【完結】うお……貞操逆転世界魔法少女物はちょっと盛りすぎ…… 作:しゅないだー
ラーメンと焼肉ってどっちも美味しいじゃん。
でも一度に両方出されてもなんか損した気分にならない?
胃もたれするって言うか、一つ一つをじっくりと味わいたかったって言うか。
まあ何が言いたいかというと。
貞操逆転物と、魔法少女物と。どちらかにしてほしかったんですよ。
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3限終わりのチャイムで席を立つ。
100人は優に入る講義室を見回しても、そのほとんどは女性。
男性は自分含めて固まるように座っている10人少々しかいない。
否が応でもひしひしとした視線を感じる。なんかこう、獣が獲物を品定めするような、熱を持ったねっとりとしたそれ。
隣で何かぞわりとした物を直感的に感じたのか、身震いしながらも友人が俺を引き止めるように袖を引っ張ってくる。
「なあ
「僕はやめとこうかな、今日バイト入ってるし」
「あの中華屋だっけ?俺達って黙ってても貢いでくる女は山ほどいるのに、なんであくせく働くんだよ」
"前世"の価値観であれば「何だこの最悪のヒモみたいなカスは」と思うかもしれないが、"今世"はこれが普通である。
女性は男性を養うものである、と。
「社会勉強も大事だよ、それに楽しいし」
「ふーん。結局行き着く所は俺もお前も主夫なのにな」
理解しかねるという顔を向けられながらも、誘いをそう断って荷物をまとめた。
大学生活も2年目となると、それなりに慣れてくる。
バイトは上々、単位もフル単、サークルは面倒臭いから入ってないけど。
友人もそれなりにいて、教授方からの評判も良い。彼女はまだしばらくいいや。
というのも。
「ひ、
授業終わりの小レポートを提出して、講義室を出ようとした時。
顔は真っ赤、首筋に汗を伝わせながらも「緊張なんかしてませんよ?」とでもいうように気安い口調でそう声を掛けられた。
男慣れしていないのが手に取るように分かる。
確か同じ授業を受けていた女の子だった、グループワークで一緒になった時少しだけ話した事があったっけ。
数秒置いて、やっと顔と名前が一致する。ここ多過ぎるんだよ、女の子が。
少し視線を向ければ、彼女が座っていたと思しき机の辺りに数人固まって俺の返答に耳を澄ましている。
別に行ってもいいんだけど今日は先約があるし、またにしてもらおう。
「嬉しいですけどごめんなさい、今日はバイトがあるんです。また誘って下さいね?」
心の底から残念だと感じているような憂いを帯びた眼差し、貴女のお誘いを本当に嬉しく思っていますよと言わんばかりの優しげな声色。
ああ、今日の俺も完璧だ。
「あ、うん!絶対、絶対誘うからね!?」
断られた落胆と脈が無い訳ではない事への安堵が入り混じったような、味わい深い表情を見せてくれた。
目の前の彼女、そして後ろの方に控えていた数人にひらひらと手を振ってその場を後にする。
「はあ、本当顔が良い……どこでバイトしてるんだろ……」
「び、尾行しちゃう?」
「いや、それは流石に犯罪でしょ」
物騒なひそひそ声が聞こえてくるので気持ち足早に講義室の扉から脱出した。あんまり調子に乗り過ぎるのも良くないな。
男女比1:10。
転生したら男ってだけでちやほやされる世界だったのでもう最強無敵なんすわがはは、ってやつである。
貞操観念も逆転してるので何なら向こうの方から必死こいてアプローチしてきてくれるんすわがはは、ってやつでもある。
俺の知ってた現代日本とは少し違う歴史を歩んでいたこの世界は、まさに男の夢だったと言えよう。
物心ついた時から前世の価値観がしっかりと消えずに残っていた事もあり、割と美味しい思いをしながらこれまで暮らしてきた。
幸いな事に、男ってだけで希少価値マシマシなのにそれなりの身長、自分で言うのもなんだけどかなり仕上がってる顔面を持って生まれてきたのもある。
ただ、虚しくなった。そして自問した。
そんな雑な事でいいのか、と。
せっかく麗しき女性の皆様方がちやほやして下さるのに、お前はそんな状況に胡座をかいて研鑽を怠っていいのか、と。
