決戦の途につくにしては、静かな光景だった。
星系に集うガミラス艦隊が、各旗艦を先頭に基地を出撃する。その威容は見る者を圧し潰すのではなく、心中にしっかりと根を張ってくるような色を帯びていた
"ランガブルム"の艦橋に立ち、ネレディアは静かに戦場へ思いを馳せた。凪いだ心に大した感慨はない。来るべき時が、当たり前に来ただけのこと。細々した雑念は、ただ宇宙に溶けてゆく。
急進の機を見誤らない、全てに先立つものはそれだった。ネレディアの他、 ラーゼンタール、ライヒネス、インゲの計四個艦隊が敵本隊の上下左右に展開する。
気象、地勢的条件は、各旗艦を中心としたネットワークで共有できる。戦機を共有できるかは、偏に指揮官の将器に依るのだった。
星系に通ずる峡谷の出口に至り、全艦が足を止めた。出てくるところを取り囲むように陣を敷き、その鼻面に集中砲火を浴びせる。直前まで、そう思わせておかねばならない。真の確殺圏はもう少し手前に広がっている。
"サン・レタティーズ"を中核とした一部が離脱し、後方で艦列を並べ始めた。多数の発射管が穿たれたガイデロール級戦艦の艦首が連なり、谷の出口に向けられている。背後には多層空母。
戦艦と艦爆部隊を率いて火力の盾を購すのが、 ユードネに課せられた役割だった。また、彼と磨下の艦隊が観測した映像は、敵本隊の至近に突入する味方にとって、出口付近の戦況を知る情報源ともなる。
彼の負担をどれだけ減らせるかが、勝敗の分かれ目とも言えた。
眼前の宇宙に緑の光点が灯る。素敵範囲に敵が飛び込んだとの報告が上がった時にはすでに、鴨緑色の群れが視界を埋め尽くしている。艦橋要員の、唾を飲み下す気配。
凄まじい量感を表するのに、押し寄せるという言葉では足りない。水平の雪崩が空間そのものを飲み込もうとしている、としか言いようがなかった。
紡錘の艦隊陣形。大戦艦の艦列と、響導される機動部隊の群れ。十段に構えている。火力と重装甲に物を言わせて迎撃の砲火を突破し、機動部隊を突貫させて基地を蹂躙しようというのだ。装甲を突き破って破壊力をぶち撒ける、魚雷やミサイルを思わせる戦術。
指呼の間に敵を望んで「目の色を変え」ながら、ガミラス艦隊は動かない。機を、只管に待っている。ガトランティスもそれを悟ってはいるだろう。
だが、何を待っているのか。何を狙っているのか。正しいところを教えてやる。
「全艦に達する。ひと呑みにしろ」
ネレディアは機関の高まりを両脚で感じた。
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四つの縦列がこちらに向かって飛び込んできた時、身体が強張るのを抑えられなかった。
座乗する一隻の空母に、巡洋艦四隻、駆逐艦十五隻。磨下の遊撃隊を率いて参戦したはいいが、不本意きわまる進軍を強いられていた。
ガスに小惑星、恒星風に重力場が錯綜して峡谷の如くなった宙域を、極端に密集した錘陣形で進むしかない。先遣隊が無様な負け方をしていたために、焦りは尚のこと募る。
そこに、敵の突貫であった。こちらの半数以下、迎撃する立場にある敵が、急速前進を選ぶとは。
大戦艦が一斉に砲塔をもたげて迎撃の火線を敷くが、光の大河を遡る敵を捉えられない。敵はそのまま、上下左右に滑り込んできた。
航行可能な空間には、こちらの艦艇がめいている筈。さらに外側を、平気な風で飛び回れるのは何故か。怪訝とする間にも、赤く鋭い光が次々と射掛けられる。
四個の敵艦隊による砲撃は、各々が大軍を挟んで位置していると思えない同調ぶりで、全軍が火力の鎖環に締め上げられているかのようだ。
