八頭の竜 〜ザイフリッツ攻防戦〜   作:くコ:彡の本棚

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ACT 1

 出航から四度のジャンプを経て、"ランガブルム"は小マゼラン管区に足を踏み入れた。

 

 長きに渡り、侵入するガトランティスと干戈を交えてきた最前線。顔に緊張の色が滲む艦橋要員達に、ネレディアは警戒レベルを一つ引き上げることを命じる。

 

 友軍からの戦況報告は、頻繁に入ってくる。陽動と威力偵察を目的とするであろうガトランティス機動部隊の迎撃に当たるのは、ルント、グデルらの将軍に率いられる空間機甲軍が中心である。現在のところさしたる損害もなく、敵の跳梁を阻んでいるようだ。

 

「彼らもディッツ提督直々の薫陶を受けた精鋭だ。そうそう遅れは取らんよ」

 

 マーゲイズは同門の戦友達をそのように評する。

 作戦の総司令官を務めることとなった彼を送り届けるのも、ネレディアに課せられた任務の一つだった。

 

 マーゲイズの旗艦はオーバーホールを受けていたのだが、実施された惑星が目標宙域に近いこと、彼が時を惜しんで方々を飛び回っていたことから、艦長に預けて先行させていたのである。

 

 艦長のネレディアに遠慮してか、マーゲイズは滅多に艦内を動き回ることはない。自室、土官食堂、展望エリア、そして作戦立案室を専ら行き来していた。

 

 その名に恥じず、作戦立案室には立体投影型の戦術シミュレーターが設置されている。卓上の戦術図、動き回る敵味方のアイコンを熱心に凝視するマーゲイズに、ネレディアは幾度か遭遇していた。

 見ることを咎められはしないが、それが何かを説明されたこともない。

 

 来る戦いの作戦案であるなら、目的地に到達次第、全てを明かされることだろう。この段階で詮索するのは、軍人としての節度に悖る。

 五度目のジャンプを控え、艦橋に戻ろうとするネレディアは、深刻な調子で話す二人の下士官を見つけた。

 

「おい、今の針路で進めばこの艦、ザイフリッツ星系に達するんじゃないか」

「だよな。あそこを関門代わりに、蛮族どもを食い止めるつもりなのかよ」

 

 宇宙地理の知識が少しでもあるなら、その結論に達するのは当たり前であろう。

 ザイフリッツは誕生して三百万周期に未たぬ若い恒星で、活発な表面活動は恒星風や電磁波を盛んに撒き散らす。その周辺は、暗黒ガスに小惑星帯、自由浮遊惑星、そしてブラックホールと、平穏な航行を妨げる要素に事欠かない。

 

 これらの諸条件により、星系を中心とした、きわめて広大なジャンプ不能宙域が広がっている。星系からジャンプ可能なエリアに出ようとすれば、最高速度でも十日以上を要することとなるのだ。

 よって、同星系で戦闘が生起した場合、ジャンプによる急速離脱ができない。自ら進んで退路を断つに等しい。

 

 さらに事情を複雑にしているのは、国防上の小さからぬ意味である。小マゼランからサレザーに至る三つの主要航路のうち、最短のものにザイフリッツはある。

 突破を許せば、本星に敵が雪崩れ込んでくるかもしれないのだ。

 

 敢えて通過させ、敵の攻勢限界まで引きつけてから逆襲するという戦い方もあるが、軍事学という尺度で測る余地もない敵を相手に、それはあまりに危険な選択だった。

 

「冗談じゃないぜ。救援も受けられずに叩きのめされることになれば……」

「なんだ、怖いの?」

 

 壁の一部となって聞き役に徹していたネレディアが、声をかける。下士官二人は慌てて成儀をただした。上官に咎められるという以上に、ガミラスの男として沽券に関わると思ったのだろう。

 

「暗黒ガスが吹き荒れる戦場では、本艦は味方の耳目も同然だ。そのことによく思いを致すように」

 

 ハイゼラード級の大きな特徴として、特殊環境下における航行、管制性能の高さが挙げられる。指揮下にある友軍とのデータリンクが正常に保たれていれば、ブラックホールの近辺だろうと、落伍する艦もなく戦闘が行える筈だ。

