【完結】うお……貞操逆転世界魔法少女物はちょっと盛りすぎ……   作:しゅないだー

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#22「柊木朔はたった一つが欲しかった」

 

 

 いつものように講義を受け終え、大きく伸びをしながら席を立つ。

 そろそろ3年生となると、いくら男とはいえ真面目に就活しなければならない時期に入ってくる。

 中には早々に逆プロポーズ……いやこっちだと正統派なプロポーズになるのか。

 とにかく付き合っている彼女に婚約を決められ、卒業と同時に主夫入りするから就職なんか考えてないという奴もいるが流石に短慮過ぎる気がする。

 

 ……仮にもし、氷織とそういう関係になったとして。仕事はそれなりに続けたいよな……何アホな事考えてるんだ、俺は。

 ぶんぶんと首を振るようにそんな想像を掻き消していると、後ろから肩を叩かれた。

 

「おい、朔。さっきヤバい動画が流れてきたんだけど、ちょっと見てみろよ」

 

 一緒に講義を受けていた友人の一人が、興奮した様子でそう話しかけてきた。大方教授の話を聞かずにSNSでも見てたんだろう、ちゃんと講義は受けろよ。

 

「何かな、ホラーならやめてほしいけど」

 

「まあホラーっちゃホラーかな」

 

 怖い物が苦手って設定も、清楚なお兄さんとしてなかなかそれっぽい気がするのでそういう事にしている。まあ実際、ホラーは苦手なんだけど。

 

 差し出されたスマホの画面に、目を落とした。

 

 

 

 ─────────────────────────────────

 

 

 

 魔法少女の配信、その切り抜きのようだった。

 

 猿を思わせる妄獣と、白を基調としたコスチュームの魔法少女が戦闘を繰り広げている。

 色合いが似ているからか、どこか氷織を思い出した。

 

 その魔法少女はどうやら雲を操るようだった。

 質量を持った雲で妄獣を殴り付け、攻撃を受け流し、戦闘を終始自分のペースで進めている。

 "顔付き"とやらじゃなければこんな物なのか、と拍子抜けするくらいには圧倒的だった。

 よくある配信の一幕で、一体何がヤバいのかという感じだが。

 

 案の定、死に体となった妄獣にゆっくりと魔法少女が近付く。何ならその場にいたファンや配信カメラ越しにファンサをキメながら。

 

 それで多分、気付くのが少し遅れたんだろう。

 猿の顔、その虚空に"右目"が浮かび上がるのを。

 

 

 明らかに動揺した様子の魔法少女が一歩後退った、その時。

 光線か、あるいは熱線か。

 

 妄獣の右目から放たれた一筋の光が魔法少女の胴を凪いだ。

 

 一拍置いて、彼女の()()()がぐらりと崩れ落ちる。自分の身に何が起こったのか理解できていないのか、きょとんとした表情がカメラには映っている。

 その直後、残っていたふらふらと倒れそうな下半身をひったくるようにして妄獣が握り締めた。

 

「やだ、やだ、かえして! くっつけるから……私の半分、かえし、て」

 

 痛みを感じる余裕もないのか、泣きながら魔法少女はそう叫ぶ。

 妄獣はそんな彼女を嘲笑うように、手にした下半身を無情にも握り潰す。赤黒く濁った血液が、地面を川のように流れた。

 

 

 動画はそこで終わっていた。

 

 

 ─────────────────────────────────

 

 

「なんだ、これ」

 

 芋虫のように這いながら懇願する魔法少女の姿が氷織と重なって、動悸が止まらない。気分が悪くて吐きそうだった。

 その瞬間こそ映っていなかったが、あれはもう……助からないだろう。

 

 死んだ? 魔法少女が? 

