今作は『プロセカ』キャラたちが“リアル人狼ゲーム”という極限の状況に巻き込まれるお話です。
舞台は謎の洋館。
集められた20人の前に告げられるのは――“本物の命を賭けた人狼”。
それぞれのユニットの絆、信頼、そして裏切り。
明るい日常と、じわじわと侵食していく恐怖の対比を重視しています。
※オリジナル設定や解釈を多く含みます。苦手な方はご注意ください。
それでは、**第1話『開幕の館』**をお楽しみください。
――重い空気だった。
オレ・天馬司が最初に感じたのは、冷たい床の感触と、胸の奥を締めつけるような静寂。
耳が痛くなるほどの“無音”が、世界を覆っていた。
ゆっくりとまぶたを開ける。
そこにあったのは、見覚えのない巨大な円形ホール。
天井の蛍光灯が、不規則に点滅している。
鉄の匂い。
何かが焼けたような、焦げの残り香。
「……ここは、どこだ?」
声を出した瞬間、自分の声がやけに小さく響いた。
誰かの寝息が、すぐ隣で微かに聞こえる。
「ん……お兄ちゃん……?」
小さく呻くように咲希が目を開けた。続いて、穂波、志歩、一歌。
全員が、同じように困惑した顔で辺りを見回している。
咲希の唇が震える。
「これ……夢じゃ、ないよね?」
その言葉が、沈黙を揺らした。
「夢だとしたら、ずいぶん悪趣味だね」
志歩が低くつぶやく。
でもその声も、かすかに震えていた。
「おはよー……? って、わっ!なにこれ!?」
えむの明るい声が、静寂を突き破る。
目を輝かせて天井を見上げる彼女の顔は、どこか無理に作った笑顔のようで。
「えむ、やめろ!」
司が思わず叫ぶ。
その叫びは反響して、また静寂に呑まれた。
「……なんか、変な音、しない?」
宵崎さんの声。いつもより低く、重たい。
焼山が笑いながらも首を傾げた。
「ホラー映画みたいだね。あはは……本当に。」
その“笑い”が怖いくらい乾いていた。
桐谷が、咲希を抱くようにして支える。
「大丈夫。落ち着いて、息して。」
花里の目には涙が浮かび、白石は拳を握って歯を噛みしめる。
雫だけが、表情を変えずに周囲を観察していた。
彼女の視線の先――壁に埋め込まれた黒いモニターが、一斉に点灯した。
低いノイズ。
不規則な光。
そこに映ったのは、顔のない“何か”だった。
「おはよう、プレイヤーのみんな。」
声は、人間のものではなかった。
抑揚のない、合成音のような響き。
それが、心臓を直に掴むように冷たく響いた。
「プレイヤー……?」
一歌が眉をひそめる。
「あなたたちは選ばれた。――“リアル人狼ゲーム”へようこそ。」
咲希の肩がびくりと跳ねた。
「人狼……? あの、ゲームの……?」
「そう。“生き残りをかけた”ゲーム。」
その瞬間、空気が変わった。
みんなの呼吸が一斉に詰まる。
「ふざけんな……」
彰人が低く呟いた。
「誰がそんなもん――」
「ここにいる二十名に、役職を与えました。
村人。人狼。占い師。霊媒師。狂人。サイコキラー。妖狐。そして――恋人。」
“恋人”という言葉の響きに、数人の心臓が跳ねた。
「恋人は、互いの心を共有し、ひとりが死ねばもうひとりも死ぬ。
どんな形でも、ふたりで“運命”を分かち合うのです。」
オレは拳を握ったまま動けなかった。
まるで、自分たちの命を“駒”にされたような気がして。
「昼は議論を。夜は能力を。
生きるか、殺すか。
最後に残るのは――ただひとり。」
えむが震える声で司を見上げる。
「ねぇ……ショーの、演出……だよね?」
オレは、答えられなかった。
代わりに、口の中の血の味だけが広がった。
「あ...あなたはなんでこんなことをするの?」
珍しく怯え、震えた声で朝比奈さんがそう言う。
「え?それはもちろん。楽しいからさ。
