ガミラス八大貴族、と称される。
ガミラスの民が星を渡る術を知り始めた頃より、領袖たるデスラー太公家と、時に銃火と流血を伴いながら交わり、帝国の歴史を動かし続けてきた血族。
時代の激流の一滴と消えていった貴血の数少ない生き残り。その一人は今、積年の矜持を掲げて戦陣に在る。
ラーゼンタールの旗艦に刻まれた家紋。黄金の意匠に、数百周期の重みが滲んでいる。
それを纏っているというより、内側から浮かび上がらせていると見えるのは、流石に堂々たるものだった。当主に当主たる自覚があれば、家紋はそれを写し出すものらしい。
ユードネは接舷した内火艇から、先導を受けて応接室へと歩き出す。艦種が同じなのだから、己の旗艦と内装に違いがあろう筈もないが、公私で 足を運んだ伝統建造物の空気を、ユードネは感じる。この艦の主を意識しすぎているのかもしれない。
応接室に、既にラーゼンタールの姿があった。敬礼を交わし、促されるまま着席する。卓には酒瓶と、グラスが二つ置かれていた。注がれる。鈍感な人間でも、その酒の格式を思い知らされる芳香。
「惑星ライズリの白ですか」
「ああ、分かってもらえるかね。皆に行き渡るよう手配は済んでいるのだが、やはり戦友と顔を突き合わせて楽しむのは、格別だ」
死地に赴く戦士が、出征前に酌む銘酒として名高い。栓を開けて空気に触れると、忽ち味が変化する。そのため、帰還してから飲めば、同じ酒で全く違う味わいを楽しむことができるのだ。
生還した者達が、そうでない者達の面影を抱きながら。
得意げにそれを語るような無粋を、ラーゼンタールはしなかった。あるいは、 歴史学者という自分の経歴を買い被っているのか。酒を芯としたガミラス史の再考、中々面白い題材ではある。
「いよいよ、明日だな」
「ええ、明日です」
敵が来る。ガトランティスの主力。八百隻の大戦艦を前衛に、千五百隻の機動部隊が続く。そして、重戦艦が一隻。
暗黒ガスとアステロイド、重力勾配が作り出す狭い航路を、脇目も振らず直進する。通常航行だ。故に、作戦宙域に入るタイミングを、ガミラス側が見誤ることはない。艦艇ほどの質量を有する物体は、この一帯でゲシュ=タム・インをそもそも行えないのだ。
緒戦の終盤における敵重戦艦の転送砲撃は、その盲点を突かれた形であったが、 却ってこちらに活路を見出させることとなった。それを組み込んだ構想を形にするため、明日は全軍で基地を進発する。迎撃でなく、先制攻撃と称しうる程、積極的な態勢で敵を捉える。
緒戦から今日までの僅かな間に、基地の防御もまた、さらに堅牢なものとなっていた。
移送と設置が間に合うまいと思われていた、弾道制御型の大口径陽電子ビーム砲、通称"反射衛星砲"二基の準備が完了している。威力だけを見ても艦載兵器の比ではないうえ、衛星群を介しての変則砲撃が可能だ。正面からの敵の攻撃が及びようもない、基地の搦手から。
「そのような折に、卿は吾輩に会いたいと言った。どうしても質したいことがあると」
ラーゼンタールは侍従を務める機械化兵に声をかけ、ライズリの白を下げさせる。酔いで紛らわせられる話でないと、知っているかのように。
「卿ほど思慮の深い人間が、軽率な考えで左様に申し出るとは思えん。余程のことなのだろうな」
「恐れ入ります。お察しの通りです」
「聞こう」
ユードネは逡巡を振り切るように瞼を下げ、開いた。言葉を絞り出す。
「ガミラス星に最期が近づいているというのは、真ですか」
時が凍りついたかと思われた。真空に放り出されたような息苦しさに耐えながら、ラーゼンタールの様子を窺う。
瞑目している。脚を組もうとして、戻している。問いを切り出す直前の自分を、鏡で見ている気分にユードネは包まれた。
「とにかくも卿は、それが事実か否かを知りたいというのだね」
「そうです」
「事実だ」
簡潔にして明瞭な答えは、聞く者の肺腑に突き刺さる鋭さを持っていた。
「血の誓い、と呼ばれていた。母星の命運にまつわる秘密を共有する、選ばれし者達。私の父もそうだった。家督を継いだのは十何周期前だったか、その時に始めて打ち明けられたよ」
拭い難い苦味がラーゼンタールの顔に広がる。先代当主に秘密を告げられた時の、衝撃、当惑、それが一瞬ながら蘇ったものか。
「言い訳をしようと思えば、いくらでもできるだろう。だが、一握りの人間が秘密に触れる特権を振るい、独占してきたことは否定しようがない。心から、詫びさせてもらう」
頭を下げるラーゼンタールを見ながら、ユードネはぼんやりと過去を振り返った。真実の尾に触れ始めた頃だ。
