各艦隊旗艦が集積した戦況データは、時間差もなく"リーンベルク"に入ってくる。峡谷での戦闘は、ほぼ所定通りに運んでいるようだ。
敵は自ら中軍を吹き飛ばしていた。密集を強いられ続ける状況から脱するべく、機動部隊が展開する空間を確保せんと"障害物"を除いたのだ。
ガトランティスという敵の傾向を考えれば、無論のこと想定しておくべきであろう。思い切りの早さにやや驚かされはしたが。
本領である突撃を仕掛けようとした敵に冷水を浴びせたのは、ライヒネスの指揮によった。
敵の先頭に背後からの攻撃を浴びせた隊は、これあるを見越して谷の出口付近にて息を潜め続け、"ベルガナ"と共に舞い戻り、ミサイル斉射による横撃をかけたのだった。
その様に浮き足立ち、前進する足を早めようとした後方の敵を、他の三個艦隊が叩く。ラーゼンタール、インゲが敵の上下から、リッケが左側面から。これは幾通りも予測された敵の行動に応じてのものであるから、動きに一切の無駄はなかった。
窮地に追い込まれた敵の機動部隊は、まさに死に物狂いで暴れ回るだろう。万が一が起きぬよう、最後の最後まで気を抜けないところだ。
無論、同胞の武運を祈ってばかりいることが、ミューラの任務ではない。基地の直衛として備えることは、とある難敵との対峙を意味している。
数隻の斥候艦を交代で差し向け、その到来を待っていた。
「斥候艦より入電。こちらに接近する敵艦隊を捕捉、転送システム搭載の大型艦見ゆ」
緊張と戦意が艦橋に満ちる。ミューラは艦隊を前進させながら、観測映像を拡大投影させた。
二百隻あまりの敵影、その中央にある重戦艦。顎を左右に開げ、懸吊される巨大砲塔を覗かせている。 いわば、基地の直接攻撃を任務とした特設強襲部隊であった。
先だって敵が自軍を吹き飛ばしたのは、これを基地の前面まで導くためでもあったのだろう。敵味方の砲撃、それともアステロイドとの衝突によるものか、損傷している艦も少なくない。
対するこちらは敵の七割ほどで、谷の出口を拒する戦力、敵の周囲を遊もする戦力を確保すると、それが上限になる。
だからこそ、敵も基地の直撃に活路を見出したと言えよう。火力転送という攻撃手段を有する敵は、こちらの艦隊を基地から引き剥がして分断することができるのだ。
進みつつ、艦隊を幾本もの縦列に組み直した。無論のこと、陣頭にはミューラ自身が立つ。
「交戦を開始する。全艦、我に続け」
"リーンベルク"に率いられた縦列が駆け始めた。漆黒の宇宙を白い穂先が切り裂き、軌跡が敵味方を繋ぐ。
旗艦に名付けることが許された時、一番に思い浮かんだのが、生まれ育った惑星リーンベルクだった。
ガミラスとの戦争において、唯一地表への爆撃を免れた惑星であり、講和の名の下屈従を強いられた、ザルツ因縁の地。そのことを頭の片隅に置いていたかは、よく覚えていない。
進みながら、重力震反応には何より注意を払う。電探に頼り切りにせず、次元の穴が生じるのを目視で見逃さないようにもした。
来ると分かっていれば、恐れることはない。油断さえしなければいいのだ。
「転送波の放射を確認。出現座標特定」
虚空に現れた瞬きは波紋と化し、そこから燃え滾る奔流が飛び出してきた。艦列を乱すこともなく熱波を躱す。それをさらに三度繰り返すうち、敵艦隊が光学観測圏内に入った。
数十の横陣の集合体、それは無造作なものには違いないが、正面火力の投射には都合がいい。
敵の重戦艦とどう相対するか、過去の戦例からその答えを模索する中で、見出したものがある。それを試す絶好の機会だ。
