人斬り上手いので処刑人一族の当主になった、あと切腹した馬鹿と浮気した。   作:鴉の子

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大分かかってしまった。
主人公のキャラデザは……後日挿絵に差し込んでおきます。

落書きですが入れておきました。

【挿絵表示】
いつかちゃんと描きます、いつか……


2話:少女Y

 

 ────雪の降る夜だった。

 

 月明かりが、雲を透けて、僅かに光を道に落としていたのを覚えている。あの頃の京は何処も血の匂いがしたが、あの時程濃いのは、初めてだった。

 

 警邏の見廻り、偶々手隙だった自分、原田左之助が担当していた。羽織の上から、寒さが骨を刺すように染みる中、京の四辻を歩いていた。

 

 その時だった、馴染みのある、死の気配。浪士、辻斬り、あるいは仲間の死体か。何が待ち受けているのか、即座に槍を抜いて走り出した。

 

 だが、目の前にいたのは、予想していない物だった。

 

「────あら、お兄さん、いい夜ね」

 

 真っ黒な女が、血に濡れている。刃を片手に、蒼い瞳を輝かせて。それは、この世の物とは思えぬほど凄絶な艶姿で。

 

「────」

 

 美しい、と思った。

 

 視界の灰色が、消えた気がした。死んだ世界に、鮮烈な色が混ざるような、そんな感覚。

 

「……なんだ? あんた……」

 

 思わず、声をかける。槍は、下ろしてしまっていた。女の瞳が、こちらを向く、背筋に、寒さではない怖気が走った。

 

 だが、悪くない。奇妙な話だが、死の気配そのもののような女の視線は、確かに恐ろしいが、忌避すべき物ではないと思ったのだ。

 

「山田浅右衛門吉豊、あなたは?」

 

 山田浅右衛門、聞き間違いか? いや、正真正銘、幕府の人斬り。俺のような密偵では会うこともないだろうな者だ、名目は同じ浪人といえど、積み重ねた歴史も立場も違うはずの人間。

 

「浪士組、原田左之助」

 

 思わず、名乗りを返す。相手の言葉の真偽も確かめることなく。

 

 何故だろうか? なにか、そうするべきだと思ったからに違いない。赤く染まった雪の上に立って、薄く笑う女の姿が、目に焼きつく。

 

「あら、浪士組。本当? 密偵かしら」

 

「────」

 

 何故。立ち振る舞いに滲むようなものはなかったはずなのだが。槍を持つ手に力が入る。

 

「忍び、密偵、そういうのとも付き合いはあるもの。案外わかりやすいわよ、極端に“匂い”がしないもの、彼ら。ああ、言わないわよ? どちらかというとそちら側だし」

 

「……ねぇ、お風呂入りたいんだけど。どこか知ってる?」

 

「…………宿は取ってるでしょう、あんたのような方なら。近場にあるはずですよ」

 

「あら、不粋。モテないでしょ」

 

「妻がいるもんで、まぁ、()()ですけど」

 

「ならいいじゃない?」

 

「ダメです」

 

「いけず」

 

 女は、けらけらと笑う。本気で言っているわけではないのだろう、揶揄い混じりの言葉を紡いだのち、刀の血振りをして納める。

 

「何か聞きたければ、もう三つ行ったところの本陣*1に来るといいわ。もう遅いから」

 

「……そんな遅くに、何をしてたんすかね、あんたは」

 

「あら、見ればわかるじゃない?」

 

「……辻斬り?」

 

「違うわよ、お酒。この人達は……ほら、行きずり?」

 

 よく見れば、顔が微かに赤い。酔っているわけではないが、軽く酒を入れた後らしかった。

 

「死んでるんすけど……」

 

「刀抜いたんだもの、そりゃあ死ぬでしょう」

 

「……そうすね」

 

「それじゃ、あなたも気をつけてね」

 

「逆でしょう」

 

 ゆったりと歩き始める目の前の女の肩掴んで。

 

「あら、積極的」

 

「違ぇです。宿は三つ先って言ってましたね、見たことあります、行きましょう」

 

「あら、あら。連れ込まれちゃうわ」

 

 笑い声が、鈴を鳴らしたかのように賑やかに鳴。心底楽しそうな女だった、何がそんなに面白いのか。

 

「人斬りだろうとなんだろうと、ここで1人で返したら仕事にならねぇもんで」

 

「真面目ね」

 

「数少ない取り柄です」

 

「あら、他の人って見る目がないのね。顔もいいじゃない」

 

「恐縮です」

 

 酔ってないと思ったが、やっぱり酔っているのではないかと思い始めてきた。ひたり、と冷たい感覚が腹に触れた。いつのまにか、隣にいた女がこちらに手を触れていた。

 

「ふ、ふふふ、あったかーい」

 

「女の子がそんなことするもんじゃないですよ」

 

「もう女の“子”じゃないでーす。思ってもないこと言うの、よくないわよ?」

 

