なんか都合がいい感じのラ・マンチャランドくれ 作:300狂気
『一日一日を意味もなく生きているって感じているんでしょう。病が命ずるままに人間の血を飲み、果てしない歳月を生きながら…生きることに意味なんてなかったでしょう』
『でもあなたたちが患った病は、孤独。闇の中に隠れて家族同士で寄り添っても良くなるはずはないってこと。だから私が与えようっていうの。明日を生きる期待を。言い換えれば…夢。夢を見られるようにしてあげる』
彼女の言葉が、頭から離れない。私が血鬼になるって決めた理由を…人間だった頃の記憶を、思い出すから。今思い返してみれば、私は寂しかったんだと思う。そして、明日への期待がなかった。
くるくる回り続ける風車みたいに…私も、ずっと同じことを繰り返して生きていくんだなって、信じ切っていたから。でも、私は生まれ変わった。御父上に血と祝福を分け与えられ…同時に、愛と、温かさも分かち合った。
そして、私の眷属…子供たちが一人、また一人と増えていくたびに、私は御父上の気持ちが少しはわかるような気がした。御父上も、私たちが楽しく過ごすことを望まれていたから。最初は、父上様も孤独だったから、だから私たちからも孤独を取り去ってあげようとしていたの。御父上のどこか道化じみた大袈裟な言い方と、破天荒な行動は私たちを楽しませてあげたいという気持ちから来るものだったんだろうって、私にはわかっていたから。でも、それだけでは満たされない。御父上の空しさは…家族の愛だけでは、埋めることができない。
バリの言う通り。私たちに必要なものは…夢。私たち血鬼は、人生の意味と幸せが全て血に集約されてしまった存在だ。渇きを満たすことこそが、存在の理由に成り果ててしまった病人。
でも、血に代わるほどの強い欲望と期待…言い換えれば、夢。夢を見つけることができれば、私たちは渇きに囚われずに生きていくことができる。それがどれほど難しいことかも…わかっている。
御父上やサンチョは、きっと血を飲まなくたって生きていけるだろうけど、皆が皆できるようになるわけじゃないの。
「それで、血鬼のお姫様が私についてくる理由は何?」
「私が、お姫様に見える?」
「そう見えるけど…質問の答えになってない」
本物のお姫様はあなたでしょ、って言いたくなった。質問に答える義理もないだろう、これから彼女は、私の手によって殺されるのだから。
三日三晩の果てしない決闘にはついに決着がつかず、決闘に飽き飽きして眠気を訴えたサンチョが歯止めをかけて、決闘は終わりを告げた。彼女の語るフィクサーの規則だのなんだのに従って、御父上は本当にバリを帰してしまった。
子供たちに追わせることもなく、本当にただ何事もなく帰そうとなされた。だから、これは不孝行だ。親の命に逆らっては…ならない。でも、私は母親だ。子供たちのためなら…私は、なんだってやれる。
父上の命に逆らうのだから、私のわがままは、誰にも知られてはならない。だから、バリを殺すのならお城の外。万全を期すなら、罠で待ち構えたほうが良いのだろうけど、素人の考えた罠なんて効果もなさそうだし。だから、正面からやる。
私は何も言わず、お城を離れて街道を歩くバリの背を追った。彼女が止まれば、私も止まる。彼女が歩き出せば、私も歩き出す。3メートルくらいの、絶妙な距離を保ったまま…殺し合いの音がお城へと届かない所まで、離れるのを待った。
こうしてじっくり見てみると、三日三晩戦い通したというのに、彼女には何の呼吸の乱れも、歩調の狂いもない。ただ、平然としている。お願いだから…心底疲れているって、言ってほしい。
そうしてお互いに無言のまま、私たちはラ・マンチャの乾いた土を踏みしめて、それなりに長い道のりを供にした。暖かくて、心地の良い柔らかな陽ざしと、時々肌を撫でる優しい風。
草木も鳥たちも、この暖かさに身を任せて幸せそうな表情を浮かべていて…これから私たちが殺し合わなければならないなんて、信じたくなかった。人間だった頃の記憶が、また浮かんでは消えていく。
風が肌を優しく撫でたその時…ついに、バリは私に振り返った。
もうそろそろ、良いだろう。返事はしない。ただ無言で日傘を構え、その切っ先を彼女に突き立てる。滲み出る不安と殺気を思いきり彼女にぶつけて、否応にでも私の意図を分かってもらう。
「…私、あなたが嫌い。憎くて憎くて、殺したくてたまらないの」
憎しみを乗せて、日傘に硬血を咲かせていく。美しい棘がいっぱいに広がり、棘の先端はついに彼女の鼻先へと迫った。私が一歩踏み込みさえすれば、彼女は必ず傷つくだろう。
私が日傘を一振りさえすれば…必ず、殺し合いが始まるはずなのに…なのに、彼女は一歩も動かない。全く、動じていない。冗談じゃない、どんな神経してるの?バリの表情に浮かぶのは…純粋な困惑と、好奇心だけだった。
ここまで来て尚、彼女は刀に手をかけさえしていない。本当に、理解できない。少しは臨戦態勢を取るとかするのが普通の反応…じゃないの?
