【完結】うお……貞操逆転世界魔法少女物はちょっと盛りすぎ……   作:しゅないだー

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#26「私が願う、たった一つは」

 

 

 あれから何ヶ月が過ぎたか、よく覚えてない。

 春が終わって、少し暑過ぎるくらいの夏だった。額に浮かんだ汗を拭って、通学路を急ぎ足で歩く。

 

「ひおりん、昨日の配信見たよ〜! やっぱかっこいいね!」

 

 駆け込むように教室に入ると、クラスメイトにそう声をかけられた。

 色んな人に見られるのは恥ずかしいけれど、勇気を貰えると言ってもらえるのは嬉しかった。

 

 後はもし、万が一、本当にありえない確率だとしても。

 朔さんが私の顔を動画越しでなら、なんとか見られるくらいに元気になったら。

 私がちゃんとやれている姿を見てもらえたら、それでいいと思える。だから私は、あれから慣れない配信をずっと続けている。

 

「ありがと、でもお陰で今日の数Ⅱの小テスト全然勉強できてなくて……ちょっと教えて?」

 

「魔法少女も数学にはたじたじって、なんか親近感湧くよね」

 

 私は女子高生。

 魔法少女で、ちょっと数学が苦手で、それでも皆の為に毎日頑張る清楚な女子高生。

 

 中学生の頃と違って、魔法少女なんて肩書きに頼らなくても人と話せるようになった。2年生から、というイレギュラーだったけど思ったよりもすんなりと馴染めた。

 

 人に好かれるような話し方や態度は、ずっと隣で見てきたから。

 友達もそれなりにできて、先生からも「守名さんはいつも頑張ってるね」と褒めてもらって。自分でも拍子抜けするくらいに、結構順調な学生生活を送れている。

 

 

 彼氏は……いいや。

 

 

 朔さんは元気かな。

 ちゃんとご飯を食べてるかな。

 いつだったっけ。私が2日家を空けただけで自分のお夕飯、適当にしちゃってたもんね。

 風邪とか引いてないといいなあ。

 

 もう私の事は忘れてくれたかな。

 あのアパートを出る前、最後に店長さんのお店に行ってオムライスを食べた時の事を思い出す。

 

 

 

 ─────────────────────────────────

 

 

 

 このオムライスも食べ納めかと思うと、とても名残惜しくなったのを覚えている。

 向かい側に座ったまま、私の話を聞いていた店長さんは苦虫を噛み潰したような顔をした。

 

「……そうか。それで朔の辛い記憶を消してほしい、と」

 

 朔さんの話を勝手にするのは良くない事だと思うけど、背に腹は替えられなかった。

 

「氷織ちゃん。前にも言ったが、嫌な記憶だけ消し去るというのは不可能だ。話を聞く分には……仮にそうすれば朔のトラウマに紐付いている氷織ちゃんとの記憶、思い出も恐らく消えるだろう」

 

「……いいです。それで朔さんが元気になれるなら、私は構いません」

 

 朔さんが辛い思いをせずに、幸せになれるならそれでいい。

 朔さんを幸せにするのは、私じゃなくていい。

 清楚なお姉さんは、うじうじと文句を言わない。

 

「可愛い女の子のお願いは二つ返事で聞いてやるのが私のモットーだが……こればかりはあいつの尊厳もあるからな、確約はできない」

 

 朔が望めばな、と言う店長に頷く。

 朔さんが楽になるのは、私の事を忘れてもいいと思った時だけなんだ。

 そう思うと胸がずきずきと痛んだけど、それでも朔さんが少しでも楽になってくれればそれで良かった。

 

「また食べに来てくれよ」

 

 そう店長さんが言ってくれるのを、曖昧に笑って誤魔化して。

 このお店で食べるのは最後になるであろうオムライスを噛み締めた。

 

 

 

 ─────────────────────────────────

 

 

 夜家さんの所にも行ったっけ。

 