「じゃあ冷たいんでやめてください、マジで」

 

「ね、ね、痛かった? 随分古い傷だけど、切腹?」

 

「わかるもんすか」

 

「首斬り役人で、お医者さんだもの」

 

「痛かったっすよ、そりゃ」

 

「ん、そう」

 

 何やら満足気に頷いて、ニコニコと歩みを進める。なんとも、不可思議で、人によれば不気味と言っても差し支えない人間だった。

 

「何か、気に障りましたか」

 

 奔放というにはいささか奇矯な振る舞い、そして、何より常に薄く殺意のようなものに満ちている。それがピリピリと肌を撫でて、だが、警戒には至らない。

 

 敵意がないからだ。沖田先輩が時折垣間見せる純粋な殺意に近しいものを、常に周囲に纏っている。それは、一体どんな心持ちなのか、気にならないと言えば嘘ではなかった。

 

「んー?」

 

 なんで? と言わんばかりに女は首を傾げる、黒い髪が揺れた。

 

「別に? あ、なんか怖かった? ごめんねぇ、違うんだ」

 

「いえ別に、ただ、どんな気持ちなのかと」

 

「わー直裁。どうもしないよ、ただ、みんなすぐ死ぬなーと思ってるだけ」

 

 どういう意味かはわからないが、なんとなくわかる。

 

「まぁ……少しわかるかもしれないっすね」

 

 瞳の揺れは、見覚えがあるものだった。それは、自分がずっとしているものに近いから。

 

 見えているものが、全部なんでもないもののように見える。大事なものはわからないし、生きることの意味も死ぬことへの意味もわからないまま彷徨う人間の。

 

 ここまで考えて、どうして自分はこんな初めて会ったばかりの女とこうまで話してしまっているのかに少しだけ合点が行った。

 

「……着きましたよ」

 

 本陣、随分と大きな旅籠だ。長く逗留するつもりなのだろう、血まみれの女を見た女中達が慌てて手拭いや桶を持って現れた。血汚れで床を汚されても困るからか、上客への気遣いからは知らないが。

 

「ありがとうね、原田くん? だっけ?」

 

「原田左之助っす、原田でも、左之助でも」

 

「じゃあ左之助。じゃあね、また今度会うこともあるでしょう」

 

「……あるんすかね?」

 

「あるよ、多分ね?」

 

 そうならばいいな、と珍しく心が動いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雪の下、真っ白の世界。

 

 料亭のご飯の後立ち寄った居酒屋に居座りすぎて変なのに巻き込まれたから全員斬り殺したら、随分と綺麗な顔をした男に出会った。

 

 隣を歩く男は、原田左之助というらしい。浪士組、最近集まってきた若者達による武装組織。まぁ、剣で成り上がりたい男の集まりというのがわかりやすいのだろうか。

 

 でも、目の前のこの男はどうにも違うようだ。所作の所々に、正体を察せられないように訓練された跡がある。歩き方、あまりにも左右の癖がない。視線、正面を見据えながら周囲を常に意識している、これは剣士もそうだけど。指先の一寸まで意識が気を配られている、これが斬るためだったらいいけど、一般的な日常の所作一つ一つに染み付いている。

 

 あ、密偵だなこの人。というか、わかりやすい。

 

 普通、慣れてる人はもうちょっと人間っぽい癖を出したりするのだけれど。あんまりやる気もなさそうな気がするので、大変だなぁと思う。

 

 うん、でも、面白い人に出会った。接待じみた食事会は早々に終わって、好きにしていたらこんなことがあるなんて。京に来てよかった。

 

()()()()()()、でも、それを含めても、死の線が薄い。まぁ、本気で斬れば死ぬのだろうけど。運がいい人なのかもしれない、それに、目がよい人だった。

 

 寂しい目をした人、死すら灰色に霞んでしまって、どうでも良くなってしまった。うん、私にも少しはわかるかもしれない。

 

 うん、決めた。後で遊びに行きましょう、どうせしばらく暇だし。

 

「じゃあ左之助。じゃあね、また今度会うこともあるでしょう」

 

 ああ、楽しみ。こんなに明日が楽しみなのは、初めて刀の試し斬りをさせてもらった時以来かも。

 

 それじゃあね、綺麗な人。

 

 ────血のように赤い髪が、揺れている。隙間から、黒い瞳が私を見つめている。

 

 死の線が見える。触れれば、全てが綻ぶ、それが揺らいでいる。彼のも、私のも。それは、お互いが(殺意)を向け合っている証左だ。

 

 ああ、やっぱり。私たち、仲良くなれそう。

 

 

*1
参勤交代の大名や公家、勅使等の身分の高い人の宿泊場として使われる高級宿




直死の魔眼の亜種みたいなもんで、線の揺らぎを見て読心に近いことが出来たりします。人間を医学的に解体しまくった経験からくる共感覚に近いのかも。
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