貴女は、自分を犠牲にして。
誰かのためにと奔走して。
世界の中心で囚われて。
「ヒジリ。魔法はね、誰かを幸せにするためにあるの。だからね、ヒジリ。決して、誰かを傷つける使い方を、しちゃだめだよ」
「分かりました、母上」
それならば。
貴女のことは、誰が幸せにするのだろう。
貴女を犠牲に、他の全てが幸福となるのなら。
そんな世界は、必要ない。
私の心に燻る炎は、日に日に燃え上がっていった。
だから。
できるとわかったのなら。
私にやらないという選択肢はなかった。
世界よ滅べと。
魔女と化した私は嗤ったのだ。
「おはよう、ミサオさん」
「おはようございます。ベッドをお借りして申し訳ないです」
「構わないさ。元からソファで寝る方が多い日々だ」
「それはそれで……」
「ちょっといい?居候になるから、家事くらいは手伝うつもりなんだけど、相談させてほしい」
「そうか。なら朝食がてら話すとしよう」
匿われることになって二日目。
私は、久々にソラと一緒に眠った。
ソラは小さいから、抱き枕にちょうどいいサイズなのだ。
参考までに、私は159㎝ほど。
ソラは私の頭一つ分小さく、138ほどしかない。
同い年だけれど、身長差が激しい。
それは前世からそうではあったけれど。
相変わらず小さい。
「とはいっても、二階の書斎にだけ入らなければいい。正直、他の場所は手が回っていなくてな……ハウスキーパーを雇うか悩んでいたところだった」
「あっそ……二回の突き当りの部屋?」
「ああ。持ち帰った仕事とかがあそこにあってな」
「じゃ、それ以外はなんかテキトーにやっとく。あと、鍵作ってもいい?」
「万が一の合い鍵がある。それを使え」
「なんだ、あるんだ。お言葉に甘えて借りることにする」
「だが外に出ても怪しまれるだろう。
「そこはそれ、私には手段があるってワケ。なんだっけ、覚醒者だっけ?私がそれなのは分かってるんでしょ?」
「まあな……出かける時は気を付けろよ」
「分かってる」
それはさておき。
手伝う家事は、無いように見えて多いようだ。
ミサオが仕事に出ている間、私たちは家で家事を済ませる。
どうにも散らかっているから、大仕事になるだろう。
「あと、これを」
「……ケータイ?」
「元々複数保持している私用のもので、そのうちのひとつだ。私が普段持ち歩いている端末と連絡がつくようにしてある」
「至れり尽くせりね。あんた、自分の人生棒に振ってるのよ?」
「知っているさ。それでくたばるなら、私はそれまでの人間だったというだけだ」
「全く……長生きしなさいよ」
私は携帯を受け取って、使い方を色々聞く。
端末によって異なるからね。
「さて、それでは行ってくる。カップ麺などの類は常備してあるはずだが、足りなかったら連絡をくれ」
「私の眼が黒いうちはカップ麺なんかで誤魔化さないわよ。あんたも、夜はまともな食事を作ってあげるから無事に帰って来なさい」
「はっ、随分と懐かれたな」
「アンタは信用できる。それだけ」
ミサオという女は、信用できる。
だから、少しだけ気を許すことにした。
ソラを守るうえで、この人と友好関係を結ぶのは悪くないから。
「ヒジリちゃん、もうちょっと言葉遣いなんとかしよ……?」
「いや、構わない。生意気な姪っ子が出来た気分だ」
「誰が姪っ子よ。おばさんって呼んであげようかしら」
「はは。とっくに30も超えてるんだ、構わんよ」
「無敵?」
ともかく。
私はここを拠点に動くことにした。
基本はソラにお留守番をさせる。
当然、色々と対策してからだけど。
「それから、買い物に行くなら金も置いておく。2万マドカもあれば十分か?」
「2万もあれば日々の日用品を買い足すのに一か月保つわよ……」
「そうか。人が増えても費用がトントンで済みそうだ」
「あんたねえ……まあ良いわ」
こいつ、時短目的でバカスカ出前を頼んでそう。
私の魂に火がついた。
「ソラ、留守番お願いね。色々買い物とかしちゃうから」
「う、うん……気を付けてね……?」
