八頭の竜 〜ザイフリッツ攻防戦〜   作:くコ:彡の本棚

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ACT 4

 緒戦の成果は期待以上のものだった。リッケ、ラーゼンタール両艦隊に翻弄された事実は、実際の被害以上にガトランティスの神経を逆撫でしたことだろう。

 

 残存する敵の先陣が、我先に星系へと雪崩れ込んでくる。鴨緑色の濁流が堰を破り、こちらを流し尽くそうとしているようにも見える。

 だが、今の戦況はこちらが仕掛けたものなのだ。

 

「思惑が当たった。敵は我らの庭先に踏み込んだぞ」

 

 旗艦"ジナイゼル"の艦橋に立ち、マーゲイズは殊更声を高めてみせた。心だけで戦いはできないが、心を抜きにして戦うことも叶わない。師と仰いだディッツはそう語っていた。緒戦における勝ちをして、雲霞の如き敵を撥ね退ける士気の根源とするつもりだ。

 

 大挙して押し寄せる敵は、艦列も整えず乱雑そのものに見えた。否、乱雑さを武器にしていると言えるだろう。

 区々たる戦術を捨て、こちらに対応の暇を与えずに押し切るつもりか。重戦艦を中心とした一隊のみが、最後方で陣を組んでいた。

 

「ゲシュ=タム・ビーコン起動」

 

 艦橋に復唱が谺する。ジャンプ不能宙域すら越えて、味方を導く灯台。基地の前面に敵を引きつけておき、側面からの奇襲雷撃を仕掛ける布石だった。

 

 時と兵站が許すだけの防備で、基地を固めた。帯磁性特殊加工(ミゴ=ヴェザー・コーティング)を広範化した指向性の光学兵器攪乱幕に、自律稼働型となった無人の円盤型強襲空母を並べ、艦底を敵に向けて大口径レーザー砲を指向している。

 加えて、周辺の岩塊を利用した三層の防護外殻、ミサイルサイロに固定砲台。進めば進むほど、火力の泥濘に足を取られる幾重もの防衛陣。

 

 ぎらつく複眼の大群がこちらを睨んでくる。彼我の距離が縮まるというより、埋め尽くされると表するべきだった。距離を示す数字が小さくなる度、警戒範囲に入る敵が増える度、張り詰める気配がいや増す。

 

「腰を据えろ。我が方の防衛圏内まで、敵の先頭を引き込めるかが勝負だ」

 

 味方を励ますためにそう言ったつもりだが、あるいはマーゲイズ自身に向けた言葉であったかもしれない。

 

 猛進する敵の左方で空間が割れた。亀裂を押し広げながら飛び出したガミラスの重巡が、高らかに魚雷を撃ち放つ。続いてジャンプした巡洋艦もそれに倣い、 艦首から迸る火力を敵の側面に叩きつけた。

 ゲシュ=タム・アウトの揺らめきが波紋となって宇宙を覆い、参戦した雷撃戦隊は梯形陣形を組んで突撃を開始する。

 

 ジャンプを予期していなかった敵の反応は、瞬き一つほど遅れた。それで十分だった。

 

 意思あるもののように飛ぶ魚雷の群れは、弾幕を張られる直前の空白を利して敵陣に飛び込み、各処で破壊力をぶち撒けて爆炎の花を咲かせる。思うままに魚雷を投げつけた艦は弧を描きつつ転針し、舷側に敵を捉えつつ陽電子ビームを叩き込んだ。

 

 遠ざかってゆくのを歯噛みしながら眺める敵に、ジャンプしてきた後続の艦がさらに雷撃をお見舞いする。急進と雷撃、砲撃しながらの転針。

 その反復攻撃は、巨大な車輪となってガトランティスの艦列を削る。捻くれた残骸を横目に、あるいは押しのけて進み続ける敵。被害が及ぶのは左翼の表層だけだ、そう高を括っているところもあるだろう。

 

