【完結】うお……貞操逆転世界魔法少女物はちょっと盛りすぎ……   作:しゅないだー

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#27「俺が恐れる、たった一つは」

 

 

 あれから何ヶ月が過ぎたか、覚えていない。

 ただ、未だに暗闇が怖い。明かりを消して眠れない。

 多分目隠しをされていたからだと思う。光のない場所が恐ろしくてたまらない。

 明るい部屋の中でテレビを点けっぱなしにして、飲んだ薬が効いてくるまで面白くもないバラエティに目を滑らせて、気付けば意識が勝手に落ちていて朝を迎えている。

 そんな夜を過ごしていた。

 

 医者からは薬とカウンセリング、後は時間で解決するしかないと言われた。ただその口振りからは、あまり望みがないように聞き取れた。

 

 身体の防衛機制ってやつなのか、俺の記憶は曖昧で。

 ただ暗闇に対しての恐怖と、氷織の姿や声に対しての忌避感だけが俺の身体に刻み付けられている。

 

 夜が怖い事なんて、どうでもよかった。俺は氷織がいてくれればそれでよかったのに。

 

 休学して実家に帰る事も勧められたけれど、そうなったら二度と田舎から出てこられない気がした。氷織にも、二度と会えない。

 それだけはどうしても嫌で、このボロアパートにしがみついている。俺に残った最後のちっぽけな意地だった。

 

 大して美味くもないカップラーメンを啜る。お湯を入れるのすら億劫で冷えたコンビニ弁当を食べる。何も食べずに眠る事もある。

 そんな毎日。

 料理なんて作る気力も起きなかった。よく毎日毎日あんなに手の込んだ、面倒な物を飽きずに二人分も作っていたものだと自分でも驚く。

 

 多分、俺は氷織が美味そうに飯を食ってる姿を見るのが好きだったのかもしれない。

 

 

 

 ─────────────────────────────────

 

 

 

 逆見さんとも、ずっと連絡を取っていない。

 最後に会ったのは、氷織が隣室にいない事に気付いた翌日だった。

 氷織がいないんです、と電話を掛けると、逆見さんはいつか魔法少女の話をした喫茶店に俺を呼んだ。

 席に着いた瞬間に出されたチョコレートパフェに、手をつける気にはならなかった。

 

「あの、氷織はどこに」

 

「氷織はもう柊木君を傷付けたくないんだ。その思いを汲んでくれ」

 

 開口一番、そう言われた。言葉としては分かるのに、意味が耳を素通りする。

 

「あの子は、君の事が本当に好きだったよ。そんな人に拒絶されるのがどれだけ惨い事か分かってもらえないか」

 

「傷付ける……?それに拒絶なんて俺、そんなつもり」

 

「分かっている、君は何も悪くない。ただ現実に起こっている問題として、君の身体は氷織に対して拒否反応を起こしている」

 

 そう言いながら、逆見さんは俺に1枚の写真を突き付けた。

 氷織がこっちを見て笑っている、そんな何の変哲もない写真だった。

 

 なのに。

 

 吐き気と目眩、脳の奥を掻き回されるような頭痛に耐えられずテーブルに突っ伏す。浅くなった呼吸で酸素が足りないのか、頭が上手く回らない。

 

「……すまない。氷織の希望で君の口座にそれなりの金額を振り込んである、療養に使ってくれ」

 

「そんなのいらない、手切れ金のつもりかよ……!」

 

 冷や汗を流しながらも語気強くそう吠えた俺を、逆見さんはただ哀れむように見つめた。

 

「氷織が一言だけ伝えてほしい、と。『辛いなら忘れてしまったっていいですから』だそうだ」

 

「……何を、ですか?」

 

 彼女はその質問には答えず「これは私の勝手な頼みだが」と目を伏せた。

 

「あの子をどうか、忘れないでいてあげてほしい」

 

 辛いなら私の事を忘れてしまってもいい、と。

 つまり、氷織は俺に忘れられてもいいと思ってる訳だ。

 なんだよ、それ。

 身体から一気に力が抜けて、立ち上がるのも億劫だった。

 

 

 

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 舞……あのクソガキとも一度だけ会ったっけ。

 別に何か約束してた訳じゃない。惰性で大学に行こうと部屋を出た時に、アパートの外に立っていた。多分俺の事を待っていたんだと思う。

 

「クソ眼鏡。元気ないじゃない」

 

「なんだ、クソガキか」

 

 氷織以外の魔法少女に対しては、別に何も感じなかった。この魔法少女社会では広告だの何だの至る所に彼女達が起用されているから、それは俺にとってせめてもの救いだったかもしれない。

 

「ひーちゃん、泣いてたんだけど」

 

 ただ、氷織からしてみれば「なんで私だけ」と思っただろう。あいつが悪い事なんて一つもないのに。

 

「……俺にはどうする事もできないし、そもそもそんな資格ないよ。氷織を傷付けたし、あいつも俺を見限って出ていった。終わりだよ、終わり」

 

「何拗ねてんの、気持ち悪」

 

