【完結】うお……貞操逆転世界魔法少女物はちょっと盛りすぎ…… 作:しゅないだー
暗くなる前の夕方、氷織と散歩に出かけている時の事。
少し前に俺が血迷って彼女を押し倒した晩については、あれ以来どちらも触れる事はなかった。
近所の公園までぶらりと歩き、その近くの神社を軽く参拝して、スーパーで買い出しや近くにあるパン屋に寄り道したりするのが散歩の鉄板だった。
老人には少し厳しいであろう傾斜の石段を、下らない雑談を交えて上る。
上った先の境内には人もおらず、落ち葉が風で擦れる音だけが響いていた。
古びた賽銭箱に小銭を投げ入れ、柏手を打ってじっと祈る。
その様子を氷織は不思議そうに眺めていた。
「朔さんって散歩の時にいつも神社でこうやってお参りしていきますけど、何をお願いしてるんですか?」
「あー……世界平和」
「お前の無事だよ」は、面と向かって言うには少々臭過ぎる。
氷織というか魔法少女が無事なら、世界もぼちぼちは安泰だろうからあながち間違っちゃいないだろう。
「それは清楚……清楚なんですか?スケールが大き過ぎてよく分からないです」
「まあ部分的に清楚なんじゃないか」
「もう、適当に言ってますよね。世界平和もそもそも嘘臭いですし、何か言えない事なんでしょう?」
氷織がじっとりとした視線を向けてくる。
初詣だろうがこういう日々の散歩だろうが、今まではぼんやりと「風邪引きませんように」だとか「五千兆円降ってきますように」だとかそんな事を考えていた。
今考えると清楚もクソもない。
「俺はさ、試験合格とか自分で叶えられる願い事は神頼みしないの。本当にどうにもならない事は仕方ないから頼るけどさ」
氷織と出会わなければ、それなりの人生をそれなりに過ごせていたんだろう。
清楚なお兄さんをやり続けて、それなりに良い会社に入って、それなりに良い女性と付き合って、それなりに良い家庭を築いていたんだろう。
とても穏やかで、こんなに心を乱す事がないような、そんな人生。
魔法少女の苦しみなんてどうにもならない事を知らずに済む人生。
そんなのクソ食らえ、だな。
何かを思い付いたように、氷織は財布を取り出した。
そのまま隣で賽銭箱に小銭を入れ、俺と同じように柏手を打っている。
「私は魔法少女だからどんなお願いも大体叶っちゃうので。なので朔さんのお願いが叶いますように、ってお願いしました。本当に世界平和かどうか知りませんけど、これで当選確率2倍ですね」
そう手でブイを作ってみせる氷織に思わず笑みを零す。
「当選確率ってお前、宝くじじゃないんだからさ」
帰り道、行きと同じように石段を下って帰る途中。
「────という訳で今晩は、配信されたあの映画を見ませんか?」
夕飯を済ませた後に1度サブスクで映画を見せてやったら、ドハマりしてしまって定番の流れになりつつある。
「ああ、前見たやつの続き物だっけ。いいよ、日本史のワーク終わらせてからだけどな」
「やった!じゃあせっかくだし……お夕飯はピザ頼んじゃいま、うわっ!?」
はしゃいだからか、足を踏み外した氷織の手を咄嗟に取る。
「っぶねー……気を付けろよ」
「ご、ごめんなさい……浮かれ過ぎました……」
手なんか握ってやる事も、殆ど無いよな。
なんとなく離すのが名残惜しくて、そのまま歩き出すと氷織が久々におどおどしながら俺に声を掛けてきた。
「あ、えっと、手……繋いだままです、けど……いいんですか……?」
「いいんだ、俺がこうしたいだけだから。またこけられても困るし、今日は寒いからな」
「……えへへ、寒くて良かったです」
小さく冷たい手が、ぎゅっと握り返してきた。
「私、朔さんの手が好きなんです。温かくて、ごつごつしてて」
─────氷織が意識不明の重態、という知らせを逆見さんから受けたのはそれから数日後の事だった。
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頭が真っ白になって、電話を受けてからの事はよく覚えていない。
確か、もうとっくの昔に日は暮れていて。
重傷が命に別状はなくて、重態がヤバいんだっけ?
