酒落た名前を与えるほどの価値すら、その惑星には認められていなかった。
「閣下、本艦は地表への降下を開始いたします」
「うむ。磁気嵐への警戒だけは怠るな」
巡洋戦艦 "EX251"に搭乗したマーゲイズが、"第三八管制惑星"と呼称される岩石惑星を訪れたのは、ある男を訪うためだった。でなくば、今や軍の重鎮となった彼が顧みるだけの軍事施設も、艦隊も、戦略的意義もその惑星にはない。
幾重にも垂れ込める灰色の雲。草の一本も生えない荒涼とした大地。狭く、彩りに乏しい小さな世界が、今やその男の全てなのだ。
二つの艦影が雲海を断ち割りながら、惑星の薄暗い空に舞い降りる。"EX251"に続くのは漆黒の戦艦。岩と砂の中に埋もれゆくかと見えるガミラスの基地に舳先を転じ、慎重を期して接舷を果たした。
右から左へ、左から右へ。行き交う作業員の顔には、差異というものがない。プログラムに従ってセンサーが明滅するだけだ。
機械化兵は危険な環境下での任務を中心に、人間を補佐するために開発された筈だった。
デスラー・ドクトリン下での拡大政策は版図の空洞化を呼び、機械化兵を投入しなければ機能を維持できない基地もあれば、重要度が低いと看徴され、司令部数人を除き機械化兵で済ませている惑星もあった。
第三八管制惑星は後者の典型と言えよう。前線からも離れた辺境の小さな基地に、ただ一人詰める生身の人間が、マーゲイズの前に現れる。
「管制基地司令のゼーベルであります」
その態度は完璧に礼節を保っており、装いにも乱れたところはない。しかし、形容し難い頑なさが、見えない壁となって立ちはだかっていた。
平静に見える顔には、将来の全てに対する諦念と、遠くない過去に対する後悔と、自分自身に対してであろう嫌悪が綾をなしている。
ガミラスの次代を担う将帥として、将来を嘱望されていた若者がいた。名を、ロスワルト=ゼーベルという。
堅実な手腕でディッツの覚えめでたく、ドメルに続く有力な俊英として、周囲の期待を一身に受けていたのだ。マーゲイズにとっても、殊の外付き合いやすい戦友であった。
ゼーベルが生きながらにして汚名と挫折の地獄に落ちてから、僅か七周期しか経っていない。
活発化していた小マゼラン管区のガトランティス遊撃隊が、シュトラム星系に侵入してきた。大佐であったゼーベルは分艦隊を率いて先鋒を受け賜る。指揮下には、ガミラスに組み入れられて久しいザルツ艦隊の姿もあった。
容易い戦いの筈だったのだ。敵の数は決して多くはなく、ザルツ艦隊との連携も徹底されていた。
ゼーベル自身には油断も気負いもなく、敵の無秩序にも見える散開に対し、功を焦らず艦隊の停止を命じる。後方の基地で戦況を見守っていたマーゲイズは、勝利を確信していた。
何故。何故、次の瞬間、ゼーベルの艦隊は薙ぎ払われたのか。強烈な熱量反応と共に通が途絶し、回復した時、先鋒の反応は九割も残ってはいなかった。ザルツ艦隊に至っては、全艦轟沈という惨状。
好戦的なガトランティスが、この時は何故か撤収を選んだため、マーゲイズは直ちに生存者の救出にあたった。
膝から崩れ落ち、打ちのめされた顔で艦橋の床を見つめ続けるゼーベルの姿を、今でも鮮明に思い出せる。
敵の伏勢に遭い、集中砲火を浴びせられた。そのようなもっともらしい見解を首肯する気にはなれなかった。残留熱量から推定される敵の火力は、艦の観測システムすらダウンさせるほど強烈なもので、とても敵艦隊が発揮しうるものではない。
マーゲイズは戦友の名誉のため、詳細な検証の実施を求めたが、親衛隊の横槍がそれを妨げた。
政敵であるディッツを糾弾するのに、これほどうってつけの材料はなかったのだ。無能な卑怯者としてのゼーベルの虚像を膨らませ、それをディッツ閣全体の咎であると触れ回った。
宣伝情報省も一連の動きを後押しした。同化政策の後退を防ぐためにと、全ての咎はゼーベルにあり、彼こそザルツの民全てが憎むべき存在だと喧伝したのである。ゼーベルを処断すべしとの声は日増しに高まってゆく。
結局、デスラーの一声でゼーベルは命を繋いだ。ただし、それは死なずに済んだ……死ねなかった、ということに過ぎない。
