【完結】うお……貞操逆転世界魔法少女物はちょっと盛りすぎ……   作:しゅないだー

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#20「もうあなたしか見えないの」

 

 

 

「じゃじゃーん」

 

「わあ、可愛い車ですね!」

 

 小ぢんまりとした可愛らしい紺色の車がアパートの前に停まっていた。

 あまり普段街中で見かける事のない丸っこいデザインには、何かしらのこだわりが感じられる。

 

「まあ俺のじゃないんだけどさ、夜家から借りてきたんだ。電車やバスで行くのはちょっとダルい距離だし」

 

 前に二人でテレビを見ていた時、そこで紹介されていた巷で話題の天ぷら屋さんが割と近場にあったので連れて行ってもらう約束をしていた。

 やっぱり何でも言ってみるものだなあ、と改めて思う。

 

「でも夜家さんの車なのに、あの人誘わなかったんですか?」

 

「え、あいつがいた方が良かった?」

 

「いえ。夜家さんの事は嫌いじゃないですけど、それとこれとは話が別です」

 

 車を貸してくれた夜家さんには本当に感謝だけれど、せっかく二人でのお出かけなんだから。

 でも夜家さんってこういう時は「いやいや、女の子と遊びに行くのに他の男を連れてっちゃ駄目でしょ」とか言いそうだな。

 

 助手席に乗ってシートベルトを締める。運転席に座っているのが逆見さんじゃないのがなんだか新鮮だった。

 

「そういえば最近、あまり煙草の匂いしないですね」

 

「あー……加熱式に変えたし本数も減らしてるからかな」

 

 そう言いながら朔さんは飴玉を口の中に放り込んだ。

 それで最近はよく飴を舐めているのかもしれない。口寂しいってやつなのかな。

 なんで変えたのかはよく分からないけど。前は「あんなの吸った気になんねえよ」とか言ってたのに。

 

「ところで氷織、ちゃんとシートベルト締めてるよな」

 

「え、はい」

 

「俺、免許取ってから運転した事数えるほどしかなくてさ。まあ、その、怖がらせたらごめんな」

 

「乗ってからそういう事言うのやめてくれませんか!?そもそもなんで車で行こうと思ったんですか!?」

 

「そりゃたまには電車以外にも、お前に新鮮な体験をだな」

 

 隣でハンドルを握る朔さんは、ありえないくらいがっちがちに身体が固まっていた。

 

 

 

 ─────────────────────────────────

 

 

 

 

 道中、本当に気が気でなかった。

「俺右折できないんだよな、マジでタイミング分かんなくね」と言いながら信じられないくらいの左折を繰り返して無理やりルートに入ったり、ウィンカーを出そうとして何故かワイパーを動かしていたり。

 朔さんは「まあちょっとくらい欠点があった方が清楚だろ」なんて訳の分からない事を言っていたけど、人を乗せないでほしい。

 いや、事故に遭っても私が死ぬ事はないけど。朔さんが近くで怪我する所なんて見たくないもん。

 

 ふらふらしながら何とか駐車した時には、二人とも息絶え絶えだった。

 なのに、いざ店内で注文を聞かれた時には朔さんはもうケロッとしていて。

 

「ええ、天丼の特上を2つお願いします」

 

 相変わらず他の人の目がある所では、にこやかで爽やかで礼儀正しい。こっちの朔さんも好きだけど、普段の様子を見てしまっているから可笑しさの方が勝ってしまう。

 もし将来、本当に私と付き合ってくれるならちやほやされる必要もないから、朔さんもずっと素でいてくれるかな。

 

「特上って、思い切りましたね」

 

 年末年始は物入りでなあ、とずっとぼやいていた記憶があるけど大丈夫なんだろうか。

 

「煙草吸わなくなった分、ちょっと財布に余裕もできたからね」

 

「……私と話す時くらい、普通にしていいんですよ」

 

「何言ってるの、これが普通だよ」

 

 涼しい顔をしながら朔さんがそんな事を言っている内に料理が運ばれてきた。

 割り箸を割ると小気味良い音がして、それだけで食欲が湧いてくる。

 