 

 加えて、ザイフリッツはガミラス軍にとって勝手知ったる庭先でもある。厄介な地勢的条件の中で艦隊を動かす、絶好の演習場として活用されてきた伝統があった。

 恒星フレアや暗黒ガスの影響など、実に数十周期先までの膨大な予測データを擁しているのだ。

 

 少なくとも、地の利はこちらにある。一方的な敗北で幕を下ろすつもりなど、ある筈もなかった。

 

 ゲシュ=タム航法を終え、"ランガブルム"は通常空間に躍り出る。眼前には、やはり予想した通りの光景が広がっていた。

 

 宝石箱をぶち撒けたような極彩色の星々の輝きと、黒いインクが滲んだかの如き暗黒ガス。光と闇が互いの領域を食し合い、宇宙の神秘と脅威を人間どもに見せつけてくる。

 

「ザイフリッツ星系に到達。……星系中心部です」

 

 艦橋要員の声が驚愕に上ずる。星系内でのジャンプは不可能ではなかったのか。

 その答えは、行手に聳える巨大な岩塊にあった。平時は演習に参加する、そして今は臨戦態勢にある艦艇が数多停泊する、浮遊大陸基地。地球との戦時中、木星(当時はズピストと呼称)に建造されたものの三倍近い規模がある。

 

 そこには、柱とも灯台とも形容しうる巨大な構造物が増設されていた。"ゲシュ=タム・ビーコン"と仮称される新型のナビゲーションシステム。"ランガブルム"はそれに導かれ、本来不可能なジャンプを果たしたのである。

 

「ただし、あくまで星系内にアウトするためのものだ。ジャンプしての星系離脱はできないことを、改めて銘記してもらいたい」

 

 ……というのが、艦橋に上がってきたマーゲイズの説明である。彼を乗せての航行を始めて、このようなことは初めてだった。

 

「間もなく、定刻だ。作戦に参加する諸将がこの星系に参集する」

 

 ゲシュ=タム・アウト反応の報告が、電探席から上がってくる。左方、三つの光点が次元の壁を融かし、艦をこの空間に呼び込もうとしていた。友軍の識別コードをキャッチする。

 

「どうしても、ここで見たかった。私の言葉を信じ、皆が死地へと駆けつけてくれるところを」

 

 まず、一隻。"ランガブルム"と合わせ鏡の鋭い船体。国防のハイゼラード級であったが、船体上部に黄金の紋様めいたものが刻まれている。

 

「あれはハイゼラード級"ガーレ・ジオルク"。ラーゼンタール准将の座乗艦だ」

「なるほど。侯爵閣下の噂はかねがね」

 

 ガミラス最後の大貴族。ラーゼンタール侯爵家は、そうした呼び名に相応しい名家である。その家格、権威はデスラー家に次ぎ、ゼーリック家と肩を並べるものであった。艦を俯瞰すれば、艦にあしらわれた家紋を見ることとなるだろう。

 

「大ガミラスへのたゆまぬ献身こそ、我ら一族の礎たる伝統である」

 

 あらゆる事情と背景を内包したこの言葉を、第三十八代当主・フェルデ=ラーゼンタール准将は、完璧に履行している。

 

 叛旗を翻すべく、観艦式の名目でバランに艦隊を集結させていたゼーリックに対し、それに応じないことで、同心していない事実を無言の裡に主張。デスラーの乱心後は、爵位を持つ家の中で真っ先に民主政権に接近、全面的な支持を公言した。

 

 時流を読むに長ける、と表現すればそれまでだが、それは一瞬の戦機を逃さない武人の嗅覚そのものであろう。

 

 ゲシュ=タム・アウトは続く。やはり、現れたのはハイゼラード級だ。

 

「続いて"ベルガナ"、および"サン・レタティーズ"。本艦と同航」

「ライヒネス、ユードネ両大佐だ。二人については、君の方がよく知っているだろう」

 

 ネレディアが大尉の頃、同じ女性軍人の直属となったことがある。名をディートリ=ライヒネスといい、中佐であった。

 

