銀翼の暗殺者【ログホラ二次創作】   作:おべ

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1話 放蕩者の茶会

 

 

空の色が、いつもより深かった。

〈アキバ〉から少し離れた丘の上、放蕩者の茶会のメンバーたちは、最後のキャンプを張っていた。

風が吹くたび、焚き火の火が揺れて、夜空の星と混ざり合う。

まるで、燃えるような想い出が空へ散っていくみたいだった。

 

カズ彦が木の幹にもたれかかりながら、大げさなため息をついた。

「結局、解散なんて言っても、またどっかで顔合わせるんだろうな。おれたち、根っから落ち着きがねぇし。」

その軽口に、誰かがくすりと笑う。

ナズナが「そうかもね」と返し、秧鶏が「でもそれでも、今夜はちゃんと“区切り”にしよう」と静かに言った。

穏やかで、それでいてどこか寂しげな声音だった。

 

秧鶏——どんな場面でも笑みを絶やさず、誰よりも空気を読める人。

転生前の私が画面越しに見ていた“彼女”そのままの温かさが、今ここに息づいている。

現実とは違う、でも確かに“生きている”笑顔。

それが、たまらなく不思議だった。

 

カナミが立ち上がった。

リーダーという言葉がよく似合う、あの明るく真っ直ぐな女性。

軽く腕を伸ばし、両手を腰に当てて皆を見回す。

「まー、解散っていっても、寂しがる必要ないよね! みんな強くなったし、次に会ったらもっと面白くなってるはず!」

その声に、カズ彦が「お前はいつもポジティブだな」と笑った。

「だって、後ろ向いても時間は戻らないでしょ?」

カナミはそう言って、屈託なく笑った。

 

……本当に、この人は太陽みたいだ。

原作で“カナミ=世界の中心”と言われた理由が、今ならわかる。

その笑顔ひとつで、場の空気が変わる。誰もが少しだけ前を向ける。

彼女は光であり、放蕩者の茶会はその光に集まった星々だった。

 

私は、少し離れた岩の上に腰を下ろしていた。

昔から、アカツキというキャラクターは物静かだった。

だから、私もその姿勢を守ることにした。

けれど内心は、穏やかではなかった。

目の前で交わされる言葉の一つ一つが、記憶と重なっていく。

“この夜の後、みんなは散っていく。”

その結末を知っている自分は、ただ静かにその時間を味わうしかなかった。

 

焚き火の向こうで、KRがカズ彦に何かを投げた。

「おい、今夜くらい飲もうぜ。リアルじゃ未成年だが、ここじゃ関係ねぇ。」

「おいおい、エルダーテイルで酒とか意味あるかよ。」

「気分だよ、気分!」

彼らの笑い声が夜に溶けていく。

それを見て、カナミも笑いながら手を叩いた。

「いいね、最後の夜会っぽいじゃない!」

 

私は、そんな彼らの姿を眺めていた。

胸の奥に、熱いものがゆっくりと満ちていく。

ああ、これが「青春」なんだ、とふと思う。

どれほど仮想でも、どれほどデータであっても——この瞬間に宿る“感情”は、本物だ。

 

やがて、カズ彦がこちらを見た。

「アカツキ、お前はどう思う? この茶会が解散するって話。」

突然の問いに、少し戸惑う。

だが、言葉は自然に出た。

「……解散しても、道は続く。みな、別の旅をするだけです。」

「ふむ、らしいな。ま、そうかもな。」

カズ彦が満足げに笑い、秧鶏が優しく頷く。

カナミが私に向かって指を立てた。

「さすがアカツキ! 相変わらず言葉に重みがあるよね。」

「……そうでしょうか。」

「うん、でも私はね、“別れ”って、次に会う理由を作るためのイベントだと思うんだ。」

その言葉に、焚き火の火がぱちりと弾けた。

 

私は、心のどこかで微笑んでいた。

——その“次”が、どれほど遠い未来になるか、私は知っている。

でも、知らないふりをする。

この夜だけは、純粋な仲間として、放蕩者の茶会の一員として。

 

時間が過ぎるにつれて、皆の声が少しずつ落ち着いていった。

焚き火の火も小さくなり、あたりは静寂に包まれる。

シロエが一言、「そろそろお開きにしよう」と言い、立ち上がる。

その背中は、いつもより少しだけ小さく見えた。

彼の中にも、きっと多くの想いがあるのだろう。

その全部を抱えて、彼はこの世界で“策士”と呼ばれるようになるのだ。

 

私はそっと、立ち上がってカナミのそばに近づいた。

「カナミ。」

「ん? どうしたの、アカツキ。」

「あなたがいたから、みんな笑っていられた。ありがとう。」

「なにそれ、急にしおらしいじゃない。」

「……伝えておきたかっただけです。」

カナミは少し驚いた顔をしたあと、にこりと笑った。

「また会えるよ、アカツキ。私たちは、そんな運命なんだから。」

 

その笑顔が、眩しかった。

私の心の奥に、何かがふっと灯る。

人間だった頃の“私”が、かつて失ってしまった何か。

ここには、それが確かにある。

 

焚き火が消えかけ、カズ彦が最後に口笛を吹いた。

その音が、夜の草原に吸い込まれていく。

秧鶏が軽く手を振り、シロエがログアウトの準備をする。

それぞれが、次の世界へ向かうために動き出していた。

 

私は最後まで残った。

画面に映るアバターたちが、ひとり、またひとりと光の粒になって消えていく。

その光が流星のように散っていく中で、私は独り呟いた。

 