「普通にしてください。よそよそしいの、私が嫌なんです」

 

 最近気付いたけど、この人は自分の素を見せるのが怖いのかもしれない。

 もちろん自分じゃそんなつもりないんだろうけど。

 初めて会った夜に私を部屋から追い出そうとした時も素を見せてきたし、人が寄り付かないと思ってるんだろうか。

 あれのせいで、私は本当に大変な事になってしまったのに。

 

「本当に最初からは信じられないくらい、なんというか……言うようになったよな」

 

 しみじみと朔さんはそんな事を呟く。

 

「はっきり言う方が清楚、なんですよね」

 

「よく覚えてるじゃん」

 

 海老天を一口かじると、じわりと口の中に旨味が広がって思わず顔が綻んでしまう。

 朔さんに会うまでは外でご飯を食べるのも嫌だったな。お箸は上手く使えなかったし、皆みたいに綺麗に食べられないし。

 逆見さんは「別に気にする事はない」って言ってくれていたし、誰も私を非難したり笑う事はなかったけど。

 

 私は、本当は怒ってほしかった。窘めてほしかった。普通になりたかった。

 だから「持ち方またおかしくなってるぞ」ってぶっきらぼうな口調でずっと根気よく私の癖を直し続けてくれたから、今こうやって何も気にせず美味しくご飯が食べられる。

 

 

 

 ずっと続けば良いのにな、こんな毎日が。

 

 

 ─────────────────────────────────

 

 

 サービスで付いてきた味噌汁にほっと一息ついていると、背筋をぞわりと撫でるような感覚が襲った。

 ああもう、なんでなの。

 

「朔さん、ここにいてくださいね」

 

「……氷織?」

 

 席を立つと同時に、身体へ魔力を込める。着ていた洋服がフリルの付いたコスチュームへと変化した。

「あれ魔法少女じゃない?」「なになに、なんで?」とざわめきが聞こえる中、店外へ飛び出す。

 

 元々夕食を食べに来た事もあって、外はもうすっかり暗くなっている。

 ただ、今はそんな事よりも。

 クラゲを思わせる妄獣が、店外の駐車場でふわりふわりと浮かんでいた。

 最悪な事に頭部に当たる部分には、血管の浮き出た"左目"が付いている。

 

 また顔付きだ。

 

 スマホで逆見さんに連絡して、すぐに応援をお願いする。でも夜だし、中心街には遠いから他の魔法少女が来るまで少し時間はかかってしまう。

 

 とりあえず氷で壁を作り、店と妄獣を分断した。

 とにかく今、私がまずするべき事は。

 

「店外に妄獣がいます、私が抑えるので今の内に避難を!」

 

 思う存分戦えるよう、まずは周りから人を避難させる。

 この顔付きの固有能力が分からない以上、危険だけど一人でも戦ってこの場に留めておく必要があった。

 

 妄獣が数多く伸びた触手を振り抜くと、その一本一本から無数の棘が撃ち出される。普通の個体なら引っ掻きや噛み付きくらいで、行動パターンも読みやすいのに。

 氷で作った篭手でそれを打ち落としながら肉薄し、渾身の魔法を叩き込もうとした時。

 

 妄獣がその左目を閉じた瞬間───忽然と姿を消した。

 

 ……消えた?そんな訳ない、瞬間移動か……もしくは。

 

「ぁ、かは……っ!」

 

 首に触手が強く巻き付いていた。そのまま気道を潰すように強く絞め上げられる。咄嗟に手でそれを掴み、凍らせて砕いた。

 

「げほっ、こほっ」

 

 素早く後ろに距離を取りながら、深く息を吸い込む。

 何本もある触手の一本をちぎられた所で影響はないのか、ダメージは全くなさそうだ。

 恐らくこの"顔付き"の固有能力は透明化、あの目を閉じる事で自分の身体を背景に同化させるような感じに違いない。でも仕掛けさえ分かれば、次はこんな不意打ち食らわない。

 

「……っ、ぐ、う!?」

 

 突然襲ってきた堪えきれない気分の悪さに、胃の中の物を全て吐き戻してしまう。

 胃液の酸っぱい味と、血が混じっているのか鉄錆びたような臭いが鼻を刺す。

 

 さっき首に触手が巻き付いた時に刺されたような感覚があったけど、やっぱりこれ、毒……!

