【完結】うお……貞操逆転世界魔法少女物はちょっと盛りすぎ…… 作:しゅないだー
「……ぁ、ぐ」
「本当はこの様子も配信とかできたら、凄くお金になるんだろうけどね。すぐ足が付いちゃうからね」
何も見えない。痛い。怖い。
目隠しのせいで、時間感覚すら覚束ない。あれから、どれくらい経った?
「私はね、今の魔法少女優遇も大事だと思うけど。これからはそれ以上に、君達みたいな若い男性の保護に努めるべきだと思ってるんだ」
「っ、が、ぎ……!」
指の先に激痛が走る。砕けそうなくらい歯を食いしばって極力声を出さないように耐えた。
「爪と肉の間に針を刺すって定番だけどね、外傷が目立たない割に苦痛が大きいから。シンプルイズベストだよね」
自分が今何をされてるのか、考えたくもないのに耳の中にそんな言葉が流れ込んでくる。いっその事、気を失えたら良かったのに。
「君達、もっと貴重になっていくんだからさ。私みたいなのも絶対増えると思うんだよね。君もそうだと思わない?」
「くた、ばれ、バーカ」
声のした方に、唾を吐いた。
「……本当に君、根性あるね。どうやったら壊れてくれるのかな?」
氷織が気付いてくれる、絶対に。
1日、いや2日見舞いに来なければおかしいって思うはずだ。
……でも。こいつみたいな常習犯が、そんなちょっと探せば見つかるような足の付き方をする攫い方をするだろうか。
「あんたも、哀れ、だよな。魔法少女なんかに生まれなかったら、自分に合った身の丈で生きられたろうに」
そんな事を考えても仕方ない。
だから、俺は絶対に自分のペースを崩すな。折れるな。弱音を吐くな。
「私、そういう浅い同情されるのが一番嫌いなんだよね。魔法少女だったお陰で、あの頃も今もこんなに自分らしく生きられてるのに」
唇に何か柔らかい物が触れたかと思うと、何か咥内に流し込まれた。それは喉の奥を一瞬で満たして、激しく嘔吐いてしまう。
「……っ、げほっ、ごほっ、おえっ」
液体でも個体でもない、いがらっぽい何かが喉を刺す。鼻に抜ける刺激臭、煙みたいだ。また煙かよ。
「もういいや。これやると下手したら壊し過ぎちゃうかもしれないから、止めてたんだけどね。時間かけ過ぎてもダレるし」
もしかしてファーストキスだったかな、なんて嘲るような口調で聞いてくる相手を鼻で笑い飛ばす。
「テメーなんかより、100倍いい女と済ませてるよ」
痛いだけ、苦しいだけならどうとでも耐えてやる。
氷織はいつももっと痛いし、もっと苦しい。
「それは良かったね」
声が変わった。どこか聞き覚えのあるその声は。
「人ってね、自分が信じてる人に裏切られるのが一番辛いんだよ」
目隠しが取られた。
そこにいたのは仮面を着けた女ではなく。
「……は? 氷織……?」
制服を着た氷織が立っていた。背丈も、透き通るような白髪も、少し気弱そうにも見える柔らかな表情も、紛れもなく氷織だった。
「私の姿は誰に見えてるのかな? ご両親? それとも恋人? ヒオリ……多分女の子だね、彼女かな。いや……あの魔法少女だったね! そうそう、私は氷織だよ」
幻覚、幻覚だ。さっき吸わされた煙に絶対何か入ってたんだ。
「その顔で、声で喋るな……!」
こいつは子供なんだ。
虫の手足を千切って遊ぶ、無邪気な悪意を持ったそういう子供。
そんな奴が矯正される事もないまま、力を持ってそのまま育ってしまった。
だから相手が何をされるのが嫌か、一番理解している。
魔法少女って言ったって、その全員が無垢で健気な少女とは限らない事なんて分かり切ってたのに。気付かない訳がなかったのに。
俺が一番最初に出会った魔法少女は、あまりに眩し過ぎたから。
「どう呼ばれてるのかな。確か君の名前は、と」
俺の財布の中に入っていた免許証を取り出す。
「柊木くん? 柊木さん? 朔くん? 朔さん?」
聞くな、と身体に言い聞かせても手が縛られていて、耳を塞ぐ事すらできない。
「……朔さんだね」
やめろ、嫌だ。
「じゃ、朔さん。今から続き、しようね? 親指に何本入るか試してみようか」
これは氷織じゃない、と頭で言い聞かせても。
視界に映っているのはどう見ても氷織だった。
目を閉じても、聞こえてくるのは氷織の声だった。
頭の中で痛みから逃げるように必死に縋っていた、氷織の笑顔が溶けて消えて。
