真紅の軌跡で永遠の夜を切り裂きながら、艦は虚空を征く。
槍の穂先を思わせる船体には三十を算える魚雷発射管が穿たれ、対峙した敵を沈めずにはおかない、充実した火力を声高に示している。前部甲板に搭載された、二基の有砲身砲塔も然りだ。
ハイゼラード級航宙戦艦。艦隊旗艦として運用される、ガイデロール級戦艦の後継として開発された艦。
中々の乗り心地だ。艦橋に在る女は、形の良い唇の両端を満足げに吊り上げた。
ガミラス軍大佐、ネレディア=リッケ。第8警務艦隊の司令官を経て、現在は戦艦"ランガブルム"艦長の座に在る。
塗装の希望が叶えられたことが、座乗艦に対する愛着を深いものとしていた。赤い船体色に、黒と白の稲妻が走る迷彩。混戦の最中にあっても見紛うことのない、目の覚めるような鮮烈な姿。
座乗艦として先代にあたる戦闘空母"ミランガル"の塗装を、ほぼそのまま受け継いでいる。とある馬鹿な男に船体を乗り潰されたが、新たな体に魂を入れ直したのだ。己の矜持を写し出す艦を駆って宇宙の海を駆け巡るのは、ネレディアにとって望外の喜びだった。
"ミランガル"が砕け散るまで無茶な戦いに身を投じ、生還した馬鹿な男は今、以前はテロンと呼ばれていた地球の増援に向かっている。かつての敵国にして現在の友邦に迫る、強大な敵を迎え撃つために。
ガトランティス。蛮族と呼び馴らわしていた夷狄の認識に、微妙な変化が生じたのは、つい数周期前のことだ。
ガミラスから略奪した転送システム搭載の重戦艦率いる、機動艦隊との死闘。それは"ミランガル"最後の戦いであり、"ヤマト"……地球との初の共闘でもあった。
一連の混乱から再建を果たしつつあった航宙艦隊の要件として、疆域へのガトランティス侵入に備えた警邏体制の見直しがあり、ネレディアも新たな艦と共に帝国を東西奔走すること、二周期にわたる。
地球と連携しての艦隊運用も演習、実戦ともに積み重ね、対ガトランティスを見据えた軍政は、一定の成功を収めていると評価されていた。
あの開拓惑星で繰り広げられた光景は、その甘い見通しを根底から打ち砕いたのである。
対応の暇も与えない奇襲、軍民の区別をつけぬ虐殺、交渉が成立しようのないメンタリティ。ガミラスの擁する全戦力を二桁は上回る戦艦の群れが現れたかと思えば、星を一撃で葬り去る星間砲撃システムのパーツとして、惜しげもなく使い捨てる。
そして、調査航海に出た"ヤマト"が観測したガトランティスの本拠。それは惑星をも呑み喰らう白色彗星.....超天体級移動要塞だった。
ガミラスの首脳部が、元帥から二等兵に至る全ての軍人が、認めることを強いられた。奴らが恣にする蛮勇は、全宇宙の文明を無に帰すまで止まることはないと。
故にこそ、白色彗星が地球を目指し幕進しているとの報が齎された時、質、量ともに並ならぬ戦力が地球に派遣された。誰に教わるまでもなく、破滅を免れる最後の機だというのは明らかだ。
ネレディアはそれに名を連ねていない。地球への増援によって手薄になる帝国領の防衛を命じられたためだが、それは気楽な留守居などではなかった。
機を見計ったかのように、ガトランティスの艦隊がサレザー侵攻の動きを見せ始めたのだ。空母を中心とした機動部隊に、重戦艦。浮遊大陸戦で姿を現した大型艦も、ガミラスの領域で初めて観測された。
「艦長、管制より着陸許可を受信」
「よろしい。接舷に備え」
それを撃退する一大迎撃作戦への参加を打診されたネレディアは、指示を受けて受けて小惑星上の臨時整備基地へとやって来たのである。
細かくユニット化された各設備を運搬、陸上で組み立てるもので、領土の拡大に伴い導入、一般化されたものだ。
名もなき小惑星には、目を奪われるような自然の美しさとてなく、実用性のみを希求された臨時基地も同様である。そこに現れた"ランガブルム"の鮮やかなること、無色の世界に初めて色彩を与えたかのようであった。環境維持シールドに船体を浸しながら、ゆっくりと降下していく。
艦橋から、ネレディアは足下の桟橋に視線を走らせた。傍らに副官を連れた、一人の男が待っている。ネレディアを呼び寄せた張本人。
係留設備に身を預けた"ランガブルム"は艦底からタラップを引き出し、主を地上へと導いた。その先に待つ男は軍組織における上位者だ。当然ながらネレディアは階を下りる足を速め、迷彩服に包まれたしなやかな両脚で、乾いた小惑星を踏みしめた。
右手を直角に上げ、最敬礼を施す。答礼を返した男は、経験豊かな文官といった風体ながら、隠しきれない武の気配を滲み出していた。
「遠路、かたじけない」
「こちらこそ、わざわざのお出迎えとは恐懼の至りです。マーゲイズ中将」
航宙艦隊総司令・ガル=ディッツ麾下の将といえば、まず"宇宙の狼"ことエルク=ドメルの名を人は挙げる。ただし、彼が戦場で幾度も打ち樹てた武功と巨大な名声は、ディッツ閥という枠を超え、不動のものとして確立しているところがある。
その点、アダルブ=マーゲイズ中将は、まさしくディッツの片腕、分身とも呼ぶべき男であった。総司令として重きをなし、身動きの取りづらい上官に代わって艦隊を率い、その威令を過たず徹底させる。
軍政においても功績を重ね、ディッツからは重要案件の決裁を一部委ねられる程に信頼されていた。次期艦隊総司令の候補として、第一に名が挙がるのは当然であろう。
ゼーリックの叛逆からデスラーの乱心に至る動乱の最中、ディッツの密命を受けた彼は反乱分子や親衛隊から身を潜め、上官の早期解放を目指して尽力。地球との和平成立後も、艦隊の再編に多忙な日々を送っていた。
「貴官に対してだけのことではない。相当な無茶をお願いすることになるのでな、主だった指揮官の下には全て足を運んでいる」
「あら、それは楽しみです」
艶然としてネレディアが応じたのは、虚勢からではない。浮遊大陸戦以来、こちらの常識を嘲ることをやめないガトランティスに対するに、無茶や無謀を避けては通れないだろう。
この上は、一介のガミラス軍人として、敵味方と武運を競う機会を楽しむ他ないではないか。その背中が、将兵に敗亡への恐怖を忘れさせうるというなら、尚更だ。
最初に与えられた命令は、艦の点検と兵の休息が終わり次第、所定の針路に従い出航することだった。死体さえも端末として利用してしまうガトランティスの諜報網に備え、ジャンプの直前にデータを共有するという徹底ぶりである。
係留されている"ランガブルム"を見上げる。戦場では爛々と輝く目玉を閉じ、忙しく動き回る警備兵達に身を任せながら、暫しの眠りに浸っていた。マーゲイズの言が真であるなら、小さからぬ無理を強いることとなるだろう。
死地を思うままに駆け回るその時まで、ゆっくり休ませてやりたい。ネレディアはそう思った。