告げられた病院へ向かうタクシーの中で、そんな事をぼんやりと考えていた。
これまで氷織が怪我したり帰ってこない事はあったけど、こんな事なかったよな。
魔法少女って治るもんな、あいつ、あんな腹に裂かれたような傷跡あっても生きてるし。
でもこの間の、動画の魔法少女は?
って言うか、重態ってどういう意味なんだっけ?
もううるさいから、全部黙れよ。
頭の中がぐるぐると回って気持ち悪かった。
少しでも気を抜くと、どろどろと身体が溶けて二度と立ち上がれないような気がした。
焦った顔の逆見さんと、涙で顔をぐしゃぐしゃにしたクソガキがいた。
氷織は見た事もないような機械に繋がれ、数えるのも億劫な本数の管を通されていた。
淡々と交わされる医師達の言葉は理解どころか、知らない国の言葉のように耳を素通りする。ただ場の雰囲気は、明らかに氷織の容態が良くない事を示していた。
声を掛けてやってくれ、と言われた。
手を握ってやってくれ、と言われた。
「起きろよ。お前がいないと、俺」
言葉が詰まりながらも、そっと手を握る。血が足りていないのか、いつもよりもずっと冷たい。
辺りの喧騒が、耐えられないような耳鳴りに感じる。
神様がいるなら、どこで何をしてるんだ。
「あ……朔さんだ……」
その声だけが、煩わしい耳鳴りの中で澄んで聞こえた。
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「……蝸牛型の"顔付き"だったんだ。リリィちゃんはあーしを庇って、撃たれて。それがただの弾丸じゃなくて、寄生虫の卵だったのに気付けなかった。それが腹から飛び出してきた時には、肉と一緒にリリィちゃんの魔力も食い荒らしてて、そのせいで全然治らなくて」
想像するだけでも気が滅入る。
「もういいよ、別に詳細を聞きたい訳じゃない。君は悪くない事も知ってる」
"解体"の魔法少女、と彼女は名乗った。
氷織と組んで"顔付き"を討伐した事もあるらしい。
今回は彼女の魔法で寄生虫に侵された部位を"解体"し、再構成する事で少なくとも寄生虫は排除できた。ただ身体の治癒に使う魔力ごと食い荒らされていたから、傷を治せず死ぬ所だったらしい。
「お兄さんはリリィちゃんの恋人なんでしょ?凄いね、普通あの状態から一命取り留めるだけでも奇跡なのに、意識まですぐに戻るなんて。愛されてるんだね」
魔法少女の魔力とは欲望だ、そんな事を逆見さんは言っていた。死にかけの状態から何とか持ち直す。
それくらい、俺と一緒にいたいって思ってるんだろうか。
「僕はただの……お隣さんだよ」
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しばらくは面会謝絶だったが、氷織もその後の経過は順調らしく、集中治療室から病棟の方に移れたらしい。
面会は自由と聞いていたが、氷織の所に行く前に会いたい人がいた。
病院の談話室にいる、と連絡を受けて真っ先にそこを目指す。
ドアを開けると、逆見さんが疲れた顔で座っていた。
「あの時はすぐに柊木君が来てくれて良かった。私や花城君だけでは多分……どうにもならなかっただろう。それで、話とは?」
「逆見さんは、おかしいと思わないんですか」
「……何がだ」
すっとぼけやがって、もう我慢の限界だ。
机を大きく叩いて立ち上がった。
「おい、今すぐ氷織が魔法少女を辞められる方法を教えろ……!おかしいだろ、あんな子供が死にかけてまでやらなきゃいけない事か!?」
そのまま胸倉を掴んで壁に押し付けた瞬間、視界がぐるりと一周して地面に転がっていた。
どうやら軽く投げられたらしい。服の袖を掴まれたままだったからか、地面に叩き付けられる事もなく、痛みもなかった。
「そうだ。誰かがやらなければならない事だ」
すまなかった、と言いながら逆見さんが俺を立たせる。
「……分かってますよ、誰かがやらなきゃ結局皆死んじゃうんでしょう!?でも俺はもう、氷織に傷付いてほしくない」
そんな清楚も何もない弱音を吐いてしまう。
「そもそもの話だ。戦えない、となった魔法少女はその身柄を拘束される。彼女達の能力は制限もなしに一般社会で生きていくには強大過ぎる。妄獣を倒す、という責務を果たして初めて自由と贅を尽くす権利を保障される」
「おかしいだろ、理屈になってない」
今まで散々好き放題させておいて、言う事を聞かなくなったら自由を奪う?
