【完結】うお……貞操逆転世界魔法少女物はちょっと盛りすぎ……   作:しゅないだー

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#29「守名氷織はお願いされたい」

 

 

 

「朔くんと遊ぶ時は二度と車使わないようにしよ……」

 

 引き剥がされたドアから、するりと助手席に滑り込んできた相手に文句を付けようとして止めた。

 それが見目麗しい女性であったから。

 夜家章とは、そういう男だった。

 

「お姉さん、無茶苦茶ですねぇ」

 

「昔ならあれくらい素手で解体できた。今ので肩をやったから、後は死ぬ気で逃げてくれ」

 

 そう言いながら、彼女は加熱式タバコにスティックを差し込んだ。

 朔に対しては「車の中で吸ったら本当にボコボコだからね」と鬼気迫る表情で言っていたが、女性であればもう何本でも吸ってくださいという感じである。

 夜家章とは、そういう男だった。

 

「朔くんにちらっと聞いたんですけど、元魔法少女なんですっけ。トップクラスだったんじゃないですか、この感じだと」

 

「そんな事はない。私のように戦闘向きでない魔法を持った者は、これくらいできなければ自分の身すら守れない」

 

 そう事も無げに、つまらなさそうに煙を吐きながら言う彼女をまじまじと見る。

 一般的な魔法少女が炎やら氷やら魔法で戦う事は知っているが、それはそれとしてこの膂力は異常ではないのか。でもそんな事を言うのはちょっと失礼かもしれないし、と彼は口を噤む事にした。

 夜家章とは、そういう男だった。

 

「お姉さんはどうしてこんな所まで?」

 

「前を見て運転してくれ。私はいつだって、可愛い女の子の味方だ」

 

 氷織の姿を思い浮かべて、合点がいったように夜家は頷いた。

 

「奇遇〜、僕もなんですよ。これ終わったら飲みに行きません?」

 

「断る。何が悲しくて男と飲まなきゃいけないんだ」

 

 フラレちゃった、と少し驚いたように呟いたが、夜家の表情はずっと楽しげだった。まるで気の置けない友達と遊んでいる時のように。

 

「……君こそ、何なんだ。朔に人に言えないような弱みでも握られてるのか。私が言える事じゃないが、君も傍から見たら相当イカれてるぞ」

 

「弱みじゃないけど、まあ……そうですね」

 

 これ恥ずかしいから絶対に彼に言わないで下さいね、と前置きして。

 

「朔くんとバカやるのが好きなんですよ。あの女の子可愛いよね、とか他の男の子はやってくれないし。彼がいないと僕の人生から面白い事が一つ減っちゃうんで」

 

「ほう、奇遇だな。私も可愛い看板息子の為でもある。あれがいないとただでさえ閑古鳥が鳴く店に致命的な大打撃だ」

 

 あいつには言うなよ、と彼女は目を閉じた。吹き付ける風を受け、心地良さそうに鼻歌を口ずさみながら。

 

「やっぱ飲みに行きません?」

 

「行かない」

 

「駄目かぁ〜」

 

 夜家章とは、そういう男だった。

 

 

 

 ─────────────────────────────────

 

 

 完全に屋上での戦闘は停止していた。

 

『あの車の上の彼女、君の方を見てるね』

 

「て、店長まで……なんで……」

 

 楽しげにそう口を開く"完全な顔付き"は攻撃の手を止めているものの、氷織は警戒を続けていた。何をそんなに楽しそうにしているのか知らないが、少しでも休息の時間を得られるのは彼女にとって有り難かった。

 それが、自分の想い人の暴走でなければ。

 

『あの車の上の彼女、なんか男の子の胸倉を掴んで振り被ってるね』

 

「え、ちょ、嘘、駄目駄目駄目!」

 

 次の瞬間、何が起こるのか察知した氷織が走り出そうとした瞬間。

 それを遮るように、"完全な顔付き"は彼女のがら空きの脇腹に拳をねじ込んだ。

 

『いやいや、今は私に構ってよ』

 

 自分の身を守る事すら忘れていて、一切の防御姿勢が取れない。

 クリーンヒットしたその拳は氷織の内臓にかなりのダメージを与え、吐血させた。

 

「っ、ぐ────『硝子人形(フロスドール)』!」

 