その全部が、目の前で俺の身体を弄ぶ彼女の姿に塗り潰されて。
本当は分かっていた。
俺はそんなに強い人間じゃなかった。
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「私の、私のせいで」
病院のベッドの上で、面会希望だという女性が顔を真っ青にしてそう繰り返すのを聞いていた。朔さんと同期らしい。
途切れ途切れで、話の内容も前後していたから理解するのに時間がかかった。
ただ、それ以上に脳が理解を拒んでいたのかもしれない。
「……あなたが朔さんを攫うように、元魔法少女の人に頼んで。今、その元魔法少女の所にまだ朔さんがいるんですか」
「あの元魔法少女、そういう闇サイトで見つけて……柊木くん、ヤバいかもしれなくて」
朔さんがお見舞いに来なくなって、3日経っていた。
逆見さんが様子を見に行ってくれたけど、家にもいなかったし夜家さんも場所を知らなかった。
実家に帰ってるのかとも思ったけど、メッセージも返ってこないし電話にも出てくれない。彼女なのに。
そろそろ警察に相談した方がいいんじゃないか、と逆見さんが話していた矢先の事だった。
「なんで、なんで、もっと早く……!」
「こ、怖くて……だって私の、私のせいだってバレたらどうなるか……」
頭がくらくらとした。
「攫うなんて、なんでそんな馬鹿なことを」
そう呟いた瞬間、彼女の瞳が濁ったように淀んだ。ああ、多分あの夜に私もこんな目をしてたんだ。
「っ、私は見てるだけで良かったのに! あなたが魔法少女だからって贔屓──」
そう言い終わる前に、逆見さんが彼女を殴っていた。
「私の氷織に二度とそんな口を聞くな……!」
肩で息をしながら、そう低い声で彼女の胸倉を掴んでいた。
腫れた頬に手を当てながら彼女が怯えたように頷くと、突き飛ばすようにその手を離す。
「……始末書物だな。氷織、お前は病み上がりなんだから無理はするなよ。事が終わったらまた休養を取れ」
頷いて、ベッドから降りた。
彼女の話が全部本当なら。朔さんは今頃何をされてるのか、考えたくもなかった。1秒でも早く行かなきゃ。
「柊木くんが『早く行けよ』って言ってくれなかったら、私、多分あの人に……私、取り返しつかないこと、しちゃった」
ごめんなさい、と泣きながら呟き続ける女性を後にして私は急いで病院を出た。
私に、あの人を責める資格はあるんだろうか。彼女の言う通り、魔法少女である事を利用して無理やり近付いた私に。
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彼女が告げた場所は、私有地の山の奥にある廃工場だった。
その山を例の元魔法少女が所有しているらしく、何もヒントがなければ見つけるのはほぼ不可能に近かったかもしれない。
『先程の彼女の話を伺うに、恐らく元"煙幻"の魔法少女だ。様々な作用のある煙を放出する魔法を使う。妄獣には通用しなくても、人間相手には今もまだ健在という事だろう。まさかこんな事をしているとは思わなかったが……』
戦闘が起きた場合に備えて、逆見さんはインカム越しに私に情報をくれた。廃工場の外で待機して、制圧次第入ってくる流れになっている。
誰もいない工場の中を、僅かな音を頼りに歩く。
微かに機械の駆動音が聞こえて、そっちへ向かって全速力で駆けた。
その音の先にいたのは、ノートPCで何か作業をしているピエロのような仮面を着けた女性だった。
話によれば、この人が元魔法少女で今朔さんを捕まえてる人になる。
「……おっと、魔法少女とは。まさかあの子、自首したのかい? 想定外だね」
その元魔法少女は大した焦りも見せず、先程まで触っていたノートPCを閉じた。
「でも魔法少女が元は君達と同じとはいえ、一般人に手を出していいのかな? 駄目だよね」
私達にもルールはある。
魔法少女はその魔法を用いて人を傷付けてはいけない。
ただし。
「逆見さん。私に来てた《13位》の話、まだ生きてますよね」
『……ああ、保留にしている』
「拝命します」
『……許可する。上には後で私が話を通す』
そんな会話が聞こえていたのか、元魔法少女は仮面越しでも露骨に分かるほど焦ったのか声色が変わった。