「マーゲイズ閣下は?」
「旗艦"ジナイゼル"以下、所定通り前進しております」
総司令であるマーゲイズを際どい駆け引きに付き合わせたのは、やはり後ろめたい。それでも、好きなようにやれと言ってくれた。ここは胸を借りるものとする。
ミューラの艦隊は縦列を保ったまま、遮二無二と評するしかないような前進を続けていた。敵としてそれを認めた時、自分であればどのような手を打つかとミューラは考えた。
まず、正面を押さえて敵の勢いを削ぎ、両側面から絞り上げるというものが挙げられる。これは、防御を主軸とした考え方だ。
今、敵にとってはどうか。ガトランティス総体として、積極的な攻撃を本旨とするのは論を待たない。
最優先で叩くべき敵の軍事施設があり、途上には取り残されたような形の艦隊。最短距離で目的を果たそうとするのであれば……。
「敵前衛、前進を開始。マーゲイズ艦隊を射界に収めるコースです」
「"ジナイゼル"より入電。我、後退し敵の誘引にあたらん」
自分が賭けに勝ったことをミューラは知った。闘争本能と合理的判断の二つが、ガトランティス艦隊をミューラでなくマーゲイズに向かわせている。
幾多の敵影と擦れ違った末に、重戦艦を射界に収めた。武装を転送砲撃から五連装の大口径砲に替え、こちらを迎え撃つ構えだ。左右には巡洋艦と駆逐艦が並んでいる。
重戦艦に弱点と呼べるものがあるとすれば、それはハードでなくソフトの領分においてであろう。
敵が接近した時、重戦艦を援護するという思考が敵には欠けている。転送砲撃の印象が強いが、五連装砲に量子魚雷、輪胴砲塔など中遠距離で猛威を振るう兵装が多い重戦艦は、自ら敵襲に対応できてしまうのだ。
シャンブロウや八番浮遊大陸を始めとする戦闘においても、至近に迫る敵に対して、重戦艦は単独で排除を試みている。
護衛の艦などが前に出たところで、隔絶した火力を有する重戦艦にとっては邪魔でしかないだろう。現在、重戦艦の周囲に展開する艦も、次なる出撃に備えているようで、守りなどは考慮にも入れていない。
一定以上間合いを詰めれば、重戦艦は転送砲撃を中止して応戦する。従って、接近と離脱を繰り返すことで、転送砲撃のタイミングをある程度操作できる。この優位性を、徹底的に生かすことだ。
勝つ必要はない。負けなければよい。転送砲撃は断念させるどころか、最後には撃ってもらわねばならなかった。マーゲイズもミューラも、峡谷とその出口で戦う味方から齎される、とある報せを待っている。
敵が五つの砲口をもたげ、光が灯りかけた刹那、ミューラは麾下の戦力を上方に急速旋回させた。世界が転回するような激しい機動だが、艦列には一糸の乱れも生ずることはない。
これよりもっと厳しく、複雑な演習を積み重ねてきた。
弧を描きつつ、マーゲイズ艦隊に襲いかかろうとしていた敵を、背後から叩く。 慌てて振り向いた敵兵は、逆さになったまま迫るガミラス艦の縦列を目の当たりにするだろう。
"リーンベルク"の主砲二基が咆哮し、敵の巡洋艦と駆逐艦二隻を立て続けに串刺しにした。敵空母が前後から雷撃の壁に挟まれ、迎撃しきれず押し潰されている様も見える。幾つもだ。
火力を投げつけながら、勢いを殺さずに再旋回する。転送砲撃が始まる前に、敵に脅威を覚えさせねばならない。こちらを射界に収めた重戦艦は転送砲撃を取りやめ、五連装砲の光条を浴びせかけてきた。
その回避に専念するところに、左方から敵が側面を狙いにきたが、マーゲイズ艦隊を発した宙雷戦隊がその鼻面を叩きのめす。
