「……ううむ」
1996年4月、吉良吉影は会社に持参した弁当箱の前で腕を組んで唸っていた。愛娘も小学六年生となり卒業が間近に迫っていたが、吉影はとある問題で頭を悩ませていたのだ。
「おっ、どうした、どうした?何か悩み事があるようだが大丈夫か?」
「大丈夫だ、何も問題はないさ」
同僚が吉影に話しかける。入社してからずっと昼は外で食べていた吉影が、弁当箱を持参し何か悩んでいる様子を見て心配したのだ。
「それと吉良が弁当を持参するなんて初めて見たぜ。お前昼は外食派だったんじゃないのか?」
「ああ、これか」
同僚が珍しい物を見る目で弁当箱を見ているのに気付いた吉影は苦笑し、確かに以前弁当は作らないと言っていたなと思い出していた。
「これは娘が作ってくれた弁当だよ」
「へぇ、そうなのか!どれどれ、ほほぅ。中々良い感じじゃないか。彩りもいいし、栄養バランスもしっかり考えてあるみたいだ。俺の嫁さんが作った弁当と遜色ないな……まだ小学六年なのにしっかりしてるなぁ」
吉影が持参した弁当の中身を見た同僚は感心し、見た目や栄養に気をつけた弁当を小学六年生が作ったと聞いて驚いていた。
「でもなんで娘さんが弁当を?お前なら自分で作りそうだけどな」
「あの子は今年で小学校を卒業して来年から中学生になる。中学校では給食はなくなって自分で用意する必要があるから、吉美は弁当の練習をしているわけさ」
「なるほど、なるほど!今から準備しているわけだ。でもこの弁当箱を見る限り大丈夫そうに見えるけどなぁ」
「そうだな、あの子の家事の腕前はスゴく上達していて私に引けを取らないくらい上手だよ」
同僚の称賛を聞いて吉影は少し機嫌を良くする。吉影から見ても娘の家事の腕前は上手であったのだ。
「あれ、吉美ちゃんが行く中学校ってぶどうヶ丘高校の中等部だろ?確かあそこって学食があるんじゃなかったか?」
「うーん、どうも話を聞いた限りだと味より量を優先しているようで、娘が気に入る感じではなさそうなんだ」
「あー、よくあるタイプの学食かぁ」
吉影の言葉に同僚は納得していた。腹一杯食べたい男子中学生なら満足出来るかもしれないが女子では不満を覚えるだろうなと同意する。
「でも娘さんに弁当を用意してもらって何が不満なんだ?」
「いや、吉美が作ってくれた弁当には文句がない。ないんだが……私だって色々と悩み事くらいあるのさ」
「ふぅ~〜〜ん、そうか、そうか。なんなら一緒に弁当を食べるついでに悩みを聞こうか?」
眉間に皺を寄せて悩む吉影を見た同僚は何か悩み事があるなら聞こうと提案する。
「心配しなくていい。大した内容じゃないし、私個人の我儘みたいなものだからな」
「別に遠慮しなくていいのに。何があったか知らんが愚痴ぐらいなら聞いてやるぞ?誰かに愚痴を吐くだけでも気持ちはスッキリするもんだ」
「……………ううん、そうだな。偶にはいいか」
同僚の言葉を聞いた吉影は少し考えて提案に乗る事にした。普段の吉影なら応じなかっただろうが、くだらない愚痴を言うくらいなら別にいいかと思ったのだ。
「おお、そうかそうか!提案しといてなんだがお前が誘いに乗るとはビックリだよ。じゃあ一緒に弁当食おうぜ」
「ああ、そうしよう」
そうして吉影と同僚は会社内で一緒に弁当を食べる事にしたのであった。
「娘が健やかに成長しているのはとても素晴らしい事だ。それはいい。だがちょっと気に入らない事があってね」
「なんだなんだ、娘さんが反抗期になったか?」
「いや、そういうわけじゃない。吉美は相変わらず私の事を慕ってくれている。娘に問題があるわけじゃない。娘の彼氏の事でね」
「ほぅ、彼氏かぁ。吉美ちゃんもボーイフレンドを作る年頃になったのかぁ〜。彼氏の何が問題なんだ?」
「……彼氏が重清君なのが問題なんだ。あの珍じゅ、個性的な子が娘の彼氏だなんておかしいだろう。悪い子ではないのはわかっている、いるんだが認め難いんだ」
「ああ、娘に彼氏ができたのを受け入れたくないのか。まあ気持ちはわからなくもないが」
「去年から交際を始めたが上手くいっているようで、このままだと中学生になっても交際を続けそうなんだよ」
「ふぅん、仲が良いのはいい事だと思うけどなぁ」
「何処がいい事なんだ。冗談じゃないぞ、彼を義理の息子にするなんて」
「いやいや落ち着けよ。まだ小学生なんだから未来の事はわからないだろ。結婚とか早すぎるぞ」