 労りの欠片も見えない言葉に面食らう。それと同時に、少し安心した。ずっと誰も彼も俺の事を腫れ物を触るように扱っていて、気遣いではあるんだろうが居心地悪かったから。

 

「勘弁してくれよ、これでも傷付いてんだぜ」

 

「一度間違ったからって、それで全部パーなんておかしいんでしょ?」

 

 確かにそんな事をこいつに言った記憶がある。今となってはちゃんちゃらおかしい。

 

「あんたは、何があっても絶対にひーちゃんの味方なんでしょ。あれ嘘だったわけ?」

 

「……そんな訳ないだろ」

 

「ふん。私、あんたの事は嫌いだけど。信じてはいるから。いつもみたいに清楚清楚言ってなさいよ」

 

 言いたい放題言った後、振り向きもせずにあのクソガキは踵を返していった。本当に唐突にやってきて、ぼこぼこに言われた訳だが。

 まあ、あいつなりの励ましなんだろう。

 

 清楚って何なんだろうな。

 

 飾り気がなく、清らかな様。

 

 

 

 ─────────────────────────────────

 

 

 大学とバイト以外で家から出る事は殆どなくなったけれど、日に一度は散歩に行くようにしていた。

 

 近所の公園までぶらりと歩き、その近くの神社を軽く参拝して、スーパーで買い出しや近くにあるパン屋に寄り道したりする。前と一緒のルートで、違うのは隣に氷織がいない事だけだ。

 

 別に違う道を行ってもいいのに、ずっと同じ道に固執してしまうのは未だに引きずってしまっているからか。

 いつものように、やたら長い石段を上がって誰もいない境内を進む。塗りの剥げた鳥居を潜って、古びた賽銭箱の前に立った。

 小銭を放り込んで、手を合わせる。

 

 俺が本当に願っているのは、いつだってあいつの幸せだった。

 でも今の俺にそんな資格はないから。

 項垂れるようにして、帰ろうとした時。

 

『何か真剣にお願いしてたね。そんなに大事な事?』

 

 後ろからそう話しかけられて、思わず身構えた。

 人……人?思わず目を擦った。確かに人の形をしているのに、何故か違和感が拭えない。身体が警鐘を鳴らしている、なのに。

 

「……世界平和、ですかね」

 

 そんな事を答えてしまった。

 

『へえ。その心は?』

 

 面白そうにそれは俺との会話を続けた。

 

「世界が平和だったら、魔法少女も普通の女の子でいられるから」

 

『……ふーん。君みたいな人ばかりなら良かったのにね』

 

 特に何をするでもないまま、それは歩き去っていった。

 

 

 

 

 ─────────────────────────────────

 

 

 

 何かが終わる時は、本当に酷くあっけないんだなと思った。

 それは平日のランチタイムに、店長とぼんやり壁掛けテレビを眺めていた時の事だった。

 

 中華料理屋でのバイトはなんとか続けている。

 氷織から送られた金には一切手を付けていないし、実家にも一切余計な事を伝えないよう逆見さんには頼んでいたから仕送りが増えたりだとかそんな事もない。

 つまりは食っていくために必要だから、という訳だ。

 

「朔、お前ちゃんと飯食ってるのか?顔色が悪いぞ、今日は賄い食べていけよ」

 

「あまり食欲ないので、残しても申し訳ないですし」

 

 同じようなやり取りを、もう何回かしている。店長が心配してくれているのは分かるが、俺にはどうしようもない。

 大学を卒業したらどうしようか。とりあえずあのアパートからは出なきゃな。それこそもう氷織に会える望みがないなら、田舎に帰ってお見合いでもするか。

 地元のそれなりにいい子のお婿さんになって、それなりの幸せを享受して。氷織だってあれだけいい子なんだ、適当に俺なんかよりもいい子を見つけるさ。

 そんなくだらない事を考えていると。

 

 

 流れていたニュース番組が、突然ノイズと共に暗転する。

 そして、また鮮明になった映像に映っていたのは。

 

「氷織……?っ、う、おえ……!」

 

 それを見た瞬間、脳の奥を弄くり回されるような不快感と強烈な頭痛に耐えきれず吐き戻してしまう。と言っても大して物を食べていないからか、黄色い胃液だけが床に溢れ落ちた。

 

「大丈夫か!?」

 

「……すみません、すぐ掃除するんで」

 

 口を拭って、再びテレビに目を向けた。吐き気と頭痛に耐えながらも、何とか画面を直視する。

 

 戦ってる……?