市井の人々が閲覧できる資料だけでも、明確な答えのない矛盾はぽつぽつと浮かび上がってくる。それら点を繋げる線を引き、仮説を描き出してゆくのが、自分の仕事なのだ。
ガミラスの発祥、歴史、戦い、政治、指導者。見直してゆく中で、朧げながら見えてくるものがある。それは誰もが気に留めないだけで、明示されていることも多い。
親衛隊に身柄を拘束された時も、驚きはなかった。微かな理不尽こそ覚えたものの、デスラー政権にとって不都合な事実を明るみに出そうとしている自覚は、確かにあったのだ。
真実を白日の下に曝す、などと崇高な使命感ではない。知識欲を抑えようとしなかっただけである。
監房の中で仰臥しながら思いを馳せたのは、やはり昔のことだった。博士号を取る前、高名な歴史学者の教え子として知識を貪っていた若き日。昔より抱いていた疑問を、言葉にして投げかけてみた。何故イスカンダルは、常に我々が仰ぎ見る位置にあるのだろう。
師の顔は紙のように白くなった。周りに誰もいないことを確かめ、ユードネの両肩を握りながら呻く。一番の教え子を、自ら放逐する愚行を犯させないでほしい、と。
人間、歳を重ねようと容易く変わることはない。歴史が証明していることだ。 そんな自分が処刑を免れたのは、新天地探索に役立たせようとの意図があったためであろう。
「女々しく己を卑下はすまい。働きでもって誠意を示すと決めてはいるのだ」
「閣下も、やはりマーゲイズ中将より招聘を受けて?」
「正直、驚いたね。過日の叛乱の折にさしたる役にも立てなかった吾輩を、ここまで買ってくれるものかと」
マーゲイズは真実を知っているかもしれない。独裁体制が倒れ、ヒスやディッツといった政権の中枢が、星の秘密を掴んでいる可能性もあるだろう。その情報が彼に下りてくることも、有り得なくはない。
「ゼーリック卿を止められなかった。同じ貴族として、翻意を促すことはできなかったかと、今でも考える。きわめて個人的な感傷に過ぎないが、此度の戦いは積み重なった悔いを濯ぐ契機になるのではと思うよ」
同じことを考えている者は、立場の上下を問わず、軍中に多かろう。
"ヤマト"侵攻の折、がら空きのサレザーを守れなかったこと。味方の主力が白彗星との決戦に赴く中、帰還を待たねばならないこと。自分も何かやれた、やれる筈だと葛藤を抱えている軍人達に、一つの道を示してくれる戦い。
ラーゼンタールの下を辞して基地を歩いているユードネは、燃えるような赤髪の女性軍人と出くわした。自らの髪と缶を揃えたような赤い旗艦の整備風景を、ネレディア=リッケは眺めている。
作戦のこと、運用する戦力のこと、チタベレーでの戦闘のこと。軍人として、それほど独創的でない会話を交わしているうち、彼女の率いる皆務艦隊が"ヤマト"と共闘した時の話題になった。
「是非とも"星巡る方舟"を目の当たりにしたかったな。史学の徒としては、まさしく夢の具現ですよ」
先史超文明・アケーリアスの建造した恒星間播種船。ガトランティスが狙っていたものはそれだった。
アケーリアスの遺産の探索、研究はガミラス星間歴史学における主要題材の一つで、国家事業とも密接に結びついている。ゲシュ=タムの門などは大きな成果の一例と言えよう。
方舟に集って宇宙を旅するジレル人コミュニティにもユードネは大いに興味を抱いたが、リッケはそれとは別に驚かされたことがあったという。
「亡くなられた妹御と?」
「生き写し、としか言いようがありませんでした。あの時は双方が帰路を急いでいたのと、何より心の準備が足りなかったもので、対面は叶いませんでしたが。ガトランティスとの決着がつけば、一度訪ねに行きたいと思っています」
早逝したリッケの妹と瓜二つの女性が"ヤマト"の乗組員にいて、方舟の探索に参加していたのだ。アケーリアスという共通の祖を持つ種族同士、決して有り得ないとは言えず、現実に起こっている偶然。
だが、それを表するに適した言葉をユードネは知っている。
「きっと、"縁"でしょう」
「"縁"、ですか?」
大宇宙の神秘、無限の集合知たるテレサと、その依代である惑星テレザート。 宇宙各地に残る伝承や碑文には、"縁"という言葉が頻出する。目には見えないもの、それでいて、確かに存在するもの。
ガトランティスがテレサを狙っていると明白になった頃からか、その言葉はユードネの心に確かに根を下ろしている。
「我ながら困ったものです。研究が行き過ぎて観念的な言葉まで弄んでしまう」
「よいではありませんか。この星系で皆と大敵に立ち向かう縁を、私は気に入っています」
与えられた選択肢に盲従するのではなく、自ら運命を切り拓いてゆく充足感が、艶然としたリッケの笑みに満ちていた。