「ハァ、ハッ、ハァ、ハアッ!」
片桐安十郎は必死に走っていた。何時も浮かべている対外向けの愛想のよい笑顔や、本性を現した時の冷酷下劣な笑みではなく、今は恐怖に怯え焦燥に駆られた表情を浮かべていた。
「ハァ、ハァ!クソッ、畜生ッ!まだ追ってきてやがる!しかもアイツ遊んでやがるッ!」
自分が狩りの獲物として追われている事を悟った安十郎は現状に罵倒しつつ必死に足を動かす。安十郎は今までムカついた人間を追い詰めて殺した事があり狩りの快感を知っていた。だが自分が獲物として狩られるのは初めての経験でありプライドをいたく傷つけられていた。
「なんでだ!どうしてこんな事になっちまったんだッ!?」
どうして自分が追い詰められているのかと動揺する安十郎は走りながらも、こんな状況に陥った経緯を思い返すのであった。
「おいおい、久しぶりに戻ってきたら随分と変わっているじゃないか」
1994年3月、片桐安十郎は生まれ故郷である杜王町に来ていた。全国を転々としながら犯罪を繰り返し刑務所に入っていた男が杜王町に戻って来たのはただの気まぐれであったが、久しぶりの帰郷に安十郎は懐かしげな表情を浮かべる。
「まあ10年以上時間が空けば町が一変していてもおかしくはないか。おお、ここの蕎麦屋まだ営業してたのか。店主も変わってないな。ヨボヨボのクソジジイだったがまだくたばってねーとは……ヒヒ、俺が介錯してやってもいいかもしれねーな」
片桐安十郎は柔和な笑みを浮かべつつ杜王町を散策しながら獲物を物色していた。安十郎はいい気になっているように見える人間を破滅させるのが何よりも楽しみであり生き甲斐であった。
「ん……?」
「重ちー君早く行こ。パパの誕生日プレゼントを買うんでしょ?」
「シシシ、パパの喜ぶ顔が目に浮かぶど!」
そして小学生の二人組を見つけた安十郎は邪悪な笑みを浮かべる。
「おやおやぁ〜〜〜ッ?随分と仲の良さそうなガキ共じゃないか。カップルかな?最近のガキはませてるなぁオイ……………
面白そうな獲物だと判断した安十郎は二人組を破滅させる事を決意し尾行を始めるのであった。
「ヒヒ、いい気になってるガキ共に世間の厳しさを教えてやるぜ。世の中では何も悪い事してなくても理不尽な出来事が襲ってくるって事をよォーーッ!俺に目をつけられたのが運の尽きだったな!」
「……ニャア」
「そうだ!あの猫!あの黒猫のせいだッ!ガキ共を尾行してたらクソ猫が出てきたんだッ!なんなんだよぉアイツはぁ~〜〜ッ!?」
二人組の尾行を始めたが謎の黒猫に阻止され襲撃を受けた事を思い出した安十郎は罵倒しつつも走る事をやめなかった。
「あの猫はおかしい!ただの黒猫じゃねえ!アイツはヤバイ、何かがヤバイと俺の勘が訴えてやがるッ!」
安十郎は最初はただの猫だと思ったが、謎の黒猫の瞳を見て得体の知れない恐怖に駆られて即座に逃げ出していたのだ。黒猫の危険性を瞬時に見抜いたのは片桐安十郎が品性はともかく頭脳明晰で優秀だからであろう。
「アイツには知性があった。それも人間並、いや、そんじょそこらのガキや主婦といったマヌケ共よりよっぽど賢い奴だ!それに俺をずっと追ってきている……俺の本性を見抜いてやがるんだッ!」
黒猫が自分の本性を見抜いているのを察した安十郎は戦慄していた。並大抵の人間なら騙せる自分の擬態を猫風情が見抜いた事に衝撃を受けていた。
「奴は、あの黒猫は俺を殺す気だッ!俺にはわかる、鼠やゴキブリを狩るように俺を駆除するつもりなんだ!冗談じゃねえッ!」
死の恐怖を覚えた安十郎は必死に走り続けるが現実は非情であった。獲物を追いかけるのに飽きた狩人が距離を詰めてきたのだ。
「ヒッ!?く、くる」
そして片桐安十郎は口を開くと同時に首を刈り取られた。それは一瞬の出来事であり安十郎は死の間際にどうしてこうなったのかと後悔するのであった。
(な、なんて理不尽なんだ……こんなヤベー奴がいるってわかってれば帰郷なんてしなかったのによぉ)
「まったく首狩り事件とは。この平和な町で物騒な事件が起こるとはなぁ」
その後片桐安十郎の遺体が発見され、現場は警察によって封鎖され立入り制限されていた。応援として呼ばれた東方良平は交通整理を行い、一般人が立入らないよう見張りつつ溜息をつく。
「この寒いなかずーっと突っ立ってるのはキツいっスねぇ~〜〜ッ。鑑識の人達も大変でしょうけど、早く終わってほしいもんですよ。被害者は有名人みたいですけど先輩は知っているんですか?」
「ああ、奴は悪い意味で有名だ。片桐安十郎、この杜王町の出身で人生の半分を刑務所で過ごしてきた筋金入りの悪党だ。この町の恥とも言っていい男だよ」