ミューラが転送砲撃を妨げつつ前進してきた敵の背後を突き、マーゲイズは敵を引きつけつつミューラの側背を守る。事前に幾度も討議を重ねたが、有機的な連携は想定以上のものだ。
続いて、ミューラは艦隊を十隻単位の小集団に分け、各処の敵に当たらせた。散在する敵に同時に襲いかかり、それぞれの宙点に縫い付けるような動きである。重戦艦への牽制も欠かさない。
そうして連携を断っておいて、全艦でもって敵の一隊を強襲した。各々の砲塔と発射管が全力稼働し、一点に集中させるには過剰とも言える火力を叩きつける。
吹き荒れる熱波に足を取られた敵艦が、次々と爆沈していった。それを一瞥もせず、ミューラ艦隊は次なる獲物を目掛け船足を上げる。
「集中と速度」の兵理に則った攻撃で、さらに三つの敵集団が火球と化して消え去った。
敵は合流し、纏まった火力をミューラ艦隊に浴びせようとするが、寄り集まったところにマーゲイズ艦隊の強かな横撃を食らい、陣としての形を成す前に瓦解した。
不意に重戦艦が前進を始め、その影が大きさを増す。これまで当初の宙点から動かなかったのは、ゲシュ=タム・ビーコンによる奇襲雷撃を警戒してであっただろう。
転送砲撃を可能なものとするそれの稼働をガミラス側が続けている理由として、妥当なものはそれしかないと考えている筈だ。
「脅しが効きすぎたな」
これ以上味方を打ち減らされては、任務が遂行不能になると判断したものか。 放たれる量子魚雷の光芒が敵味方の入り乱れる中に突き刺さり、衝撃波が爆炎を呼ぶ。
敗勢にある味方を切り離し、同道する精鋭を選び抜いている。
入電。発"ゼクスデルン"。送られてきた、極めて簡素な暗号電文と観測映像は、まさしく待ち侘びていたものだった。
「マーゲイズ艦隊、全艦回頭。急速後退を開始」
作戦の最終段階を告げる報告。"ジナイゼル"を先頭に後退を始める味方の背を守る、殿軍としてミューラは陣を敷いた。敵の追撃、猛る複眼の群れが視界を埋め尽くす。
心中で拍を刻んで機を掴むと、"リーンベルク"を先頭として密集し、真一文字に突っ込んだ。
掃斗状に火線が集中する。かに見えた時、手を広げるように艦隊をばっと散開させると、迎撃の砲火をしながら敵を突き抜けた。
「足を止めるな!抜けた先に敵の新手がいるかもしれん」
案の定、後衛と思しき敵が立ちはだかるのが見える。ミューラは直進しつつ、巡洋戦艦に率いられた駆逐艦十数隻を先行させ、ロールさせつつ敵の頭上を取らせた。駆逐艦が甲板上の発射管からミサイルの雨を見舞う。
弾幕を張って防ごうとした敵を、巡洋戦艦の主砲が貫く。そうして艦列に空いた穴を拡げるように正面から撃ちかければ、追い散らすのは容易だった。
勢いのままに舳先を転じ、進む敵の背後を取る。敵は回頭しつつ、輪胴砲塔の射界を活かして、背中に光の槍を敷いていた。
こちらもひと呼吸置いて艦列を整える。焦って攻めかかる理由はない。マーゲイズが基地の前面まで後退する時を稼いだ後、基地に戻るかユードネと合流するのが所定である。
腰を据えた戦いをしている自分がいた。全身に張り詰めていたものが、よい意味で抜けているのを感じる。ほんの数周期前とは大違いだ。
シュトラム星系で僅かに生き残った同胞と共に、属州惑星を巡邏するだけの日々。ドメルやマーゲイズの下で、栄達への希望を持てた頃を懐かしまない日はなかった。
ザルツ軍の長老たるシュルツ磨下のゾル星系旅団が壊滅し、"ヤマト"のサレザー侵攻が喫緊のものとなると、頻発する反乱の鎮圧に駆り出された。
故郷を売り渡したガミラスの犬。自分達と同じ、青くない肌の反乱軍と対する度、通信回線に入ってきた言葉である。