「放蕩者の茶会……いい名前でしたね。」

 

最後の光が消えると、夜空だけが残った。

静かで、澄んでいて、それでいてどこか胸が締め付けられるほど美しかった。

 

この夜が終われば、皆、別々の旅を歩む。

それでも私は信じていた。

——この縁は、いずれまた巡り合う。

それがこの世界の“物語”なのだから。

 

私はログアウトのボタンに指を伸ばした。

その瞬間、心の中で誰かの声が囁いた。

 

「次に目を覚ました時、もう“ゲーム”じゃない世界が始まる。」

 

胸の奥で微かに鼓動が響く。

私は、静かに目を閉じた。

 

焚き火の残り香と、笑い声の記憶を抱きしめながら——

新しい夜明けへと落ちていった。

 

 

 

夜のアキバは、不思議な静けさに包まれていた。

けれど、あの賑やかな焚き火の音がもう聞こえないだけで、世界の音が少し遠く感じられた。

 

アカツキは、街の屋根の上に立っていた。

下を見下ろせば、露店の明かり、通りを歩く冒険者たち、ギルドの勧誘を叫ぶ声。

そのどれもが現実のようで、どこか空虚だった。

 

「放蕩者の茶会は、強すぎたんだ」

 

KRのそんな言葉が、まだ耳の奥に残っている。

確かにそうだった。

誰もが信頼し合い、戦い、笑っていた。

だが、完成してしまったチームには、もう“成長”の余地がなかった。

その完璧さが、逆に居場所を奪っていった。

 

私は、ひとりになった。

野良として旅をすることを選んだのは、自分の意志だ。

けれど、選んだはずの孤独は、思った以上に重かった。

 

パーティ募集掲示板の前に立つ。

「中級レイド攻略」「砂漠の迷宮」「素材集め」――

どれも茶会時代に比べれば、ずっと小さな戦い。

だが、それでいいと思った。

誰かの背中を守りながら、静かに剣を振る。

そこに、小さな達成感があった。

 

ある日、森の奥で野良パーティの一員として戦っていたとき、

私はふと、自分が“アカツキ”として動いていることを強く意識した。

跳躍、斬撃、回避。

身体が勝手に動く。

憑依前の自分よりも正確に。

だが、その動きの奥には、確かに“私”の思考が混ざっていた。

 

「あのとき、彼ならこう動いた」

「この敵の次のスキルは、五秒後に来る」

 

原作知識を頼りにしていたつもりが、

いつの間にか、その知識が現実に“追いつかない”ことを知った。

敵は、ゲームのAIよりもずっと生きていた。

息づき、怒り、恐れを持っていた。

 

戦闘が終わると、パーティのひとりが笑顔で声をかけてくれた。

「すごいね、アカツキさん! 動きが速すぎて見えなかったよ!」

私は一瞬、返事に詰まる。

笑顔を返すのが、少しだけ怖かった。

 

この“笑顔”の裏にある感情が、データでなく心なら――

私は、いったいどこに立っているのだろう。

 

野良として旅をする日々。

知らない街を歩き、知らない人々とクエストをこなす。

茶会の仲間たちは、それぞれ別の場所で活動しているはずだ。

KRはレイドに、カズ彦は遠征に、カナミは海外サーバーへ。

皆、前へ進んでいる。

それを思うと、胸の奥がちくりと痛む。

 

夜、野営地で一人の時間ができると、私は剣を磨く。

その刃に、焚き火の明かりが映り込む。

炎のゆらめきが、まるで過去の残像のようだった。

 

「アカツキ、お前はどう思う?」

「解散しても、道は続く。」

 

あの夜の言葉が、繰り返し心に響く。

道は続いている。

だが、どこへ向かえばいい?

 

“シロエ”――

その名前を思い出すたび、胸が静かにざわめく。

彼がまだアキバにいるのか、どこで何をしているのか、私は知らない。

だが、どこかで確信していた。

いずれまた、彼と出会う。

そのとき私は、彼の隣に立つにふさわしい自分でありたい。

 

だから、歩き続ける。

 

草原を渡り、雪山を越え、海辺の街で小さな依頼をこなす。

人を助け、時には裏切られ、時には感謝される。

野良という孤独な立場の中で、私は少しずつこの世界の“温度”を知っていった。

 

それは、プレイヤーではなく“生きる者”としての実感だった。

痛みも、疲労も、戦いの手触りも、すべてが本物。

誰かが笑えば、心が温かくなる。

誰かが死ねば、胸が冷たくなる。

 

その全てが、ゲームではない。

私は、もはや知識ではなく感覚でそれを理解していた。

 

ある夜、クエストの帰り道。

空を見上げると、星が一面に広がっていた。

昔、放蕩者の茶会の夜にも見た星空。

けれど、今見るそれは、まるで別のもののように感じられた。

 

「ここは、もう“あの時の夜空”じゃない。これが、私の“現実”なんだ。」

 

誰にともなく呟いた言葉が、夜風に溶けて消える。

その瞬間、遠くの地平線で、光が瞬いた。

まるで、何かが始まろうとしているように。

 

その光が、後に私をウィリアム=マサチューセッツへと導き、

〈シルバーソード〉という名の新しい居場所へ繋がっていくとは、

このときの私は、まだ知らなかった。

 

ただひとつ確かなのは——

孤独の中で歩くその時間こそ、アカツキが“自分”を取り戻していく旅の始まりだった、ということ。

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