勝敗が既に定まった戦場において、敵の狂熱は未だに冷めることがない。
艦隊を峡谷から出して艦列を再編しつつ、ネレディアは短く息を吐いた。
喪失、大破した艦は全体の一割程だが、その大半は大戦艦の陣形が瓦解してから生じた被害である。敗北が確定した事実は、却って敵機動部隊の敵愾心を掻き立てていた。艦載機を失った、あるいは甲板をやられた空母まで、ビームと魚雷を放ちながらこちらに向かってくる。
死兵と対することは異様な疲れを指揮官に与える。滅多撃ちにされた大戦艦にしても、八番浮遊大陸の前例が繰り返される恐れがあり、警戒は怠っていない。最後の瞬間まで気の抜けないところだ。
"ゼクスデルン"の危機はそんな折に飛び込んできた。
『散自律兵器の排除に成功するも、艦長は重傷を負い、意識不明。緊急治療の要を認む』
努めて平静を保つ操舵手の声がひび割れている。ゼーベルは左腕を吹き飛ばされたとのことで、咽せ返るような血の匂いさえ想像できる程だった。
操舵手の訴える通り、基地に戻って本格的な治療を行わねば命が危ういのだが、考えうる中で最悪の障壁が立ち塞がっていた。
基地の攻略は不可能だと察した敵の重戦艦が、"ゼクスデルン"に舳先を向けたという。
大勢は決したのだ。転送砲撃の弾道操作を行った"ゼクスデルン"を沈めたところで、勝敗が覆る訳もない。敵もそれぐらいは知っている。否、知る必要さえない。
敵が残っている。自分達の足を掬った小賢しい敵。故に、殺す。それだけだ。
現実にどう対するかに思考が移った。ラーゼンタール、インゲの艦隊は未だ峡谷にあり、ユードネも出口の押さえを放棄できない。マーゲイズとミューラは、残敵の特攻同然の抵抗に手を焼いているようだ。
「本艦が向かう」
迷うこともなかった。 単艦である。疲れ果てた味方を連れて脱落されては困るし、健在な隊には基地前面の敵の背後を突かせたかった。
それは、離脱する"ゼクスデルン"の退路を確保することにも繋がる。
巡洋戦艦に率いられて基地に向かう魔下を横目に、"ランガブルム"は駆け出した。速い。長きにわたる戦闘を経ながら、機関は好調だった。加速と共に描かれる真紅の軌跡を遮って、緑の光条が眼前を切り裂く。
黒く焼け焦げ、崩れ落ちる寸前の大戦艦が、辛うじて動く砲塔からビームを射掛けてくる。
実に三十隻近く、呼び起こされた死霊のように動いて、攻撃を始めた。船体下部が抉られ、内部構造を肋骨のように晒している艦まである。
完全に沈黙した残骸も漂っているのだ。このままでは相当の迂回を強いられるだろう。
「死に損ないが。どけっ!」
その時、背後から高速で飛来するものがある。ネレディアの言葉に呼応したのか、輪胴砲塔を次々と砕き散らした。狙いを過たない対艦ミサイルの群れ。
「識別信号あり。"ベルガナ"です」
艦橋の左右に物々しい発射管を増設した戦艦が艦首を並べてくる。通信などは無いが、何を言おうとしているかは分かる。向こう傷の眩しい、凄絶で艶やかなライヒネスの笑顔がはっきりと見えた。
続く"ベルガナ"のミサイル斉射が、群れをなす敵の各処に襲いかかる。敵の目と砲撃が逸れた隙をつき、"ランガブルム"は最短航路を一気に駆け抜けた。
遮ってくる大戦艦を艦首魚雷で両断し、爆煙を掻き分けて進む。
急げ、死に物狂いで。念じたところで、出力を超える速度が出る筈もない。それでも、"ランガブルム"は応えてくれるような気がした。
やはり、シャンブロウのことを思い出す。あの時とは立場が逆になった。
老兵と少年兵を乗せて座礁した"ランベア"に迫る敵。その背後からただ一隻駆けつける"ヤマト"。その間敵の攻勢を受け止め続けた"ミランガル"ら警務艦隊。
人の生には順番というものがある。自分が誰かのために駆ける順番は、まさにこの時だとネレディアは思った。
