【完結】うお……貞操逆転世界魔法少女物はちょっと盛りすぎ…… 作:しゅないだー
もうすっかり慣れてしまった病院のベッドから身体を起こして、朔さんがりんごの皮を剥く姿を何となく眺めていた。果物ナイフが踊るように滑る。
うさぎさんの形をしたそれが白いお皿に並んで、なんだか雪景色で遊んでいるみたいだった。
「別にいいんだけど、見てて面白いか?りんご剥いてるだけなのに」
芯をごみ箱に放り込むと、爪楊枝を刺したりんごの乗った皿をベッド脇のテーブルに置いてくれた。
「面白いというか器用だなあ、と思って。朔さんってよく果物を剥いてくれますけど、やっぱり好きなんですか?」
一切れを取ると、その甘さを噛み締めた。
内臓がぐちゃぐちゃだったらしくって、しばらくは物も食べられない点滴生活だったから何かを噛めるだけでとても嬉しい。
「いや……俺はどっちかというとチョコレートとかの甘さの方が好きなんだけどな」
そう言えば逆見さんも前に「柊木君はチョコレートパフェが好きらしいな」なんて言ってた気がする。
なんだか子供みたいで少し可愛い。
「そう言われりゃ季節の果物って高いし、こうやって用意するのもちょっと手間なんだよな。なんで俺はそんな物、律儀に……」
そのまま朔さんは黙ってしまって、部屋がまた静かになる。前はその沈黙が怖くて、慌てて自分でも何を言っているか分からないような事を口走っていたけど。
いつからだったんだろう、そんなの全然怖くなくなったのは。考え込んでいる朔さんの横顔は眺めていて飽きない。
数分後、ぽつりと彼は口を開いた。
「果物ってさ、食べなくても死なないよな。でもあったら嬉しいだろ、健康にも良いし。ビタミンとか沢山入ってて、風邪も引きにくくなるし」
「……?あ、はい」
いきなり要領を得ない事を言い出してどうしたんだろう、と首を傾げる。
「俺は多分、氷織にそういう物を食べてほしいんだろうな」
そう言いながら、朔さんは爪楊枝に刺さったりんごを取って口の中に放り込んだ。
「お前に風邪を引いてほしくないし、美味しい物を食べてほしい。綺麗な物を見てほしいし、できる事を増やしてほしい」
当たり前の事が、当たり前であってほしい。
そう言いながら、朔さんは私の目をじっと見つめた。
なあ氷織、と一拍置いて。
「俺達、付き合おうか」
「……つき?」
「つ、付き合おうかって、付き合うかどうかって事ですか!?!?交際の事ですか!?!?」
「交際の事だよ」
え、嘘、なんでなんでなんで?
ベッドから転げ落ちそうになりながら、わたわたと言葉を探す。5年、いや4年待ってやるって、もしかしてもう4年経った?いや、経ってない経ってない。
「えっと、でも清楚基準値が……」
「なんだよ、清楚基準値って。疲れてんの?」
「さ、朔さんが言ったのに酷いです!」
とぼけたように口笛を吹きながら、朔さんは穏やかな眼差しで頬杖をついた。
「別に断ったっていいよ」
「いや、それはもちろん、はい、お付き合いしたいです。させてください」
ベッドの上に正座して、深々と頭を下げたら「ちゃんと寝てろ」と怒られた。
怒られたのに、口元が緩んで仕方なかった。
「でも付き合うって……何するんでしょうね?」
したい事はあるけど、言い出す勇気もなくて。指と指を突き合わせて、何となく座りが悪いのを誤魔化す。
「まあ……一緒に出掛けたりとか?デートってやつだろ」
「それは今でもしてるじゃないですか、もっと他に、こう……」
よく考えたら、今までだって付き合ってるようなものだったのかもしれない。同じご飯を食べて、色んな所に連れて行ってもらって。
でも、私はもっと先が欲しかった。家族よりも、ずっと親密な何かが。もっと朔さんの特別になりたかった。
「じゃあ、そのよければ……キスとか……してみたい、です。恋人ですし」
顔から火が出そうなほど熱い。メイドチェキで強請った時は、半分冗談だったからそんなでもなかったけど。
そんな事言うのやめておけばよかった、なんて後悔しつつある。
絶対エロガキだとか、清楚じゃないとか思われてるもん。
「今回はちゅーとか言わないんだな」
からかうような声色じゃないのに、なんだか馬鹿にされてるみたいで恥ずかしい。やっぱりまだ子供扱いされてる気がする。
「キ、キスの方がなんか大人っぽい気がするので」
