に戦ってくれたのなら、勝ちの目があったのかもしれない。けれど、私たち血鬼にとって、上位眷属の命令は絶対だ。
御父上がバリに手を出すなといったら、サンチョも他の子供たちも、御父上の命に逆らってまで傷つけるようなことはしないだろう。私ですら親不孝の拒否感と罪悪感を抑えるのに精いっぱいなのだから、家族の助力を期待することはできない。
それなら、家族の外にいて私を手伝ってくれる在野の強者を探すしかない。でも、バリがラ・マンチャにやってくるのは血鬼戦争の最中だ。人間と血鬼の戦争の真っただ中に、血鬼である私に協力してくれる人間の強者がそう都合よく見つかるとは思えない。それに、そこそこ強い程度の人間ではむしろ足手纏いになってしまう。それこそ特色クラスの、都市でも上澄み中の上澄みを連れてくる必要がある。そんな強い人間がわざわざ私に従ってくれる理由もない。お金ならあるけど、お金だけでそんな強い人が雇えるとは到底思えなかった。
どうにかしてサンチョを言いくるめて二人でバリを殺す…のはたぶん無理。在野の強者を探すのも…厳しい。私一人で頑張って殺す…負ける。バリを説得して、御父上に夢を与えるのを諦めてもらう…のもダメかも。彼女は御父上を味方にするか、殺すまで決して帰らないだろう。真正面から戦っても負けるなら暗殺するしかない。毒を盛るとか、狙撃とか、罠に嵌めるだとか色々な方法が思いつくけど、全部なぎ倒される未来しか見えなかった。シ協会のフィクサーを雇おうにもまだ設立されてないし。
八方塞がりだった。父上に夢を見させない方法が、本当に何一つ思いつかない。それでも、私は母親なのだから…諦めるわけにはいかない。
第二眷属としての力だけでは叶わないのなら、外付けの強化パーツが私には必要だった。特異点に匹敵するレベルの力が。私だけのE.G.O。あるいは、心と望があれば…私一人でも、バリを殺せるかもしれない。
E.G.Oの方は…可能性はないとは言わない。それでも、あまりにも険しい道のりであることは明白だった。光の種が撒かれていれば、もしかしたら私でも発現させることができるのかもしれないけど…でも、それは何百年か後の話。カーリーのように、理論上は心がとても強ければ光の種がなくとも発現させられるというのはわかっている。でも…私に、そんな心はないと思う。エイハブならワンチャンあるか、ないか、そのレベルかも。心と望に関しても、望み薄だった。アレも光の種を使ってる疑惑があるから…今は無理かも。
望みの薄い空論を考えていてもしょうがない、やっぱり現実的に、地道に強くなるしかない。幸い時間だけなら有り余っている。準備する時間も、手立てを考える余裕も、まだ十分にある。
「ねぇ、サンチョ。この後まとまった時間はあるかしら」
不在の御父上に代わり、執務室で黙々と事務をこなしているサンチョに、少し気が引けるけど、話しかけた。御父上が不在の時は私かサンチョが執務を処理するのが家族の決まり事だったから。
忙しいサンチョを頼るのはなんだか申し訳ないけど、それでも今の私に頼れるのはサンチョしかいない。
「…珍しいですね。時間ならありますが、それとして何用ですか」
私とサンチョの関係は…良いとも悪いとも言えないのだろう。良く言えば礼節を守って、適度な距離を置いた関係。悪く言えば淡泊で、冷たい関係。
元と違って私が眷属を作っていない期間が長かったから、私とサンチョしかお城にいない間もそれなりにあって、だからお互い交流する機会自体は本来より多かったんだと思う。
ただ、やっぱりお互い口数の少ない方ではあったし、自分に一定の線を引いてお互いに踏み込まない性格でもあったから、会話がどうしても弾まない。それに、私はともかく、サンチョは姉妹扱いされるのを嫌っていたし。
それでも、お互いに気兼ねなく相談できる唯一の相手でもあった。私たち血鬼はめちゃくちゃ縦社会で、階級は絶対だから、上を見ると無条件で敬ってしまうし、下を見るとどうしても子を見るような気持ちで接してしまうから。