 朔さんと会わないように、少し遠くのカフェに来てもらえないかとお願いしたら「僕に心変わりしたの? 朔くんに殴られるから困っちゃうなあ」とか言っていたので「そんな事は絶対にないです」と念押しした。

 

 アイスコーヒーにシロップを入れながら、夜家さんが珍しく驚いた顔をしたのを覚えている。

 

「えっ、氷織ちゃん引っ越すの? なんで? 朔くんと喧嘩でもしたの?」

 

「そういう訳じゃないんですけど。まあ、その、通学とかの関係です」

 

 なんだか納得いかなさそうな顔をしているけど、根掘り葉掘り聞かれる前に押し切った。

 

「朔さんは今ちょっと……色々あって元気がないので、夜家さんに励ましてもらえたらなって」

 

「ああ、なんかしばらく大学来てないね。でも僕が連絡しても全然返事ないんだよ、氷織ちゃんが励ましてあげればいいじゃない」

 

 それができたら苦労はしないのに、本当に。

 

「夜家さんが強引にでも遊びに連れ出してあげてください、ぱーっと。女の子も沢山呼んで、そういうの得意でしょう?」

 

 今の朔さんに必要なのは楽しい事や面白い事で気分転換する事だと思う。

 そして夜家さんはそういう事が大好きだから、大丈夫。

 そのはずだったのに。

 

「氷織ちゃん。僕はね、女の子の嫌がる事ってできないんだよね」

 

 あっさりと、そう言って断られた。

 

「……朔さんはかっこいいから、嫌がる人なんていませんよ」

 

「いや、いるね」

 

 むっとなった。朔さんの何が不満なんだろう、その人は。

 誰なんですか、と詰め寄ると夜家さんは私を指差した。

 

「君が嫌がってる。だからそれは聞いてあげられないなぁ」

 

 心の内を見透かされたようで、顔が熱くなる。私はずっと我慢してるのに。気付かないふりしてるのに。

 

「……夜家さんのバカ! 嫌い!」

 

「ええっ!? なんで!?」

 

 八つ当たりを投げ付けて、伝票を持って席を立つ。

 この人に会うのも、多分これが最後になるのかなあ。振り返って、ぺこりと一礼する。

 

「今まで色々相談に乗ってもらったりして、ありがとうございました」

 

「なんか変な言い方、別にこれからも全然乗るけどね。じゃ、またね」

 

 そう言って、手をひらひらと振っていた。

 結局、この人の事も最後までよく分からなかった。

 

 

 

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 一人暮らしにもすっかり慣れた。

 毎食ちゃんと自分で作れるようになったし、お昼にはちゃんとお弁当を持って行くようにしている。

 魔法少女なんだからそんな事しなくてもいいのに、ってよく言われるけど。私は自分でできる事を、毎日ほんの少しでもいいから増やしている。

 

 

 ある日"顔付き"を倒した後、一緒に組んだ魔法少女に「氷織ちゃん引っ越したんでしょ? さくっと終わっちゃったし、新しいおうち見せてよ」と言われて断り切れなかった。

 

 ちょうど夕飯時だし、何か食べてもらった方がいいかな。冷蔵庫の中身を確認したら、まあ野菜炒めくらいは作れそう。

 私の部屋の中で一頻りくつろいだ後、彼女は「ごめんね」と笑った。

 

「氷織ちゃん、やっぱり最近元気ないように見えたから。無理言っちゃった、でも平気そうだね」

 

 実を言うと、一人で部屋にいてもろくでもない事ばかり考えてしまうから有難かった。でもそんな事を言っても心配させちゃうだけだし「全然いいんですよ」とだけ答えた。

 

「それにしても氷織ちゃんって本当に魔法少女、って感じの魔法で羨ましいよね〜。私の魔法なんか見てよ、彼氏も作れないし」

 

 "笑顔"の魔法少女、濡羽(ぬれは)沙羅(さら)さん。

 