 

「な、な!? 魔法少女も死ぬの、ヤバくね!? こんな事あってさ、就職どころじゃないよな。俺らこれからどうなっちゃ──ぐっ!?」

 

 気付いた時には、半笑いのそいつの顔を殴り飛ばしていた。全く予期していなかった所にクリーンヒットしたからか、受け身も取れないまま地面に転がっている。

 

「お前、これの何が面白いんだよ。なあ、言ってみろよ」

 

 胸倉を掴んで引き起こし、もう一度殴る。歯に当たって切れたのか、鋭い痛みと共に拳から血が流れ出していた。

 

「な、なにキレてるんだよ……いきなり殴るって、お前おかしいよ……」

 

 頬を腫らして、怯えた様子で座り込みながら後退りしている。

 何も言わず、ただ見下ろすように睨み付けている俺へ相手はこう言い返した。

 

「で、でも魔法少女ってこういう時、俺らを守る為にいるんだろ!? その代わりに毎日贅沢三昧でちやほやされてるんだろ!?」

 

「あいつらだって人間なんだ、ただのガキなんだぞ……!」

 

 こんな奴らを守る為に氷織達は危険に身を晒しながら、毎日妄獣とやり合ってるのか? 

 どす黒い何かが頭の中を塗り潰していく。

 もう一度拳を振りかぶった時、痛みと共に脳が揺れるような衝撃があった。

 

 

 殴られた、と気付いたのは地面に倒れ込んでからだった。

 言い合っていた相手には殴り返す度胸なんてない、そもそも座り込んだまま殴れる訳がない。

 一体、誰が? 

 

「はいストップストップ〜。朔くんも殴るのは良くないけど、君もそういう動画を吹聴して回るのは良くないと思うよ? お互い悪い所があったって事で、今の僕の一発で手打ちって事にしとかない?」

 

 そう肩に手を置いてきたのは夜家だった。

 頬の痛みが俺を現実に引き戻す。いつの間にかざわつく教室の注目を一身に受けている事に気が付いた、流石に不味い。

 

「そう、だよな……魔法少女も人間だもんな……いつも見てるのは配信してたりドラマに出てる姿ばっかだから、なんかこれも創作の出来事みたいで……すまん……」

 

 俺が殴られる姿を見て逆に冷静になったのか、目の前の相手はそうぼそぼそと謝罪を口にした。

 自分も何とかいつもの調子を取り戻す。

 

「……僕も殴ったのは悪かったよ。でも僕に謝ったって仕方ないんだ」

 

 本当に傷付いているのは、いつだって俺達じゃない。

 魔法少女だ。

 

 彼女達を持て囃される存在に仕立て上げ、まるで漫画やアニメの登場人物かのように縁遠い"憧れ"にする。

 それすらもいざって時のリスクヘッジなら大したもんだ、拍手でもしてやりたくなる。

 

 腐っている。

 この国も、この国でのうのうと何も知らずに暮らしてる連中も、結局何もできない俺も、全部全部。

 

 

 

 

 

 外は相変わらず寒かった。

 

 ベンチに座っていた夜家に両手に持っていた缶コーヒーを1つ放り投げ、自分もその隣に座る。

 

「手間かけさせたわ、悪い。つい……カッとなった」

 

「別にいいよぉ、高校1年生の頃から数えて、ひいふうみぃ……5年越しくらいに殴り返せたし」

 

「言っとくけど、あれは120%お前が悪いからな」

 

 缶のプルタブを引き上げて、熱いコーヒーを胃に流し込む。切れた口内に滲みて仕方なかった。

 

 

 

 ─────────────────────────────────

 

 

 

 

 家に帰ってからも、どうにも頭がまとまらなくて夕飯も適当にパスタで済ませてしまった。

 氷織はいつも通り美味しい美味しいと言いながら食べていたが、手を抜いていたのを悟られていたかもしれない。

 

 夕飯を済ませた後、いつものように俺の部屋で氷織は勉強を始めた。

 正直に言って5教科全てを間に合わせるというのは最初から到底無理だと思っていたが、彼女はよく頑張っている。

 これならまだまだ努力は必要だろうけど、少なくとも最低限の高校生活を2年生から送る分には問題なさそうだ。

 

 休憩時間に寝転がって身体を休めている氷織に、苺を洗って出す。まだ少し酸っぱかったから練乳も添えてやる。

 それを口の中に入れながら、氷織はのんびりと今後について話し始めた。

 