「恨みを買った覚えはないんだけど…そもそも、私のこと恨んでないよね。本当に憎いなら、お城を訪れた時にもう殺し合ってるはずだから。
動機がよくわからないし、行動も全部ちぐはぐ。私を本気で殺すつもりならもっといいタイミングが沢山あったってこと。そして何より…目が、私を殺したがってない」
煩い。黙れ、私を見ないで!!ああもう、躊躇しないで。殺さなきゃ。子供たちを飢えさせないためにも、私が責任を逃れるためにも、渇きを満たすためにも。殺さなきゃ…私たちは、救われないでしょ。
本能も、理性もそう言ってる。でも…感情だけは、置き去りにされたまま?私は、こんなにも心が弱い人だったのだろうか。だけど、渇きのためならば…人は、血鬼はどんなに冷酷にも残忍にもなれる。
甲高い耳障りな悲鳴をあげる感情を本能で踏みにじった。渇きの行くままに、私はついに日傘を振りかざして彼女の喉元を狙おうと腕を突き刺していた。当然のように、弾き返された。
生まれて初めて、私は本能に感謝した。だって、この渇きがなければきっと私は日傘を振るえていない。でも、ただ本能に身を任せるのは獣と何も変わらない。動きも実直で、簡単に見切られてしまうだろう。だから、ここから先は理性の出番。
飽きるほど、何十年も繰り返したサンチョとの摸擬戦と、狩人との対人経験は私をそれなりに動ける姫へと成長させていた。上段、横薙ぎ、時折放たれる弓矢と、手首狙いの一撃。全てが霞むほど速く水のように流れて行って、私は防ぐだけで精いっぱいだった。
たった5レベルの差が…私には、何より重い。それでも戦いが成立しているのは…三日三晩の決闘で、彼女の動きをある程度事前に把握していたからだろう。戦いに初見殺しが混ざらないということ。逆に、彼女は私を知らない。勝ち目はある。
「なぜあなたは上位眷属の命令を無視してまで私を殺そうとするの?相当な殺意が感じられるけど」
私が必死で日傘を振り回して息をするのにも苦労しているというのに、バリは飄々とした様子で二刀で切りつけながら喋りかけてくる。容赦とか、手加減みたいなのは一切ない。
本当に…憎らしい。そのよく回る舌を今すぐにでも引っこ抜いてやりたいほどに、苛立ちと憎しみが募っていく。私が質問に答えないのはもうわかってると思うのに、バリは語ることをやめなかった。
「喉が渇いたから、人間を襲う。当たり前のことでしょ?」
言葉を交わしてそれで隙が見えるならそれでよかったけど、返答の代わりに帰ってきたのは黒い矢。私の頬を少し掠めて、ビリビリと精神を締め付ける茨を感じる。
心の内に亀裂が走って、胸の内を憂鬱と無力感が支配した。それをまた理性でねじ伏せて、棘を咲かせて、ただ無心で日傘を振るう。掠ってこれなら…絶対まともに食らっちゃいけない。精神力が命綱だから。
「見え見えの嘘を吐かれても困るんだけど」
私の狙いは、どちらかと言えば長期戦。戦いが成立している時点で、彼女が疲れているのは間違いない。私は傷ついても再生できるけど、人間はそうもいかない。それに、多くの血が流れれば流れるほど…美しい棘が咲き誇るだろうから。
剣を日傘で打ち返しながら…冷静に、機会を伺う。弓矢は開いた日傘で受け流して、剣には返し技を狙ってるけど、正直速すぎて何も見えてない。半ば感で動かないと間に合わない。銃弾より速く飛んでくる矢って何?矢を番える動きが微かに見えるから、何とか今のところ避けられてるけど…集中力を切らしたら終わる。