「大丈夫。ソラは私が守る。ソラを守るためにも自分の身も守る。ね?」
「ほんとうに……?」
「ホントホント。今は孤立無援だからね、ほぼ」
「くっく……確かにな」
「あんた笑えた義理じゃないでしょ。バレたら一緒に地獄行きよ」
「分かっているさ」
私はミサオと時間をずらし、誰も外にいないことを確認してから外に出ることにした。
ソラと一緒にいたい気持ちはやまやまだったけれど、インスタントなんて食べさせるわけにはいかないのだ。
ソラは自分の食事をおざなりにする傾向がある。
だからいつまで経っても小さいのだ。
そうに違いない。
それはそれとして、変装を開始する。
髪型は変えて、ヒールで身長を誤魔化して、化粧で少し老けさせる。
服装は体形が分かりづらくなるようにダボっとさせて、完成だ。
それから防犯対策して……さぁ、買い物に出かけよう。
「じゃ、行ってくる」
「うん……気を付けてね」
私は、そのまま出かけた。
いきなり事件に巻き込まれるのも知らずに。
変装は上手く行っていた。
補導などされることもなく、上手く溶け込んでいた。
まあ、意識を誘導したのは確かだけど。
だけども。
どうしてもどこかに関わるという以上、範囲攻撃をされては巻き込まれざるを得ない。
「金を出せェ!!」
スーパーに立ち寄り、会計を済ませようとしたところ。
強盗だ。
しかも複数犯。
私のエンカウント率はどうなっている。
数日前に暴漢に襲われたばかりだというのに。
勘弁してほしい。
私は影を薄めて、混乱に乗じて逃げようかとも思った。
お金使わずに済むし。
だけど、それを見たら話は変わった。
炎。
犯人グループの一人の手から、炎が湧き出る。
ああ、覚醒者とやらか。
そう言えば新聞でも見出しに出ていたな。
そんな感想を抱きながら、私は出口までもうすぐのところで、踵を返した。
炎はダメだ。
アレは、とても苦しい。
「風よ、
私の力は魔法。
絵空事を現実に映し出す、幻想の力。
私は何だってできる。
なんだってなれる。
呪文ひとつで、私は世界に干渉する。
「なっ?!」
「ちょうど良いわ。実戦感覚を取り戻すには」
火は、薪が無ければ燃え続けることはできない。
それは世界の理だ。
それを覆すことは、神か、神を嘲笑う魔女の御業だ。
「んだテメエ……」
「30秒ね」
敵は五人。
武装はナイフや鉄パイプ、金属バット。
銃器の類は無い。
この未熟な体での肩慣らしには、ちょうど良い。
耐久強度増強、脚力増強、瞬発力増強。
さぁ、肉弾戦の時間だ。
『――本日昼頃、神成町のツクリヨスーパーにて……』
「君だな、これは」
「……相手が覚醒者だったから。警察が付くまでに被害が大きくなってたでしょ」
「だからと言って犯人グループを殴り倒して制圧する奴があるか。目立ってどうする」
「それは……うん」
帰ってきたら、頭の痛い出来事が発生していた。
何をやっているんだ、この少女は。
まあ、この子なりの正義感などがあるのだろうが。
「この件について、私も担当することになったんだが」
「それは、ごめん」
「全く……誤魔化しはしないが、これが君だと露見しないようには振舞う」
ともあれ、この子がただの冷血漢ではないことを確認できただけでも良かった。
それに、だ。
料理がおいしい。
誰かに出迎えられて、食事を共にできるというのは、得難いことだ。
「このカレーは君が?」
「お米はソラがやったわ。鍋で炊くの上手いのよ」
「えへへ……炊飯器で炊くより美味しいんです」
「確かに、美味い」
誰かと食卓を共にするというのは、本当に、本当に久しぶりだ。
「じゃなくて……!ヒジリちゃん、無茶しないでって言ったよね……?!」
「無茶じゃないわよ。できる範囲」
「ヒジリちゃんはできるからって平然と色々と犠牲にするから……!」
……家族のぬくもりとは、こういうことを言うのだろうか。
目の前のやり取りが、微笑ましくてたまらない。
「まあ、なんだ。できる限りは控えてくれ。流石に活動範囲が絞られては庇うのも難しい」