「まだまだ先の話になるんですけど……私、頑張って朔さんと同じ大学に行きたいなと思ってて。魔法少女の特権を使えば多分入れるんですけど、実力で入った方が清楚ですし」

 

「……その頃には俺卒業してるけどな」

 

「もう、そういう事じゃないんですよ」

 

 氷織の様子は普段と変わらなかった。

 

 あの動画についてテレビのニュースでは触れていない。恐らく情報統制されているんだろう。

 でもこの現代社会ではどれだけ隠そうとしても、SNSを通じていくらでも拡散される。デマだという事にしても、社会全体にその不安は撒き散らされる。

 

 それに何より質が悪いのは。仮にどれだけ他の人間がデマだと納得しても、一番メンタルにダメージを負う魔法少女自身がそれがデマじゃない事を分かってしまえる事だ。

 口頭や文面で伝えられるよりも、自分達の"もしも"を映したあの動画は魔法少女達をずっと強く蝕むだろう。

 

 氷織はSNSの類を一切やっていないから、多分まだこの事を知らない。でも時間の問題だろう。逆見さんから事務的に伝えられるか、あのクソガキから知らされるか。

 

 どちらにしてもあの動画を見たら、氷織は戦う事を怖がってくれるだろうか。辞めたい、と俺に言ってくれるだろうか。

 

 駄目だろうな。

 魔法少女である事、誰かを助ける事は彼女にとって譲れないアイデンティティだろう。それを剥がすには、相応の物を捧げるしかない。

 

「大学生になったら、長い夏休みや冬休みがあるんですよね。旅行とか行ってみたいなあ……」

 

 旅行に行きたい、なんて最初の頃の氷織なら言う訳なかっただろうな。

 近所のスーパーについてくるのにすら、おどおどしながら俺に許可を求めてくるくらいだったのに。

 

「行ったらいい。知らない所に行って知らない飯を食べるってのは中々面白いよ」

 

「はい! 朔さんもお仕事とかで忙しいでしょうけど、できれば一緒に……行きたいなって。あ……そもそも働き始めたら、このアパートじゃなくて別の所に引っ越す可能性の方が高いですよね」

 

 そうしょんぼりと氷織が言う。

 

 本当は分かっていた、何かが少しずつ狂い始めているのを。

 氷織が怪我をして帰ってくる頻度は増えて、妄獣の発生数も段々と増えている。ただ怖いから、気付かない振りをしていた。

 

「……俺は、ずっとここにいてもいいよ」

 

 そして多分、狂い始めているのは俺もだった。今日見たあの動画は、多分きっかけにしか過ぎない。

 

 部屋の照明を、気付かれないように暗くする。ドア越しに差し込む廊下の灯りが、間接照明のようにぼんやりと俺達を照らしていた。

 

「あれ、停電ですか? でも廊下の電気は点いてるし……わっ!?」

 

 困惑した様子の氷織を押し倒す。こんな身体のどこにあんな妄獣と渡り合える力があるのか、と言いたくなるほど華奢だった。

 

「え、え、朔さん……?」

 

 (うなじ)から首筋、太ももまで全身に指先を絡ませるようにゆっくりとなぞった。

 その度に彼女の身体から力が抜けていくのが分かる。

 

 服の中に手を滑らせ、下腹部をゆっくりと円を描くように撫でる。

 焦らすように。もっと先を、と懇願せずにはいられないように。

 

 そういう事に興味津々な年頃だ、抗える訳がない。

 

「んぅ……」

 

 甘い声が溢れた自分に驚いたのか、氷織は恥ずかしそうに自分の口に手を当てた。

 こんな状況なのに、俺の身体は驚くほど冷め切っていた。

 

「……嫌なら跳ね除けたっていい」

 

 そう言いながら首筋に口付けた。

 

「ぁ、や、くすぐったい……」

 

 どうせ今はもう、頭の中が期待と興奮で塗り潰されて何も考えられないだろう。

 初めてこの貞操逆転世界に感謝した。もう俺が氷織を繋ぎ止めておけるのは、これしかない。

 愛撫と呼ぶにはあまりに他愛ない手を止めて、蕩けた顔を撫でる。

 

「な、なんでやめちゃうの……?」

 