重戦艦と交戦する"ゼクスデルン"が見えた。右舷から煙を吐いているが、幸いにも航行に障害は生じていないようだ。
しかし、重戦艦の攻撃は執拗なもので、輪胴砲塔の弾幕から必死に被弾箇所を庇い、離脱の機を掴みかねている。
手負いの獲物を嬲る肉食獣のような動き、その理由はよく分かる。誤射の危険を想起させ、反射衛星砲の援護を封じているのだ。復讐に猛ってはいても、その辺りは授滑なものだった。
「主砲斉射。味方には当てるなよ」
まだ間合いに入ってはいないが、砲撃を命じた。ネレディアには確信がある。
反撃も満足にできない獲物よりも、功名心を満足させる相手の撃破を、敵は優先してくるであろうことだ。シャンブロウにおいても重戦艦は、抵抗手段を持たない"ランベア"を射界に収めながら、"ヤマト"が接近すると標的をそちらに変えたのである。
赤い光条が横合いから飛び込み、重戦艦の艦尾を照らす。舳先を転じた重戦艦の複眼が睨め付けてきた。狙い通りだ。
五連装砲から奔る光の柱を躱しつつ、"ゼクスデルン"の離脱を見届ける。御武運を、と発光信号で告げていた。
戦艦同士の一騎討ち。この星系における激闘の最後を飾ることになるであろうことを、恐らくは敵味方が確信している。
"ランガブルム"と重戦艦は一度の砲撃だけを経て正面に増速し、擦れ違い様に火力をぶつけあった。
艦尾連装ビーム砲と輪胴砲塔、一瞬の交差で弾けた赤と緑の閃光が、相手を捉えきれずに消える。
間合いが開き、双方はどちらともなく円を描きながら睨み合う。砲塔を向け続けながら、火を噴くこともないままだ。
単艦で仕留める肚をネレディアは決めている。増援を待つべきかの判断は際どいところだったが、増えるのは味方でなく敵かもしれない。それでも短くない対峙の形を取ったのは、ある布石を打つためだった。
「どうか?」
「通信完了。制御系統、間もなく本艦へ移行します」
「敵艦に動きあり!」
報告が重なる。敵が正面をこちらの右舷に向けていた。
鎌のような艦首の間から覗く発射管より放たれる魚雷、間断ない五連装砲塔の咆哮。小刻みな回避行動でビームを避けつつ、対空砲群で魚雷を叩き落とす。引きつけて引きつけて、機を見れば鋭く動くのが鉄則である。
砲火を吐き出しながら突撃を始めた敵を認め、"ランガブルム"の舳先を右に急転回させた。鋭峰を受け流しつつ背後を取った、かに見えた時、高エネルギー反応の観測を告げるけたたましい警報が鳴り響く。
転送砲撃、とは言えない。大戦艦の陣形を瓦解せしめた時点でゲシュ=タム・ビーコンの作動は停止させており、もはや艦も航宙機も熱線もジャンプすることはできない。
だが、虚空に向けて威力をぶち撒ける砲撃の反動は、重戦艦の巨体を高速で逆進させた。
「回避行動、下げ舵」
ネレディアは考える前に口走っていた。上下のない宇宙を降下する"ランガブルム"、その頭上を逆巻く熱波が右から左へ通り過ぎる。
敵は熱線を放ちながらスラスターを噴かし、回頭しながらこちらを横薙ぎに焼き払わんとしていたのだ。
もし上方向に逃げていれば、艦底の魚雷が誘爆して沈んでいたかもしれない。敵の下方を潜りながら前に出れば、巨体をロールさせた重戦艦が逆さにこちらを睨む。
轟く五つの砲門。放たれる閃光から逃れるように直進する"ランガブルム"を重戦艦が追う。
餌をちらつかせて敵を誘い込んでいる、という形ではある。しかし、妄執に急き立てられる敵の勢いは凄まじく、僅かでも針路を誤れば足を食い千切られるとすら思われた。
ひたひたと迫る破壊の足音に背を向け続けることに、耐える。艦の皆がそうだ。散々に撃ちかけられながら艦尾の小破判定しか出ていないのも、操艦と応急処置が巧みにして迅速である証だった。