少佐へ降等のうえ、第三八管制惑星という捨て扶持を宛てがわれた彼は今、ただ一人きりで日々を刻んでいた。
「それで、閣下におかれましては、如何なる御用向きで足をお運びになったのですか」
応接室でマーゲイズはゼーベルと向かい合う。赴任以来、誰も通したことがなかったのだろう。人のいる場所に当然あるべき、乱雑さの久片もない。
「早速本題に入ろう。ゼーベル大佐、貴官にとある作戦への参加を打診する」
「……失礼ながら、閣下。自分は少佐であります」
何かを察したらしいゼーベルの返事をことさら無視して、マーゲイズは続けた。
「今一度、お前の力を借りたい。ゼーベル」
────────
どのような経緯でゼーベルが舞い戻ったのか、ネレディアには分からない。敵の来寇を前にして考えるべきことは、これまでではなくこれからについてだろう。
ゼーベルの能力については、そこまで心配はない。長らく前線から離されていたとはいえ、ディッツの薫陶はそう簡単に消えて失くなるものではないだろう。本当に使い物にならなければ、マーゲイズとて流石に招聘したりはすまい。
不安があるとするなら、味方の、正確にはミューラの心象についてであった。同胞が数多散った一件に直接関わっている、ゼーベルへの怨恨が小さかろう筈もない。
「今更、どの面さげて戻ってきた」
という類いの言葉を零しているのをネレディアは聞いたことがあった。個々の武勇が優れていながら、協調を欠いたために大敗した戦例は少なくない。若きザルツ人・ミューラの節度と使命感を、このうえは信じるしかなかった。
集結したその日、早速軍議が開かれる。立体投影型モニターを中心に据えた円卓を、マーゲイズ以下八人で囲む。ゼーベルとミューラは、互いに目線を逸らし合っているようだ。
「作戦総司令の任を与った、マーゲイズである。この場に集った諸君ら精鋭に対し、此度の戦いがサレザー防衛において、きわめて大きな意義を有していることは、説明の必要もあるまい。まずは敵戦力の行動について、その予測を示すこととする」
卓に現れた模式図は、星系を中心として峡谷の如き地勢を表していた。ガミラスから小マゼランを望めば、右手には暗黒ガス、左手には小惑星帯、そしてブラックホールがあり、星系を経てサレザーに向かう敵に蛇行を強いる形となっている。
敵の先陣として、五百隻あまりの機動部隊が接近していると判明していた。空母を中核に、巡洋艦と駆逐艦を従えた編成は、ガトランティスにおいて最も一般的なものだ。
そして、転送システム搭載の重戦艦の反応もある。少なくとも二隻。
ネレディアは過日の攻防を思い出した。ガミラスとガトランティス重戦艦の(公式的な)初の交戦記録である、シャンブロウ海戦。
あの時は空母に移り、老兵と少年兵の面倒を見ていたために戦闘に関与できなかったが、再度の機会が訪れたというところだろう。ただし、あの時と同じく重戦艦が敵先陣の旗艦とは限らないので、固執は戒めるべきだった。
「敵本隊は未だ集結中で正確な数値は不明だが、千隻は軽く超えるだろう。例の……大戦艦も多数確認された」
ガミラスと地球で大戦艦と通称される敵の大型艦。現在は八十隻ほどであるが、三桁は下らない筈だ。堅固な艦首装甲を並べ、強行突破を企図しているらしい。
「盾を押し立てて関を超えようてか。猪口才な」
白い髭に覆われた口を動かし、インゲは不敵に呟いた。過去の戦例を省みているのはネレディアと同じだが、遥か数十周期まで遡っているに違いない。
彼が下土官だった頃は、重装甲の艦を前面に出して戦線を形成するのが一般的であった。
「作戦の第一段階として、敵の先陣を撃退しておきたい。これは、敵を各個撃破すべしとの戦理に基づいてであるが、それに留まらない布石でもある」
ガミラス軍の戦力は以下の通りである。総旗艦"ジナイゼル"を含む、各分艦隊の旗艦・ハイゼラード級戦艦八隻。それらが直率する十八隻の巡洋戦艦に、二十五隻のガイデロール級戦艦。そして三百三十隻の駆逐艦。