「うわ、スゴい奴ですねソイツ……道理で先輩達が被害者の顔を見て渋い顔してたわけだ」
ノンビリとした様子の新人警察官からの質問に答えた良平は苦い顔をしつつ説明を続ける。
「奴は全国を転々としてあらゆる犯罪を行っていた。本来なら一生刑務所にブチ込まれていてもおかしくはないが、奴の犯行を立証できず短期間の刑で釈放されてしまったようだな」
「悪質だなぁ、厄介過ぎる。片桐安十郎は怨恨で殺されたと思いますか?」
「少なくとも上はそう考えているようだな。なにせ奴は散々好き勝手して多くの恨みを買っていた。奴をブッ殺したいと思う人達は大勢いる」
ベテランの警察官達は被害者や遺族達が片桐安十郎を殺してもおかしくはないと推測していた。言葉に出す事はなかったが殺されても当然の男だと考えていたのだ。だが良平は渋い顔を浮かべたままであった。
「確かに片桐安十郎は碌でもない人間だった。だが、だからといって勝手に殺していいわけがない。片桐安十郎を殺した犯人を捕まえなければ」
「被害者は非常に鋭利な刃物のような物で首を斬り落とされたそうです。まるで侍の犯行だ。素人ができる事じゃありませんね」
「うむ、その道のプロだろうな。仕事を終えてもうこの町にはいないかしれない」
「必◯仕事人ですか?怖いなぁ、テレビで見る分にはカッコいいですけど、現実にそんな危険人物が何処かに潜んでいるかもしれないと考えるとゾッとしますよ」
「ああ、そうだな」
新人警察官の言葉に良平は同意しつつ、この平和な杜王町に何かが潜んでいると確信していたのであった。
「この町には何かヤバイ奴が潜んでいる。11年前の事件の犯人も捕まっていないが、いずれ必ず捕まえなければ」
「杉本一家の件ですか。あれはもしかして片桐安十郎の仕業じゃないですか?」
「いいや違う。確かに奴なら一家皆殺しをしていてもおかしくはないが、当時の奴にはアリバイがあった……刑務所で服役していたという完璧なアリバイがな」
「うーん、片桐安十郎以外にも凶悪な犯罪者がいるかもしれないなんて嫌だなぁ」
―先日杜王町で起きた首狩り事件について、警察は被害者が怨恨で殺された可能性が高いと声明を出しており……―
「ううむ……この事件では私は無実だが、スピードワゴン財団から疑われるかもしれない。まったく誰がこんな事をしたんだ?」
「早く犯人が捕まってほしいものじゃ。吉美ちゃんが襲われるかもしれんし、しっかり見守らないといかんな。クロミは何か知らないか?」
「ウニャア」
「って知るわけないかぁ。所詮猫じゃしのぉ〜」
<人物紹介>
●片桐 安十郎(アンジェロ)
→原作四部で最初に出てきた敵キャラ。杜王町出身でIQが160もあるが、自分の欲望の為に犯罪を繰り返し日本犯罪史上最低の犯罪者と呼ばれていた男である。
杜王町で獲物を物色していたところ吉美と重ちーの二人組に目をつけたのが運の尽き。様子を見ていたクロミに敵と認識され駆除されてしまう。この時点では「矢」に刺されておらずスタンド使いに覚醒してなかったが、クロミが危険な存在だと見抜くなど鋭い感覚を持っていた。
でもいくら頭脳明晰でも無能力でスタンド使いに勝つのは無理ゲーであり狩りの獲物としてあっさり狩られてしまうのであった。仮にクロミを出し抜いても吉良吉廣に見つかったら詰みなのでアンジェロに生き残る可能性はなかった模様。
生前の所業が酷すぎたので恨みを持った誰かに殺されたと警察は判断している。でもスピードワゴン財団はスタンド使いの犯行だと推測しているようだ。
●東方 良平
→片桐安十郎が狩られたので生存が確定した人。アンジェロは碌でもない人間だったと思いつつも、殺すのはダメだろと考える警察官の鑑である。杜王町に何かヤバイ奴が潜んでいると確信する。
今後も警察官として杜王町の平和を守る為に頑張るだろう。定年退職したら隠居してノンビリ過ごす事にするようだ。
●クロミ
→片桐安十郎が吉美をターゲットにしたのを察して、飼い主を守る為に動いた飼い猫の鑑である。ペットショップ並の忠誠心があるかもしれないが猫なので自由気ままに生きている。
クロミが片桐安十郎を始末した事を吉影や吉廣は知らない模様。もし知ったら「吉美を守ろうとしたのはわかるが目立つ真似はするな」と怒るのは確実である。
杜王町に住む雌猫達との間に生まれた子猫達の一部はスタンド使いの素質があり、時折父親であるクロミと一緒にスタンドの練習をしていたりするが大丈夫だ、問題ない。
趣味で書いているので更新は遅くなります。今後は少しずつ投稿していく予定なのでよろしくお願いします。