【完結】うお……貞操逆転世界魔法少女物はちょっと盛りすぎ…… 作:しゅないだー
「があああああいってえええええ!!」
緊張の糸が切れた瞬間、今まで脳が他所に除けてくれていた痛みが一気に来た。
ただでさえ痛めていた手首にダメ押しでとどめを刺された感じである。
マジで本当にどいつもこいつも……!
あれか、魔法少女界隈の中で俺の手首への攻撃がトレンドにでもなってんのか。
「はぁ……はぁ……ギリギリアウト寄りのかろうじてセーフって所か……」
マジで危なかった、俺が清楚なお兄さんじゃなかったら色んな意味で完璧に終わってた。
マセガキが耳元でこそこそ喋りやがって、耳弱いんだよ俺。
どうあがいても力で勝てそうになかったから"押して駄目なら引いてみろ"の死んだふり作戦をかましてみたが、まさか成功するとは思わなかった。
これが駄目だったら寝ゲロ作戦に移るつもりだったから、とりあえず部屋を汚さなくて済んだ事には感謝か。
最悪、俺が襲われる事自体はまだいい。いや、決して良くはないが。
ただ氷織の性格上、事が済んで冷静になってしまえば自己嫌悪で碌な事にならないのは予想できる。だからたとえ、ゲロ吐こうが何だろうが阻止しなきゃいけなかった。
理想を言えば、この後すぐフォローを入れられたら良かったんだが。
何とか立ち上がると、急いで開きっぱなしの玄関から外に出る。
氷織の姿はどこにも見えず、夜の暗闇がぽっかりと口を開けていた。
これ、だいぶ不味いな。もう一人じゃどうにもならないレベルまで話が進んでいる。背に腹は替えられない、とスマホを手に取った。
「もしもし、逆見さん!?夜分遅くに申し訳ないんだけどヤバくて、色々あって氷織がちょっと行方不明なんだけど探してくんない!?」
『は!?何を言って、とりあえず事情をだな』
「服装は白のTシャツにドルフィンパンツ、靴履いてない!事情はあいつの名誉の為に一旦置いといて!」
『……分かった、とりあえず柊木君は今家にいるのか?なら、そこにいてくれ。帰ってくる可能性もあるだろう』
多分今日の昼、俺があの魔法少女に絡まれたのが原因なんだろう。
手首を改めて確かめる。付けられた痣を上書きするように、氷織に掴まれた痕がくっきりと残っていた。
それと「私のだもん」とかいう呟き。
「……もしかして嫉妬か?」
んなアホな。
嫉妬も何も、俺がどれだけ普段から氷織に構い倒してるかって話だ。
飯を作り、部屋をちゃんと片付けているか定期的にチェックし、外に連れ出し、季節の果物なんかを切って出し。
俺はお母さんか、とすら言いたくなる働きっぷりだと言えよう。
……まあ、俺はあいつの母親にはなれない。父親にも、兄にも。
にしたって、もうちょっとなんかさあ。
齢20歳の大和男子がまさか15歳のガキに押し倒されるとは、あまりにも情けない。清楚に恥じて詫びたい気持ちだった。
ったく、そもそもガキなんて皆スケベなんだよな。中高生なんてマジで常識ある猿か、ない猿かの2択だから。
壁薄いから聞こえるんだよ、たまになんか俺の名前呼びながらギシギシベッドが鳴る音してんの。
大体その翌日って、顔合わすとなんか後ろめたそうにしてるしさあ。
俺もめちゃくちゃ気不味いんだよ、多分最中に出くわしたお母さんってこんな気分なんだろうけど。特にこっちは平然としてなきゃいけないし。
でも中高生のガキなんてそんなもんでしょ、実際。
寧ろ俺は「ああ、ちゃんと歳相応ではあるんだな」って少し安心してたくらいだったし。
俺をそういう対象にしてるのは単にサンプル不足だろう。
ただ、あそこまで思い詰めてたのを見抜けなかったのは俺のミスだった。
多分、氷織をああさせたのは単に性欲とかそういう問題じゃない気がする。
氷織自身でも分かってない……愛されたいだとか、誰かに必要とされたいだとか、そういうずっと抱えていた欲求がたまたま性欲に結び付いてしまったのかもしれない。
