八頭の竜 〜ザイフリッツ攻防戦〜   作:くコ:彡の本棚

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ACT 3

 五つの縦列が、遠からず砲火と雷撃の坩堝となる宙域を駆けている。実戦を目前に感じていなければ、出せない気迫を湛えた訓練だった。

 

 それぞれ四隻の巡洋戦艦および"リーンベルク"を先頭に並航している。と、最左端の縦列が速度も落とさず、前進したまま右方への横移動を始めた。

 隣の味方をすり抜けながら進み、最右端へ。新たに最左端となった縦列が先に倣い、右方へ滑り込む。穏やかな波のような滑らかさ。

 

 続いて艦隊を二分し、左右から斜行しつつ一点を目指して加速する。衝突が続発するかと思えたが、一隻も失ってはいない。ばかりか、交差前は右方からの艦隊にいた"リーンベルク"が、もう一方の艦隊に移っているのだ。

 

 展望エリアに在るネレディアは頼もしさを感じながら、磨き上げられた芸術を愉しむような視線を向けた。いずれもガミラス軍では一般的な訓練だけに、練度の差が如実に現れる。

 ネレディアが知る中で、これ以上に見事なものは殆どなかった。ミューラ率いる艦隊……司令官と同じザルツ将兵で構成された……が積み重ねてきた努力と経験が窺える。

 

 足音を耳にして振り向くと、左脚を引き摺るインゲの姿があった。加齢のためでなく、戦傷により足が不自由になったのだ。

 

「お支えいたしましょうか」

「構わんよ。美人に近づきすぎればかみさんに睨まれるでな」

 

 エーリク太公によるガミラス統一の頃から連れ添っているインゲの妻は、夫より二十周期も年少である。

 

 ミューラ指揮の訓練も佳境に入っていた。密集して進みつつ、タイミングを合わせて上下に、左右に艦列を撓ませる。砲撃を受けた際のダメージを受け流すための動きで、風に煽られた軍旗がはためいているかのようだった。

 

「おう、おう。見事なもんだのう」

 

 感心してその光景を見遣るインゲの視線は、ネレディアのものと異なっていた。それが欲しいと願いながらも、最早叶うまいと諦めてしまっている輝きを目の当たりにするように、目を細めている。

 

 やがて、"リーンベルク"以下、訓練に参加していた艦艇が基地に戻ってきた。

 ネレディアとインゲの姿を認めたミューラは駆け寄り、威儀をただす。

 

「見事なものを見せていただいた、ミューラ大佐」

「いえ、自分は未だ若輩の身。少しでも早く、先達の方々と肩を並べたいと思うのみです」

 

 かつては先達ではなく「一等臣民」と言うことを強いられたこともあったのだろうか。一瞬だけそのことに思いを馳せ、我ながら酷い傲慢だと思った。

 

「若いというに、よくぞ己を律することができるものよ。でなくて、あれ程軽やかに艦隊は動かせぬさ」

「恐れ入ります」

「かく言うわしの青年時代といえば、堪え性のない若造でな。上官に噛み付いては、飽きるほど営倉にぶち込まれたもんだ。今では噛み付く歯もまともに残ってはおらんが」

 

 苦笑する二人の後進を前にひとしきり笑うと、インゲはやや表情をあらためた。

 

「時に、ミューラとやら。お前さん、身の振り方を悩んでいる事柄があるんじゃないかね?」

 

 何について言及されるか、大なり小なり察していたのだろう。ミューラは唇を引き絞り、小さく返事をした。認めざるを得ない、と言わんばかりに。

 

「そういう時、他人がやいのやいの言ったところで、何が良くなるという訳でもない。では当事者が努力すればどうにかなるのかというと、そうでないことばかりだ」

 

 故に、人生とはままならん。インゲはそう笑って、ミューラの肩を軽く叩いた。過去の自分自身に、言っているようにも聞こえた。

 