 雷撃が繰り返されること、はや十度に及ぶ。長大な敵の各処に雷撃で穴を穿ち、それを繋げていくという戦法が結実し、敵の被害は中央部にまで及び始めた。

 水が土に染み込むような火力の浸透。火の玉と化して制御を失った駆逐艦が、巡洋艦に衝突して諸共に砕け散るのが見える。

 

 流石に、船足をやや下げて、側面の備えを固め始めた。空母からの攻撃機発艦を急ぎ、その周囲を駆逐艦で固めて弾幕を張る。光の壁に、爆ぜる量子魚雷にぶつかった魚雷が、空しく四散する。

 

「敵艦隊の先頭、防衛圏内に突入」

 

 戦術モニターの略式図は単純で無駄がないが、重圧の中では無性に冷淡に見えて仕方がない。敵を示すアイコンが群れをなして押し寄せ、基地を飲み込まんとする、その様子。

 まだだ、まだだ。腕を振り下ろし、声を張り上げたい衝動を必死に抑え込む。射程圏内に入る敵のアイコン、それを示す音が急かすように続く。

 

 今だ。自分以外もそう断じたと、マーゲイズは確信できた。

 

 無人空母から蒼光が迸るのと、爆炎を突っ切った縦列が敵に突撃するのは同時だった。敵艦隊を、十字に貫いたのである。

 

 円盤型空母の艦底に搭載されているのは、大口径の超出力レーザー。威力では陽電子ビームに及びようもないが、精度と弾速にはきわめて秀でていた。

 何せ、光なのだ。青の奔流が、敵先頭の空母を狙い澄ます。抗堪性の高い空母を、レー ザーで沈められる筈もない。しかし、飛行甲板を炙り、歪ませ、滑走不能にしてしまうことなど訳もなかった。

 

 基地の前面で先手を打たれ、一手を封じられた敵先頭の背後を駆け抜ける影。それは"ベルガナ"を先頭とした縦列、ライヒネスの艦隊だった。

 

 横方向に広く火力を投射する攻撃を、雷撃戦隊は継続していた。敵はそのパターンを把握し、対応してきたが、その裏をかきながらの突貫。

"ベルガナ"は主砲斉射によって突破口を作り、自らと味方を強引に捩じ込ませ、 加速した。

 

 防空火器を撤去してまで搭載した"ベルガナ"の発射管が吠え、ミサイルの群れが白い軌跡を描いて八方に飛び去る。同道する数多の駆逐艦も旗艦に続いた。

 

 着弾したミサイルは標的を内外から焼き尽くし、業火の坩堝に敵を叩き込む。ひときわ大きな火球はかつて空母だったもので、腹に抱えた艦載機が母艦に殉じたためだ。敵を横切る縦列の前後左右が熱で満ちる。燃え盛る炎の街道である。

 

 大剣で横一文字に両断されるかの如く、敵は前後に断ち割られつつあった。後続の敵の約半分が右翼側、つまりライヒネスに正面から立ち塞がる位置に集結を始める。小面憎い敵を重囲に取り込んでやろうというのだ。

 

 集団から陣へと移行するかに見えたその時、悪魔のサイレンが真空の世界に響く。

 

 絶妙としか言いようのないタイミングでの、艦爆の出撃だった。爆弾とミサイルを満載した艦爆隊を目まぐるしく送り出す、七隻の多層式空母。"サン・レタティーズ"の翠水晶が傍で輝いている。

 

 疎から密に転じる直前の、最も無防備な瞬間。スヌーカが眼下の敵に爆撃を叩き込んだのは、まさにその時だ。

 

 宇宙に上下などないが、大気圏内の爆撃機という前身の本能そのままに、スヌーカは敵の頭上から飛び込む。雹の降り注ぐ水面の如き炎が、敵艦隊から次々と噴き上がるのを眼下に収めながら、颯爽と帰還してゆく。

 母艦を沈められた復讐心に猛る攻撃機に対しては、荷物を撃ち終えて身軽になったスヌーカのロケット弾掃射で歓迎した。

 