彼らにとって、ザルツは悪辣な帝国の軍門に降った番犬でしかないのだ。やり場のない憤適と鬱屈を忘れようと、激しい訓練に打ち込んだ。それは艦隊の総意だった。
ザルツ艦隊としての誇りと節度を忘れない、最後の一線で踏み止まるために。
その結実を見せる絶好の場を与えられたのは、思いもかけない幸運だった。
自分達にもできることがある。それを実感できれば、すぐに霧消する程度の屈託を抱いていたに過ぎない。それに気づくことができた。
ゼーベルへの憤りも、その延長線上にあった。 ゼーベルの向こうに、無力に頭を抱える自分を見ていたのだ。
親衛隊の専横、国家元帥の反逆、英雄ドメルの死。被征服民の誇りを受け入れてくれる、ガミラス尚武の気風は日を追うごとに失われていった。その現状に為すすべない自分への憤りを、ゼーベルにぶつけていたのである。
その恥を認められる自分がいる。その認識が、心中の澱を流し去ってくれたようだった。
回頭を終え、こちらに向かってくる敵の姿が見える。手を伸ばせば、容易く掴み漬してしまえるものとしか、ミューラには見えなかった。
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自分はなぜ生きているのか。何のために生きながらえているのか。
貨物船も滅多に寄港しない辺境で飼い殺しにされていると、脈絡なく無いことを考える。浮かび上がる答えは、いつも同じだった。
生きているのではない、死んでいないだけだ。戦塵の垂れ込める宇宙を駆け、雄敵を撃ち倒し、彼方に光る星に還ってゆく。そうした軌跡を歩むことを、ゼーベルは疑いもしていなかった。
その道が閉ざされた以上、死ぬ意味すらも残されず、故に死ななかった。それだけのことだ。
しかし、それは自身を欺くための詭弁に過ぎなかったのかもしれない。生も死も捨てた人間にある筈もない、未練と呼ぶべきものが、思い返せば確かにあった。他にすることもなく書き上げた、あの戦術案はまさにそれだろう。
ガミラス軍の共有サーバには敵味方の戦術、戦例について議論を行うフォーラムがある。転落する前には幾度も顔を出していたそこで、初めて匿名での発議を行った。
脅威を増しつつあるガトランティスを念頭に置いた、数で勝る敵を封じ込め、艦隊と航空隊の分断を図る機動戦術についての草案。自分一人抱えていたところで、何の役に立つというものでもない。
起案者がゼーベルであると、マーゲイズは一目で見抜いたという。作成時には意識していなかったが、かつてディッツに薫陶を受けた艦隊運動が転用されていたのだ。
実戦場においてはドメルがカレル163宙域においてそれを用い"ヤマト"を捕捉、撃沈寸前まで追い込んでいる。ガミラス空間機甲軍の精華の一つと言えるものだった。
目を覆っても、己を偽っても、過去が消えて失くなることはない。自分がそうだし、マーゲイズもそうだったろう。
だがマーゲイズの方には、それを現実の課題に相対する手立てとして昇華する、立ち直りの良さがあった。
草案を基に組み上げた対ガトランティス迎撃作戦、それに参加することを要請してきた。それは指示でも命令でもない。共に起つべし、そう手を差し伸べてきたのだ。
即答はできなかった。本当に己に見切りをつけていたなら、間を置かず拒むべきであったろう。
しかし実のところ、汚名を雪ぐ機会を渇望する自分と、それを浅ましく思う自分が心中でせめぎ合い、口を動かせなかったのである。