「…黙って死んで。あなたが死ぬことに理由なんていらない」
身体を大きく翻して、勢いを乗せて日傘を回す。咲きだした棘たちから無数の花弁が舞い、破片となって宙を飛び散り、身体中を傷つけて、削ってゆく。
抉れた肉から血が滲みだしてきて、血の歓喜で全身が震えてやまず、胸中が幸せで埋め尽くされた。やっと、まともな一撃が入った。
でも、じっくり血を味わってる暇なんて全くない。すぐさま後ろに飛びのいていなければ、私の身体は真っ二つにされていただろう。私がコンマ数秒いたその場所には、白刃の軌跡が残像となって残るのみだった。
「私が一番気になっているのは…本気で殺そうとしてる割に、動きに迷いが滲み出てるところかな。最初から」
「…黙ってって、言ってるでしょ」
私に迷いなんかない。彼女をここで殺さなければ、家族の幸せは地の底に埋められてしまう。日陰者でもいい。闇の中で生きていい。ただ、家族が穏やかに過ごせるのなら…私は、夢なんて見なくたって幸せなの。
だから…その荒唐無稽な夢を、妄言を二度と唆せないように口を縫って殺してやる。沸々と湧き上がってくる怒りのままに日傘で貫こうとして、届かない。見切られた。半歩程度の、僅かな差なのに…日傘は、虚しく空を切った。
そんな致命的な隙を逃してくれる敵ではなかった。身を翻して、避けようと最大限身体を離したけど…間に合わない。彼女の剣が、ざっくりと肩を裂いた。ぴしゃりと血飛沫が飛び散って痛みを感じる前に、傷口が焼けるように鋭くて熱い。
まだ、負けじゃない。零れ落ちた私の血を吸って、日傘はより一層美しく咲き誇った。傷口もすぐ塞がるだろう、それまで、耐えられればだけど。
体勢を立て直す間もなく、低い姿勢を保ったまま彼女は二刀で攻勢をかけてきて、傘で鍔迫り合おうにも間に合わない。全身を捻って、剣を振られる前に彼女を蹴り飛ばした。私は、別に優雅な戦い方にこだわってるわけじゃない。勝てれば、それでいいの。
硬血で弓矢を模り、吹っ飛んでいったバリに即座に撃った。当然のように弾き返されたけど、僅かに体勢を崩して足が止まる。普段の彼女なら絶対に見せることがないであろう隙が…ついに、生まれた。やっぱり、初見殺しは強者にも通用する。これまで態々日傘だけで戦っていた甲斐があった。
掴んだチャンスを逃さないためにも、子供たちのためにも。全身全霊をかけて…今、ここで終わらせる。一直線に彼女に近づき、振るわれた最後の鍔迫り合いを制して、彼女の足首を硬血で固めて動きを封じ…最後に、全力で日傘を押し付け、地面に押し倒した。
彼女を地面に押し潰したまま、めいいっぱい咲いた棘を回して、旋風を巻き起こす。周りの地面ごと抉れていって、まるで隕石が落ちてきたみたいな丸いクレーターが形作られていく。
三度旋風を巻き起こし、ガリガリと抉れていく肉とまき散らされる血が頬に飛び散って、頬をなぞり滴り落ちていく。本能のままに、ぺろりと舐めとった。鉄臭くて、生暖かくて、どろりとしていて…、なんて、甘いの。
私はお姫様だけど、まだパレードのお姫様ではない。それでも、この技に名前を付けるとしたら…フィナーレ。全部、終わった。宙で身を翻し、優雅にポーズを取り、地に足をつける。
「ぁ、はは。勝った…の?私、夢を、終わらせてしまったの?やっと…これで、終われるの?」
もし生きていたとしても、碌に動けないはず。身体中摺りつぶされて、挽肉になっているだろうから。私…私が、殺した?父上様でも勝てなかったあのバリを?ありえない。嘘…でしょ?