 ライヒネス艦隊が敵右翼に突き抜けた。緒戦を制して艦列を再編したリッケ、ラーゼンタール両艦隊が、そこに合流する。分断された敵の後方に狙いを定め、 一体となって圧力をかけ始めた。

 左翼側の雷撃戦隊による攻撃は今なお続いているから、理想的な挟撃の態勢と言えよう。

 

 再度発艦した艦爆隊が、前方の敵に向かう。無人空母と、基地の迎撃兵器に撃ち捲られて立往生する敵の横合いから、航宙爆弾の暴風を叩きつけるのだ。

 健在な敵が秒を追うごとに数を減らす度、前進可能域が広さを増してゆく。最後方、重戦艦が直率する敵に至る道。

 

 温存していたミューラ艦隊に、突撃準備を命じた。敵の先陣を撃破する、これが最後の一手となるだろう。旗艦"リーンベルク"以下の艦隊が勇躍し、陣形を整えつつある。

 

 その時前方に立ち塞がったのは、敵でなく味方だった。宇宙の漆黒と同化するような、黒い艦影。

 

「"ゼクスデルン"です」

 

 それは言われるまでもなかったが、理由をマーゲイズは測りかねた。

 緒戦から "ゼクスデルン"は、各艦隊から齎される情報を集積、盤理、共有する任務を、 大過なく遂行してきた。何故、味方の前進を妨げるとしか言いようがない行動を取るのか。

 

「ゼーベルはどうしたのだ」

『どけ!邪魔だ、ゼーベル!』

 

 通信回線に響く怒声はミューラのものだ。若さ故の戦意と、突撃の機を逃しかねない焦り、そしてそれ以外の何かが、彼の憤激を呼んでいる。

 それに対するゼーベルの返答は、予想もつかない、そして有りうべからざる筈のものだった。

 

『敵重戦艦による転送砲撃の可能性大。我が艦の軸線より、至急退避されたし』

 

 重力震反応、とのオペレーターの叫びが語尾に重なる。前方の空間に突如現れた光点、それは瞬く間に膨張し、大口を開けた。その向こう側に灯る光。千切れた恒星の如き熱波。

 

 先程までミューラ艦隊がいた宙域を貫く、巨大な熱線。攪乱幕の妨害を受けながらも、三隻の無人空母を撃沈、着弾した一層目の防護外殻を赤熱化させてようやく止まる。星系の地勢的性質が突然変わる訳もないのだ。何故、敵はあの攻撃を。

 

「"ゼクスデルン"はどうしたか!!」

 

 圧倒的な熱の前に轢き潰されているのでは。胸に巣食いかけた不安は、オペレーターから"ゼクスデルン"健在の報を齎されたことで霧消した。

 敵影急速援近の警告。重戦艦の直率艦隊が、砲撃後の空隙を突く形で迫っていた。

 

 船足を上げ、それと入れ替わるようにミューラ艦隊が前進を始めた。慌てて反転し、第二撃に巻き込まれる危険を、即座に慮ったのだろう。基地に迫る敵には、インゲ艦隊が迎撃に当たっている。

 

 インゲは自分が守りでなく攻めに回っているように、積極的に火力を敵に浴びせかけた。艦列の左端に"エルゼリンドI世"を置いて敵を誘っておき、敵の左方から圧力を加えて、スヌーカの攻撃圏内に追い込む。

 その意を汲んだユードネの行動は早く、艦爆隊を引き連れる形で”サン・レタティーズ"も前線に出し、攻撃に参加させていた。

 

 戦闘から残敵の掃討に局面が移り始めた頃、ミューラより敵重戦艦の撃沈が報告される。それが、緒戦の終わりを知らせる合図だった。

 

 ────────

 

 差し当たって、理想的な盤面に極めて近い戦況となっている。 敵の主力が集結する前に、敵先陣の撃滅に成功した。

 