星系外には重巡と巡洋艦から成る雷撃戦隊、合計二百五十隻が待機していた。ゲシュ=タム・ビーコンに導かれ、ジャンプ直後に敵の四方から飽和攻撃を叩き込むのだ。ガミラス軍の根幹をなす、雷撃ドクトリンの精華である。
「そして、多層式空母を十隻。これは基地の前面に迫る敵に対し、対艦爆撃を仕掛けるための戦力だ」
「つまり、敵機の撃墜は主目的ではないと?」
ラーゼンタールの疑問に、マーゲイズは頷いた。航空戦力はスヌーカ、総計で六百機。爆撃による打撃を主任務とし、敵の攻撃機には駆逐艦をして防空任務に充てることとした。
万が一それが突破されても、非爆装状態のスヌーカには、防空機として通用する運動性能がある。
「空母のうち七隻は、ユードネ大佐にお任せしたいが、よろしいかな」
「身命を賭して」
ユードネは言葉短く頷いた。その声は静かであれども、聞く者の胸に響く重みに満ちている。
「それで、ここからはより心して聞いてもらいたいのだが」
それは錯覚だったかもしれない。刹那、マーゲイズの目がゼーベルに向けられていた。
「雷撃戦隊の攻撃をもって敵を叩く戦術は、あくまで敵先陣に対してのものだ。諸君も薄々は気づいていよう、我が軍の常道である機動雷撃戦術は、大戦艦を擁した敵の大軍を押し留めるに足りないと」
立体映像が切り替わった。光点の群れが、手前に引かれたラインを越えんと迫って来る。言わずもがな、それはガトランティス艦隊の模式図である。
狭隘な空間を直進する敵に、四方から魚雷が突き刺さる。それは目標の足を止めたと思われたが、犠牲を顧みることを知らない敵は新手の投入をやめず、ついにラインを踏み越えた。防衛線の崩壊だった。
「では、どうすべきか?諸君にこの星系に集ってもらった理由は、そこにこそあるのだ」
映像の中で、時が巻き戻る。敵艦隊は、今にも星系に牙を突き立てんとする直前ではなく、暗黒ガスとブラックホールの重力圏に挟まれた航路を進む最中である。
その行手を遮るのではなく、上下左右を取り囲むように光点が現れる。それが自分達であることを、列席の諸将はすぐに悟った。
「この一帯は我らの庭先。地勢的データも豊富であり、艦隊を運用可能な宙域は、敵に比して広大と言える」
だから、航行に難渋する狭隘な宙域で、敵を包囲下に置くこともできる。
「敵の進軍速度の秩序を奪う、それがこの戦術の本旨である。上下と側背からの攻撃にて敵の足を止め、あるいは誘き出し、統一された前進を阻害するのだ」
上手くゆけば、一度に基地の前面に飛び出してくる敵の数を絞り込めるので、雷撃戦隊と航空隊で十分殲滅可能である。さらに、包囲に動く各分艦隊に余裕があれば、背後からの攻撃を仕掛けることさえ能うるのだ。
「これは愉快なこと。敵の大艦隊をこちらが盾にして、突出した敵の背後を撃つというわけですか」
ライヒネスの言葉は逸っているようで、その実、包囲に回った際の優位を正確に把握している。
四方に纏わりつかれていることを知ったガトランティスの機動部隊は迎撃に飛び出すだろうが、自軍と特殊環境に挟まれた、狭く薄い空間に展開せざるを得ない。
それに対しガミラス側は、暗黒ガスだろうとアステロイドだろうと、それらをすり抜けて離脱する術を知っている。この差は大きい。
雰囲気が微かに明るくなった。勝利を楽観視しているのではない、すべきことが目の前にあるというのが嬉しい。どれほど困難な途であっても、逆境を覆す努力ができるのだ。静かな闘志が帯電し、諸将の間に見えざる火花を散らす。
「そして、予め伝えておきたいことがある。基地と、敵を包囲する分艦隊との、連携を確保する中継役についてなのだが」
優先的に言及するのは尤もなことだ。前線と後方、両者の連絡が断たれれば、孤立して各個撃破の憂き目に遭うのはこちらなのだから。任務の性質上、華々しく敵と千戈を交える機会には乏しいものの、まさしく命綱とも言うべき存在である。
「この役目は"ゼクスデルン"、ゼーベル大佐に一任するものとする」
ゼーベルは伏し目がちに、小さく頭を下げた。
隣に座すザルツの青年が、膝の上で両の拳を握りしめるのを、ネレディアは見た。