 いずれも本人以外の口から聞いたことであるが、武闘派と称されるに相応しい逸話が、両手で数えきれないほど存在する。

 暴走する上官を殴り倒して指揮権を奪い、味方を壊滅から救ったとか、包囲された際、敵の旗艦を白兵戦で奪取して脱出したとか、そうした具合だ。

 

 直属だったのは二周期に満たないが、かつての上官の能力と人となりを、ネレディアはよく知っている。誇張されてはいても、完全な与太ではないだろう。座乗艦の"ベルガナ"も、近接防御火器が四基のミサイル発射機に換装されており、苛烈な人柄を映し出すようである。

 

 もう一隻、"サン・レタティーズ"の艦名は、伝承に登場するイスカンダルの高名な聖人に因むものであろう。舷側にステンシルされたイスカンダル原産の花、碧水晶を見ても間違いはあるまい。

 

 ダミオン=ユードネという男の温和な人柄に触れた者は、軍人ではなく、歴史家や哲学者の類だと思う筈だ。それは誤りではない。彼はイスカンダルの歴史、文化に精通した、一流の歴史学者でもあった。

 

 しかし、決して文弱の徒などではないことを、ネレディアは知っている。彼女の声価を高めることとなった"チタベレー海戦"の前哨戦で、ガミラスの一個艦隊が一敗地に塗れ、司令官も戦死した。

 単身でそこに駆けつけたユードネは殿を務め、数倍の敵を相手に粘り強く戦い抜く。

 

 その末に数多の味方を生きて本国に帰し、敵に逆撃まで食らわせたのである。ネレディアの武勲は彼の奮戦あってのものであると、彼女自身司令部に幾度も報告を上げていた。

 

 外観からは想像もつかない、剛毅な柱が彼の中にはあって、将としての彼を支えているのだろう。

 

 続く反応は"ランガブルム"の右方。二つの光を掻き分けて現れたのは、やはり二隻のハイゼラード級であった。

 

 黄の差し色が橙になっている一隻が"エルゼリンドI世"だと聞かされた時、ネレディアはやや怪訝とした。"エルゼリンド"とは、ガミラスが大公国だった時代の航宙戦艦の号であった筈だ。

 

「インゲ閣下だよ、あれに乗っておられるのは」

「御老公が前線に?」

「もう退役しているかと思っただろう」

 

 ネレディアやマーゲイズは無論のこと、総司令のディッツでさえも「小僧」呼ばわりできる老雄は、ドルフガング=インゲくらいのものである。軍歴は五十周期を優に超え、二等兵から准将まで、己が武運によって昇りつめた歴戦の男だ。

 

 大公国時代から全土の統一、デスラー体制確立から民主政権への移行。ガミラスの歴史の明暗を目の当たりにしてきた生き字引は、教導隊の総責任者として、後進の育成に心血を注いでいる。

 演習においては、訓練兵のみを率いて正規の部隊を翻弄するというのだから、往時の勘は未だに健在らしい。

 

 最年長のインゲと共に現れたもう一人は、本次作戦における最年少の指揮官だった。艦首を白く塗装された"リーンベルク"を駆る、エルネス=ミューラ。少壮気鋭の勇将と名高い彼は、作戦に先立って中佐から大佐に昇進していた。

 

 特筆すべきは、彼が青い肌を持たぬ民族、ザルツの出身であることだろう。ネレディアはザルツ人と任務を共にしたことはないが、おそらくは民族の誇りと同胞の地位向上への望みを胸に、勇敢に戦って散っていった者を何人も知っている。

 

 そういえば、ガミラスとザルツの「講和」宣言の調印が執り行われたのが、惑星リーンベルクであった。ミューラという若者の心中に蟠る、複雑な何かを垣間見た気がした。

 

 六隻ものハイゼラード級が舶先を揃え、星の海を割って進む様は、流石に壮観だった。それを率いる指揮官も、主力を地球に派遣した今、許される中で最高の人材が揃っていると言えるだろう。その一角を自分が担っていることを思い、ネレディアの心は沸き立った。

 

 近づいてくる浮遊大陸から現れる白い影。先行していたマーゲイズの座乗艦。ハイゼラード級"ジナイゼル"は白い塗装に青の差し色が施されており、ディッツ子飼いの将が座すだけあって、空間機甲軍の武名を想起させる。本作戦の総旗艦となる白い戦艦が、戦友達を出迎えるために現れたのだった。