 この戦果は戦力差を埋めるに留まらず、ガミラス軍の基本方針が「敵を基地の眼前に引き込んで包囲する」という、常識的なものであると誤認させるに足るものだろう。

 頭に血が上った敵が、さらに戦力を小出しにしてくれれば尚良かったが、ガトランティスはそこまで軽率ではなかった。

 

 ただし、完璧な戦運びと称するには憚られるところもある。

 予想だにしていなかった転送砲撃により、あわや一個艦隊が壊滅しかかった。ゼーベルの警告とミューラの機敏な回避がなければ。帰還した皆を軍議に集め、マーゲイズは頭を下げた。

 

「指揮官の責は経緯と結果に対し問われるべきものであります。結果として、あの砲撃が将兵の犠牲を招きはしませんでした。経緯に対する後悔は、生きて帰れることが決まってからでも遅くはありますまい」

 

 ユードネの言葉に、当のゼーベルやミューラを始めとする皆が頷いている。かく割り切る潔さが欠けているから、自分はドメルのような高みに至れないのだろう。詮ないことを考える。

 

 幸いにして、転送砲撃のカラクリは分かった。こちらと同じ手段を使っていたのだ。

 雷撃戦隊のジャンプのため稼働していたゲシュ=タム・ビーコンの存在を察知し、それを利用して火力の転送先を設定していたのである。敵艦隊からビーコンに向けて発せられた、非認証コマンドも特定できた。

「こちらが使いさえしなければ、あの攻撃は飛んでこない。以後は控えるものとしょう」

「いえ。ビーコンの稼働は続けるべきです」

 

 その男によるとは言じられないほど、迷いなく言い切られた。ゼーベル。一気に注目が集まる中、落ち着き払っている。

 管制惑星からここに参じて尚、彼に纏わりついていた靄のような何かが、晴れたようにも思えた。

 

「こちらの備えを逆用されたといえ、既に手の内を暴いております。種の割れた奇策など恐るるに足りません」

「だが、敢えて敵にそれをさせようという所以は何なのだ?」

 

 ゼーベルが披瀝したのは、敵の転送砲撃を逆手に取る具体的な方策だった。成程、想定通りに事が運べば、敵に対する備えは万全のものとなるだろう。翻弄から反撃に移る風穴となり得るのだ。

 

「その手を使うとなると、暫しの間、敵の砲撃に耐え続ける艦隊が必要になるな。誰をもってその任に充てるべきか」

「それは」

「自分にお命じいただけませんか」

 

 ミューラが腰を上げつつ名乗り出た。発案者のゼーベルが、手を挙げる気配を悟っていただろうことは間違いない。

 

「先の戦闘、ゼーベル大佐のご判断に助けられました。でなくば自分のみならず、 下の将兵も生きて帰ることは叶わなかったでしょう。しかし、それに負い目を感じてはおりません」

「勝算があるのか」

「先だって、ゼーベル大佐は敵の微妙な動きから転送砲撃を見切った筈。ならば、 渦中から一歩退いておいて、機を見極められるべきです。そして我が艦隊は、どれだけ撃ちかけられようとも、耐え抜いてみせると自負しております」

 

 その口調は気負いや焦燥と対極にあり、明確な実現性を伴って提示されているのは間違いなかった。マーゲイズは頷く。

 

「貴官の言を信ずるが故に、決めた。私も共に囮となろう」

「総司令官たるお方が」

「いや、次は本戦なのだ。出し惜しみはしない。全力を尽くさずにいられないのは、皆も同じ筈だ」

 

 最後に、各艦隊の配置と行動計画についての最終調整を行い、軍議は散会となった。敵本隊の包囲にあたる艦隊の指揮官は、後背の、基地の防衛に不安を感じている風ではない。自分と同じものを見てくれている、そうじられる。

 

 索敵システムは、敵主力が続々と集結する事実を冷然と告げている。だが、どれほどの大軍であろうと、それに恐怖する理由をマーゲイズは見出し得なかった。

 

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