というかまあ、俺からしてみりゃそんな大した悩みじゃなくても。
氷織当人からしてみれば、大いに思い悩んでしまうものだったのかもしれない。
そもそも俺だってガキの頃、そういう事に興味を覚えた時には謎の罪悪感があったし。
そりゃ、元々欲の薄かった氷織にとってはさぞかし怖かっただろう。
どうにもならない衝動が、突然自分の中に澱のように溜まっていくのは。
「あー、分からん!」
何をするべきか見当も付かず、大の字に寝転ぶ。どうするのが正解だったのか。
大人ぶってかっこつけて、色々言ったりやったりしてきたものの。俺だってまだ20歳で手探りだ。
普段は俺の顔色を窺うようにしてこそいるものの、時折歳相応の無邪気さを見せる氷織。
さっきの
どちらも彼女で間違いないんだろう。
俺がこの先も氷織のお隣さんでいるには、どちらにも向き合う必要がある。そんな気がした。
ぼんやりとそんな事を考えていると、突然チャイムが鳴らされた。
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「氷織か!?」
痛む手に構わず勢い良くドアを開けると、夜を背景に本日の元凶が立っていた。
目元に泣いた跡が見られるが、負けん気の強そうな表情は変わっていない。俺の「何だお前か」と言わんばかりの嫌そうな視線にガンを飛ばし返してくる。
「……ひーちゃんに謝ろうと思って来たら、いなかったから。こっちにいるんでしょ」
「なんか俺はついでみたいな言い草じゃん?」
いかんいかん、動揺で柄にも無い嫌味を言ってしまった。
清楚清楚、ガキ相手なんだから落ち着け。
「まああんたにも、一応は謝らなきゃいけないけど」
「クソガキ〜、どちらかと言えば俺の方がメインだろうが」
怒りを滲ませている俺を全く意にも介さず、氷織が部屋にいないかずかずかと上がり込んで確認している舞ちゃんとやらに溜息を吐く。
「氷織ならいないぞ。ちょっと……色々あって出ていった」
「……はぁ!?あ、あんたひーちゃんに何したのよ!」
「俺がされた側なんだよ!」
よく意味が理解できていないのか首を傾げる彼女を無視して、水道水をコップに注ぎ飲み干す。
一般的な魔法少女がこいつみたいな感じだとしたなら、思い返せば氷織は
今回の事は単にタイミングを早めただけで、いずれ爆発していたのかもしれない。
「魔法少女グレンフレア……舞だっけ?」
下に無造作に置いてあるクッションを指差す。
「座れよ、氷織と仲直りしたいんだろ。クソガキに俺が正しい謝り方を教えてやるよ」
少し躊躇った後、舞は黙って腰を下ろした。
確かにこいつは自分勝手だ。ただ、氷織の事を本当に大切に思っている。その二点は別に矛盾しない。
「まず自分が氷織に何を謝らなきゃいけないのか分かってるか、だ」
「……貴方に乱暴した事」
「俺のこた別にどうでもいいんだよ、良くはないけど。マジで痛えし、本当にさあ」
本音を言えば土下座の一つでもさせたい所ではあるが、それを要求するのは清楚なお兄さん的にはアウトなので泣く泣く泣き寝入りとする。
「俺じゃなくて氷織に謝るべき事は他にあるはずだろ」
「それは……」
途端に言い淀む。
分かってない訳じゃない。ただ、口に出してしまえば自分が傷付くから無意識に言語化する事を拒んでいるんだろう。
「気持ちは分かるけど、とりあえず謝って『氷織に許してもらいたい』が先行し過ぎ。それで仮に許してもらったって、絶対同じ事がそのうち起こるぞ」
許されたいからする謝罪は、碌な事にならない。
「氷織の話をろくに聞かなかった事。氷織の気持ちを勝手に決め付けた事」
いや、それは俺もじゃないのか?
あいつは本当はずっと前から悩んでいて、俺もそれを無意識の内に見ないようにしていたんじゃないか?