駄目だろう。
ちやほやされるに相応しい、皆様の生活に潤いを与えられるような男にならねばと決意して今に至る。
ただやたら露出を増やして気を引こうってのはどうも下品で好かない。
俺がやりたいのはもっとこう気品と余裕があって……憧れるけど自分なんかとてもとても……って感じの。
そう、清楚なお姉さん。
前世でもずっとそういう感じの人がタイプだったんだよな。
でも貞操逆転世界にはそんなものいない訳だから、絶望するしかない。
じゃあもう自分でやるしかないじゃん?清楚なお姉さんならぬ、清楚なお兄さんを。
そんな世界で、俺は大学2年生として毎日を面白おかしく過ごしている。柔らかな笑顔で同級生をどぎまぎさせ、近所のおばさま方に爽やかな挨拶と愛想を振りまき、皆様の生活の端々に潤いを与えている訳だ。
友人連中には「お前本当にいつかマワされるぞ」だの「生肉を身体に括り付けてライオンの檻の中で踊っているバカ」だの「女に都合の良いエロ漫画の登場人物」だの散々な言われようである。
まあ実際、女性に襲われちゃう男性もいない事はない。げに恐ろしきは性欲である。
ただ大事なのは
事実、大学に入って以来告白された事は一度もない。なぜならお互いがお互いに牽制し合って、女性の中で俺が不可侵領域みたいになってるから。
抜け駆けして俺に粉をかけようもんなら恐らく袋叩きに合う。怖いね。
まあとどのつまり、高嶺の花やってちやほやされるの気持ち良い〜〜〜!!って事ですよ。
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「お、当たった」
バイト先に向かう途中、いつも缶コーヒーを買っていく自販機で珍しく当たりが出た。同じ物2本というのも芸がないし、無難にオレンジジュースを選んでまた歩き出す。
店長にでもあげようかな、と片手で弄びながら人気のない路地を行く。
バイト先が盛り場に近い事もあって、あんまりこういう道を通るのは良くないがついつい時短のために利用してしまう。
薄暗く入り組んでいて、もし何かあっても「まあ男が一人でこんな所を歩いてるのも悪いよねぇ」なんて言われてしまいそうだ。
だからそんな道に恐らく自分より歳下とはいえ女性が立っているのを見つけてしまえば、警戒するのも仕方ない。
何かを探しているような、思い詰めたような表情で辺りを見回している中高生くらいの少女だった。
こういう時は先手を打ってペースを握るに限る。
「あー……ねえ、君。何か困り事?」
高校の制服に身を包んではいるが、まだあどけなさの残る顔から察するにこの春から新一年生って所だろうか。
確か中々の名門校だった気がするけど、夜にこんな所をうろついてるのは頂けないな。
ただ銀雪を思わせる豊かな白髪は、この女性だらけの世界でも思わず目を引かれてしまう。
「あぇ!?いえ、その、な、何でもないです……」
少し話しかけただけなのに目線は泳ぎ、忙しなく指を絡み合わせている。話しかけたこちらが申し訳なくなるくらい挙動不審だった。
あまり男性と話した経験がないんだろう、俺の前世じゃ男が放っておかないようなビジュアルしてるのに。
もったいないな、と思いながらもバイトの時間が迫っているし、本人が何でもないと言うならそこまで構っていられない。ひとまず害もなさそうだし。
と、そこでふと思い立つ。
「そっか。この辺って子供には危ないから、早く帰りなね。これあげるから、はい」
ちょうど手に持っていたオレンジジュースの缶を、小さな手に握らせてそのまま歩き去る。
今のは中々清楚なお兄さんポイントが高かったんじゃないか?なんて思いながら。
「……男の人から、もらっちゃった」
呆然としたような顔でぽつりとそうこぼした後、少女は少し迷ってから大事そうにそれを鞄の中にしまいこんだ。
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「朔ちゃ〜ん、愛してる〜」
「結婚して〜」
「朔くん毎日あたしに味噌汁作って〜」
酔っ払いOLの群れに「また店で待ってますから」と営業スマイルを振りまいて、店から送り出す。