「じゃ、目閉じて」
女性なんだから、私がリードしなきゃいけないのに。言われるがままにそうしてしまった。
緊張で少し乾いた唇に、柔らかいものが触れて。
甘いりんごの香りがした。
ばくばくと心臓の音がうるさくて、それ以外の何も聞こえなくなって。
唇が離れた後も、鮮明にその感触が残っていた。
私、今すっごく恥ずかしい顔してる。触られたりしてる訳でもないのに、じんわりと身体が熱くて、幸せで。
「……もう一回、だめ?」
あの一瞬が名残惜しくて、仕方なくて。
子供みたいな甘え方で、そう聞いてしまった。
朔さんは黙ってそうしてくれた。さっきよりも少し長く。
息をするのも忘れるくらい、頭がぼーっとした。
「あの、し、舌入れるのもあるって聞いたんですけど……あいたっ」
額を指でぱちん、と弾かれる。
「4年早えよ、やっぱエロガキだな」
鼻で笑う朔さんを、額を押さえながら睨み付ける。
ふーん。なら4年経ったら、いいんだ。覚えておこっと。
「……こっちに来てください」
なんだよ、と椅子を寄せてきた朔さんをぎゅっと抱きしめる。
「私、ちゃんと大切にしますから。朔さんの事も、朔さんが大切にしてくれる私の事も」
それは本当によろしく頼むわ、と安心したように朔さんが笑ってくれた。
最近はずっと心配かけてて、曇ったような顔をしてたから嬉しい。
私は朔さんに、いつまでも笑っててほしいから。
「私は魔法少女アイシスリリィで。守名氷織で。柊木朔さんの恋人です」
なんだそれ、と朔さんは呆れたように私を見る。
それすら嬉しくて、私は心の中で何度もそう繰り返した。
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目が覚めた。
確か大学からの帰り道を歩いていて……ぼんやりとして、頭が上手く働かない。氷織のお見舞いに行かなきゃいけないのに。
あの日からずっと「私は彼女ですから」って浮かれて、俺が帰る時いつも寂しそうにするから、早く行ってやらないといけないのに。
寒さに身体が震え、そしてすぐに異常に気付く。
据え付けられた椅子に縛られて、身動きが取れない。
辺りは打ちっぱなしのコンクリートの床、窓も無い部屋。そんなに広くはない室内に、俺を除いて人が二人いる。
少しずつ記憶がぼんやりと形を取り戻していく。
家への近道をしようとして、誰もいない小道で、煙……そうだ、煙だ。
後ろから突然流れてきた煙に違和感を覚えて、振り向こうと思った時に意識が途切れて。あれを吸ったからか?
浮かれていたか、と言われれば否定できない。
最近は自分の事よりも氷織の方がずっと心配で、意識の外にあった。
いや、余計な事を考えさせたくなくて気付かないふりをしていただけかもしれない。
最近ずっと、何となく感じてはいた視線。
部屋にいる内の一人は、見覚えがあった。といっても名前すら覚束ない。
大学でたまに見かける事がある、そんな同級生の女の子だった。
「おはよう、柊木くん」
「……何かの冗談なら、この縄解いてくれたら嬉しいな」
彼女は薄気味悪い笑みを浮かべているだけで、それを解く素振りは見せなかった。
「僕をずっと付け回してたの、君なんだろ」
「うん。しばらくはあの魔法少女のガードが固かったから、大学の中しか無理だったけど。もう限界でね」
「……ストーカーなんて、今日日流行らないと思いますけどね」
良いニュースと悪いニュースがあるとしたら。
ずっと付いて回っていたあの視線の正体がようやく分かった事が、良いニュースで。
今の所そいつに拉致監禁されてる事が、悪いニュースと言えるだろう。
「せっかく人伝てに元魔法少女まで雇ったのに、あの魔法少女は今入院中なんだってね」
顔を明かしたくないのか、ピエロのような仮面を着けた女性が少し離れた壁際に立っていた。俺に向かってふざけたように手を振っている。
今、元魔法少女って聞こえた気がするが。
「……君は何が目的なの?」
「わ、私だって本当は見てるだけで良かったのに。柊木くんは誰にも靡かないから、それで諦められたのに」
確かに、俺は清楚なお兄さんをやろうとして誰とも付き合わない高嶺の花なんてのを目指していたが。
「でも、でも、あの魔法少女を贔屓してる!ずるい、ずるい、ずるい!」
その瞳が濁って見えた。俺を押し倒した時の氷織や、田舎の連中と同じ独りよがりな好意の押し付け。