確答いたしかねる、と答えるのが精一杯であった。マーゲイズは落胆のも見せず、"ゼクスデルン"と号された戦艦だけを置いて、次の目的地へと飛んだ。
"ゼクスデルン"は与えられた時を過ぎれば、惑星を去ってサレザーに戻るだろう。期限が迫るまでの間、自分が何を考えていたのか、記憶が判然としない。いや、考えるのではなく、感じていたのかもしれなかった。
この作戦に乗らなければ、生死の線を取り戻すことは永遠に叶わないと。
ゼーベルの意識が過去に遡行した刹那の間に、現在の戦況は大きく動いている。 全戦域の情報が集まる"ゼクスデルン"である。二つの前線で起こった変化を把握するのは容易い。
背後に回ったミューラ艦隊に狙いを定めた敵が、包囲を狙いとして両翼を広げ始める。"リーンベルク"を先頭とした縦列がそれに応じ、敵陣の左端に舳先を向けて船足を上げた。
目敏く察した敵が左方に押し寄せ始め、重戦艦が五連装砲塔の狙いをつける。
側撃を防ぐために反撃すれば、僅かなりとも縦列の足は鈍る。その瞬間、ビームの槍を突き出して滅多撃ちにせんというのだ。
重戦艦の砲火に追い込む形で敵が攻撃を始めた時、縦列の動きが変わる。舳先を前に向けつつ、敵と交差しながら横滑りを始めた。これほど機敏かつ緻密な交差航行を、ゼーベルは見たことがない。
敵味方を一隻たりとも沈めることなく、ミューラは艦隊を敵左端から右端へと動かし終え、全速力で離脱していった。
攻撃が空転した敵は怒りに震えているだろうが、獲物は既に攻撃圏内から脱している。
そして、星系への侵入口。四個艦隊が機動部隊を蹂躙し、戦力比が逆転する中、大戦艦の群れはユードネ艦隊を押し除けつつ、こぞって前へ突出した。機動部隊を切り捨てるように。
数百の巨艦による縦列が連なり、円筒を形成しつつある。無論、反射衛星砲の射程外である。エネルギーの高まりが緑光の輪となって迸った。
艦隊による戦略規模の惑星間砲撃システム。単艦で高い戦闘力を有する大戦艦を、使い捨てのパーツとして砲塔を形成するという、軍事的常識の埒外にある戦法だった。
ゾル星系の開拓惑星では、二百五十万隻という空前の規模で現れた大戦艦がそれを発動。地球に致命の砲口を突きつけた。
現在、戦場にある大戦艦は千隻足らずだが、それでも浮遊大陸基地を穿ち、防衛線をその中枢から引き裂いてしまうことも可能である。
しかし見方を変えれば、それを使わせたことはガミラスにとって一つの勝利とも言えた。ここで使い切らせれば、ガミラス本星が惑星間砲撃に曝される恐れは なくなるのだ。
さらに浮遊大陸の爆発と崩壊は、特異な環境下にあるザイフリッツ星系に嵐を呼び、サレザーへの最短航路を遮断するだろう。
それでも、撃たせない。完全勝利を果たす要諦が、それだった。
一大火力の発動を期して動き出したのは、重戦艦も同じだ。艦首の顎を開き、煮え滾る火球が見る間にその大きさを増す。交戦距離の彼方に去ったガミラス艦隊を、転送砲撃の勘火で押し流さんとしていた。
二つの戦域で同時に、決戦兵器での勝負をかけてきた。この相似は偶然ではない。緒戦の展開を見て着想を得た末に、ガミラスが仕掛けた罠。重戦艦の前に突き出した一対の構造物から放たれる、指向性の波紋。ゲシュ=タム・ビーコンに走る非認証コマンド。
見逃さない。特別な権限でビーコンにアクセスしたゼーベルは、コンソールに表示されるキーを押下した。
炸裂した火球が熱線となって折り重なる波紋に突き刺さり、現次空間から消える。
次の瞬間、目の当たりにした筈だ。彼ら、陣形を組む大戦艦は。目の前に穿たれた次元の穴がみるみる広がり、灼熱の間々泉が噴き上がる光景を。