醜い人間が、たったひとつの“生”の道を歩くために――裏切りあうことが。」
ノイズ混じりの声は、まるで笑っているようだった。
ぞわり、と誰もいないはずの背後に冷たい風が走る。
「狂ってやがる...。」
彰人が顔をしかめながらそう言う。その顔は絶望としか言い表せなかった。
「質問はそれだけ?それでは、昼を――始めましょう。」
その声は狂気に満ち溢れていた。
ノイズが途切れた瞬間、照明が落ちた。
漆黒の闇。
息の音だけが、そこにあった。
まるで夢のような光景だった。
朝も夜もないこの空間に、初めて“昼”が訪れた。
頭上には太陽のような光源が浮かび、白くやわらかな光がホール全体を包んでいる。
壁も床も、今まで見てきたあの灰色の無機質な空間ではない。
淡い木目の床、白いカーテン。窓の外にはどこか遠い風景のような映像が映り、
風に揺れるような光の粒がちらちらと流れていた。
――まるで、夢を模した“偽物の昼”だ。
そんな穏やかな光の下に、白布をかけられた円卓が一つ。
その中央に、まるで誰かの悪趣味な余興のように、
完璧な昼食が並んでいた。
皿はすべて金縁の陶磁器で、フォークやスプーンは磨き上げられた銀。
パンの焼ける香ばしい匂い、温かいスープの湯気。
果物の瑞々しい甘さが、空気の中にほのかに混ざって漂っていた。
だがその美しさはどこか不気味で、
この“死と嘘”にまみれたゲームの中には似つかわしくなかった。
「……これ、どういうつもりなんだ?」
彰人が最初に声を上げた。
声には疲労と苛立ちが滲んでいた。
「お昼、ってこと……なのかな」
穂波が、ためらいがちに呟く。
20人。
レオニ、モモジャン、ビビバス、ワンダショ、ニーゴ。
見慣れた顔がそろっているはずなのに、
その誰もが微かに顔をこわばらせていた。
> 【昼食の時間です。制限時間:50分】
天井から降ってきた無機質な音声。
それが、まるで劇の開幕を告げるナレーションのように響く。
「制限時間?なにそれ、ゲームじゃん……」
寧々が鼻で笑う。
「いや、もうゲームだろ、これは」
彰人が言い返す。
司は黙って立っていた。
食卓の中央、まるで舞台のセンターのようなその場所で。
彼の胸の奥には、何かが静かに渦を巻いていた。
――この空気。明るすぎるのに、どこか冷たい。
「……まあ、座りましょう」
冬弥が小さく促す。
小豆沢が「そうだね」と微笑んで、空気をやわらげようとした。
木製の椅子がかすかに軋む。
20脚が、まるで最初から並べられていたかのようにぴたりと配置されていた。
誰もが少しずつ腰を下ろし、その瞬間、静寂が落ちた。
「うわぁ~! 見て見て! サンドイッチだよ! しかも具がいっぱい!」
えむの明るい声が、場の空気をぱっと照らす。
「わ、ほんとだ! 私の好きなサーモンもある!」
花里が笑う。
「……これ、うちのラーメンの味に似てる」
志歩が目を丸くする。
「へぇ、ボクのはフライドポテトだ」
焼山が小さく呟く。
「フライドポテト?」
類が興味深そうに覗き込む。
笑い声が少しだけ戻った。
だがその中で、オレはゆっくりとフォークを手に取る。
オレの前には、湯気を立てる生姜焼き。
……オレの好物。間違いない。
だがその“偶然”が、逆に冷たい恐怖として胸を締め付けた。
「……これ、偶然じゃないわよね」
桃井愛莉がぽつりと呟く。
「うん……まるで、誰かに見られてるみたい」
朝比奈さんの声が小さく響く。
その瞬間、絵名さんが肩をすくめて笑った。
「見られてるとか、やめて。怖いんだけど」
「ふふ、それこそホラーだねぇ」
類がからかうように笑うが、
声の奥にはかすかな緊張が混ざっていた。
小豆沢が冗談めかして言った。