「神様に、一切合財ぶん投げてやれ。上手くいくんなら、いずれはそうなる。でなくば、そういう縁だったのだ。誰ぞに小言を言われたら、言い返してやるがよい。ドルフの爺は無責任にかく宣っていたぞ、と」

 

 微かに顔を綻ばせ、敬礼を残してミューラは場を辞した。肩の荷が軽くなって安堵したようにも、インゲの投げやりな態度に失笑してるようにも見える。

 

「わしも幕僚どもと相談してくるかな。あれだけ偉そうにほざきながら、戦場で足を引っ張っていては様ないわ」

 

 一人きりになったネレディアは、再び視線を転じ、先程まで艦が舞い踊っていた星空を遣る。

 訓練に没頭して懊悩を忘れる、あるいは達観の境地に達するほど、自分は要領がいい女だと感じたことはない。戦友として、事情を知らずにはいられない気分になる。

 

 休息時間、閲覧が許されている記録を調べるだけでも、それなりのことが分かった。

 あのドメルが、冥王星(かつてプラードと呼称)基地司令として知られるシュルツを始めとした、ザルツの戦力を磨下としていたことはよく知られている。

 

 指揮官の名を検めると、あった。少尉として初の艦隊勤務に臨んでいたミューラと、中佐として一個戦闘団を率いていたゼーベルの名。

 

 因縁と呼ぶには、あまりに薄すぎる繋がりではある。階級も立場も全く違う二人、面識があったかどうかも怪しい。

 それでも、ネレディアは引っかかるものを覚えずにはいられなかった。同胞の死に責任を持つ男。ままならぬ感情の淵源にそれ以外の事実があるのではないか。

 

 ネレディアは考えあぐねた末に、結局、自分を単純な武断的人物だと思うことにした。来るべき戦いに、まずは勝つことだ。味方の間に蟠るものにお節介を焼くなど、その後にいくらでもできる。半ば開き直り、ネレディアは迷彩の走る真紅の座乗艦へと歩き始めた。

 

 敵の先陣が警戒網に飛び込んできたとの報せがされたのは、その三日後であった。

 

 ────────

 

 開戦を告げる角笛の響きを、ネレディアは全身で聞いた。

 

"ランガブルム"を先頭に軍港を発つ艦隊。作業員が、基地の防衛につく兵が見上げてくる。手を振っている者もいた。届くような気がして、ネレディアは足下に笑みを返した。

 

 戦の趨勢を左右する緒戦、その先陣の栄誉を賜ったのだ。高鳴る鼓動がゲシュ=タム機関の唸りと共鳴する。

 船足を上げる"ランガブルム"に続く味方、暗緑の大波が一つの形を成してゆく。紡錘に艦列を並べて戦場へと赴く様は、真紅の眼を輝かせた巨竜の飛翔そのものである。

 

 八頭の竜。

 

 八隻のハイゼラード級が軸となる作戦の通称がそれであった。発案はラーゼンタールである。貴族らしい大仰なレトリックに満ちた表現だが、これほど的確な比喩はないと思われた。

 

 色も形も違う八つの頭を持つ、ガミラスの守護竜。それは暗黒ガスとブラックホールが作り出す洞窟に立ち塞がり、攻め来る蛮族を食らい尽くすのだ。

 そして、最初に牙を突き立てるのは他ならぬ、赤い頭なのである。

 

「恒星風、強まる。僚艦の航路調盤、素敵および測的システムの誤動作、発生確率45バーセル上昇」

「アステロイド接近。要排除オブジェクト認められず」

「全艦、データリンクの更新始め。以後の定期更新は各隊の判断で、随時実行するように」

 

 旗艦を中心としたデータリンク網を張り巡らし、万全の航行、通信、索敵態勢を確保する。"ランガブルム"は戦闘指揮だけでなく、味方が見聞きした情報を集積、分析、共有する中枢としてフル稼働するのだ。