友軍が放った筈の熱線にさらわれた数隻の大戦艦が、光芒の中で輪郭を失っていった。
敵がビーコンを利用したように、こちらも敵の転送砲撃を逆用した。ビーコンのジャンプ座標策定プロトコルを手動制御することで、敵の入力したエネルギー転送諸元を書き換えたのである。
転送システムはガミラスの技術者が試行を重ねて生み出したもの、発射ベクトルを正反対にしてしまうことなど訳もない。
追い詰められた敵の反撃を封殺する最後の一手が、これだった。その機を見極めるため、"ゼクスデルン"は一隻の僚艦もなしに潜伏し、味方の戦を遠望しながら待ち続けたのだ。
熱線が駆け抜けた後には焼け焦げた残骸が漂い、円筒の陣形に生じた虫食いの痕にも見える。
間もなく、健在な大戦艦に異変が現れ始めた。立て続けの小爆発が装甲を内側から突き破り、やがて船体そのものを飲み込む大火となる。
敵の戦略砲撃は陣を組んだ大戦艦のエネルギー伝導を同調し、機関を過負荷状態にして幾何級数的に出力を増大させるものだ。
構成する一隻でも沈もうものなら、エネルギーの逆流現象が起こって深刻なオーバーロードを引き起こす。今の光景は、まさにそれだった。
容赦のない駄目押しの雷撃を仕掛けたのは、退避したと見せて態勢を整えたユードネ艦隊である。
旗艦"サン・レタティーズ"と戦艦部隊、そして編隊を組んで躍り出るスヌーカが、各々持てる火力を束にしてぶつけた。
大戦艦から迎撃に放たれる筈のビームが、きわめて散発的である。自慢の輪胴砲塔も、伝導系統がずたずたに寸断されていては、発砲どころか旋回もままならないだろう。
発射管を飛び出す魚雷は横殴りの怒涛となって大戦艦を襲い、急降下爆撃がその傷口を拡げる。
巨艦の群れに形作られた砲塔は終ぞ咆哮することはなく、基地に向ける筈だった威力で自らを破壊する羽目になった。容赦のない雷撃が終わった後に残るのは、炎の色をした残影だけだ。
「やったか」
安堵の感情が口をついて出た。”ゼクスデルン"の操舵手が、言葉短かに応じてくる。艦にいる生身の人間はゼーベルと彼だけで、他は皆が管制惑星から載せてきた機械化兵だった。
無論のこと増員を打診されたが、ゼーベルは謝絶していた。ひたすら敵味方の情報収集に努める任務の性質上、身軽な方がやり易い。
孤独を感じることはなかった。むしろ、孤独でない時を過ごしたのは数周期ぶりだ。自分は確かに戦場の味方全てと繋がっていて、その勝利に貢献することができた。
名誉を復するだとか、そんなことはどうでもいい。皆のために、やれることをやれた、それが嬉しかった。
耳障りな警告音が響く。
戦術スクリーン、加速を続けながら近づいてくる二つの光点。敵の空母と駆逐艦だ。航跡からして、重戦艦に率いられていたものだろう。舳先を右方に転じ、加速を続ける。
逃げるためではあるまい。転送砲撃の座標を変えたことで、こちらの位置が割れたのである。
「右方に針路を転じます」
「頼む」
流石に操舵手は場慣れしていた。駆逐艦は空母の左前方を進んでいる。"ゼクスデルン"を前方に出し、駆逐艦だけを引き摺り出すつもりなのだ。
狙いが当たり、いきり立って接近する駆逐艦と一隻同士で対する。二発の量子魚雷を認め、回頭しつつ避ける。
一発は彼方に消え、もう一発は至近弾となるも小破で済んだ。航行に支障はない。
続いて射掛けられるビームを振り払うように、"ゼクスデルン"の主砲塔二基が吼える。艦底に大穴を開けられ、船体上部を分離しようとする相手に、第二斉射を食らわせて火球へと変えた。黒い船体が光に照らされる。