纏わりつく羽虫を叩き落とさんと、各遊撃隊が側面に針路を転じて突出を試みる。
「敵影、急速接近。駆逐艦多数」
その報告が上がった時、敵は既に引き上げている。敵はこちらを挑発するように紡錘陣の外周を遊弋し、突出の兆しを見るや、各処に急行して頭を押さえつけてくるのだ。鼻面を叩きのめされた味方の残骸が恒星風に流されてゆくのを見て、遊撃隊長の歯は軋んだ。
『デスバテーターだ。艦載機を差し向けろ』
司令部からの通信。上擦った声で発せられる指令に従い、航空隊を発艦させる。 甲板を滑りながら発艦するデスバテーターの足取りは、心なしか浮き足だって見えた。
各空母から総計数百機が、味方の隙間を縫って出撃する。俯瞰すれば、巌から水が染み出す様を想起するだろう。
右下方に見える艦隊が標的だった。紋様めいた意匠のあしらわれた旗艦。それを射界に収めた一群が、懸吊する六発のミサイルを次々と撃ち放つ。
いわゆる目眩しで、注意が逸れた瞬間に高威力の対艦ミサイルを直撃させるのが狙いである。
敵もそれを悟ったか、対空砲火を敷いてミサイルをあしらい、紡錘陣の外周を滑るように動き始めた。艦砲による下方からの攻撃も行われるが、捉えられない。
密集が過ぎるために固定されきった射角では、敵の運動性に追随できないのだ。 それでも敵の針路の解析は進められ、一つの宙点が全軍に提示された。
敵がそこに達した瞬間、展開する全てのデスバテーターによる一斉雷撃が実施される。 袋の口を縛るような航空隊の機動、その中心に足を踏み入れようとする敵。逃れ得ぬ炎の重囲が、彼らを虜として放さない筈だ。
しかし、立て続けの熱量反応と引き換えに砕け散ったのは敵ではなく、デスバ テーターの群れだった。敵味方の艦隊を追い抜いて現れる対空ミサイルの驟雨に打ちのめされ、見る間に数を減じてゆく。
どこから。敵でない筈がない。あの宙点にこちらの航空隊を結集させ、一網打尽にするつもりで艦隊を動かしたのだ。機上の銃塔を回転させて張る弾幕も虚しく、ミサイルに串刺しにされた機体が赤い光となって消える。
ミサイルに追われる十数機が、臆病風に吹かれたのか陣に逃げ込んできた。とんでもないことだ。密集した内奥に被害が及べば、それは蟻の一穴となって全軍を四散させかねない。
輪胴砲塔からの光弾でミサイル諸共吹き飛ばした。その不心得者達の中に、まさか自艦から出撃した機はあるまいと言じながら。
忌々しいことに、敵はこちらを盾か砦のように立ち回っている。デスバテー ターの惨状にしてもそうだが、三次元空間を縦横に飛び回る戦法を封じられ、敵に火力を集中できないのだ。打開を図れば、日敏く頭を押さえられる。
司令部からの次なる指令は、前進の続行だった。それしかあるまい。谷を抜けて広所に出てしまえば、小賢しい戦術など捩じ伏せ、敵の基地を直撃できる。
紡錘陣の先頭が加速を始めた。恒星風がその強さを増している。空母の艦橋にいながら、何故かそれが頬を叩いてくるように思えた。
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本格的な攻勢をかけず、敵の動静を注視する。陣形の瓦解を承知で散開し、強引にこちらを振り払わんとするか。それとも。
「敵艦隊に動きを認む」
敵の略式図、数千の艦艇が巨大な紡錘を象っている。その先端が、放たれた矢のように飛び出し始めた。
「先頭が急速前進を始めました。星系を直撃する針路です」
我が意を得たりと鳴らした指が、"ランガブルム"の艦橋に明朗な音を響かせる。八方から圧力を加えつつ挑発をかけたのが功を奏し、敵は正面の強行突破を選んだ。勢子に追い立てられた獣のように。