「はあ!? おいおいおい、ズルいだろそれは」
「投降……しないでいいです。大義名分ができるので」
魔力を集中させて、氷の剣を形作る。
「なあ、君だって魔法少女ならやった事あるんじゃないのか? 自分の力を盾に、やりたい事を押し通した事。人を傷付けた事。私を非難できるほど君は高潔なのか?」
胸がずきんと痛んだ。あの夜、朔さんを押し倒した日。
私だって、そうしかけた事はある。でも私は止まれた。朔さんが止めてくれた。
「……哀れですね、それはただの詭弁です。あなたには、悪い事を悪い事だって教えてくれる人がいなかっただけ」
「へえ、似たような事を言うんだね。朔さん、だっけ」
朔さんが、そんな事も全部教えてくれたから私は今堂々と立っていられる。
「でもね、彼ってさ。君の姿を借りたら、すぐにぽっきり折れちゃったよ。それまでずっと頑張ってたのに」
言葉の意味は分からないのに、嫌な汗が背中を伝う。
「2日目には『やめてください』『許してください』って泣いてて、可愛かったよ?」
言う訳ない。朔さんはとっても強いんだからそんな事、言う訳ない。
挑発だ、と分かっていても頭に血が上る。
「────『
「────『
怒りで身体が強張っていたせいか、一瞬反応が遅れた。
全方位へ無差別の煙放出。
私に効くのかどうかも分からないけど、吸う選択肢はない。
相手を凍結させる事は一旦諦めて氷でシェルターを作り、煙から身を防ぐ。
響く足音は、相手が逃げの一手を打ったことを意味していた。
私の魔法は、基本的に対象を視認して凍らせる。他の魔法少女が使う魔法も、基本的には使用する相手をしっかり認識する必要がある。
相手の魔法は撹乱と攻撃と逃走を同時にできる点で、汎用性が高い。現役時代は相当やり手だったんだろうけど。
ただ、私は物にしつつあった。
最後のピースは、怒りだった。
「────『
私の大事な人を傷付けた者は、この場で全て凍れ。
視認しなくても、私がそうであれと願った対象が
ようやく視界が良好になると、両足が凍って動けないまま這っている元魔法少女を部屋の隅に見つけた。
ゆっくりと彼女の方へ向かって歩いていく。
「今から、その足を踏み砕きます。凍った状態でそんな事したらどうなるんでしょうね」
「待て待て待て待て、やめろ、分かった、私が悪かった!」
「もう、遅いんですよ」
足を振り上げた瞬間、恐怖で気を失ったのか彼女は何も喋らなくなった。
私も別にそんな事をしたい訳じゃなかった。
でも朔さんはもっと怖い思いをしただろうから。
振り上げた足を下ろして、首を残して氷漬けにして拘束する。
『氷織……?』
相手が何一つ物を言わなくなった事に違和感を感じているのか、逆見さんがそう声を掛けてきた。
「……まだ死んでないので、回収をお願いします。逆見さん、少し聞いてもいいですか」
『ああ』
「なんで大人の人達は、私達に好き放題させるんですか。なんで叱ってくれないんですか」
『……』
「魔法少女が人を不幸にするなら、あなた達がそれを作り出してるのと一緒じゃないですか!」
逆見さんは押し黙ったまま、ただ一言『すまない』とだけ口を開いた。
「……ごめんなさい。こんな言い方、するつもりじゃなかったんです」
廃工場の一番奥、窓を塞がれた部屋に彼はいた。
椅子に座らされて、肘掛けに腕が縛り付けられ、逃げられないようにされていた。
顔に傷はないけれど、手や足の指は血だらけで。
「朔さん……?」
彼は虚ろな顔で、涎を垂らしながら頭を上げて私を見た。
「あ、あ……! やだ、やだ、こないで」
小さな子供のように怯えて首を振る姿は、私をからかったり色んな所に連れて行ってくれたのと同じ人とは思えなくて。
朔さんは、私の事を化物でも見るような目をしながら。
過呼吸のように乱れて息を上手く吸えないのか、酸欠でどんどん顔色が白くなって。
逆見さんが部屋に入ってくるまで、私は呆然としたままその場に立ち尽くしていた。
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朔さんがどんな事をされていたのか、全部録画されたデータがあったらしい。
逆見さんはそれを少し確認した後「お前は見るべきじゃない」と廃棄した。