怒りで噛み締めた奥歯が割れそうだった。
「でも、もうそれでもいい。20歳になりゃ解放されるんだろ?死ぬよりずっとマシだ」
逆見さんは気の毒そうに、俺を見つめた。
「魔法少女にとって最も大事な物は何か。あくまでこれも一般論だが……前も似たような話をしたな」
「愛情、って言いたいんですか」
チョコレートパフェを食べながらそんな話をした記憶がある。あの時はまだ、冷静に「魔法少女は氷織にとって存在価値なんだから、それを否定する資格なんてないですよ」なんて抜かしてたなあ。
あの頃の俺が今の俺を見たら、どんな顔をするだろうか。
「結局、どうあっても一番それを彼女達に注ぎ、また注がれるのは肉親だろう」
その言葉に嫌な予感がした。
「明言はしないが。彼女達は自分達の選択で、己の肉親に不利益が生じる事を理解している」
「……人質、って事ね。お前ら、どこまで腐ってんだよ」
蔑むような俺の口調に、逆見さんは腹を立てる様子もなかった。
そしてある事に気付く。
「待てよ、氷織に肉親はいないだろ。そんな縛り付けられる人間がどこにいるんだよ」
「私だ。氷織が戦う事を止めるのなら、私がその責を負う」
「……ッ」
接してきた時間で言えば、確かに逆見さんが氷織の親代わりみたいなものだろう。
そして、氷織が逆見さんを犠牲にしてまで戦うのを止める事はまずないだろう。あいつは優し過ぎる。
「……じゃあなんであんたは氷織に俺を会わせたんだよ、俺と会わなきゃあいつは魔力切れだかなんだかでそんなに大した事ない魔法少女だったんだろ。最初にあいつが『隣に引っ越したい』って言った時に、適当に断ってくれりゃ」
無茶苦茶な事を言っているのは承知していた。でも、誰かのせいにしたかった。
だって。
「俺と一緒に過ごしてたから、氷織は強くなって、それでもっと強い化け物に当てられるようになったんだろ」
もしそうなら、会わない方が良かったんじゃないか。
そんなどうしようもない考えが浮かんでくるほど、俺は追い詰められていた。
「柊木君。まず前提として、私は氷織が『戦いたくない』と言えばそれを尊重する。それで私がどういう処遇、処置を受けようともだ。それを踏まえた上で、何故氷織を君に会わせたかだが」
逆見さんは大きく息を吸い込んだ。
「私だって、氷織に幸せになってほしいからだ……!それ以外にあるか!?」
その表情に気圧された。
「あの子が初めて自分で望んだ事だ!叶えてやりたいに決まっているだろう!君ほど彼女に深く肩入れする事は許されないが、それでも8年だ!ずっとあの子を見てきた!中学校の入学式だって私が付き添った!」
俺は初めて、この人の素に触れたんだろうか。
「本当に嬉しかったんだ、氷織が『気になる人がいるんです』と話してくれた事が。今が一番幸せなんだ、あの子にとって」
彼女にとって氷織とは、妹であり娘でもあったのかもしれない。
「私にこんな事を言う資格がない事は重々承知している。だがな、それでも」
崩れかけた表情を正し、まっすぐ俺の瞳を見つめる。
「あの子を、信じてやってくれ。君が隣にいてくれるなら、氷織はずっと強くいられる」
「……ッ、じゃあ一体いつになったらこれは終わるんですか!?俺だって馬鹿じゃない、今がなんかおかしい事は何となく分かってる。でも」
俺には何もできない。
「俺はあと4年も、氷織が怪我をしたりこうやって死にかけるのを見てるだけしかできないんですか」
逆見さんは少し迷った後、ぼそりと呟いた。
「……詳しくは話せないが、展望は見えつつある。遅くとも年内には片が付くだろう」
「そう、ですか」
年内。まだ春先だから何とも言えないが、流石に氷織も1ヶ月は休ませてもらえるだろう。それまでに何とか事態が落ち着く事を祈る。
「色々すみません、失礼な事言っちゃって」