30過ぎの店長とバイトの俺だけでやっている、本当に小さな小さな中華料理屋が今の俺の勤め先である。
溜まった洗い物を片しているといつの間にか退勤時間になっていた。テーブル席に腰掛けながら、半笑いで電子タバコを咥えた店長が下らない事を呟く。
「お前が作ったという体にして味噌汁もメニューに加えてみるか」
「いや、ここ中華料理屋じゃないですか」
俺のツッコミを薄笑いで聞き流す姿はダウナーで大人の魅力ってやつに溢れている。
まあ清楚なお姉さんとはまた違うから、別にタイプじゃないけど。
「しかし悪いな、お前の器量ならもっと良い所で働けるだろうに」
「店長は僕の事をどうでもいいと思ってくれるんで。職場恋愛とか面倒臭いですよ」
「どうでもいい訳ないだろう、お前は私の愛すべき金を呼ぶ
清楚なお兄さんがバイト先として選ぶなら、そりゃお洒落なカフェとかであるべきなんだろうし、事実としてそういった所で働いてみた経験もある。
しかし、それでも尚この場末の中華料理屋を選んだ理由は一つ。
面接の中の、あるやり取りだけでここに決めた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「……店長さんは僕と働いてて『人生の正社員登用してあげるからねはぁはぁ』とか訳の分からない事、言い出しませんよね?」
「ほう。安心しろ、私は可愛い女の子にしか興味が無い」
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もう、今まで働いてきた所はどこもセクハラが酷いのなんのって。
働き始めの頃は「淑女ですから、歳下のバイトくんに手を出すなんて」みたいな顔をしてたくせに、最終的に襲われる1歩手前までいった事は数知れず。
まあひとえにどれもこれも俺が清楚過ぎるのが悪いんだが。罪な男だと言えよう。
今のバイト先の店長は、筋金入りのレズである。
悠々自適な清楚なお兄さん生活を送るには、特定の異性に付け込まれがちな関係性とか以ての外。上司はレズ、マジでこれに限る。
あと賄いが美味い。
店長特製の中華オムライスに舌鼓を打ったあと、帰り支度を済ませた時。
珍しく店長が俺を呼び止めた。
「気を付けて帰れよ、最近この辺でも
「……はーい」
一つだけこの世界に不満があるとするならば、単なる貞操逆転物で終わらせてくれなかった所だろう。
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100年以上前から姿を見せ始めた、人の情念から自然発生する獣の形をした魔物。
昔は妖怪変化だとか悪魔だとか言われてたらしいけれど、研究が進んで今はそんな感じに呼ばれている。
銃火器などと物理法則ではダメージを与えられない奴らに対して、唯一対抗できるのが"魔法少女"。
より正確に定義するなら"魔法"と呼ばれる固有の異能を使える12歳から20歳の女性らしいけど。
そいつらのせいというか、おかげというべきか。兎にも角にも"魔法少女"と"妄獣"、この2つによって今のこの貞操逆転世界が形作られている。
昔はこの世界も転生前みたいな1:1くらいの男女比だったらしい、歴史の教科書にそう書いてあったし。それが妄獣と魔法少女の出現以降、どんどんと女性側に偏っていった。
だから男女比1:10ってのは正確に言えば、今の10代20代に限っての話。
上の世代はもう少しまともな比率をしてるけど、このまま進んだら少子化とかどうするんだろうか。重婚推奨とか勘弁してほしいけど。
まあこのイカれた男女比も、理屈としては分かる。
妄獣が甚大な被害を出すから、それに対抗できる魔法少女を増やすために女性が生まれてくる比率そのものが種族として高くなる。
女性に生まれたからといって魔法少女になれる訳ではないらしいから、そりゃそもそもの数が増えた方がいい。ガチャは引かなきゃ当たらないし、母数が多いに越した事はない。
実際、女性の比率が高い今の方が昔に比べて魔法少女の質も高いとかなんとか。
そうなってくると戦闘や今まで男性に割り当てられていた肉体労働にも耐えられるようにフィジカルも強くなっていって、なんなら今では女性は男性より強いとかなんとか。