病院の待合ロビーで、朔さんの話をお医者さんから聞いた逆見さんを待っていた。
ソファで項垂れていた私の隣に、話が終わったのか逆見さんが腰掛ける。
「あの二人はどちらも然るべき裁きを受ける。元魔法少女の方は、二度と日の目を見る事はないだろう」
「そんなの、どうだっていいです」
本当にそんなのどうでもよかった。私は朔さんがいれば、朔さんが元気になれるならそれだけで良かった。
「朔さん、どうなっちゃったんですか」
私が見た朔さんは、まるで別人みたいで。私を見て怖がってた。辛そうにしてた。
「強いショックを受けて一時的に錯乱しているが、数日もすれば回復するそうだ。ただ……氷織、ゆっくりでいいから落ち着いて聞いてほしい」
沈痛な面持ちで逆見さんが話す事をゆっくり飲み込もうとして……できなかった。
「そう、ですか」
実感が湧かない。
「私、これから何の為に頑張ればいいのかな」
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彼女の魔法少女付きにメンタルケアを頼まれての事だった。
「あ、舞ちゃん。来てくれてありがとう」
「……ひーちゃん、退院と一緒に引っ越すって聞いたんだけど」
「うん、お医者さんから逆見さんが聞いてくれたんだけど。朔さんね、多分、私の姿や声がトラウマになっちゃったんだって。私の顔や声で酷い事されたから。だから私が近くにいると、多分また辛くなっちゃう」
「それに私が特別扱いされてたら、また同じような事が起きちゃうかもしれないし。朔さんは皆の清楚なお兄さんだもん」
「大丈夫だよ、私。いっぱい色んな事教えてもらったんだから。お箸だってちゃんと使えるし、一人で料理もできるし。洗濯も掃除もちゃんとしてるし、2年生からは高校に行ってみるつもりだったから通学の事も考えた場所にしようかな」
「そうそう、勉強だって頑張ってるんだよ? でも、大学は別の所を目指した方がいいかな。もしばったり会ったりしたら朔さんが可哀想だから」
「……でも、傷になってるのが私だけで良かった! それならまだ、将来朔さんの事をしっかりと支えてくれる女の人とお付き合いできると思うし」
「朔さんはかっこいいから、これから良い人絶対見つかるもん。本当にモテモテなんだよ」
「……ひーちゃん。笑わなくていいんだよ」
「……好きだったんだよ」
氷織はそうぽつりと零した。
「朔さんが付き合おうって言ってくれて、本当に嬉しくて。その日の夜ずっと眠れなかったの。だからノートにしたい事とか、行きたい所とか沢山書いて。これから、が沢山あったのに」
言葉が嗚咽に変わって、それが止むまで。舞は氷織の隣にただ座っていた。
「本当に、本当に大好きだったんだよ、私」
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どこかぼんやりとしたまま、数週間ぶりに家に帰った。
身体の傷は大した事がなかった。
あの女はそこの所、プロ意識はあったらしい。俺を売り飛ばす時に癒えないような傷が付いていると商品価値が下がるんだろう。
靄がかったようになっていて、あの数日の事を鮮明に思い出そうとすると頭が痛む。
ただ氷織に本当に申し訳ない事をしたらしいのは覚えている。
「謝らなきゃな……」
氷織が暮らしている隣の部屋のドアノブへ、手を掛けた。
ただ、どうしても。
写真で見ても、動画で声を聞いても。氷織を見たり声を聞いたりすると、あの数日がフラッシュバックして。息がし辛くなって、あの日の事を思い出してしまって。
でも、あれはあいつじゃないんだから。
そう言い聞かせているのに。ドアノブに触れた手が、がたがたと震える。呼吸が浅くなって、顔色が悪くなる。
言う事を聞けよ、俺の身体なら。
「くそ……!」
ドアは開かなかった。
チャイムを鳴らしても、ノックをしても返事はない。
腸が煮えくり返りそうだった。少しほっとしている自分がいる事に。
翌日も。
その翌日も。
そのまた翌日も。
隣の部屋には、もう誰もいなかった。
まるで最初から人なんか住んでなかったんじゃないか、って思うくらいに。
「……なんで」
それから氷織が俺のお隣さんになる事は、もう二度となかった。