 たまに魔法が常時発動しているタイプの人もいて、彼女もその一人だった。

 沙羅さんの顔を見ると強制的に笑顔になっちゃう魔法なんだとか。

 それは味方も敵もだから、基本的に彼女は一人で戦う事が多い。それでいてどんな顔付きも本当に危なげなく倒しちゃうから、上の人達が『対顔付き最終兵器』なんて言うのも頷ける。

 

「日常生活もこれ着けてないと皆私の顔を見て笑っちゃうし。失礼な話じゃない?」

 

 顔をずっと晒していると他の人に迷惑がかかるからって、いつも女児向けのお面を着けている。

 

「まあまあ、笑いたくて笑ってる訳じゃないんですから」

 

 "顔付き"の能力は目からビームを出したり、口から何か吐いたりと顔のパーツを起点に発動するようになっている。

 でも沙羅さんに"笑顔"にされるとそれが歪んでしまうのか、そういった能力が使えなくなってしまう。

 

 そして沙羅さんは、魔法に殺傷力がない代わりに天から与えられたとしか思えない潤沢な魔力で身体を強化して、妄獣を殴って蹴ってちぎっては投げて戦う。

 

 つまり顔付きも強制的に自分の土俵に引きずり込む、フィジカル最強の魔法少女。

 

「20歳になって魔法が解けた時に、初めて私の人生は始まるんだよね〜。でもこれで時たまあるケースみたいに、魔法だけ全然現役レベルみたいな事になったらヤバいかも」

 

 まあそうなったら、そうなった時に考えよっと。そうあっけらかんと笑う彼女は、私が今まで見てきた魔法少女の中で一番強いかもしれない。

 

「良い言葉ですね、人生が始まるって」

 

「ふふん、そうでしょ。氷織ちゃんにとって、人生が始まったのっていつだった?」

 

「……いつなんでしょうね」

 

 本当はよく分かっている。

 私の人生が始まったのは、あの日朔さんを妄獣から助けた時で。

 

 私の人生が閉じたのは、あの日朔さんが消えない傷を付けられた時だ。

 

 

 出来上がった野菜炒めを食べながら沙羅さんが唸る。

 

「氷織ちゃん、料理上手いね……」

 

「お粗末様です」

 

 清楚なお兄さん仕込みの野菜炒めなんだもの、美味しくて当然。

 

 

 

 

 

 

 ─────────────────────────────────

 

 

 

 何かが終わる時というのは、本当に酷くあっけない。

 それはお昼休みに友達とお弁当を食べている最中の事だった。昨夜の残りの肉じゃがは味がより染みていて美味しいなあ、なんて呑気な事を考えていて。

 

 "顔付き"が出現した、という連絡を受けて急いで席を立つ。その様子を見て友達が少し心配そうに声を掛けてくれた。

 

「ひおりん、魔法少女しに行くの?」

 

「うん、ちょっとね。配信は付けられないけど」

 

「頑張ってね〜」

 

 平和な会話。いつもの日常。そんな物を守る為に私は頑張る。

 

 言われた場所に駆け付けようとした時、またスマホに着信が入る。

 別の顔付きが現れた、という事だった。

 どうしようか、と足を止めた時にまた着信が入ってくる。

 そしてまた、顔付きが現れたと。

 

 1体。

 2体。

 3体。

 4体。

 5体。

 6体。

 7体。

 8体。

 9体。

 10体。

 

 その数はどんどん増えていって。

 

「何なのこれ……?」

 

 結局私に言い付けられたのは、顔付きではなく普通の妄獣が異常発生しているエリアの処理だった。その規模はもう街一つと言っても良かった。

 

 顔付きに対処できる魔法少女はそれなりにいるけれど、広範囲に渡って制圧する力を持っている魔法少女は実はそんなに多くない。

 ここまで来ると、私か2位の"瞬光"さんくらいじゃないと無理かもしれない。

 