「柊木くん、あの魔法少女に無理やり言う事聞かされてるんでしょ?だって1年生の頃は誰の事も軽くあしらってたのに、おかしいよ」
頭おかしいのか、こいつ。嫉妬と歪んだ好意でまともに物事が見られなくなっている。
「私と付き合ってくれるなら、家に帰してあげる。魔法少女なんて、今は華やかでも引退したら皆ぱっとしないでしょ。なのに子供の内から、男に唾つけて」
後ろにそのぱっとしない元魔法少女がいるけど大丈夫なのか、と冷や冷やした。いや、そんな場合じゃ全く無いが。
「そんなの卑怯じゃん。たまたま魔法少女に生まれたからって、欲しい物全部手に入って」
あまりに身勝手な理屈と、彼女達への軽視に苛立ちを覚えた。
氷織も、あのクソガキもずっと苦しんでるのに。
「あのな、次そういう事を言ったら二度とその口聞けなくさせてやる」
息を呑む音が聞こえた。俺の豹変ぶりに面食らっているらしい。
きっとこんな言い返され方をするとは思っていなかったんだろう。怯えて、大人しく俺が首を縦に振ると楽観視していたのかもしれない。
「あーあ、フラれちゃったね」
今まで壁際に立っていて、物の一つも言わなかった元魔法少女とやらがいつの間にか近くに来ていた。
声から察するに20代後半くらいかもしれない。
そのままたじろいでいるその子に、厚い封筒を手渡した。
「君が払ってくれた金額の3倍はあるよ。気に入ったから、それでこの子を買い取るね。君は全部忘れてお家に帰るといいよ」
「え、は、何言って……」
その子は困惑したように封筒と仮面を着けた女を何度も見比べた。
「私が君と契約したのは『彼をここまで連れてくる事』だよね。舞い上がってちゃんと考えてなかったみたいだけど、この後どうするの?」
「この後って、それは……」
「彼は君の言う事を聞いてくれない訳だけど、大人しくお家に帰すの?通報されちゃうかもね」
嫌な予感がした。
「それともどうする?元を取るためにヤケになって犯してみる?ただその辺にいる普通の大学生1人じゃその後の管理なんてできないだろうね。ご飯は食べさせられても身体はどんどん汚れていくし、そもそも病気になったらどうするの?見殺しにするの?」
その子は押し黙って、冷や汗をかいていた。考えとけよ、その辺はちゃんと。
「不満そうだね、警察に言い付けてみる?でも君も、もれなく犯罪者だよ。こっちには君が依頼してきた証拠も残ってるんだから」
蛇に睨まれた蛙のように、その子は固まって動けなくなっていた。
嫉妬と興奮と歪み切った好意で狭められた視界に、急に現実を突き付けられてようやく自分がやっている事のヤバさを理解したのかもしれない。
「私、行動が遅い子って嫌いだなあ」
女の手から、薄っすらと煙が立ち昇り始めた事に気付く。あの時流れてきた煙も、やっぱりこいつかよ。
「……早く行けよ、全部忘れろ!」
俺がそう叫んだ瞬間、金縛りのような硬直が解けたのか「はぁ」だか「ひぃ」だかよく分からない声を上げてその子はドアを開けて逃げていった。
女はそれを追う素振りも見せなかった。本当はどうでも良かったんだろう。
「君、優しいんだね。こんな事になってる原因だよ?」
「どうせ、あの子がどう答えたって自分の都合の良いようにするんだろ。あんた、手慣れ過ぎだ。思い通りにさせるのもムカつく」
女は笑うだけで答えなかった。
それ自体が答えを示していた。
「もしかして賭けてるのかな、彼女が助けを呼んでくれる事に。それは無理でしょ」
癪だが、それには同意せざるを得なかった。人間ってのは残念ながらそこまで強くない。
「気に入った子をこうやって買い取るの、2,3回はあったかな。誰も通報なんかしなかったよ」
そいつらがどうなったのか、聞く勇気はなかった。
「勘違いしないでね、誰にでもじゃないよ?普段は面倒臭いから料金だけ貰って、後はお任せするんだけどね。君が気に入ったのと、あの子があまりにも短絡的過ぎて私の仕事が勿体ないから」
そんな嬉しくない台詞を付け加えられた。
「独りよがりの恋慕を拗らせて。後先考えず意中の相手を攫う事を依頼して。挙げ句の果てに、目的の一つも達成できずにすごすごと逃げ去るような子達だよ?そんな度胸ある訳もないよね」
女はゆっくりと取り出した工具箱のような物を机に置いた。