 

 毒を使う妄獣なんてこれまでだって何度も相手している。魔力を全身に流せば、これくらいなら30秒もあれば解毒できるはず。

 でもそんな少しの時間すら、顔付きに与えてしまえば致命的だ。

 

「う、ぷ……おえ……」

 

 吐き気が止まらない。目眩も酷い、膝はがくがくと笑って使い物にならない。

 

 その左目は、それだけしかないくせに醜悪な笑みを浮かべているように見えた。ゆっくりと触手を振り翳しながら、こちらへ向かってくる。

 

 嫌だ、苦しい、怖い、怖い……!

 

 その時、突然何かが猛スピードで突っ込んでくるのを霞んだ視界が捉えた。

 それは一切速度を緩めないまま妄獣を撥ね飛ばし、反動で大きくひしゃげてしまった。

 あまり普段街中で見る事のないような、丸っこいシルエットのその車は。

 

「痛ってえ……知ってたけどマジでノーダメかよ……!」

 

 運転席に乗っているのは、朔さんだった。衝突の拍子に頭をぶつけたのか、額が切れて血が少し滲んでいる。

 

 なんで、なんで逃げてないの?

 

 壊れかけた車をバックさせて、もう一度妄獣に突っ込もうとしているみたいだった。

 

 痛みはないはずだけど鬱陶しさを感じたのか、妄獣は私じゃなくてさっき衝突してきた車にその対象を定めた。

 ゆらりと構えた触手を、私の時と同じように大きく振り抜いた。

 

 駄目、駄目、そんなの駄目。

 

 朔さんに向かって撃ち出されたその棘には毒がある。魔法少女の私でさえ、数十秒まともに動けなくなるような毒が。

 その棘の威力はさっき打ち落とした時に身を持って知っている。車のフロントガラスなんて容易く貫くだろう。

 

 普通の人間の朔さんが、そんな毒が付いた針に掠りでもしたら。

 

 その光景を想像した瞬間、さっき感じていた物よりもずっと強い恐怖を感じた。

 氷塊を撃ち出しても、到底全部弾く事はできそうにない。

 

 

 

 ────氷織が"凍れ"とさえ望めば、大抵の物はそうなる。理屈抜きにな、それ(氷雨)はそういう魔法だ。

 

 

 

 ずっと昔、逆見さんがそんな事を言っていたのを思い出す。

 あの時はそれが何を指しているのか分からなかったけれど。

 

 

 凍れ。

 

 凍れ、凍れ、凍れ、朔さんを傷付ける物は全部凍れ!

 

 

 時間が止まったような、そんな感覚があった。

 無数の棘が朔さんの乗る車に突き刺さる寸前、空中で静止する。

 それらはひび割れるような音と共に、氷の欠片となって風に吹かれて消えていった。

 妄獣も何が起こったか分からないようで、困惑しているような仕草を見せている。やるなら、今しかない。

 

「──『凍磔(カルラ)』!」

 

 地面から霜柱のように屹立した氷槍が妄獣の身体を余す所なく串刺しにした。

 そのまま全魔力を込めて、傷口から凍結させる。

 氷のオブジェと化したその妄獣が再び動き出す前に、息も絶え絶えになりながら歩く。最後の力を振り絞って、それを全力で殴り砕いた。

 

 相性があるとはいえ、顔付きを一人で倒せるとは今まで思えなかったのに。

 ……正確に言えば、一人ではないだろうけれど。

 

 自分の体調を整えるよりも先に、車に乗ったまま緊張の糸が切れたのかぐったりとしている朔さんを運転席から引っ張り出す。

 

「貴方は魔法少女でも何でもない、ただの男の人なんですよ!?こんな無茶して何かあったら……死んじゃったらどうするんですか!」

 