遅れて近づいてくる空母をよく見ると、甲板の所々から煙を噴いていた。艦載機の射出もままならないだろうに、戦闘を諦めないその執念を見、ゼーベルは背筋に冷たいものを感じる。
二十超の魚雷が噴射煙を曳いて飛び、空母の鼻先に突き刺さった。なお前進をやめない敵に追撃のビームを叩き込み、妄念の塊はようやく砕け散る。
が、その破片が意思を持ってこちらに向かってくると見えた。攻撃機、三つの機影。
「対空戦闘」
舷側に備わる対空兵装を全力稼働し、光の壁を押し出して迎え撃つ。流石に、沈む母艦からの脱出を果たした機だ。鋭角的な軌道を描いて光弾を躱す。
根気強く射角を調整した末に一機を落として、ゼーベルは気がついた。敵が積んでいるのはミサイルではない。
足下が揺さぶられた。外部の状況を見てみれば、一機が船腹に衝突し、火達磨と化していた。
否、順序が違う。自ずから火達磨となった機体が突っ込んできたのだ。自爆。道連れ。ガトランティスにとっては当たり前の選択肢。
先程小破となった箇所に突っ込まれた。今は外部装甲が剥がされた程度だが、もう一機来るとなれば相当な被害を覚悟せねばならない。
近づける訳にはいかない。危機感が銃塔にも乗り移ったか、輻輳する対空砲火はついに最後の一機を炎と共に消し去った。
「全機撃墜を確認」
機械化兵の無機質な報告を聞いて尚、ゼーベルの心中から不吉な物が消えない。最後の一機は、本当に何もできぬまま散っていったのか。
ガトランティス。自爆。兵士。地上戦……。
嫌な予感が明確なシルエットを描いた。
「全艦に侵入響報を発令、隔壁閉鎖急げ!」
声を張り上げつつ、ゼーベルは艦橋に通ずる通路の監視モニターを自ら確認する。隔壁を破りながら飛び続ける、鉄のような二つの影。鴨緑色の姿が、その正体を雄弁に語っていた。
ガトランティスの対人戦闘用自律兵器。ゾル星系の開拓惑星で、無辜の民を虐殺して回った悍ましい敵。
元々は基地で放つつもりだったのだろう。機械化兵が幾体も行手に立ち塞がるが、まるで意に介さず薙ぎ倒し、進み続ける。
転送砲撃を逆用した自分を、そうまでして殺したいか。
ウェポンラックから大型ライフルを取り出し、操舵手に身を隠すよう命じた。基地に戻るだけなら自動航行でも構わないが、復讐に猛る敵はこれで終わりとも限らない。舵取りにはまだまだ働いてもらわねばならなかった。
来る。気配が迫る。
艦橋の扉を突き破って乱入してきた影。人間に似た戦闘形態に変わりつつある。その隙を与えず、無心で大型ライフルのトリガーを引き絞った。
甲高い音が艦橋に谺する。単眼の如きサーチライトが砕け、三連装のランチャーを備えた両腕が千切れ飛ぶ。
まずは一体。ゼーベルがそう思った時、もう一体が僚機を盾にしながら戦闘形態への変形を終えていた。咄嗟に右に身を翻し敵の初撃をす。真紅の銛が半ばまで艦橋の壁面に突き刺さる。
こいつを倒せば最早心配はない。残弾を気にすることはない。指に痕が残るほどに引金を引き続けた。脳漿のように破片を散らしながら大きく仰反る敵。
やった。そう思った時、敵の右腕が直角に閃いた。
灼熱。
自分の半身に熱を感じた時、通信状態が悪化したように意識が朧げになる。敵は沈黙したのか。
体の均衡が取れない。左の肩から下にあるべき重さがない。床。顔で触れる。生臭い。
操舵手が血相を変えて駆け寄ってくる。こちらを呼んでいるようなのだが、よく聞き取れない。彼の後方には何故か、青い血を垂らした腕らしき物が見える。
その光景も、闇の中に溶け始めていった。