ニコリーナは友達だけど、やっぱり血鬼に変わってしまった以上、どうしても無意識に母親としての目線で関わってしまっているかも知れないし。だから、同じ第二眷属として対等に話せるのはサンチョだけだった。
「…その、武器を作るのはあなたが一番上手でしょう?私もちゃんと作れるようになりたいの。いざというとき日傘だけだと不便だもの」
誰にも頼れない以上、私は血鬼として地道に強くなるしかない。私たちの家門は血をしっかり固めて武器を模ることに長けていた一族だったから、武器を作る腕前がそのまま戦いの強さに直結する。正直…私は、下手だったから。だから、一番上手なサンチョに教えてもらって、少しでも強くなりたい。
「ふむ、なるほど。それなら、武器庫に行きましょうか」
「武器庫?このお城にそんなものあったの?」
私はこのお城にもう何百年も住み続けてきたけど、いまだに構造の全貌を把握していない。外から見ればそこまで大きくないのだけれど、硬血式で建てられているから中は外から見るより断然広いから。流石に未来のP社の特異点の元になっただけはある。
私たち血鬼が言うのもアレだけど、色々と物理法則を捻じ曲げている気がする。というか建てた御父上ですら城の全貌を把握してないかもしれない。特に、新しく眷属になった子はたいてい迷子になるから危なっかしくもあった。
「物置のことです。父上様が長年集め続けてきた遺物には武具も多いですから。硬血で物を形作るときは、作りたい物の構造をちゃんと理解しておく必要がありますので。イメージが不正確だと作り上げる物も不格好になってしまいますから。それに、実際に武器を振るって重心や感触、丈を覚えておくとより実践向きの武器になります」
「…父上が集め続けてきたアンティークにも価値はあったのね」
そうやって、他愛もない話をしながら、私たちは二人そろって薄暗い廊下を歩いていく。こうやって二人きりで過ごすのは何年ぶりだろうか。
普段サンチョは御父上に付きっ切りで離れようとしないし、子供たちも随分多くなったから、二人きりで過ごすというのはかなり珍しいことだった。
御父上はずっと、私とサンチョを姉妹だと言って仲良くさせようとなさっていた。私も、サンチョと仲良くなりたいという気持ちは同じ。だから、この機会に少しでも仲良くなれたいいなって、そう思った。
サンチョが私を嫌っているならしょうがないけど、嫌ってわけでもなさそうだし。だから、いつか私だけでなく、子供たちみんなとも仲良くなってくれたらなって、そうあることができたら、きっと美しいだろうから。
それなりに長い廊下を共にして、私とサンチョは、ようやくお城の片隅にある物置へとたどり着いた。この辺りはあまり使わないし、ちょっと新鮮な気分。
扉に手をかけて、ゆっくりと手を引けば、上から埃が降って来た。埃っぽい。
「けほっ、埃被ってるわね。最後に開けたのはいつなの?」
「暫く行商人が来てませんからね。父上様はずいぶん寂しがっていられましたが…まあ、また妙な遺物を押し付けられるよりはマシでしょう」
壺や調度品、絵画なんかが多かったけど…サンチョの言う通り、物置の奥のほうには御父上が集めてきた武器や遺物がずらりと整列されていた。
「なんだか…妙に充実してるのね」
埃が被っているとはいえ、武器は一つ一つ丁寧に壁に掛けられて陳列されていたし、実際に振るうためのそれなりに広いスペースが十分確保されていた。
試し切りのための的なんかも置いてあったし、物置というよりはむしろ練習部屋という印象がしっくりくる。
「そ、それは…けほん」
「もしかして、御父上に褒めてもらいたくてここでこっそり隠れて練習していたの?」
サンチョは、露骨に目を泳がしてうろたえていた。図星だった。普段寡黙だからか、少しの動揺でもとても分かりやすい。
何か隠し事をするのにはあまり向いてない性格なのかも。サンチョが武器を作るのが上手なのはこういう理由だったのねと、どこか関心してしまった。
「内緒にしておくから、安心して。私も御父上には秘密で練習するつもりだから」