指揮下の宙雷戦隊に密かに、少しずつ動かし、前進する敵を追跡させた。他の三艦隊も同様だ。それを隠匿するために、散開を防ぐ攻撃はより執拗なものとなる。
折好いことに、戦域に黒い離が下り始めた。光学観測の存在意義を奪い、レーダーの精度を低下させ、航法システムにすら誤差を齎す暗黒ガス。
目玉と複眼の輝きが際立ち、やがてそれすらも目視できなくなった。
ガミラス軍人の経験と連携が物を言う戦場。暗い闇の底で敵の大軍と同航し、突撃する敵の背後を撃つ。ネレディア達がその導となるのだ。胸の奥で湧き立つ高揚が、指の先まで熱を伝えてくる。
前進する敵の先頭が峡谷を抜けようとしていた。ユードネは横陣を敷きつつ広く展開し、それを待ち受けている。敵の先制砲撃を受け止める、柔軟な迎撃態勢。
砲撃反応。先陣を切って進む敵の大戦艦が、緑の光条を射掛け始めた。受けるユードネ艦隊の艦列は隙間だらけに見えて、砲火を浴びて小揺るぎもしていない。戦術モニターの断片的な情報でも、それが分かるのだ。
砲撃を続ける敵の態勢が、変わる。開豁宙域へ数に任せて雪崩れ込み、制宙権を物にしようとしている。密から疎。中途の、どちらにもなれない状態。恒星風にあおられ、さらに乱れる。
今だ。心中で声を上げた瞬間、敵の後背に現れた無数のアイコン。暗黒ガスに紛れて背後から近づいていた宙雷艦隊と、放たれた魚雷の群れ。
前方に火力を集中する大戦艦の背後から、突撃の機を窺っていた機動部隊が、集中的に狙われていた。自軍の艦艇で満ちている筈の後方から撃たれたことに、恐らくは狼狽しながら、見る間にその数を減じてゆく。
堅牢な装甲を有する大戦艦には、後背からの奇襲そのものはそれほど大きな打撃ではなかった。
しかし、砲撃でこじ開けた道を進み、脇を固める機動部隊が血祭りに上げられている。撃つだけ撃った後の、次の手を打てないのだ。
それを見定めた、ユードネ艦隊の反撃が始まった。総計で三百を超える発射管から奔る魚雷は一発あたり十の子弾をばら撒き、幾本にも枝分かれして、覆い被さるよう敵に降り注ぐ。
流石に、敵が搭載する輪胴砲塔の対空性能は抜きん出ていた。目まぐるしく回転するたび吐き出される光弾に触れた魚雷が、宙空で火球と化す。比較的弾幕の薄い正面には着弾するも、中破になるかどうかだろう。
だが、続く艦爆隊の爆撃までは捌ききれていない。機動部隊への損害が、薄い陣容という形で現れ始めていた。
火線を掻い潜る爆弾が、豪雨となって砲塔を次々と砕き散らす。敵の船体色と相まって、草原に放たれた火が勢いを増しているようだった。
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谷の外へ躍り出た先陣が、背後からの敵に撃ち崩される。光学的には観測できない。
暗黒ガスにより視界を奪われた今、味方の識別信号が突然消え去ったこと、その直前、先陣の背後に多数の飛翔体反応があったことで、それが分かった。
前方からの砲火のみであれば、十分耐えられる筈だった。大戦艦の壁で敵の攻撃を受け止め、機動部隊を差し向けて呑み込む。
その戦法を見透かしていたかのように、背後の敵は余さず、過たず機動部隊を狙い撃ちにした。
孤軍と化した大戦艦の群れは、進むこともままならず集中砲火を浴び、間もなく味方の後を追う。
暗黒を裂いて頭上から、足下から突き出される赤い光の槍。振り払うように光弾をばら撒いても、虚空に消えるそれは敵に届かない。駆逐艦は貫かれ、巡洋艦は灼かれ、均衡を崩した空母は僚艦を道連れにする。