「……分かった」
まあ、ヒジリも自分の非は認めているのだろう。
申し訳なさそうに目を逸らしていた。
「自分でもやらかした自覚はあるんだな」
「……ついカッとなってやっちゃったのよ。炎を見てね」
「捕まったのが炎を出す覚醒者とは聞いていたが。何かトラウマが?」
「……まあね」
「え、そうだったの……!?」
「昔の話よ」
火にトラウマか。
だが料理はできている。
何かしら条件があるのだろうか。
……あまり深入りすべきではないが、何か問題があれば聞くことになるだろう。
「それで、二万マドカで足りそうか?」
「食費だけなら足りる。他の消耗品も含めたら時々足が出るかも。ま、とんとん?」
「念のため、もう一万渡しておこう。他に服も必要だろう」
「……ありがと。順調に転落の道歩んでるけど大丈夫?」
「いよいよマズくなったら売り渡すさ」
「……あっそ」
そんな気は毛頭ないが。
「しばらくは帰宅できる。が、玄関カメラを確認してから出ることを徹底してくれ」
「もちろん。ソラも分かった?」
「うん……うぅ、悪い子になっちゃったよぉ……」
「世の中の方が悪いのよ」
「我が強いな、君は」
同日。
極東連邦治安維持局・神成支部にて。
「どう見る」
「ただの強化系覚醒者ではないと思います。相手の火が消えているのが不可解です」
「だよなあ」
とあるスーパーで起きた、強盗未遂事件の検証を行っている者達がいた。
今見ているのは、監視カメラに写っていた一幕。
「複数持ちか?」
「あり得なくはないかと。既に実例がありますし」
「……《原初の覚醒者》か」
相手の覚醒者の能力を封じ、肉弾戦で瞬く間に制圧した女性。
目撃証言から、恐らくは成人女性。
ただ、身長はともかく、体形が判然としない。
そういうファッションか、はたまた偽装か。
先日脱走した覚醒者のこともある。
どこかで覚醒者が組織立って動いている可能性も否めない。
「不穏な動きが無いかも調べないとな」
「覚醒者の組織行犯罪なんて、恐ろしくて夜も眠れませんからね……」
そんな動きは無いと先日調査したばかりだが、再調査は必要だろう。
そう思い、警官たちは手はずを整える。
その最中、一人の警官が思い至る。
「そういえば脱走した覚醒者の女の子、いたじゃないですか。この女性だったりして」
「可能性として頭に留めておいてもいいだろうな。体形が判別できない以上は」
「結構痩せてそうっすけどね」
「ま、捜査の基準として挙げておこう」
どちらも、フィジカルが強いという共通点がある。
強化系は覚醒者の中でも多く見受けられるとはいえ、覚醒者自体がそもそもそう多くはない。
同一人物である可能性は十二分にあった。
「にしても、覚醒者の件が世にバレたのは困ったな」
「色々問い合わせとかマスコミとか、面倒くさいっす……」
「これも公務員の務めだ、がんばるしかあるまい」
それはそれとして、今世間を騒がせているニュースが、大変面倒なことになっている。
内部の者しか知り得ない映像なども流れており、内部の情報をすっぱ抜かれていることが明らかとなった。
治安維持組織たる警察や、そのお上の政府は頭を抱えた。
せっかく十年ほど秘密にしていたのに、という思いだ。
「どこから漏れたか捜査は進んでるんだったか?」
「どうやら脱走した女の子が一枚噛んでるっぽいことは判明したらしいですよ」
「女子高生のスペックじゃないだろう、もはや」
「最近の子は怖いですね~~」
それもこれも、脱走した少女のせいだということに気付き、何かいけないモノでも踏んでしまったかのような感覚に陥る。
「はた迷惑なことをしてくれたもんだ」
「まあ、隠蔽も限界でしたけどね」
「タイミングバッチリですよ」
「だからこそ、件の少女は最優先事項として設定されたんだが」
だからこそ、だろうか。
警察は、政府は順調に取るべき手段を間違えて行った。
行うべきは、捕縛ではなく、対話だというのに。
己の秩序と正義を信じ続けて、間違えたのだ。