「惨めだよね、帰って自分のベッドの中で罪悪感を抱えて、貰った札束に手も付けられずにずっと苦しいまま生きていくんだよ」
くすくすとそう笑っている。
「君みたいな若い男の子をさ、良い感じに躾けて売り飛ばすと金になるんだよ。特に君は良いね……最近の男の子って輪を掛けて骨がないからね。好きだよ、君みたいな勝ち気な子。私は商品に手を付けない主義だから、味見できないのが残念だな」
法治国家で聞いていい台詞じゃねえだろ、どう考えても。
「何日も掛けて壊す所を撮影して、一緒に添えてやると高く買ってくれるんだ。そういう金持ちって自分じゃ手を下す勇気はないけど、過程は見たがるからね。君みたいな負けん気の強い子が壊れて従順なお人形さんになる所を、じっくりとね」
いつか友人にふざけて言われた「女に都合の良いエロ漫画の登場人物」なんて表現が最悪の形で現実になりつつあった。R18でも、恐らくGが付く方だが。
その言葉の端々から、俺を怯えさせようとしているのが伝わってくる。
もう"仕込み"は始まっているんだろう。舐められてたまるか。
「申し訳ないけど、俺はそういうご期待には添えないと思う。なあ、俺はあんたの事を喋るつもりはない。あんたがさっきの子に渡した金、色付けて補填したっていい。お互いにとって時間の無駄はやめた方が無難だろ」
趣味は最悪だが、話しぶりから察するにこの元魔法少女とやらは馬鹿じゃない。
そもそも氷織から聞いた13位だったか、現役の魔法少女から逃げおおせつつ複数回繰り返してる時点で相当なやり手だろう。
メリットを提示しろ、理性に訴えかけろ。
「君は賢いんだね、怖いのに頑張って冷静でいようとしてる。でもね。これ、趣味も兼ねてなんだ。もうそういう性なんだから仕方ないよね、まともだったらこんな事しないよ」
背骨を冷たい手で撫でられたような気がした。
こいつは駄目だ。理屈が通じない。
知恵がある事と、獣みたいな残酷さは両立するのだと突き付けられた。
氷織が前に「元魔法少女が暴力を振るったり酷い事をしたりする事がある」なんて言っていたのを思い出す。
酷い事ったって、限度があるだろ。
なんか妙に言い淀んでると思ったが、そりゃ言える訳ないよな。
特にこいつは言動から察するに恐らく常習犯だろう。一番たちが悪いのに捕まったのかもしれない。
「現役だった頃、私の担当は好き放題させてくれたんだ。金で買った子で"遊んでも"怒られる事なんてなかったんだけどね、お互い納得ずくで。でも20歳になった途端『もう許されません』は酷いと思わない?」
魔法少女だからってそんな真似、当然許される訳がない。
でも魔法少女付きが皆、逆見さんみたいな人とは限らない。絶対にいるはずだ、自分の担当の顔色を窺って不味い事を揉み消すような奴も。
目の前のこの女もまた、確かに魔法少女の成れの果てだった。
氷織やクソガキの、もしもの姿。
悪い事を悪い事だと教えてもらえなかった、子供の末路。
「痛いのと、苦しいのと、怖いのと。どれがいい?まあ結局、全部試す事にはなるんだけどね」
そう言いながら、目隠しをされた。
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元魔法少女による暴力等の違法行為は、過去に比べて減少しつつある。
手厚い保障やサポートの充実によって、そもそもそういった暴力に走る要因を潰しているのが功を奏しているのだろう。
ただ、それでも決して0にはならない。
どれだけ覆い隠そうとしても。持って生まれた獣のような性に、何かを傷付けたい、征服したい、屈服させたいという欲求に苦しむ人間はいる。ただそれでも、折り合いを付けて生きている。
自分のしたいように物事を通すには、この現代社会では個人の力はあまりにもちっぽけだ。
ただ、それが魔法少女なら。
ある
────妄獣が人の淀みから生まれるのなら……やっぱり一番悪辣なのは、人なのかもしれないですよ。
ここ最近は展開の為に中々ぶん回しているので、読者もついてきてくれるかな……と心配で「私を信じて……」と言おうかと思ったんですが、今作は匿名なので信じるもクソもありませんでしたがはは
それでも私を信じて……
逆見も言ってましたが、遅くとも年内には片が付くでしょう。
それじゃ、貞操逆転世界パートです(無常)
次回、底の底。