「まさか毒とか、入ってないよね?」
空気が止まった。
その沈黙を、ひとつの声がやぶる。
「流石に、今は入れられないよ」
――どこからともなく、あの声が響いた。
歪んだ笑い混じりの、抑揚の少ない女の声。
どの方向からも聞こえるような不思議な音質だった。
「だって、みんなにはちゃんと“動いて”もらわなきゃ困るからね」
声がホールの壁に反射して、柔らかく滲む。
誰もが一瞬、息を呑んだ。
「……また出た」
彰人が舌打ちをする。
えむの笑顔が、ほんの一瞬だけ引きつった。
「まぁまぁ、そんな怖い顔しないで。
今はお昼ごはんの時間だよ。
せっかくみんなの好物を用意したんだから。」
その“仮面の声”が、少しだけ笑ったように聞こえた。
「これが――誰かの“最後の晩餐”になるかもしれないからね。
好きなだけ食べて。」
声が消えた。
ただの静寂が残る。
穂波が息をのんだ。
「……“最後の晩餐”って、どういう……」
「やめよ、考えるの」
咲希が首を振る。
「今は……食べよ? せっかくあるんだし」
咲希の声が震えていた。
えむが、笑った。
「うん、咲希ちゃんの言うとおり!食べられるうちに食べよっか!」
その声はいつもの明るさそのものだったが、どこかで無理をしているようでもあった。
その一言で、空気がゆるむ。
箸の音、フォークの音がぽつぽつと響き始めた。
「これ……美味しい」
「ほんとだ、味がちゃんとしてる」
「ねぇ、果物冷たいよ、すごい……」
「温かいスープ……あぁ、こんなの久しぶりかも」
笑い声が少しずつ戻っていく。
けれどそれはどこかぎこちない笑いで、
静かな恐怖の上にかろうじて立っている“仮初の平和”だった。
オレは、その光景を見つめていた。
えむがパンを頬張り、咲希がスプーンを持ちながら微笑む。
花里の笑い声がふわりと響く。
類が冗談を言って、寧々が「もう、うるさいな」って笑う。
――それは、まるで日常そのものだった。
けれど司には、そのすべてが幻のように見えた。
明るい声、温かい匂い、優しい光。
それらは、残酷な何かに“終わり”を予告されてなお、
懸命に笑おうとしているように思えた。
(……これから、地獄が始まるなんて、誰も思っていない)
心の中で、静かにそう呟いた。
それでも、オレは笑顔を作る。
この“舞台”の主役であるように。
フォークを握りしめ、皿の上の生姜焼きを口に運ぶ。
香ばしい匂い。懐かしい味。
だがそれは、どこか遠い記憶をなぞるような――冷たい味がした。
周囲の笑い声が遠ざかる。
光がゆらりと揺れた気がした。
「……いただきます」
その言葉が、まるで“儀式の合図”のように
ゆっくりと、静寂の中へ溶けていった。
昼食が終わったあと、ホールにはまだ食器の音が微かに残っていた。
温かいスープの匂い、甘いデザートの香り。
その中で、みんなはようやく人間らしい息をしていた。
「ふぅ~……おなかいっぱい!」
えむが椅子の背にもたれて両腕を伸ばす。
「二人ともいっぱい食べてたもんね。見てるこっちまで苦しくなったよ」
小豆沢が笑った。
「だって美味しかったんだもん!」
咲希は口を尖らせる。
「てか瑞希、ずっとフライドポテトばっか食べてたじゃん」
絵名がからかうように言うと、瑞希はむっとした顔をした。
「え、だってあれサクサクしてたし。ポテトは正義だよ?」
「そういう絵名だってチーズケーキばっかり食べてたじゃん」
「うっ……だって、甘いの好きなんだもん!」
くすくすと笑いが広がる。
オレも、思わず口の端がゆるんだ。
緊張が少しずつ解けていく。
それはほんの束の間の安らぎだったけれど、
誰もがその瞬間だけは“普通”でいられた。
「なんか、久しぶりにみんなで笑った気がするわよね~」