とりあえず、一番手前にあったシンプルなロングソードを手に取った。両手に構え、しっかりと握りしめて軽く振るう。血鬼になる前の私なら持ち上げることすら難しかっただろうに、今の私にとっては綿のように軽くて重さを感じない。
それでも、やっぱり素人の剣術に過ぎない。実のところ、私はろくに戦った経験がないから。血鬼の狩人と何度か殺しあったことはあれど、日傘に血で編んだ棘を咲かせて適当に振るえば、それだけで死んでしまう。
自らの手で狩人を殺した時の感触は…まだ、忘れられない。これからも私は血鬼として、渇きのために人を殺して屍を積み上げて生きていくんだろう。
血鬼になったその時から、覚悟していたことではあったけれど、それでも、私はできる限り人を殺したくない。…バリを殺すために練習しているのに、私は何甘えた考えをしているの。私は…殺すって決めたでしょ。
血鬼としての本能と、肌の下に流れる血を意識して指先を震わす。目を瞑って、頭の中で描いていたイメージを血で具現化する。爪の先で私の血が固まり、結晶化していく。
瞼を開けば、私の手には硬血で作られた直剣が浮かんでいた。軽く振ってみて、何も問題はない。模様を刻むのは結構難しいから、サンチョのようにお洒落な物を形作るにはまだ練習が必要かも。
私が剣一つ作り上げるのにも苦労している間に、サンチョは複雑な模様が刻まれた見事な槍を作り上げていた。実力の差を感じる。やっぱり、サンチョが一番上手。
「…サンチョ。あなた、散々クソ商人だとか言って毎回見事に騙される父上に口酸っぱくお小言を言い続けてきたのに、なんだかんだ有効活用してるじゃないの」
サンチョはどこか嬉しそうに、色々な武器を手に取っては振るって感触を確かめていた。僅かに頬をにやにやさせているし、やっぱりサンチョはどこか御父上に似て子供っぽいところがあると思う。
バリに学んだ技はいちいち半月!だとか黒い矢!だとか律儀に技名を叫ぶし…だめ、そのバリを殺すために練習してるのにそんなことを考えるな。彼女は…敵でしか、ないでしょ。
色々な武器を握っては振るって、納得がいくまで感触を確かめて、十分だと思ったら硬血で武器を模る。所々サンチョにアドバイスを貰って、また振るっては武器を作った。
槍、鋏、鞭、杭。一通りの武器は試してみたと思うけど、なんだかどれもしっくりこない。やっぱり、私は日傘で戦うのが一番向いているのかも。
ただ…この日傘、元々ニコリーナが丹精込めて作ったお洒落全振りの非戦闘用だから、硬血で補強して、丁寧に使わないとすぐ折れてしまう。どこかの工房か何かと協力して、しっかりしたのを手に入れた方が良いのかも知れない。
でも、色んな武器を作ってみるのは面白かった。サンチョの気持ちも少しわかった気がする。自分の血を相当使ってるから、疲れるけど。流石に、この程度のことで人間を襲うようなこともしたくなかったし。
渇きのために襲うならともかく、楽しみや私事で人を殺すようなことがあってはならない。それは美しくないもの。
そうやって、付きっ切りでサンチョに練習を見てもらってると、時間はあっという間に過ぎていく。窓から差し込む柔らかな日差しも、段々と影が落ちてきて、物置も薄暗くなっていった。
何かに夢中になっていれば、他に気を回す余裕もなくなるけど、それにしたって少し不用心だったかもしれない。御父上が帰ってきたことにも気付かないだなんて。
『お~いサンチョ~?いないのか?どこにいるんだ全く、父上が帰ってきたというのに出迎えないのは君くらいだ。はぁ、せっかく色々買ってきたというのに見せる相手がいないと面白くないな』
近い。この物置からそれほど遠くはないところから、父上の声が聞こえてきた。どうしよう、見つかったらこっそり内緒で練習してることがばれてしまう。
私は別に構わないけど、サンチョにとっては大事なことだろう。今物置から出たら、絶対御父上に鉢合わせする。
「今の聞いた?サンチョ、どうするの。このままだと父上が」
「…隠れましょう。ほら、こちらに」
