【完結】うお……貞操逆転世界魔法少女物はちょっと盛りすぎ…… 作:しゅないだー
「ねえ、朔さん。大学って楽しいですか?」
アジの開きをつつきながら、向かい側に座る氷織がそんな事を聞いてきた。
あの一件から、氷織はあんまり話す時にあたふたしなくなった。少しは取り繕おうとした姿じゃなくて素を見せてくれるようになった、って事だろう。
「楽しい……まあ、そうだな。ほら、油断すると肘ついてるぞ」
「わわ!?ご、ごめんなさい」
大学生活ってのは建前こそあれど、やっぱりモラトリアムと言うか……大人になる前の最後の夏休みみたいな所はある。
ただこの世界においては何と言うべきか、婚活市場みたいな側面もある。
言うなれば、良い大学に入れるような能力の高い異性を先んじて捕まえる為の出会いの場って所か。
実際この男女比だと社会人になってからの出会いの場は更に少なくなるし、その質も玉石混交だ。
女性にとっては言わずもがなだし、男性にとっても将来の伴侶を選択するのに効率が良い。
そういう訳だから俺も色々な打算の果てに必死で勉学に励み、それなりの大学に入っている。
頭良い事で有名な大学に受かれば知的で清楚なお姉さんとお近付きになる事ができ、自分自身もなんか頭良いと清楚な感じが出るんじゃね?って感じの素晴らしいプランだったと自負していた。
ただこれが実際、裏目も裏目でさあ。
青春をお勉強に捧げてきた女子高生達は今までの鬱憤を晴らすように遊び呆けており、清楚と言うにはまあちょっとあれである。
まあ、それでも。
「少なくとも、俺は楽しいと思ってるよ」
ちやほやされるし。
まあ目の前の魔法少女がまたやきもち焼いても面倒なんで、ちょっと限度を考えないといけなくなったが。
「……朔さんは、私が学校へ行った方が良いって思いますか?」
「そりゃ、まあね」
以前あのクソガキもとい、舞に詳しくではないがちらりと聞いた事がある。
中学生の頃に何かしらがあって、人間不信が加速したとか何とか。恐らくその時の経験を引き摺っているから高校にも行けてないんだろう。
「前に『お前は魔法少女である前に、ただの守名氷織だ』って言っただろ。逆に言えば魔法少女じゃなくなった後、自分に何が残ってるかって話だ」
「っ、えっと……」
酷な事を言っている自覚はある。
氷織のアイデンティティが魔法少女である、という事にかなり依存しているのは分かっていた。
「だから増やすんだ。魔法少女アイシスリリィじゃなくて、守名氷織が知ってる事、できる事、友達、思い出。そんな物を増やす為に行った方が良いと思ってる」
俺のこの考えが正しいのかは分からない。
でも今のこの時期しか得られない物というのは、確かにある。それは氷織の糧になるかもしれないし、反対に彼女を傷付けるだけかもしれない。
ただ、少なくとも前と違って俺は隣にいる訳だから。
「けど俺には
「……分かりました」
氷織は神妙な顔で頷くと、里芋の煮っ転がしでもう一杯ご飯をおかわりして俺の部屋を去っていった。
よく食べるのはいい事だ。なんか俺にガキ呼ばわりされるのが気に入らないから背を伸ばしたいらしい。
最初は「ガキって言われたのは、それはそれでなんかどきどきして」とかアホみたいな事を言ってたのに、よく分からん。
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二人分の皿を洗い終え、ベランダで一服する。
そろそろ自分の皿は自分で洗わせるか、なんて考えながら夜空に煙を吐き出す。
煙草の本数も減ったなあ。流石に氷織の前でこれまでのように吸う訳にもいかないので、あいつが俺の部屋に入り浸れば入り浸るほど意図せぬ減煙になってしまう訳だ。
いい事なんだろうが、何とも口寂しい。
部屋に戻ると、パソコンとにらめっこしながらレポートの類を片付けていく。
週末までが期限の課題にようやく終わりが見え、大きく伸びをした。今週はどうしても少し早めに終わらせとかなきゃいけないし。
寝るにはまだ少し早い、読みかけの小説でも読むかと机の上に投げていたそれを手に取った時。
ピンポン、とチャイムが鳴らされた。
最近はチャイムが鳴る度にろくな事が起きないので若干出るのが嫌になりつつある。
「勉強教えてください」
「……いや、良いけど急だな!?」
何かテキストのような物を両手に抱えた氷織が立っていた。
まさかさっき別れたのにもう来るとは思わなかった、判断が早過ぎる。
「逆見さんと相談して、2年生に進級するタイミングで行ってみようかなって。でも1年生の勉強が分からないと、ついていけなかったら困っちゃうので」
「困っちゃうので?」
「……朔さんって賢い大学に行ってるんですよね。勉強とか教えてもらえたらなー……って」
どことなく視線を泳がせながら、他意はありませんよ〜という顔をしている。知恵をつけ始めたな。
「もっともらしい事言ってるけど、それにかこつけて『ご飯以外でも部屋に上がり込めるな……』とか考えてるだろ。嫌だねえ、下心が透けて見えるってのは」