 あの夜みたいな癇癪でも、ましてや嫉妬でもなく。

 初めて純粋に、誰かの為に怒った気がする。

 

「じゃあ俺に、お前を見捨てろって言うのかよ」

 

 不貞腐れたように、朔さんはそう言った。

 その後後悔するように目を伏せ、続けて口を開く。

 

「……悪かった、でもああするしか思い付かなかったんだ」

 

「私こそごめんなさい、あんな言い方して。助かりました、でも二度とあんな事しちゃ駄目ですよ」

 

 朔さんは何も言わず、曖昧な顔で目を逸らした。私もこれ以上何も言えなかった。

 

 

 

 

 もう廃車にするしかないような壊れ方をした車を前にして、朔さんは大きな溜息を吐いていた。

 

「はあ、夜家に詫び入れないとな……」

 

「お金は私絡みですし、大丈夫ですよ」

 

 魔法少女と妄獣の戦闘で出た被害は国が補填してくれるようになっている。寧ろ夜家さんは元々の車よりもっと良い物を買えるくらいだと思うけど。

 違う違う、と朔さんが首を振る。

 

「金もまあ勿論なんだけど。あいつは俺の弱みを握ったら本当にろくでもない事考えるんだよ。良かったな、また俺のメイド姿を拝めるかもしれないぞ」

 

「それはもう写真も撮りましたし、次は別の格好が良いですね」

 

「お前さあ……」

 

 

 

 ─────────────────────────────────

 

 

 

 それから数分後、応援に来てくれた"解体"の魔法少女にお礼を言う。

 こんな夜に起こしちゃったのに、結局私達だけで片が付いてしまっていて本当に申し訳なく感じてしまう。

 にも関わらず、彼女は快活な笑みで私の無事を喜んでくれた。

 

「リリィちゃんやるじゃん、一人で"顔付き"殺ったの?あーしより一桁(シングル)行くの早いんじゃない?」

 

「そ、そんな事ないよ」

 

「とりあえず、毒食らったって聞いたけど平気なん?あれだったら"解体"しとく?」

 

「……やめとく。あれ痛いんだもん」

 

 

 

 彼女と別れて、朔さんの所に戻ろうとした時にスマホの着信音が鳴り響いた。急いで出ると、逆見さんからのお迎えの連絡だった。

 

「逆見さん、もう少しで着くそうですよ」

 

「そうか、迷惑掛けちゃったな。こうなった以上自力で帰るのは難しいから仕方ないけど」

 

 せっかくだからちょっと散歩していくか、と誘う朔さんの手を取って歩き始めた。

 近くにある防波堤まで来ると、二人で並んで腰掛ける。元々別に寒くはないんだけど、朔さんが編んでくれたマフラーが風を通さないから暖かく感じる。

 

「……もしもの話な。俺、前に『氷織が辛いなら辞めたっていい』って言っただろ」

 

 確か私が大怪我をして、2日くらい朔さんと会えなかった時の事だった。

 

「"氷織"が辛いなら、じゃなくて。"俺"が『もう戦わないでくれ』って頼んだら聞いてくれるか?」

 

 普段私に向かって話す時はしっかり目を見てくれるのに、何故か暗い海の向こうをぼんやりと眺めながらそう呟いた。

 

「俺はもう、お前に危ない目に遭って欲しくないよ。それで他の誰かにお鉢が回るとしても、俺は……お前に何かあって欲しくない」

 

 今日の朔さんはなんだか、朔さんらしくない。

 自分の身は危険に晒すし、他の人がそうなってもいいから私には危ない目に遭って欲しくないなんて。

 そんなの清楚じゃない、って言いそうなのに。

 

「残念ですけど、そういう訳にはいかないですよ」

 

「……だよなあ。悪い、最低な事言ったわ」

 

「ううん、ありがとうございます」

 

 隣で俯くように、顔を膝に埋めた朔さんが今までで一番人間臭く見えた。

 逆見さんの車が来るまで、二人で座って夜の海を見ていた。

 

 

 

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