 

 氷織が、魔法少女アイシスリリィが何かと戦っている様子がテレビで堂々と流れている。店長がリモコンでチャンネルを変えても、全ての番組がそれで上書きされているようだった。

 スマホを確認すると動画サイトでもその様子が配信されている。

 

「これ、なんですか」

 

 氷織が戦っているそれは、本当に人間みたいだった。妄獣なのか、これ。

 顔がちゃんと揃って、明らかに普通の妄獣とは一線を画している。

 そいつの拳が氷織に当たる度に血が飛び散る。骨が軋む。どう考えても、一人で勝てる訳がないのにあいつの周りには誰もいない。

 周囲の景色からして、ここからそう遠くない街での事だった。

 

 放送を眺めていた店長がぼそりと「無理だな」と呟いた。

 何が無理なのか尋ねる前に、彼女は俺の方を向くと真剣な表情でこう言った。

 

「朔、お前のトラウマを消してやる。だからもう、全部忘れろ」

 

 意味が分からなかった。

 

「なんですか、それ。どういう意味ですか」

 

 頭が痛い。傷付いてるのは、いつもいつも魔法少女だ。男の俺は、蚊帳の外。守られるべきか弱い存在。

 

「時間がない。かいつまんで言うが、氷織ちゃんにお前のトラウマを消すように頼まれている。そして私にはそれができる」

 

「いや、意味分かんないし……仮にもし、そんな事ができるとして。なんでもっと早く言ってくれなかったんですか!?俺、本当にずっと苦しくて」

 

 詰め寄る俺から目を逸らしながら、店長はか細い声で呟いた。

 

「……そのトラウマごと、氷織ちゃんに関しての記憶も消えるからだ」

 

「なんだよ、それ。じゃあ、なんで尚更今、こんな状況で」

 

「氷織ちゃんは恐らく死ぬ。あの妄獣はレベルが違う、それに」

 

 死ぬ?

 

「各地で"顔付き"……言っても分からないか。他の妄獣よりも数段強い個体が何体も出現して、他の魔法少女はそれの対応に追われている」

 

 なんでこの人がそんな事を知っているのか、とか。

 そもそも俺の事情をどうして把握しているのか、とか。

 そんな疑問は、その一言に全部吹き飛ばされた。

 

「つまり氷織ちゃんへの増援は望めない」

 

 あいつは独りぼっちで、晒し者になって死ぬ?

 

「氷織はもうすぐ死ぬから、俺は忘れた方が楽だって事ですか」

 

「……氷織ちゃんはお前の事を思ってだな」

 

 あー、はいはい。なるほどね。

 とにかく俺の記憶を消せる算段が付いてたから、忘れたっていいですよって言ってた訳ね。

 よく分かった。

 

 舐めやがって、人の事を馬鹿にしてんのか。

 

「もう、いいだろう……消すぞ。これ以上は本当に取り返しの付かない傷になる。女の最後の意地だ、汲んでやってくれ」

 

 リモコンを手に取った店長は、テレビにそれを向けた。

 

「消したらマジでぶん殴りますよ」

 

 震える膝を殴り付ける。言う事を聞けっつってんだろ、俺の身体なら。

 

「……朔?」

 

 何なんだ、お前は。

 

 氷織はずっと身体を張ってるのに、お前はいつまでもうじうじうじうじと。

 

 清楚なお兄さんなんだろうが、お前は。

 

 氷織の事を考える度に、ずきずきと頭が苛むように痛む。暗くて恐ろしい記憶だけが身体に刻み付けられている。

 

  ────氷織ちゃんはお前の事を思ってだな。

 

────辛いなら忘れてしまったっていいですから。

 

────あの子をどうか、忘れないであげてほしい。

 

 違うだろ、思い出せよ。

 

 俺が本当に怖いのは、暗闇でも、痛みでも、ましてやあいつなんかじゃないだろうが。

 

 そもそもの話、なんか全員勘違いしてないか?

 そりゃ俺には特殊な能力とか何もないし、ヒーローって柄ではない。

 だからって俺を、檻に閉じ込められて「助けて」って泣き喚く事しかできないお姫様かなんかだと思ってるのか?

 なら、胸倉掴んで教えてやらなきゃいけない。

 

 今まで俺の何を見てきたんだ、と。

 俺は、いつだって。

 

「どいつもこいつも、俺を舐めやがっ……て!」

 

 頭の中にずっと渦巻く台詞の数々を砕くように、強く壁に頭を打ち付けた。

 額が切れて、血が地面に滴る。

 

 死ぬほど痛い。頭がくらくらとする。

 でも、分かった。やっぱり痛いのは怖くない。

 

 俺が本当に恐れているのは、もう一度あいつを独りぼっちにする事だった。

 

「さ、朔……?」

 

 視界に垂れてくる血が鬱陶しくて、それを拭うように前髪をかき上げた。

 

「悪いですけど店長、ちょっと早退させてください。どうせ客来ないでしょ」

 

「お前、口が悪いぞ……早退って何の用事だ」

 

 突然の俺の行動に戸惑った様子を見せながらも店長が渡してくれたタオルで額を押さえる。しょうもない事ばかり考える頭は叩いて直すに限る、テレビと一緒だ。

 

「決まってるじゃないですか。氷織に会いに行くんですよ」

 

「は!?どうやって……いやその前に、なんでお前が」

 

 珍しく狼狽えたような素振りでそう店長が聞いてくるもんだから。

 

「そりゃ……いつだって、俺は」

 

 なんでお前が、と言われても答えは一つしかない。

 

「清楚なお兄さんなんで」

 

 

 

 

 

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