 宇宙を征くにあたっては尼介な自然条件も、今回は敵の行動を妨げるのに有用な手段である。物にしなければならない。

 

 星系に接近してくる敵を捉えた。立場は同じ、先陣のそのまた先遣だろう。数はネレディア艦隊の三割増。両翼の機動部隊を引き連れた、重戦艦の姿があった。

 

「全艦戦闘態勢。散開し、敵の砲雷撃に備え」

 

 ネレディアの命令一下、艦隊は「目の色を変え」た。巡航から臨戦へ、ガミラス艦特有の"目玉"が黄金に発光する。広く展開していることも相まって、草原に火が燃え上がるような光景が、敵の前に広がっていることだろう。

 ガトランティスに立ち塞がる、炎の壁。

 

 星系を中心とした広大なジャンプ不能領域。それは敵の重戦艦に搭載されている、ガミラス由来の転送システムも同様だった。

 それでも敵が言うところの、火焔直撃砲の発射自体は可能である。重戦艦の五連装砲に、空母や駆逐艦にも搭載される量子魚雷など、強力な長射程兵器は敵にもある。

 

 急進してそれらを躱しつつ敵の中枢を突くか、または素早く離脱するのが定石だが、ネレディアはどちらも選ばない。

 漫然と前進を続けるかに見えるガミラス艦隊に対し、緑に輝く光条が飛び込んできた。五連装砲の放つビームの威力は、駆逐艦を正面から容易く串刺しにする。それが分かっているから、慎重を期して避けながら進む。ますます足は遅くなる。

 

 敵機動部隊が動き始める。重戦艦の砲撃によりこちらの足を止めておき、機動部隊を直撃させんとする敵の狙いは明白だった。

 乱戦に持ち込まれれば、敵の速射砲の乱打を食らい、艦列をずたずたに寸断される。そんなことは分かっている。そうと知りつつ、機を待つのみだ。

 

 二本の槍が飛び出したかに見えた。巡洋戦艦を先頭とした二個の突撃部隊が陣から躍り出て、明確な指向性を持って加速する。接近する敵の機動部隊に対し、暗緑の残影だけを残して、擦れ違いながら突き抜けた。

 

 それと呼応した、魚雷斉射。一度に二十を超える発射管を轟かせる"ランガブルム"に、駆逐艦が続く。水平の大噴火。それは敵の上下を一息に駆け抜け、その先へとひた進む。

 先行した味方に追随し、重戦艦を目指して。将兵の剽悍な意思が乗り移り、生けるもののように加速し続ける。

 

 敵に主導権を譲り渡したように装い、敵機動部隊を引き剥がした。敵も誘き出されることは承知で、得意の乱戦に持ち込もうとしただろう。虚の突きどころである。

 囮となったネレディア指揮下の艦も雷撃を敢行し、突撃部隊と共に重戦艦を袋叩きにするのだ。

 

 味方と入れ替わりに現れた数百発の魚雷に、重戦艦の直掩である駆逐艦が即応する。対空性能に優れた輪胴砲塔を唸らせ、量子魚雷を放ち弾幕を張る。重戦艦自身も、九門の発射管から迎撃の魚雷を放ち始めた。

 

 だが、ガミラス式魚雷の運動性は、それらを一笑に付すほどのものだった。

 敵の防空網を掻い潜り、推進剤を無駄にせず、バイタルパートを的確に貫く思考と判断を行う電子頭脳。それに導かれた弾体が、いきり立って砲火を撒き散らす敵に次々と突き刺さる。

 

 鴨緑色の船体を炎が走り、光を失った複眼が砕け散る。艦橋構造物に直撃を食らい、斬首よろしく挽ぎ取られる敵もあった。

 

 炎と炎が交錯する前線を遠望するネレディア。突撃部隊は魚雷の迎撃に忙殺される敵をすり抜け、右上方という有利な位置を占めている。彼らの前にある景色がネレディアにも見えた。