深々と頭を下げる。
「頭を上げてくれ。氷織を大事にしてくれている事、改めて礼を言う」
逆見さんと別れて、氷織の病室に入った。
テーブルランプの灯りだけが点っていて、氷織はもうとっくに寝入っている。
魔法少女御用達だというこの病院では面会時間なども自由らしい。
灯りの漏れ出ている部屋からは、労るような話し声が聞こえてくる。魔法少女も人の娘で、親に甘えたい時だってあるだろう。
「でもひとりぼっちの魔法少女は、お前だけか」
寝息を立てている氷織は、当然何も答える事はない。
淡雪のような髪の毛を、数えるように撫でる。
「いいよ、俺が側にいるから」
テーブルランプの灯りを消し、目を瞑る。
腹を決めた。
氷織が死んでも死に切れないくらい、大切な存在になろう。
俺にはそれくらいしかしてやれない。
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以下は『隷属』の魔法少女による、先月捕縛した"顔付き"尋問の音声記録である。
────では、この顔付きに関しての異常な事象は"完全な顔付き"の復活に付随しての事なのですね?
────そう、だ。王の帰還を、皆が祝ってる。これは、前夜祭、だ。
(鞭で打つような音の後、妄獣の悲鳴)
────何も喜ばしくありませんわ。ではその王とやらが再び叩きのめされれば、今の事態も少しは改善されるという認識でよろしいですわね?
────キヒ、不可能な事をさも簡単そうに言ってのけるのは
(何かを削るような音と共に、妄獣の唸り声)
────もう、いいだろう、殺してくれ。全部喋った、話せる事はもう何もない。
────無理ですわね、貴方の言っている事が本当かどうか分からないんですもの。裏が取れるまでは楽にするつもりはないですし……それに私の戦友を二人もあんな目に遭わせておいて「楽にしてくれ」は随分と虫の良い話ではなくて?
以上の聴取により、今回の事態は34年前に撃退された"完全な顔付き"が活動を再開するに当たって、その影響により妄獣の活動が活発化している事が要因と考えられる。
よって当該妄獣を再度撃退、あるいは完全に討伐する事で今の事態をある程度収束させられるのではないかと予測できる。
データ上では■県で特に"顔付き"の発生数増加傾向が見られ、近辺に当該妄獣が潜伏している可能性が考えられる。
近辺のエリアをカバーできるよう、
20位台の魔法少女3人を四国に配置する事でその穴を埋める。
状況に応じて
またこれ以上の魔法少女の死傷者数増加を防ぐ為、"顔付き"との戦闘の際には
そして通常の妄獣に関しても2名以上での討伐を必須とする。
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肉屋の店主は思わず目を擦った。
目は付いている。鼻も付いている。当然の如く、口も、耳も、髪の毛も。
なのに目の前で顎に手を当て、ショーケースの中の揚げ物を吟味している相手が人間以外の何かに見えて仕方なかった。
『コロッケ1つと……あとメンチカツも1つ』
「は、はい……」
それはわざとらしいくらいに、あまりにも"人間"だったから。
1度後ろを向いてしまえば、もう全く顔の面影すら思い出す事ができなかった。
そのまま、男とも女ともつかない"それ"は暗い夜道を悠々と歩き去っていった。
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"それ"はイヤホンを耳に差し、日の落ちた山頂から街の灯りを眺めていた。
『コロッケは美味い、夜景は綺麗、音楽は最高。作り出す物はこんなにも美しい!』
油の付いた包み紙をその"目"で捉えた瞬間、それは塵となって消えた。
『でもやっぱり、人間ってこんなに必要かなあ?』