「将来そうなる可能性が高そうだから困っているんだよ。私は何をすればいいんだ……覚悟を、覚悟をすればいいのか?覚悟をすれば幸福になれるのか?」
「なんだその理屈は。いや本当に落ち着け」
「まあ、なんだ、お前が娘さんの事を大事にしているのが再確認できたよ。でもそこまで悩まなくてもいいと思うけどなぁ〜〜〜ッ」
吉影の愚痴を聞き終えた同僚は思わず苦笑していた。苦笑する同僚に対して吉影はムッとする。
「笑い事じゃないだろうに。若さ故の過ちを起こしたら手遅れなんだぞ」
「心配しすぎだって。お前の話を聞く限り彼氏さんは個性的だが比較的まともなようだし、健全なお付き合いを続けるなら黙って見守るべきだと思うぜ」
「むっ……」
同僚の言葉に吉影は反論できず沈黙する。重ちーは個性的ではあるが良識はあるし、彼の両親はまともなのを知っているので過ちを犯す事はないだろうとは理解していた。そして最終的に溜息をついて愚痴を吐くのをやめる事にしたのであった。
「ハァ、わかったよ。二人の事を今後も見守る事にするさ」
「そうそう、それがいい。子供の青春に口出しするなんて野暮な真似はやめるべきだ」
「親父、重大な話があると言っていたが一体なんだ?」
「おお、吉影」
その後仕事を終えて帰宅した吉影は父親の吉廣から重大な話があると言われて困惑していた。
「お前も今年で30歳になった……吉美ちゃんも健やかに成長しお前も平穏な日常を過ごす事ができているのはとても素晴らしい事じゃ。天国の母さんも喜んでおる事じゃろう」
「ああ」
「だが平穏な日々を過ごしていても時間は過ぎていくものじゃ。お前も今から対策をする必要がある」
「対策?一体何をいってるんだ?私の平穏を乱す敵がいるとでも?」
真剣な表情で話す吉廣を見た吉影は自分の脅威となる存在がいるのかと警戒する。
「敵、か。まあ敵じゃろうな。儂や吉影では決して勝てない強敵じゃ」
「勿体ぶらないでくれ。敵とは一体何の事なんだ?」
「ハゲじゃ」
「はぁ?」
吉廣の言葉を聞いた吉影はポカンとした表情となるが、吉廣は深刻な顔で言葉を続ける。
「悪い事は言わん!今から対策をするんじゃ!年老いてもカッコよくお洒落なままでいたいのなら今から始めるんじゃッ!」
「いやそんな大袈裟な。まったく問題ないから心配しなくてもいいのに」
「吉影ッ!甘く見てはいかん!儂のようになってからだと手遅れなんじゃあぁ〜〜〜ッ!」
「わ、わかった、わかったよ。わかったから落ち着いてくれ親父」
涙を流しながら説得してくる吉廣に吉影は思わずタジタジとなるのであった。
<人物紹介>
●吉良 吉影
→娘が作ってくれた弁当に満足しつつ、娘の彼氏である重ちーの事で頭を悩ませている。気まぐれで同僚に相談するがそっと見守るべきだとアドバイスを受けて渋い顔をしていた。まあ重ちーが義理の息子になるかもしれないと考えたら悩むのも無理はないだろう。
その後帰宅して吉廣が泣きながら説得してくるのでタジタジとなっていた。
●持参した弁当
→来年入学する予定のぶどうヶ丘高校付属の中等部に備えて吉美が弁当作りの練習をしているので吉影も協力する事にした。吉影から見ても吉美が作った弁当の出来は素晴らしく満足できる一品である。
ぶどうヶ丘高校には学食があるようだが原作で億泰が「定食の肉の厚さが一ミリしかないし、味噌汁に変な物が入ってる」と酷評していたので味は微妙な模様。
●吉良の同僚
→心配性な吉影を見て苦笑していた。相変わらず仲が良い親子だと思ったとか。吉美達の事は静かに見守るべきだと吉影にアドバイスする。
自分の息子については「元気一杯なのはいいが勉強もしてくれると嬉しいんだが……でも俺のガキの頃なんてまったく勉強してなかったから強く言えないんだよなぁ」とボヤいている。
昼食は嫁が用意してくれる弁当をよく食べている。味も量も満足な一品であり、同僚はほぼ毎日弁当を作ってくれる嫁に深く感謝しているようだ。夫婦仲は良好である。
●吉良 吉廣
→溺愛する息子と孫娘が平穏に暮らしている事に満足しつつ、自分のようにするわけにはいかないと心を鬼にして吉影へ警告していた。
原作に描かれていた生前の写真を見る限り吉影が学生の頃から禿げていたようだ。息子である吉影が禿げるかどうかは神のみぞ知る。まあ早目に対策しておいても無駄ではないだろう。
趣味で書いているので更新は遅くなります。今後は少しずつ投稿していく予定なのでよろしくお願いします。