所定の宙点にようやく辿り着く。ネレディアは旗艦ごと振り向いて敵と正対した。上下を戻した敵。目玉と複眼の光がぶつかって火花を立てる中、静かに命じる。
「中継衛星を選択」
決着の時を手繰り寄せんと、重戦艦が先手を仕掛けた。五連装砲から迸る緑の火線、それと共に飛来する量子魚雷の光。
"ランガブルム"が沈黙している筈もなく、二基の主砲に真紅の輝きが灯る。砲火と砲火が眼前の宇宙を切り刻んだ。
"ランガブルム"の応射は激しいものだったが、ほぼ全てが敵の傍をすり抜け消えてゆく。一見、重戦艦からの攻撃を回避しながらのものであることが、災いしているように見える。
腰が砕け、正面から撃ち合うことも叶わぬ奴。嘲る敵指揮官の顔が透けて見えた。
量子魚雷の至近弾を食らい、主砲塔が一基もぎ取られた。残るもう一基で限界まで撃ち続ける。当たらない。
耐えかねたように、"ランガブルム"を微速後退させる。重戦艦は追ってこない。艦首の顎を開き、膨大な熱量を一箇所に集中させていた。
致命の一撃が来る。直前。
重戦艦の背後で赤い星が次々と瞬く。その輝きは光の槍となって加速し、重戦艦に背後から突き刺さった。
戦場を俯瞰しうる存在ならば見えたことだろう。"ランガブルム"より放たれ た光条が反射衛星砲の中継衛星を幾つも経由し、急角度を描いて標的の元に舞い戻った様が。
誤射を恐れて撃てないだけで、反射衛星砲という迎撃システムは生きている。それを忘れた重戦艦は、一度入れば二度と出ることの叶わない重囲に踏み込んでいた。
砕かれる輪胴砲塔、風穴を開けられる飛行甲板。そして、量子魚雷の発射管を備える艦橋構造物が直撃を食らった時、一際巨大な火柱が立ち上って、均衡を崩した重戦艦が大きく仰け反った。
あらぬ方へ撃ち出された熱線が敵を捉えることもできず、彼方へと虚しく消えてゆく。
温存していた魚雷の一斉射を、ネレディアは命じた。これが最後であるとの確信が、艦橋に響く声に滲む。
無防備な艦底を曝す重戦艦に、二十を超える魚雷の牙が突き立った。装甲に走る罅は瞬く間に広がり、艦内を蹂躙する炎が溢れ出す。
その形象を半ば崩壊させながら、それでも重戦艦は舳先をもたげ、五つの砲門を向けようとする。
"ランガブルム"が再び映えた。第二斉射は、介錯に他ならなかった。
沈めた者、沈められた者。それらに数倍する巨大な火球は光源となり、常闇の宇宙を激しく明滅させる。
それが掻き消え、戦域に静寂が帰ってくるその時まで、ネレディアは目を逸らさないでいた。
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中継港として軽備される只中の浮遊大陸に、ネレディアと"ランガブルム"は乗り入れた。
決戦から半周期、ザイフリッツ星系から戦塵の気配は未だ消えていない。内部が完全に破壊された大戦艦の群れ、その骸は未だ漂い続け、星系の一画を鴨緑色で染めている。
それでも、新たなる旅立ちを期して邁進する者達がそれを見上げるのは、たまの息抜きで腰を下ろした時だけだ。
滅びを定められた惑星ガミラスからの大移住計画。一般市民にはまだ伏せられているが、それは確かに動き始めている。
母星が死に瀕しているとの発表に、ネレディアも耳を疑ったものだが、舞い戻ったアベルト=デスラーと現政権首脳部によって公表されたデータは、それが避けられないものであることを示していた。
長きにわたるガトランティスとの戦いが終わったガミラス軍だが、やはり多忙な日々が待っていた。
ザイフリッツ星系で行われているような停泊地の整備を始め、新天地探索の航路策定、輸送船団の護衛、未知の勢力による襲撃を想定した演習に戦術シミュレーションと、やるべきことは幾らでもある。