 街を一望できる商業施設の屋上へ降り立った。

 その場にいた人に避難するよう呼びかけて、早速作業に取り掛かる。

 眼下に見えるのは、妄獣の群れが暴れて人々を脅かす様だった。さながらそれは終末みたいに。

 

「────『界凍(アールノース)』」

 

 周囲一帯を指向性の冷気で覆う、私の最初の魔法。

 今の私なら街一つカバーするくらい、全く苦じゃなかった。そのまま冷気漂う魔法を別の物に変質させる。

 

「────『概念凍結(フリーズ)』」

 

 人に仇なす獣の、その一切よ。余すことなく、凍り付け。

 

 暴虐の限りを尽くしている妄獣が一瞬にして凍り付いた。

 たとえ視認できないような所にいても、この空間に存在する妄獣に生存を許さない。

 この後で氷漬けになった妄獣は1体1体砕いていくとして、とりあえずは街の人を避難させなきゃ。

 

 

 ふと、まだこの場から逃げ出していない人がいた事に気が付く。分かってないのかな、急いで声を掛けないと。

 今私がいる商業施設の屋上に併設されているカフェ、そのテラス席でカップに口を付けている。

 

「あの、早く避難してくだ……さい……」

 

 私は間違えてしまった。

 

『あっ、魔法少女アイシスリリィだ。最近頑張ってるよね、配信見てるよ』

 

 それは人じゃなかった。

 顔は付いてる。人みたいに喋ってる。その形はどう見たって人間だった。

 でも、人じゃない。

 

『大当たりを引いたのは君でした、おめでとう!』

 

 誰に言われた訳でも、それが自分で名乗った訳でもない。ただ相手の纏う空気がひしひしと肌を刺す。

 

 女のようでいて、男のようでもいて。若者にも、老人にも見える。

 

 "完全な顔付き"はテラス席に腰掛けて、呑気にコーヒーを啜っていた。

 

 

 

 ─────────────────────────────────

 

 

 

『今から君達(人類)をめちゃくちゃにしちゃう訳だけど。その前にお茶しない?』

 

 最悪の妄獣は氷華の剣(グレイシオ)を構える私を前にしながら、のんびりとそう言った。

 自分の向かい側の席を指差しながら。

 

「……お茶?」

 

『別に毒なんか盛りはしないよ。だって君達には効かないでしょ?』

 

 とても迷ったけど、大人しく座る事にした。正攻法でやっても勝てるビジョンがあまり見えない。なら私はできるだけ長く時間を稼いで、他の一桁(シングル)が来られるまで耐えるしかない。

 

『私は君達の事が、好きだけど嫌いなんだ。理性と本能って言い換えてもいいかもね』

 

 そんな事を言いながら、目の前の相手はカップにコーヒーを注いで私の前に出した。

 

『私達は、多分本能で人間を滅ぼすようになっているんだよ。そうしろと身体が疼くんだ。どうも顔が揃ってる分君達に近いのか、色々自分探しというか考える事もよくあってね。まあ、自浄作用みたいな物なんじゃないかとね。人間はあまりに悪辣に育ち過ぎた』

 

 悪辣に育ち過ぎた人間達の自浄作用。

 突拍子も無いのに、何故か納得がいくような気もした。

 

『ただ私という個体は、存外君らの事が嫌いじゃなくてね。作る物は美味しくて、綺麗で、楽しい。そんなに数が必要か? とは思うけど』

 

「あなたが美味しそうに飲んでるそのコーヒーだって、沢山の人の手が携わって初めて飲めるんですよ」

 

『良い事言うね。ただそれを踏まえても、やっぱりこんなに数は要らないよ。それが、傷が癒えるまで30年見てきた私の結論。この世界には汚い人間が多過ぎる』

 

 そもそも私の言葉は獣の戯言なんだから、魔法少女が真面目に取り合っちゃ駄目だよ。

 そう相手が笑う。

 

「……この"顔付き"の異常発生は、あなたの仕業ですか」

 

『30年前に戦力の逐次投入は愚策だって学ばせてもらったからね。潰す時には一気に、がセオリーだ』

 