進化ってもっとこう途方もない年月をかけて行うものなんじゃないのか。
数も多い、そもそもスペックが違う、妄獣を倒せる。そりゃ男性に比べて女性の権力はどんどん大きくなっていく。
今や男性とは女性に守ってもらう必要がある、か弱い生き物な訳だ。
そしてその女性の頂点にいるのが魔法少女。
なんかランキングがあったり政府が管理してたり色々あるらしいけど、正直興味無い。
友人連中は「魔法少女と付き合えたら今後の人生安泰なのにな」とか言ってるけど、この世界に男性として生まれた時点でイージーモードなのに何を言っているんだという感じである。
なんかこう、アイドルにも近い物を感じない事もない。
でも数が少ないからリアルでお目にかかった事はないし、ニュースで見かける事はあっても配信まで追う気もない。
だって俺はちやほやされたいのであって、ちやほやしたい訳じゃないし。
まあ結果として貞操逆転世界魔法少女物、一丁上がりというワケ。
いや本当にどっちかにしろよ、マジで。
俺は女の子達に高嶺の花としてちやほやされたいだけなのに、たまに命の危機がポップするの本当に世界観が終わってるから。
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「……マジで終わってんだよ、世界観がよ!!」
店を出て暫く歩いた先にある、例の路地。
薄暗く入り組んだ道を絶叫しながら全力疾走していた。清楚には程遠い姿だろうけど、そもそもそんな事言ってる場合じゃない。
俺のほんの数m後ろを異常な速度で追走してくる
一言で表すなら、黒い巨大な獅子。
ただその顔面があるべき所には、ぽっかりと空いた空洞が広がっている。
死が形を持って歩いているような、既存の生物には無い怖気をもたらす存在感。今まで動画やら話やらで知識としての妄獣は知ってたけど、実際に見たのは初めてだ。
ヤバいヤバい、追い付かれれば間違いなく死ぬ。
けれど、夜の闇の中でずっと走り続けるなんて現実的じゃない。
気が付いた時には、打ち捨てられていた空き缶に躓いて派手に転倒していた。
胸を強かに打ったらしく、息がし辛い。
呻きながらも起き上がろうとした瞬間、足に鋭い痛みが走った。どうやら挫いたらしい、やってられない。
振り向いてみれば、獲物を追い詰めた狩人のようにゆっくりと獅子が歩いて来ている姿が見えた。
「……でも諦めるのは清楚じゃないな」
挫いた足を引き摺りながら、また逃げ出そうとしたその時。
「────『
どこからか聞こえてきたその言葉が辺りに響くと同時に、周囲一帯の空気が凍てついた。渦巻くようにしてできた、幾つもの氷嵐が獅子を取り囲む。
声の主は、月を背に獅子の妄獣を見据えている。逆光でよく分からないけど、雰囲気から察するにまだ少女のようだ。
というか、そんな事よりも。
「え、な……寒!?」
「そのまま動かないで下さい」
訳も分からないまま、少女に従う。
彼女の合図で渦巻く氷嵐が獅子に直撃し、その身を凍り付かせてゆく。苦悶の唸り声を上げながらも強引に拘束から抜け出そうと藻掻く獅子を、彼女は冷たい眼差しで見つめていた。
そのまま氷上を滑るようなスピードで獅子に肉薄すると、構えた手へ添えるように急速に氷で剣が形成されてゆく。
「────『
浮遊する氷で形作られた刃が、一瞬で妄獣の首を刎ねた。コールタールのような粘り気のある黒い血がぼとぼとと音を立てて滴り落ちる。
「大丈夫、ですか?」
そう声を掛けられ、思わず"上"を見上げる。
「……魔法少女」
一目見て、そうと分かった。
淡い月の光に照らされながら、その少女は悠然と宙に浮いていた。
蒼と銀を基調としたドレスのようなコスチュームに身を包み、何本もの氷刃がその横を守るように佇んでいる。
獅子の妄獣の死骸が溶けるように消えると同時に、それらは役目を失ったかのように音を立てて割れた。砕けた氷片が星の煌めきを乱反射して、目が眩む。
それを見て、思ったのは。
安心した、とか。これで助かった、とかじゃなく。
何というかただ、本当にこの世の何よりも綺麗に見えたんだ。