雫が静かに言った。
穂波が頷く。
「うん……こういうの、悪くないかも」
「ま、地獄の中の休憩時間ってやつだな」
冬弥がぼそりと呟いた。
「やめてよ~!言い方が怖いんだから!」
白石が慌てて言う。
そのやり取りに、また笑いが起きた。
皿の上に残ったパン屑が光に照らされて、小さな星みたいにきらめいている。
午後の光は柔らかく、空気は甘く。
まるでこの空間が、“悪夢”であることを一瞬だけ忘れさせるように。
――けれど、その穏やかさを破るものはいつだって唐突だ。
「楽しそうだね」
その声は、空気のどこからともなく降ってきた。
全員の笑いが、ぴたりと止まる。
ゆっくりと、頭上のスクリーンが明滅した。
例の“仮面の声”だ。
「お腹も満たされたみたいで、なにより。
次の“準備”も整ったよ。
君たち一人ひとりのために――部屋を用意しておいた。」
「部屋……?」
桐谷が小さくつぶやく。
「そう。上の階にね。
二階と三階、それぞれに十部屋ずつ。
安心していいよ、隣にはちゃんと“友達”を配置してあるから。」
声は甘く響き、言葉の最後に不気味な笑みを滲ませた。
「それじゃあ、ゆっくり休むといい。
次の“夜”までは――まだ、少し時間がある。」
ノイズ音。
スクリーンの光が消え、ホールは再び静まり返った。
「……休めって言われても...ね?」
白石がつぶやく。
「でも、行ってみるしかないよね」
宵崎さんがそっと言う。
類が肩をすくめる。
「まぁ、どうせこのホールにいても何も始まらなそうだしね。」
そうして、全員がそれぞれの部屋へ向かうことになった。
階段はゆるやかに上へ伸びていた。
白い壁、足音が反響する長い廊下。
まるでホテルのように整った造りだが、どこかに“生気”がなかった。
窓の外には何も見えない。ただ白い霧のような光だけが広がっている。
「ここが……二階、だね」
みのりが呟いた。
「三階組は上か。オレはこっちだな」
彰人が階段を上る。
「じゃ、またあとでね!」
えむが元気に手を振る。
「うん。また……夜に」
オレが返した。
彼の胸には、言葉にできない不安がうっすらと残った。
オレの部屋は、三階の一番奥だった。
金色のプレートには“05”の数字。
扉を開けると、ふわりと甘い香りがした。
中は、思っていたよりずっと“きれい”だった。
カーテンは淡いクリーム色で、光をやわらかく通す。
床には絨毯。
部屋の隅にはグランドピアノが置かれていた。
その黒いボディが、午後の光を鏡のように反射している。
ベッドの上には、整然とたたまれた毛布と白いシーツ。
その横の小さなテーブルには、一冊の本。
――『ショーの構成と演出論』。
司は、ゆっくりとその表紙を撫でた。
「……オレの、好きな本だ」
ページをめくると、ふと目に飛び込んできたのは、
“夢を信じ、舞台を作り続けろ”という文字。
それだけで胸が少し熱くなった。
机の上には、もう一つのものがあった。
小さな写真立て。
そこには咲希が笑って写っていた。
穏やかに微笑むその顔に、司の胸がぎゅっと締めつけられる。
(……この写真、なんでここに)
窓の外を見ても、何もない。
ただ、白い光が永遠に揺れているだけだった。
ふと、机の上に置かれた黒い封筒が目に入った。
封はすでに切られていて、中には一枚の紙。
紙の中央には、大きく一行。
> あなたの役割:____________________
文字の下には、赤い印章が押されていた。
それを見た瞬間、司の喉がかすかに鳴った。
――見間違いではない。
確かに、自分は……。
静かな息を吸い込み、紙をゆっくりと机に戻す。
胸の奥に、冷たいものが広がっていく。
(オレは……_____か)