 現れた妄獣を倒せはしても、インフラの麻痺なんかを考えれば多分既に甚大なダメージが出ている。

 

私達(妄獣)が世界の自浄作用だとしたら、君達(魔法少女)は世界がくれたチャンスかな? でも、そのチャンスを人々は本当に大事にしてくれている?』

 

 その言い方は、何故か私達を少し哀れんでいるようにも聞こえた。

 

『君だってあるでしょ、全てを与えられていてもそれでも思い通りにならない事。許せない事。誰かを傷付けたいと思った事』

 

 そんなの数え切れないくらいある。

 

「……ありますよ、私だって人間です。でも、そうしませんでした」

 

『へえ、何故?』

 

 朔さんを傷付けたあの元魔法少女を殺す事だってできた。死ぬよりも辛い目に遭わせる事もできた。でも私はそうしなかった。その理由はたった一つしかない。

 

「それは清楚じゃないからです」

 

 私は、私のやる事に胸を張って清楚だと言いたいだけ。

 相手は黙って私の言葉を聞いて、その表情を変えなかった。

 

「笑わないんですね」

 

『笑わないよ。言っただろ、私は君達の事が嫌いじゃないんだ』

 

 そろそろやろうか、と"完全な顔付き"が席を立つ。

 

『今の時代って便利だよね、配信って言うの? あの"雲海"ちゃんが死んだ時も、立ち込める不安で私達の質が一気に上がったのを覚えてるよ。数ヶ月もしたら元に戻ったけど』

 

 そう言いながら、相手はポケットから取り出したスマートフォンを蝙蝠のような小型の妄獣に変えて宙に浮かべた。

 相手の狙いに気付いて、急いでそれを凍らせ……られなかった。

 

『ああ、無理無理。戦闘に必要な機能とかそういうの全部オミットして、機動力と耐寒性に振ってるから』

 

 多分、魔法少女なら誰でも良かったのかもしれない。この"完全な顔付き"の本当の狙いは。

 

『お茶の間を電波ジャックして、君には生贄になってもらおっか。魔法少女が大々的に死んで、不安でいっぱいになればもっと私達(妄獣)が増えるね』

 

 怖くはなかった。

 ただ、朔さんがそれを見る事がなければいいなあと思った。

 

 

 

 ─────────────────────────────────

 

 

 

 この"完全な顔付き"の固有能力は、恐らく自在に妄獣を生成や改造するとかそんな所だろう。

 

 指を鳴らしただけで、牛と馬を思わせる妄獣が影からぬるりと湧いてくる。1体1体は顔付きでも何でもないから、処理には手間取らないけれど。

 

「──っ!」

 

 他の妄獣との波状攻撃で生み出した隙に、顔面目掛けて拳を放ってくる。

 それを間一髪で腕で受け、その瞬間に凍結させた。

 直撃は免れているけど、それでも伝わる衝撃だけでかなりダメージを受けてしまう。

 

『インパクトの瞬間に、その箇所を凍らせて芯をずらしてるのか。器用だね、同時に私への攻撃も兼ねてる訳だ』

 

 拳に纏わりついた氷を、腕の一振りで引き剥がしている。多分、全然効いてない。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 ここまで広範囲に展開した『界凍』を維持しながら戦うなんて、ただの"顔付き"でも相当厳しいのに。

 

 どんどん魔力が削れていく感覚がある。

 もっと願わなきゃ。もっと欲さなきゃ。

 

 私が望むのは朔さんの幸せで。朔さんの幸せで……朔さんの幸せって、何なんだろう。

 

『じゃあ、これはどうかな?』

 

 相手の"目"が妖しく光った。その視線が私の胸元に向けられた次の瞬間。

 

「あ、ぐ……っ!」

 

 ぼきり、と何かが折れるような音がして。

 強烈な痛みが襲って、上手く息ができない。

 