 目を潤ませながら切なそうな声で、氷織がそう漏らした。崩れた口調はとうの昔に理性なんて溶けている事を教えてくれる。

 俺のやっている事が到底正しいとは思っていない。二人でずぶずぶとこのまま沈んでいくだけかもしれない。

 でもこれで氷織を縛れるのなら、俺はクソの役にも立たない倫理観なんて捨てて構わない。

 

「なあ、氷織」

 

 耳元でそう囁くだけで組み敷いた身体がぞくぞくと震えているのが分かる。

 氷織と初めて会った頃の自分が、今の俺を見たらさぞ蔑む事だろう。

 お前のやっている事は卑怯極まりない、と。

 

 清楚じゃない、と。

 

 馬鹿か。

 そんな戯言で氷織が今後傷付かずに済むのか? 

 死んでしまった人間が生き返るのか? 

 

「お前のしたい事、全部してやるから。お願いだって全部聞いてやる。だから……」

 

 それは脅迫であり、懇願であり。

 

「だからもう、戦わないでくれよ」

 

 そして祈りだった。

 見たくないんだ、お前が傷付くのを。

 いつかの時みたいに、お前が帰ってこない夜を不安で明かしたくないんだ。

 

「なんでも……?」

 

「ああ、なんでも」

 

 氷織が生唾を飲み込む音だけが、静かな部屋に響き渡る。

 その時、彼女と目が合った。今まで暗く濡れていたその瞳に、光が宿る。

 次の瞬間、視界がぐるりとひっくり返った。

 あの夜と同じように、氷織が馬乗りになって俺に跨がっている。

 

 ただ、あの時とは違って彼女はすぐに俺から離れた。

 

「朔さん。それは清楚なお兄さんが言う事じゃないですよ」

 

 荒くなった呼吸を何とか整えながら、窘めるように氷織はそう言った。

 ああ、そうか。俺が思っているよりも、ずっとこの子は初めて会った時より強くなっている。魔法少女としても、人としても。

 弱くなってしまった俺とは対照的に。

 

「……悪い、忘れてくれ。本当に悪かった、こんなつもりじゃなかったんだ」

 

 乱れた服を直しつつ、困ったように彼女は笑った。

 

「朔さんも疲れてるんですよ。今日はもう帰りますね、明日の朝はホットサンドが食べたいです」

 

「ああ、作っとくよ」

 

 何でもないように接しようとしてくれているのが、どうにも痛かった。

 部屋の灯りを点け、氷織をドアの前まで見送る。

 最後まで彼女は俺を責めなかった。

 

 

 

 

「何やってんだよ、俺」

 

 壁にもたれかかり、頭を抱える。

 これじゃただ、いたずらに氷織を弄んで傷付けただけだ。

 自己嫌悪でどうにかなりそうだった。

 

 

 

 ─────────────────────────────────

 

 

 

 自分の部屋に戻った瞬間、ベッドの上に飛び乗ってそのままごろごろ転がる。

 

 あれ、あれ、なになになになに!?!? 

 なんかこう、朔さんが私にえっちな、こう……言葉にしようとすると恥ずかしくて何も考えられなくなる。

 

 男の人からそういう事されるのって、都合のいい漫画の中の話だけだと思ってた……。

 

 落ち着こう、私。

 

 何か様子がおかしかったけど、大丈夫かな。朔さんが、私が魔法少女として戦うのを嫌がってるのは分かってたけど。でも、ああやって何かと引き換えにみたいな事をする人じゃないのにな。

 

 でも私は、できない約束はしない。清楚じゃないから。

 流されずにちゃんと「だめ!」って言えたのはかなり清楚だったかも。

 今日はもうシャワーを浴びて寝よう。朔さんも案外、明日にはケロッとしてるかもしれないし。

 

 ……ちゃんと眠れればいいな。

 

 触られた所が、お腹の奥が熱を持ったみたいに甘く痛む。好きな人に触られるとこうなるのかな。

 未だにうるさい心臓の音を鎮めるように、そっと胸に手を当てた。

 

 

 

 

 

 




サブタイ、「守名氷織はクソボケ」でもあります
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