ジャックタルト 供養場所   作:富野倒去

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医務室のなんの変哲もない昼下がり

 それはある日曜の昼下がりの"本館"の医務室での会話。

 ちょっとした体調不良や仮眠、相談事などに用いられる、学校の保健室とさして変わりない場所だった。しいて言えば稀によく血まみれの魔法少女が駆け込んでくることもあるので外科手術用の道具は豊富に取り揃えられているかもしれない。

 

「真弓ちゃーん、ひまー?」

「暇ではないわね」

「真弓ちゃーん、いそがしー?」

「忙しいという程でもないわ。今は資料のチェックと備品の確認作業だし」

 

 部屋にはパソコンに向かう左羽真弓(さばまゆみ)と救急箱を開いて期限切れの薬を寄り分けているシーエクレアだけしかいなかった。

 

「というか、妃万里(ひまり)。あなたこそ暇しなさいよ。こんな休みの日にまでここで働いてなくていいのよ。中学生でしょう、少しは学生らしい過ごし方をしたらどうなの?」

「えー、真弓ちゃんってば魔法少女に酷な事言うな―」

「あなただから言ってるのよ」

 

 シーエクレアは魔法少女としての名だ。人としての名は多舟妃万里(たふねひまり)という。真弓は魔法少女たちをできるだけ魔法少女ではなく人の名前で呼ぶことを信条としていた。一応外部の人間がいたり、実名が広まってしまうような場合にはきちんと呼び方の使い分けをしているのだが、そういう場面は"図書館"を代表する"館長"などでもない限りそうあるものではなく、結果としてほぼ常に魔法少女の本名呼ぶおばさんと化していた。

 

「この歳になるとまあおばさんと呼ばれるのもいい加減気にならないのだけれど、それでも別にいい気分になるわけでもないのよね」

「急にどしたの?」

「なんでしょうね」

「変な真弓ちゃん」

 

 ケラケラと一通り笑った後、廃棄となった薬をまとめながらシーエクレアは声のトーンを一段上げた。

 

「私は真弓ちゃんといっしょに過ごすのが楽しみだからいいんだよー」

「物好きねぇ」

「そだよ、シーエクレアちゃんは物好きなんです。だからかまってかまってー」

「暇ではないって言ったでしょう」

 

 口ぶりは駄々っ子なのに手際はテキパキとするシーエクレアをちらりとみて真弓は嘆息する。

 

「まあ、急かされてるわけでもないし、ひと段落ついたらお茶にでもしましょうか」

「やったーー!じゃ、お茶入れてくるね~」

「だからひと段落したらって……はぁ」

 

 その場でクルクル二回転した後に医務室を飛び出していくシーエクレア。あれでこちらの作業のこともきちんと把握しているのだ。多少時間をかけて準備をして、恐らくお茶の準備が終わる頃には真弓の作業も目途がついているだろう。

 

「本当に魔法少女をやる子は……いえ、そういう言い方はダメね」

 

 大人顔負けの考え方や立ち回りをする少女たちに心苦しさを感じながらも、今以上に果たして何ができるだろうかと考えてしまう。だが、それを考えるたびに真弓は無力感に襲われてしまう。

 できることをしてきたつもりだ。それでも幼いままに戦うことを選ばされた彼女たちの力にいったいどれだけなれたというのか。死んでいった幾人もの魔法少女たちに、守られてばかりの大人が顔向けできるのだろうか。

 

「……これは、駄目ね」

 

 こめかみを揉みながら引き出しから白い錠剤を取り出す。一錠、二条、無水で飲み込む。さして強い薬ではない。どちらかといえば薬を飲んでいる、というプラシーボ効果の方が強いくらいだ。

 

「さっさと終わらせてしまいましょう」

 

 真弓は無心で残る仕事に取り掛かった。

 医務室にタイピングの音だけが響いていた。

 

 

###

 

 

「はいは~い、これ以上根詰めないで。お茶入れてきたよ~アッサーム!」

 

 真弓が作業の手を止めた丁度そのタイミングで医務室の扉を開き、シーエクレアがティーポットの乗ったお盆を手に入ってくる。いつ見てのぶかぶかの袖で物を運んでいる光景にははらはらさせられるが、シーエクレアにしてみれば素手で持つのと感覚は変わらないらしい。魔法少女の不思議だった。

 お盆の上にはティーポットとふたつのティーカップの他に表面がチョコでコーティングされたお菓子が乗っていた。

 

「ありがとう、妃万里。相変わらずお茶請けのお菓子はそれなのね」

「えーだって親近感感じるじゃん。ほらほら、エクレア食べて食べて」

 

 おそらく時間も計っていたのだろう。手早くカップを並べて紅茶を注ぎながらシーエクレアが持ってきたお菓子を勧めてくる。

 真弓はウェットティッシュで軽く手を拭き、普段カウンセリングなどに使っている背の低いテーブルの前に座る。

 

「そういう魔法少女はむしろ珍しいのだけれどね」

 

 それはこれまでそれなりに長い年月魔法少女たちと関わってきた真弓の経験からくる実感だった。共食いという程ではないのだがなんとなく気が引ける、そんな風に話す魔法少女は少なくない。あのチャコールフォンデュもその口で、チーズフォンデュやチョコフォンデュが頻繁に見るようなメジャーな食事でなくてよかったと時折真弓にこぼしている。

 

「他の人はしらないけど、私は好きだよー。みんなが美味しいって食べてるのを見るのはもっと好き。だから、はいあーん」

「……はぁ、カップに袖が当たるわよ」

 

 差し出されたエクレアを手で受け取り、お茶を一口飲んでから口に入れる。

 

「どうどう?エクレア美味しい?」

「えぇ、相変わらずあなたの持ってくるのは美味しいわね」

「やったー!」

 

 本当にうれしそうな声を上げながらシーエクレアも自分のカップを口につける。

 人が寄り付かない医務室は静かだ。真弓は肩の力を抜きながらこのふたりのアフターヌーンティを楽しむことにした。

 

「本当にあなたは物好きよ」

「えっへへ~」

「褒めてはいないのだけれど」

 

 なんの変哲もない、ある日曜の昼下がりの医務室での事だった。

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