 

 しかし、肝心のマーゲイズはどこか明朗さに欠けている。艦橋の外を見回し、そこにないもの、本来あって然るべきものを探しているようである。一つの予想に至り、ネレディアは問うた。

 

「まだ、こちらに向かっているのですか。指揮官が?」

「私は、それを望んでいるのだが」

 

 歯切れの悪い返答の語尾に重なるように、虚空に光が灯った。星系に入ってから幾度も見たもの。

 

「ゲシュ=タム・アウト反応。友軍艦艇です」

 

 それは、漆黒のハイゼラード級であった。船体の上下を黒と灰色で染めた姿は、一帯の暗黒ガスから生まれ出たようでもある。宇宙の闇に溶け込み、目玉だけが浮き出てきたのかと錯覚する程だ。

 

「"ゼクスデルン"。来てくれたか……」

 

 口元が綻び、安堵と期待の幕が瞳に下りる。そんなマーゲイズの表情は刹那の内に消え去ったが、それだけに強くネレディアの印象に残った。

 

 ────────

 

 浮遊大陸基地の軍港エリアは、敵の奇襲に備えて二つに分かれており、ハイゼラード級各艦も指定された所に停泊することとなる。

"ランガブルム"は"ガーレ・ジオルク"、"ベルガナ"、"リーンベルク"、そして"ゼクスデルン"と並航、入港した。

 

 作業員達が艦と艦の間を忙しく走り回っている。前線に出なくとも、容易く逃げることの叶わない最前線で命を懸けている戦士達だ。彼らを生かして帰すことができるか否か、偏にネレディア達の采配にかかっている。

 

 見上げてくる作業員の姿を認め、改めて問い質された気分に包まれた。

ネレディアとマーゲイズに近づいてくる三つの人影。

 ともすればこちらを圧してくる貫禄が、彼ら自身と、背後で係留される彼らの座乗艦から放たれている。その色彩、あるいは形と呼ぶべきものも、各々違うのだ。

 

 ラーゼンタール、ライヒネス、ミューラが同時に威儀をただし、マーゲイズに最敬礼を施した。ミューラはザルツ将兵特有の軍服に身を包んでおり、どことなく鋭い印象を与えてくる。

 

「御命令に従い、ここに参上仕りました。国難にあたり、国民の盾となるまさしく武門の誉れ。微力を尽くさせていただきましょう」

 

 恭しく頭を下げたラーゼンタールの所作は、まるで礼服でも着ているのかと思われるほど、典雅なものであった。尤も、この男の場合、軍服こそ何より様になるようにも思われる。

 

「久しいな、リッケ……早くも大佐か。次に会う時は閣下とお呼びせねばならないのかな」

「却ってこちらの居心地が悪いですわ。そちらは上級大将にでもおなりください」

「そうだ、私は確かに元帥の器ではない」

 

 一文字の向こう傷が刻まれた顔に、ライヒネスは薄い笑みを浮かべた。長身のネレディアは見上げられる形となるのだが、かつての上官の声は頭上から降ってくるかのようだ。

 

「皆よくぞ、よくぞここに集ってくれた。着到から間を置かずで申し訳ないが、早速皆を集めて作戦説明を行いたい」

 

 背後から、もう一つの気配が近づいてくるのを感じる。位置からして、"ゼクスデルン"に座乗する指揮官で間違いあるまい。振り返る。

 

 驚きに目を見開く自分を、ネレディアは完全には制御できなかった。幸いだったのは、全ての事情を知悉しているであろうマーゲイズを除き、その驚愕を共有できたことである。

 

 いや、一つだけ、全く異質な気配が漂っている。それは複雑に織り上げられた憎悪であり、当人の忍耐がなければ、とうに殺意に変じているであろうものだった。それを辿れば、ザルツ人の青年に行き着くのだ。

 

「ガミラス軍大佐、ロスワルト=ゼーベル。ザイフリッツ星系への着到を報告いたします」

 

 その名はガミラス軍において、「挫折」と「凋落」を体現するものであった。

 

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