「え、いや、そ、そんな事は別に……な、何かそれで問題でも!?」
「お、開き直る事を覚えたか。それも成長だな、まあ入れよ」
別に用がなくたって来ても追い返したりしないんだけどな、と言っても良かったが、せっかくやる気になってる所へ水を差すのも良くないか。
氷織が両手で抱えているのは高校の教材らしかったが、舞の話を聞くに中学校に通えていたのも1年生の半ばくらいまでだったはずだ。となると。
「高校1年生の勉強、って言ってたけど。中学生の頃はどのくらいできてた?」
「……実の所を言うと、ちょっとそっちも怪しいです」
恥ずかしいのか氷織は顔を少し赤く染めながら俯いていた。こういう所はやっぱり年相応なんだよな。
「じゃ、まずはそっちの基礎固めからだな。春まで時間はまだまだあるんだ、気長に行こうぜ」
部屋から中学校の頃のワークや教科書を引っ張り出させると、本当に1年生の初めから浚っていく。四則演算やら小学生レベルの事がちゃんとできているのは救いだろう。
とりあえず基礎知識がないと本当にどうにもならない英語や数学辺りから重点的に進めていくか。
ただ、教科書の例題なんかを説明しながら解かせる分にはそこまで壊滅的でもなかった。
俺が大学に行ったりバイトに行ってアパートにいない間の暇を持て余している時にそういった教科書なんかを読み物代わりに読んでいたらしく、思った以上に飛び飛びの知識としては頭の中に入っている。
だから詰め込むというよりは、そこをなぞりながら上手く繋ぎ合わせてやる必要があった。これはこれで新鮮で面白い。
「朔さんって教えるの上手なんですね」
「そうでもないけど……バイトで
「そうなんですか……なんでやめちゃったんですか?」
確かに家庭教師は割の良いバイトだった。拘束時間もそんなに長くないのに同年代の2,3倍は稼いでいた気がする。
ただそれは、この世界が貞操逆転世界だからってのが大きかった。
「まあ
軽いボディタッチくらいなら可愛いもんだが、教えていた女子高生すら何食わぬ顔で太ももとか撫でてくるし。
挙げ句の果てにお母さんが夕食ご馳走してくれるって言うんで、のこのこ食卓についたら鰻だの山芋だの、いわゆる精がつく物オンパレードだったんで流石に恐怖を感じてそのバイトは辞めた。
ワンチャンやれるかも的な風俗じゃねえんだ、こっちは。
「どれもこれも全部俺が清楚過ぎるのが悪いんだ、本当に罪な男だなあ」
氷織が何とも言えない目で俺を見ている。嫉妬かな?
しかしその点、今のバイト先はいい。
そんなレベルの低いセクハラがない、というかなくなった。
入ったばかりの頃にあまりにも俺がケツを触られたりするもんだから、店長が『従業員の尻に触れたお客様は私が尻を揉みます。がっつり。5分くらい』という札を立てると全くと言っていいほど触られなくなったという経緯がある。
店長は残念がって「朔、ちょっとくらい触られてきてもいいんじゃないか」なんて言っていた。
どうなんだ、雇用主というか人として。
ふと気になってワークに齧り付いている氷織に「そういやなんで今日、大学楽しいかって聞いたんだ?」と尋ねた。高校は楽しかったか、ならまだ分かるけど。
強いて大学に行きたいような感じは氷織から今まで見受けられなかった。
「えっと、その……私が大人、20歳になる時って高校や魔法少女を卒業した後の事になるじゃないですか」
「アホみたいに留年しなけりゃそうなるな」
まあ全く出席しなくても2年生に進級できる時点で、魔法少女に留年はないだろう。つくづく羨ましい特権だ。
「その時に、無職よりは女子大生の方が……清楚かなって」
「お前な……分かってきたじゃん」
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夜食に作った焼きおにぎりを頬張る氷織に「今日はそろそろおしまいな」と声を掛ける。無理したって頭に入らないし、こういうのは継続が大事だ。
眠気覚ましのコーヒーに口を付けながら、机の上に散乱していたテキストを片付ける。
「夜はこんな感じで俺が見てやれるから、昼間は復習とか……後は逆見さんにも色々聞きなね。頼ってあげると多分喜ぶからさ」
眠たいのか目を擦りながらも彼女は頷いた。
「ま、あんまり根を詰め過ぎないように。何故なら今週末は?」
「……水族館です!」
満面の笑みを浮かべたと思ったら、また眠そうに目をとろんとさせているのでさっさと自分の部屋に叩き込む。
夜更かしすると身長伸びねえぞ、とありがたいお言葉を付けて。
そして一人になった部屋で、ぼんやりと店長にもらった水族館のパンフレットを眺める。本当に地元の小さな水族館で、大した目玉もない。
でも、氷織にとっては初めての経験なんだろう。あんなに喜んでるくらいなんだから。
願わくばそれが良いもので終われますように、と今からプランを練る。
しかし清楚なお兄さんとして女性一人と出かける、なんて事がないようにしていたが。まさかその初めてが、こんなガキになるとは。
どこか不思議な心持ちのまま、今日最後の煙草に火を付けるためベランダに出た。