今日、ネレディアがマーゲイズと対面する機会を得たのも、戦友同士久闊を叙するというものではない。時間に追われる二人の予定が、偶然、きわめて短い間重なっただけである。
「"ジナイゼル"の整備が終わればすぐに本星へ発つ。各地に散っていた戦力がサレザーに集結して、その再編もようやく目処がつきそうだよ」
「弱音を吐くまいと思ってはおりましたが、やはり手が足りない不安は付き纏うものです。それが少しでも改善されるとなれば」
「期待していてくれ。おお、そうだ……未だ内示の出ていないことだが、近日中にゼーベルが軍務に復帰する」
「早いですね」
「折角拾った命で、早く皆の役に立ちたいと」
戦闘終盤、基地の集中治療室に運び込まれたゼーベルは一命を取り留めた。
帰投して見舞いに行った時、装着した義手を掲げながら微笑むゼーベルを見て驚いたものである。作戦が始まる前より、血色が良くなっているようにすら見えたのだ。
あの戦いに参加した指揮官達は今、それぞれに為すべきことを見出している。ラーゼンタールは生家の伝手で移民船の増産体制確立に貢献し、ユードネは歴史学の見地から探査会議に参画。
インゲは先の戦いを最後に退役したが、在星軍人会の一員として、移住に向けた機運の醸成に尽力している。
インゲの担っていた新兵育成の任務は若手指揮官達に引き継がれたが、ミューラもその一人だった。規模的な縮小を免れないこれからのガミラス軍にとって、彼らの磨いてきた艦隊運用のノウハウは欠かせないものとなるだろう。
ライヒネスはバラン星にあるゲシュ=タムの門の守備責任者に就任し、現在構想されている移設計画にも携わっているという。
当のネレディアはどうかといえば、決まった任地を持たぬ遊動的な立ち位置にあった。一度命が下れば、大マゼランの内外を問わず駆け巡り、所定の任務を果たして次に赴く。
落ち着かない役回りだが、ネレディアとしては気に入っていた。性に合っている気がする。
二人の座す窓の外、球型ユニットを連ねた輸送船が出航するのが見えた。
「ガミラスは変わる」
重々しく、というよりしみじみとマーゲイズは口にする。
「これまでもガミラスは変転の渦中にあったが、今後はそれに拍車がかかることだろう。良きか悪しきか、分かるのは事が起きてからだ」
「ですが、少なくとも前には進めます」
ネレディアが語を継いだ時、マーゲイズはカップに入った飲み物を飲み干していた。まだ冷め切ってはいなかったが、それを待つほどの暇もないということだ。
「進む先が暗闇だろうと、落とし穴だろうと、立ち止まって滅びを待つよりは余程いい。我らガミラス軍人の本懐とはつまり、その背を押すことにあると小官は思います」
実のところ、国家の大事について語ったつもりはない。数多の悔いと未練を抱えながら、自分はそうしてきたというだけだ。
同時に、ガミラスの武を担う一人として自分が為しうることとは、やはりそれだろうとの思いもある。死線の先へと一歩踏み出し、また新たな戦場に飛び込む。
それこそ、ネレディア=リッケの足跡だった。
「そうか、そうだな。深みから引っ張り上げるのも我らの仕事か」
納得したようにマーゲイズが頷いた。ネレディアの考えと違う捉え方をしたかもしれないが、それもマーゲイズ自身の見出した答えである。
「これから輪をかけて忙しくなるぞ。任務を回すにあたって手心を加えるつもりはないので、覚悟していただこう」
「楽しみにしております」
マーゲイズと別れ、"ランガブルム"の係留される桟橋へと歩いてゆく。
見上げれば、そこには死闘の繰り広げられた星空が広がっていた。凍える闇と、手の届かない淡い光に満ちた、冷淡な世界。生ける者を悉く拒み、撥ね退ける、静寂の海。
だがネレディアは、そこに掴み取るべき何かがあると言じて疑わなかった。また、この海に出たい。そう思った。