 治れ、治れ、治れ治れ治れ。まだ倒れちゃ駄目。

 口から溢れる血を拭って、何とか立ち上がろうとする。見られただけで多分肋骨を折られた……全部顔が揃ってるんだもの、固有能力が1つとは限らない事なんて分かり切ってた。

 カメラを模した蝙蝠が、じっと私の事を見つめている。

 

『もう立てない? 魔力切れ、ってやつかな』

 

「……どうでしょう」

 

 立たなきゃ、殺される。

 今折られた肋骨は、周りの傷付いた内臓も含めて何とか治せた。

 

 でも、もう疲れちゃった。ここまで私はよく頑張ったんじゃないかな。

 十分時間は稼いだと思う。沙羅さんや他の一桁(シングル)が後どれくらいでこっちに来られるか分からないけど、あの人達が集まれば多分勝てる。

 

 後々全部解決した時には「勇敢に戦ってくれてありがとう!」って皆感謝して、それで悲しんでくれるだろうし。

 

 でも。

 

 私はただ、朔さん一人に「清楚じゃん」って褒めてもらえたら。

 それだけで良かったんだけどな。

 

 

 

 

 

『ん? あれ、何……?』

 

 訝しげな声に、つい同じ方向を見てしまう。屋上から見えるのは遥か下。普通の人ならまず見つけられないような、そんな距離。

 

 

 目を擦った。

 とうとう幻覚が見えるようになっちゃったのかと思った。

 

 

 

 ────どこかで見たような、丸っこいシルエットの車がこっちに向かって走ってくる。

 

 

 

 私の劣勢で凍結が緩んだのか、その後ろを妄獣の群れが追いかけているけど。

 

 運転席と助手席で、夜家さんと朔さんが何か言い合っている姿が見えた。

 私がよく見てた朔さんだ。

 バカとか異常性欲者とか言いながら夜家さんに文句をつける朔さん。

 口では鬱陶しそうにしながらも、なんだかんだ楽しそうな朔さん。

 ……元気そうで良かったな。

 

 何を言っているのかは聞こえないけど、大きく開いた口で単語はなんとなく推察できた。

 リムジン、ベンツ、ロールスロイス? 何の話? 

 

 そんな疑念が、ぼんやりとしていた私を現実に引き戻してくれた。

 いや、というか、いやいやいや。

 

「……なんで!?!?」

 

 車に今にも追い付こうとしていた妄獣を、大急ぎで凍結させる。もう出し切ったと思っていた身体が、まだ動く事に驚いた。

 

『なんだ、まだやれるじゃん。あの愉快な御一行は何、知り合い?』

 

 そう言われて少し迷った後、ぶんぶんと首を振った。

 

「し、知りませんよ、あんなおかしい人! どう見ても正気じゃないでしょう!」

 

 その直後、まだ遠くを走っている車から「でかしたぞ氷織ー」と叫ぶ声が小さく聞こえる。

 

『いや、絶対知り合いでしょ』

 

 思わず頭を抱えた。

 どう見ても正気じゃない人は窓から身を乗り出すと私の顔を見据えて、まっすぐこちらを指差した。

 私のよく知ってる表情で。

 何か聞いても「そりゃ俺は清楚なお兄さんだからな」と訳の分からない答え方をする時の、あの顔で。

 

 まるで「今から行くから待ってろ」とでも言わんばかりに。

 

 

 

 

 ─────────────────────────────────

 

 

 

 当初『魔法』は『異能』と呼ばれており、『魔法少女』という呼称には難色を示す者が多かった。

 曰く「真剣味が感じられない」。

 曰く「威厳も何もない」。

 

 

 そういった苦言は、現在に至るまでその象徴として活躍している"永遠(1位)"の魔法少女の一声で全て弾き飛ばされた。

 

 

 ────そもそもの話になるんだけど。常識だとか、不可能だとか。そんなつまらない物を全部ひっくり返すから"魔法"なんだよ。あと異能って言い方ゴツくて可愛くないよね。

 

 

 

 

 

 

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