 

 重戦艦の周囲に生じた間隙。まさに今。そう感じた瞬間、巡洋戦艦が猛禽の勢いで急降下した。遅れず続く駆逐艦ともども、敵の中枢を抉りにかかる。

 

 赤と緑の光条が行き交い、宇宙の一画を切り裂いた。爆炎に遮られているとは思えないほど、量感に満ちた輝き。

 豪雨が逆流するように乱舞する緑の光弾の群れを、真紅の閃光が真一文字に貫いた。煙の向こうで続く死闘。

 

 混戦の巷となった戦場から飛び出してくる影。味方の突撃部隊。巡洋戦艦が一隻、舷側から煙を吐いているが、大半の艦が健在だった。

 その背後で噴き上がる巨大な火柱、残光が離脱してゆく突撃部隊の背を照らす。重戦艦の反応が消えていた。

 

 艦橋が短い歓声に満ちる。この間にも、敵の機動部隊は前進をやめない。ネレディア艦隊は後進しつつ砲撃を投げつけるが、敵の勢いは削がれる気配とてない。

 

 複眼が怒りに猛っていた。最大火力を有する味方を奪われただけではない。それ以上に、文字通り頭を飛び越えて友軍を攻撃した、ネレディア達への怒りが凄まじい。

 後回しにされたのだ。戦闘民族のプライドを蹴飛ばされ、顔から湯気を噴き上げる敵の顔を想像し、ネレディアは少し愉快な気分になる。

 

 甲殻類じみた敵の攻撃機が姿を見せ始めた。ガトランティスの空母は自ら前線で戦闘に参加し、砲火が飛び交う中で艦載機を出してくる。発艦直前を狙うならば、その前に沈めてやると言わんばかりだ。

 

 しかし、二の矢は放たれている。

 

「友軍接近。旗艦"ガーレ・ジオルク"」

 

 ラーゼンタール率いる第二陣が、ネレディアの周囲から湧き出すように現れた。

 重厚な横列を押し出した堂々たる布陣は、さながら旗をはためかせる騎士団の行進である。攻撃機を交えた格闘戦を挑まんとするガトランティス軍を、両翼を広げて正面から受け止めようとしている。

 

 否、そう見せかけていた。急激な動から静の転換。防御のために広げたと思われた両翼をそのまま延伸し、左右から敵に突貫したのだ。

 両翼を上下に分割して下部の二隊を先行させ、敵の迎撃を引きつけつつ、上部の二隊で空母を頭上から狙う。

 

 甲板を滑り、今にも戦域に飛び込まんとしていた攻撃機に降り注ぐ、ビームとミサイルの豪雨。ある機は頭上から熱波に押し潰され、またある機は被弾した母艦の崩落に巻き込まれ奈落へと沈んでゆく。

 

 攻撃機の展開に失敗した敵の受難は、背後からも現れた。重戦艦を撃破した突撃部隊が戻り、無防備な敵の背中に砲雷撃を叩き込む。巡洋戦艦の鋭い鼻先から噴射炎が迸り、敵の巡洋艦を抉りながら弾けた。

 

 さらに彼らは、味方にとっての朗報という土産を携えていた。敵先陣の後続が、本隊の集結を待たず戦域へ近づきつつある。本隊と一体になる前に、分断して撃破する機会が訪れていた。

 

 ネレディアの命令一下、"ランガブルム"の主砲塔二基が鎌首をもたげる。その先に敵の空母があった。

 甲板が燃え盛り、最早母艦としての機能を喪失しながら、砲塔から光弾を吐き出し続けている。舷側の発射管から飛び出すミサイルの群れ。

 

 再びミサイルが斉射されるタイミングを計り、"ランガブルム"の砲塔が咆哮する。赤い煌めきが軌跡となり、敵の空母を横から貫き通した。

 

 唐突に宇宙に現れた火球が、艦橋越しにネレディアの横顔を照らした。

 

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