小さく呟いた声が、部屋の中で消えた。
静寂が、音を飲み込む。
オレは拳を握りしめた。
(____として、頑張らなければ)
その言葉が、自分を奮い立たせるようで、
同時に深い底へ沈める呪いのようでもあった。
ピアノの蓋が、微かに軋んで動いた気がした。
まるで、この部屋そのものが息をしているかのように。
外では、風の音ひとつもしない。
ただ、時計の針の音がゆっくりと進んでいた。
――まるで、次の“夜”へと誘うように。
オレンジの光が、薄いカーテンを透かして部屋に差し込んでいた。
窓辺に立ちのぼる埃の粒が、ゆるやかに光をまといながら舞っている。
その光はピアノの表面に反射して、きらりと小さく瞬いた。
空気の中には、どこか懐かしい――放課後の音楽室を思わせるような匂いが漂っていた。
机の上には、一枚の紙。
その上には、整った文字でこう印字されている。
――あなたの役割:_______________
その下に押された朱の印は、わずかににじんでいて、まるで新しい血の跡のように生々しかった。
司はそれをしばらく見つめ、ゆっくりと息を吐いた。
(……オレは、“市民”、か)
呟いた言葉が、音もなく空気の中に溶けていく。
特別な力は、ない。
けれど、“何も持たない”という事実が、今は妙に重く感じられた。
役割を与えられたのに、それが“ただの市民”であることが、どこか取り残されたような気分を呼び起こす。
コン、コン。
静寂を破るように、壁の向こうから小さなノックの音がした。
「お兄ちゃ〜ん、いる?」
咲希の声だ。
明るくて、少し笑ってる。まるで不安なんて感じていないみたいに。
「いるよ、咲希」
「よかった! 変な人とか入ってない?」
「入るわけないだろう」
「え〜、わかんないよ。さっき廊下歩いてた人、足音めっちゃ静かだったもん」
「それは……ちょっと怖いな」
「でしょ!? だからね、確認しにきたの」
壁越しに聞こえる声は、いつもの咲希だった。
明るくて、無邪気で、でも心のどこかで「怖い」を隠してる。
「……お兄ちゃんの部屋、どんな感じ?」
「ん? まあ……ピアノもあるし、思ったより落ち着くよ」
「え〜、ずるい! 私の部屋、なんか本ばっか置いてあるんだよ〜。
しかも知らないタイトルばっか! 怖いミステリー系!」
「それは咲希の運命だな」
「ひどいっ」
壁越しに、くすくすと笑い声が混ざる。
その音があまりにも自然で、司の胸の奥が少しだけあたたかくなった。
「ねぇ、お兄ちゃん。今日のごはん、すっごくおいしかったね!」
「そうだな。えむが特に喜んでた」
「うん! あいり先輩もケーキいっぱい食べてたし〜、
瑞希ちゃんはポテトばっかだったし!」
「……咲希も、チーズケーキ二個目食べてただろ」
「えっ、見てたの!? も〜お兄ちゃん、そういうとこほんとお兄ちゃんだよね」
「褒めてるのかそれは」
「もちろん! 世界一のお兄ちゃん!」
元気な声に、オレは思わず笑った。
ああ、この空気。
ほんの少し前まで、確かに“日常”があったんだ。
「ねぇ……これって、本当にゲームなのかな」
咲希の声が、少しだけ小さくなる。
「さっきの人が言ってたよね、“これが最後の晩餐になるかも”って」
「……ああ」
「でも、私、なんか信じられない。
だってみんな笑ってたし、食べてたし……あんなの見ちゃったら、
“怖いゲーム”だなんて思えないよ」
その言葉に、オレは小さくうなずいた。
「オレもそう思うよ。……けど、信じたいだけかもしれないな」
「うん……そうかも。でもね」
咲希は少し間を置いてから、柔らかく言った。
「それでも、笑ってたいんだ。怖いときこそ、笑ってたい」
オレはその言葉に、思わず息をのんだ。