「まだ、終わってないよ」
いない。どこにも、見えない。嘘だった。そう気づいた時には、もう負けが決まっていた。
振り向いて、飛びのこうとして足に力を込めた時には、既に右足が切り飛ばされていた。足が落とされ床に崩れ落ち、次に日傘を持つ手を跳ね飛ばされ、最後に…首筋に、刃を突き付けられた。
「…どうして、私を殺さないの?」
ここまで来てやっと身体が痛みを知覚して、熱さと、鋭さと、苦痛を訴えた。止めどなく血が流れ落ちては赤い血だまりを作っていく。今血を固めて止血しなければ…私は、そのまま多量出血で気絶するかもしれない。死ぬかは怪しいけど。
私には、もう生きる意味がない。負けたから。でも…身体だけは、生きたがっていた。息を繋ぐために肺と心臓は懸命に鼓動していて、いっそ、ここで息絶えてしまいたかった。
「あなたのお父様との誓いを守るため。ここであなたを殺すのは、フィクサーとして正しくない。お父様に夢を見せてあげるって、そう約束したからね。フィクサーとは何よりも寛大に、そして慈悲深くある必要があるんだ」
手ごたえは、あった。絶対に決まったと思った。あれで死なないわけがないって、思っていた。実際…バリは、それなりに満身創痍に見える。内臓はズタズタに引き裂かれ、顔中が破片で血みどろになり、腕の筋肉が割けて骨が見えているところだって、あった。
でも私は負けた。彼女の意思一つで、私の命はここで終わる。それでもいいと思った。今ここで殺されれば、父上は人間を失望して夢を見ることはなくなるだろうから。
「それで…結局、なんで私を殺しにかかったの?私が勝ったんだし、教えてくれてもいいよね?無理強いはしないけど」
答える理由も、もうない。私は負けたし、父上様は夢を見られるから。それでも、正式な決闘じゃないけど、一対一で戦って負けたのだから…答えるのが、敗者の義務だと、そう思った。
「…私は未来を知ってる。川の水を飲んだことはないけれど、それでも、わかる。このまま行けばあなたの目論見通り御父上は夢を見られるでしょうし…夢の為に血鬼戦争に参加して人間が勝利する。そこまではいいの。でも、夢は夢でしかないのに現実に叶えようとしてしまうから…私たちは皆、破滅する。サンチョを残して…子供達も御父上もみんな死んでしまう。私はそれに耐えられない。叶わない夢なら、初めから見ない方がいい。父上の寂しさがなくならないのはわかってる。それでも私は母親だから…こうするしかないの」
ちゃんと答えたのに、バリはまだ不満げな顔だった。私が言えることは全部言ったと思う。
「本当に未来を知っているのなら、足を切り飛ばされることも分かっていたはず。もしかして、わざと私に負けたの?未来を知っていて尚?」
ふるふると、首を横に振った。バリの様子を見れば、更に疑問が増えたといった顔だった。きっと、私に聞きたいことはまだまだ山ほどあるんだと思う。それでも、彼女は私に背を向けた。
「…私も、流石に疲れた。痛いし私は帰って休もうかな。聞きたいことは、次お城に行ったときに聞くよ。じゃあね」
想像していたよりも、なんだかドライだと思ったけど、去っていくバリの後ろ姿を見ればその理由もすぐわかった。呼吸も荒いし、歩調も安定してない。足も少し引きずってる。本当にしんどくて話もしたくないやつでしょ、これ。
今更になって、彼女の状態をちゃんと理解する。これ…私が油断してなかったら、勝てたかも。気付きたくなかった。ただでさえ惨めだったのにさらに惨めになった。ただ…地平線の彼方へと去っていくバリを、ずっと、見つめていた。
四肢の再生が終わった後、私は這う這うの体で血をだらだらと流しながら帰ってきた。身体中が焼けるように痛くて、それよりも、敗北の味が何よりも苦くて心に染みた。見逃されたという事実にも。
私は…三日の間御父上と戦って、疲労困憊の状態で有利な戦いを挑んだのに、負けた。油断と慢心がすべてを奪い去っていった。勝てたはずの戦いに…ただ、愚かさ故に負けた。ここまでくると、乾いた笑いしか浮かばなくなる。
「…城門、開けて。お願い」
こんこんと、何度か叩く。
「お帰りなさいませドゥルシネーアさ…ま?どうなさったんですかその傷!一体どこの誰に」
「負けたの。…それだけ。あまり心配しないで、見逃されたとはいえ、生きてるから。あと、他の家族には内緒にしておいて。お願い」
血の匂いに敏感な私たちだから噂はすぐに広まるかもしれないけど、今は夜遅かったから、何とか身を隠して自室にたどり着くには十分な暗さだった。
血だらけのドレスのまま、私はベッドに身を投げた。まだ手足の感覚がない、再生したばかりだから当たり前だけど、じんじんとした痛みだけがあった。
きっと、人間の血を十分飲めばすぐにでも回復するだろうけど…血を飲む気にすらならない。渇きがないといえば噓になるけど、それ以上に敗北の苦い味を噛みしめて、他に何も考えられなかった。たかが大技を決めた程度でバリが死ぬわけないのに。
本当に、バカみたい。