「あの子にあんな態度を取らせるまで追い詰めた事。俺より付き合い長いなら分かるだろ、あんな子じゃないって」
ヤバい、なんか喋れば喋るほど自分にぶすぶす刺さってくる気がする。
泣きそうな顔でそれを聞いていた舞は唇を噛むと、俺の目をじっと見つめた。
「……分かった。じゃあ一つだけ聞きたいんだけど。あんたが見返りを本当に求めてないとして。なんで、ひーちゃんの為にそこまでするの」
その瞳には疑いと少しの不安が混じっていた。
ああ、そうか。こいつも俺の事が怖いのか。
分からないってのは怖い。魔法少女であるとしか見られず、魔法少女として搾取されてきた彼女達にとって俺はある意味普通とは違う不気味な何かなのかもしれない。
「まず言っとくと、この世界はクソだ。大前提として、清楚じゃない」
「……清楚?」
「お前らみたいなガキに依存してようやく社会の体裁保ってる時点で終わってんだよ、本当に。知れば知るほどそう思うよ」
それは本心だった。ガキに戦わせて何が平和な日常だ、と反吐が出る。
「だからって俺にどうこうする事はできないし、漫画や映画の主人公じゃないんだから。実際妄獣に出くわした時も全力疾走で逃げるしかなかった」
これもまた本心。いくら綺麗事を述べたって、俺にそんな世界を変える力とか別にない。
「でも俺は氷織に命を救われた。だから自分にできる事はしたい。手が届く範囲でなら、苦しんでるならどうにかしてやりたい」
そうでなければ、俺は自分の事を清楚だなんて一生言えなくなる。
「氷織がろくでもない人生を送ってきたのは、俺でも何となく分かる。でもあいつが悪い訳じゃない」
本当に何か一つでも違ったら、もう少しマシだったら、普通の女の子として生きられたのかもしれない。
「魔法少女だったから。両親に捨てられたから。あいつ自身が悪い事なんて、一つもないだろ。そんなの納得できるか!?」
人の迷惑にならないように、誰かを助けるために。自分自身のために何かを願うのを忘れるほど、あいつは削り取られてきた。
まだ十五歳の女の子が、だ。
「氷織は初めて"悪い事"ってのを今回したのかもしれない。でも、それでもうあいつは十分過ぎるほど傷付いてる。多分な」
氷織があんなに取り乱す所を初めて見た。嬉しい事があっても、悲しい事があっても、あいつは基本的にそれをほとんど見せない。
あのへにゃりとした愛想笑いの後ろに、それをいつも隠す。
「そりゃ魔法少女には失敗は許されないかもしれないけど。でもただの"守名氷織"が一度間違ったからって、それで全部パーなんておかしいだろ」
今まで失敗すらさせてもらえなかったのに。
本当は野菜炒めを何回焦がそうが、たまに寝坊してしまおうが、取り返しが付かない事なんて何もないのに。
「誰か一人くらいは、何があっても絶対に氷織の味方って人間がいてもいいだろ」
ここで俺が見放したら、あいつはどうなる。中途半端に干渉して、結局途中で放り出すくらいなら最初から何もしない方がマシだ。
それで何が清楚だ、馬鹿馬鹿しい。
「……まあ色々言ったけど、話半分に聞いといてくれ。さっきの『正しい謝り方』ってのも傲慢だった、悪いな」
「な、何よそれ」
急にしおらしくなった俺を不気味そうに見る彼女に、力なく呟く。
「分かんないんだよ、俺も。偉そうな事言ってるけど、もしかしたら俺のこういうスタンスが負担になってて氷織に溜め込ませたのかもしれないし」
魔法少女は怪物ではない。
俺達より強いだけの、ただの人間だ。
だからこそ難しい。何か強大な敵を倒して、はいめでたしめでたしって訳にはいかない。
そんな事を考えていると、スマホが鳴り出した。
『柊木君か、氷織が見つかった。不審な男と共にいた所をうちの人員が見つけた、もう制圧しているから安心しろ』
「分かりました……不審な男?えっと、とりあえず行きます」
嫌な想像が頭を過ぎって、背筋が冷たくなる。
あいつ欲求不満を持て余してその辺の男とどうこう、なんて事ないだろうな。
「氷織、見つかったって。行こうぜ」
「……私の事、怖くないの?」
「怖くねえよ。まあ次同じ事したら顔面に頭突き入れるからな」
俺は氷織にどんな言葉をかけてやるべきなのか。
答えを出せないまま、靴紐を結び直して家を出る。
結局のところ、俺には氷織が何を思って俺を押し倒したのかも分からなければ。
何を思って、何もせずに逃げ出したのかも分からない。
とにかく話がしたかった。
氷織はいつも申し訳なさそうに笑っていて、自分がしたい事なんてほとんど口に出さない。何を考えているにしても、本音が聞きたかった。
あいつ自身が望んだ事なんて、俺んちの隣に住みたいってのと、俺に下の名前で呼んでほしいのと、俺が遅くなる時迎えに来るってのと…………ある事に気付く。
「もしかして全部俺の事か!?」