『ありなー、としょかんから』
珍しいな。
在奈が最初に思ったのはそんな感想だった。
"図書館"に所属する魔法少女は自分の一週間のスケジュールを提出している。要はいつならば魔法少女としての活動が可能で、どの時間は魔法少女として戦うことが難しいかということを事前に確認するのだ。もちろん、必ずしもそれに沿って行動できるわけではないので最終的には都度の判断になるが、出動要請の連絡は主にこのスケジュールを参考に送られる。
魔法少女によっては───決して少なくないと聞く───スケジュールを全日可として黒兎と何がなんでも戦おうとするパターンもあるらしい。ただ、在奈は家の事やその延長線で学校での生活もきちんと送りたかった為、比較的きちんとしたスケジュールを提出していた。
今日は放課後まで活動は難しいと伝えてある曜日だ。
在奈は授業のノートをとりながら自分の内側に僅かに意識を向ける。実体化していないシロ。その姿を自身の内側、仮想の中でコンパクトへと変身させる。
在奈の脳内に"図書館"の"書庫番"からの通信が響いた。
『黒兎の出現を検知。場所は三箇所。ジャックタルトが要請を受領。現在K市の出現ポイントに出動。その為、
"図書館"では新たな魔法少女が入った場合に、近い年齢や魔法少女歴が比較的浅い少女を所謂教育係としてあてがうことがされてきた。明確な制度ではなく、慣習的な"こうすれば大体うまく回る"程度のものであったはずだ。そういった関係を誰かがマンガの女学校のネタを揶揄してスールと呼び始めたのだ。
実際、在奈そうしてしばらくの期間ある魔法少女にレクチャーを受けた。
だが、
ただ、今はそれを追求している場合ではなかった。
───ジャックタルトが要請を受領。
つまり、
彼女は確かに優秀で、しっかりとしている。何より魔法の攻撃力だけならきっと今の時点でも"図書館"で指折りだ。だが、黒兎との戦闘経験は未だ二回。そして彼女の魔法はその火力と引き換えに大きな欠陥を抱えている。それは命がけの戦闘では致命的なものだ。
「……」
ノートを取る手が止まる。少しだけ怖じ気づいて、給食の時間になるまで待ってもいいのではと考えた。そんな自分に恥じ入る。
「あ、あのっ……先生!」
黒板の図を指しながら問題の解き方を説明していた教師の声を遮って手を上げた。教室中の視線が自分に向けられるのを感じて頬がカッと赤くなるのを自覚する。人の注目を浴びるのは苦手だ。人と話すのは緊張する。家族とは平気なのに、何かを発言する度に自分が何か間違ったことをしてしまうのでは無いかと不安がわき上がってくる。何か原因があったわけでもなく、昔から在奈はそうだった。だから、在奈が声を出せずに俯いているといつも───
「どうしましたか、
「あ、えっと……その……た、体調が悪いっので保健室に行きたい……です……」
「……わかりました。給食はどうしますか?」
「あっ、食みょ……食欲がないので、大丈夫です」
「そうですかなら、つきそいは───」
「平気でっ、自分で、行けます……っ、ので、失礼します!」
半分くらい何を言っているのかわからなくなりながら話しを打ち切り教室を飛び出す。
今の自分は魔法少女だ。黒兎と戦う、人を守る存在だ。それがこんな些細な事で緊張したり、慌てたり。……昨日ザイルチェリーに言われたことをまた思い出す。本当に自分が嫌になる。
『ありな、だいじょうぶ?』
「平気だよ。……校舎裏へ行こう。そこで変身して跳ぶ。ヤツバちゃん、待っててくれるといいけれど」
なんとなく、彼女は他の魔法少女との合流を待たずに一直線に黒兎へ向かう気がした。なにより、在奈もまだきちんと"図書館"の要請を受けた際のセオリーを八鍔に伝えてはいなかった。前回は偶然が重なって二人で黒兎の討伐に臨んだが、こんなにも早く八鍔に要請がいくなんて思っていなかったのだ。
一段飛ばしで階段を駆け下りながら、今のうちに目的の場所へ跳ぶための魔法の準備を始めていた。