彼女の明るさは、無邪気じゃない。
ちゃんと、自分で選んだ“強さ”なんだ。
「……そうだな。ならオレも笑うさ」
「ほんと? 約束だよ?」
「約束する」
「ふふっ、やった♪」
咲希の笑い声が、壁を透かして部屋の中に届く。
その声は、光そのものみたいに明るくて、
さっきまでの不安を一瞬で溶かしてしまう。
「じゃあね、お兄ちゃん。もうちょっとだけ本読むね。
怖いの出てきたら助けに来てよ?」
「……わかった。
何かあったらすぐ呼べ」
「うん! おやすみ〜」
「おやすみ、咲希」
その声が消えると、静かな部屋に夜の気配が落ちた。
オレは机の上の紙をもう一度見つめる。
――あなたの役割:_______________
(オレは、“市民”……
でも、守るべき“観客”がいるなら、役者として立ち続けるだけだ)
そう心の中でつぶやき、
ピアノの蓋をそっと閉じた。
カーテンの外では、群青の夜がゆっくりと沈んでいく。
それは、静かで優しい――嵐の前の静寂だった。
そのとき、外の廊下から足音がした。
誰かが、ゆっくりと歩いている。
規則的で、静かな――けれど確かに“人”の音。
オレはベッドの端に腰を下ろし、息を潜めた。
足音が、ドアの前で止まる。
ノックの音。
短く、一定の間隔。
まるで確認するように、静かに響く。
(……誰だ?)
オレの喉が、ひとりでに鳴った。
答えることもできず、ただ耳を澄ませる。
だが、ノックはそれきり止み、
次の瞬間、影は音もなく去っていった。
残されたのは、張り詰めた空気と、時計の音だけ。
外の闇が、さっきよりも濃く見えた。
遠くで風が鳴り、窓がわずかに揺れる。
ピアノの蓋が、風もないのに軋んだ。
(オレは、市民。
特別な力はない。
けど――)
オレはゆっくりと目を閉じる。
(“舞台”がどんなに残酷でも、
最後まで見届けるのがオレの役目だ)
深呼吸をして、心を静める。
外の闇の向こうでは、きっと誰かが動いている。
それが“敵”なのか、“味方”なのかは分からない。
けれど、咲希が眠っている部屋を守れるのなら――
それだけで、十分だった。
「……オレは、市民として、やるべきことをやる」
その声が静かに部屋に響いたとき、
遠くで、低いチャイムの音が鳴った。
音はゆっくりと広がり、館全体を包み込む。
壁が、床が、空気が、わずかに震える。
まるで、誰かの合図を待っていたかのように。
オレは窓辺に目を向けた。
カーテンの隙間から、青白い月光が差し込んでいる。
さっきまでの夕陽の温もりは跡形もなく、
かわりに冷たい夜の色が、部屋の中を支配していた。
遠くで誰かの笑い声が聞こえた気がした。
それは現実か、幻か。
確かめる術は、もうない。
時計の針が、静かに“零時”を指す。
チャイムの音が、完全に途切れた。
その瞬間、空気が凍りつく。
オレは深く息を吸い込み、立ち上がった。
その瞳の奥には、決意の灯が宿っている。
光の消えた部屋の中で、ただ一つ、彼の心だけが確かに燃えていた。
“この舞台”がどんな結末を迎えようと、
その幕が降りるまで――彼は見届けるつもりであった。
そしてついに...
――夜の幕が、静かに上がった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
一話目は、世界観の導入と“ゲームの始まり”を中心に描きました。
咲希と司のやり取りをあえて少し柔らかくして、
「まだ日常がある」ように見せています。
けれど、この穏やかさが壊れるのは――次回から。
第2話では「最初の夜」が始まります。
誰が嘘をつき、誰が泣き、誰が最初に“消える”のか。
感想・予想・応援、どれも励みになります!
次回もよろしくお願いします。