そうした光景は闇に紛れて気配すらも感じられない。秒を追うごとに消える識別信号と、通信回線を走る叫喚のみが伝えてくるのだ。
自棄と覚悟の狭間で、強引に陣を飛び出して敵を引き剥がそうとする者もいる。当然ながら壊滅の憂き目に遭ったが、その半数は質量計から小惑星を敵と誤認していた。
行手を塞がれて立往生しているところに、両側面からの砲撃で輪切りになったのである。
第二陣の前進が始まった。先程とは様相を変え、大戦艦の外郭で機動部隊を囲む球形陣を敷いている。
機動部隊が内に抱えるだけの遊兵と化すが、これならば背後からの攻撃にも堪えよう。
防御力に物を言わせて押し通り、その果てに機動部隊を解き放つのだ。第二陣から送られてくる映像の中の敵艦隊は、こちらを捕捉しながらも沈黙を保っている。
その時、敵基地の彼方から閃光が走り、意思を持つように折れ曲がって向かってきた。映像が眩い赤に支配される。もう一度。さらに、もう一度。艦砲とは比較にならない威力の陽電子ビームだった。
ガミラスが運用する弾道制御型の砲撃システム。複数の中継衛星を介することで、直進しかできない筈のビームの軌道を曲げるという。
ガトランティスにおいても同様の技術を実用化し、テレザートの陸戦師団に配備されていたとの噂を聞いたことがある。
末恐ろしい精度だった。互いに光学観測もできない基地の対極から、第二陣を狙撃している。恐らくは二基以上の砲台から立て続けに放たれるビームは、球形陣の一画を破断界に導く。
剥がれ落ちた外郭の隙間に陽電子の杭が捻じ込まれ、機動部隊を炎の波でさらいながら駆け抜けていった。
第二陣からの映像が途絶したのと代わって、周囲の視界が回復する。自軍を見渡せば、手負いの艦がかなり多かった。
輪胴砲塔や発射管から煙を噴き、空母の多くは甲板が蜂の巣にされている。敢えて沈めようとしない敵の意図は、否応にも伝わってくる。
目に留まったのは、二振りの鎌を携えたような艦影。後方にあった筈の重戦艦と直率部隊の姿。何故?怪訝とした直後、固体と化したような衝撃波が襲いかかってきた。
上下左右、平衡感覚を破壊するような揺動が続く。艦橋要員からの悲鳴めいた報告も、まるで要領を得ない。状況を如実に伝えてくるのは、窓越しの光景だけだ。
視界を埋め尽くす炎の滝と、散乱する破片は、先程まで友軍だったものに他ならない。これは何だ。敵が突如として方針を変え、こちらの殲滅に動いたというのか。
応射しているのか、大戦艦のものらしい緑の火線が戦場を切り裂いている。
意識が飛ぶような揺れがようやく収まった後、窓の外を見て目を見開いた。戦場に黒い穴が大口を開けている。紡錘陣の中央をなす友軍が、丸ごと消えているのだ。重戦艦もいない。
ガミラスは、数百隻を一時に消し飛ばしうる新兵器でも実用化したのだろうか。
だとしても、却って好都合である。機動部隊ごとに正面突撃を仕掛けるだけの、空間的余裕が生じたのだ。
所定とは違うが、ようやく常通りの戦ができる。その喜びが、先程までの動揺を何処かへと追いやった。
健在な味方が、我先にと飛び出してくる。遅れじと麾下を動かした。皆、揃っている。これが武運だ。大いなる意志のようなものに選ばれた、何よりの証。
こちらに舳先を向けていた敵の一個艦隊。迷彩の施された赤い戦艦が、旗艦に違いない。それに追随する形で、こちらから見て左方に敵は動き始めた。
その行手には、後方にて未だ無傷の味方がいるため、挟撃の態勢を作ることも容易だろう。上げた腕を一気に振り下ろして、前進を下命した。
鳴り響く警告音。何かが、近づいてくる。右。はっとして振り向く。白煙を置き去りにして迫り来る鋭いものが、艦橋を突き破ってきた。