サンチョに手を引かれて、私は物置の奥のほうへと連れられた。音を立てないよう、慎重にクローゼットの中へと二人で身を隠す。これは、秘密の特訓だから。私もサンチョも御父上に見つかると困る。
クローゼットはそれなりに大きかったけど、もともと何着か衣服も入っていたし、二人で入るとぎゅうぎゅうで狭苦しいうえに真っ暗だった。
でも…温かい。サンチョのもちもちの柔らかな肌触りと、お互いの微かな吐息を感じて、どきどきと心臓の鼓動を感じるほどに近く、互いの熱と血を分かち合って繋がっている。
上下にゆっくりと膨らむ肺と、鼓動に合わせて息を感じて、真っ暗だからこそ、互いの存在を何よりも感じている。初めてかもしれない。こんなに、サンチョと抱き合ったのは。
「ね、ねぇサンチョ。ほんとにこんなので父上から隠れられるの?いくら何でも」
「シッ、静かに。このクローゼットに隠れるのは初めてではないですから。二度は効いてます。父上様はこういう時は鈍いから大丈夫ですよ」
狭くて暗いからこそ、お互いの鼓動の音が敏感に伝わってくる。もちろん、御父上の足音も、普段よりずっと鮮明に聞こえた。
廊下から伝わる足音と振動はどんどん大きくなっていって、こちらに向かって来ていることが否応にもわかってしまう。そして、ガチャリと物置の扉を開ける音が聞こえてしまった。
『おーいサンチョ~?…ここでもないのか』
猛烈に嫌な予感がする。足音はどんどん近付いてくる。音から察するに…また妙な遺物を沢山買い込んできたらしい。物を置いたり、何かを壁に掛けたり、戸棚を引いて何かをしまったり。
血の匂いで感付かれているような様子はないけど…私の血を操る技術も、少しは上手になったということなのだろうか。硬血で作った武器は全部私の身体に戻したけど、それでも私たちは血に何より敏感な種族だったから、不安は尽きない。
一歩、また一歩。御父上の足音が、こちらに向かってくる。近寄れば近寄るほど、どくどくと高鳴る心臓の鼓動を感じて止まらない。お願いだから、私とサンチョの尊厳のためにも、そのまま通り過ぎて帰ってほしい。
もし御父上に見つかって、第二眷属が二人揃いも揃ってこんな情けないことをしでかしているだなんてお城中に広まったら…もう、恥ずかしすぎて耐えられない。
失敗した、さっさと物置から出てうまい言い訳で御父上を言いくるめたほうがずっと良かったのに。何私はこんなはしたないお姫様に相応しくないことをしているの。本当に、お願いだから、見つからないで…
きっと私だけじゃなく、サンチョも同じように見つからないことを必死に願っていたんだと思う。そんな願い空しく、御父上はどんどん私たちに近づいてきて、足音は私たちのクローゼットの前で止まった。
だめ、だめ!本当に…だめ!何か、私にできること…何もない。じゃあ、祈ること以外、何もできない。戸の隙間から光が漏れ出してくる。…終わったかも。だめ、もう本当に、絶対バレちゃう。何か、神様。助けて…
「ぁ…」
息を呑んだ。誰が漏らした声だったのかはわからない。おそらく、私とサンチョと、たぶん御父上も皆同じ声を出したんだと思う。
戸の向こうから、メイド服を右手に携えた御父上が私たちを微妙な顔で見つめていた。それ、絶対サンチョに着せるつもりだったでしょ。
「あ、ぁ、しっ、し失礼します父上様ぁ~~!!!!」
バンっ、と扉を突き飛ばして、サンチョは顔を真っ赤にしながらものすごい勢いで物置から走り去っていってしまった。その場に残されたのは、嬉しさと困惑の表情が入り混じったまま状況を何一つ理解できていない御父上と、羞恥心に埋もれた私だけ。
走り去っていくサンチョの後姿を眺めて、これからどう言い訳しようだとか、私を置いて逃げるだなんて酷いだとか、色々思い浮かんだけど…それから先は、よく覚えていない。たぶん、私もサンチョみたいに父上を置いて無我夢中で逃げ出したんだと思う。
それからしばらくは、サンチョは口を聞いてくれなかった。酷いと思う。クローゼットに隠れることを勧めたのは、サンチョなのに…