 それでも彼女は一切躊躇しなかった。

 氷でできた無数の自分を模した人形を展開し、ふらつきながらも後を任せるようにして駆け出す。

 

 一斉に向かってくるそれらを"完全な顔付き"が捌くのに、大した時間はかからなかった。

 しかし、それは氷織がその場を離れるには十分過ぎる隙だった。

 

『……見失っちゃったか』

 

 傷を治すので精一杯の、死に体だった筈の相手が再び息を吹き返した事に一抹の不安を"完全な顔付き"は感じていた。

 自分が負ける道理はない。増援の魔法少女も、来られる筈がない。

 

 ただ、"魔法少女"がそういう理屈の積み重ねで成り立つ相手でない事を数十年前の敗北で十分に理解していた。

 万全を期すならば、今すぐ追って殺すべきだと。

 

 けれど。

 

『魔法少女も普通の女の子でいられるから、ねえ……』

 

 首をぐるりと回し、大きく伸びをする。

 急いで追わなくとも、逃げられない事くらい相手は承知しているだろう。

 カメラの役割を果たしている妄獣の方に目を向けた。

 この魔法少女の敵前逃亡による落胆もまた、今各地で暴れ回っている同胞を手助けする極上の餌となる。

 

『コーヒーが冷めるのも勿体無いな』

 

 "完全な顔付き"はテラス席に戻ると、再びカップに口を付けた。

 顔付きの固有能力は、そのパーツを起点に発動される。

 その口から齎されるのは、妄獣の王としての勅令(バフ)

 

 咆哮。

 

 それはさながら、人の世の終わりを告げるように。

 各地に散った妄獣は、更にその苛烈さを増した。

 

 

 

 

 ─────────────────────────────────

 

 

 

 

「……アイシスリリィが戦闘を取り止めると同時に妄獣が活性化した?だからさっさと前線復帰させろ、と?」

 

 "上"からの催促に、逆見の顔が曇る。

 

「お言葉ですが、彼女は逃げるような真似はしません。映像をご覧頂いたならお分かりかと思いますが、彼女は民間人を救助するべくですね……なんで民間人がいるのかって?逃げ遅れたんでしょう、きっと」

 

 だんだんと自分の上司の返答に苛立ちが募っていくのを、逆見の部下は内心面白おかしく聞いていた。

 

「うるさいな、黙って氷織に全部賭けろ!どの道あの子が落とされれば、次はここに陣取っている私達が妄獣の群れに嬲られて死ぬんだ!安全圏から眺めているだけの奴は黙っていろ!」

 

 そう啖呵を切って、逆見は電話を切った。そのまま「やってしまった……」と頭を抱えて座り込む。

 

「……どう好意的に捉えても、やっぱりこれはクビだな」

 

「今のは逆見さんが悪いですよ」

 

 まあな、と煙草に火を付けながら今もまだ氷織達がいるであろう商業施設に目を向ける。

 

「でも、氷織がようやく一番会いたい人に会えたんだ。私はもう、それだけでいい」

 

「勘弁してくださいよ、もう駄目みたいな言い方じゃないですか」

 

 呆れたような声色で部下はそう言ったが、その表情はどこか晴れやかだった。

 

 

 

 

 ─────────────────────────────────

 

 

 

 

「フレちゃん〜、リリィちゃん逃げちゃったらしいけどヤバくない?」

 

「何バカな事言ってるのか知らないけど、ひーちゃんは逃げないから」

 

 倒しても倒しても際限なく湧いてくる妄獣を爆破しながら、花城舞(グレンフレア)は不機嫌そうにそう答えた。

 

「でもね、あーし達がいよいよ駄目になったら見習いの子達も前線に出すつもりらしいよ?」

 

「見習いって、まだ12歳にもなってない子達でしょ?いよいよ終わりって感じね」

 

 "顔付き"に関しては"一桁(シングル)"が相手取ってくれているものの、単純な物量で押してくるこの顔無しの妄獣達も侮れない。

 一度崩されれば、抑え切れなかった妄獣が市民にも被害を齎す事は間違いなかった。

 

「まあ、でも。そんなのはね、私達がこいつら全部吹き飛ばせば何の問題もないじゃない!」

 

 黒い津波のように迫り来る妄獣の群れを、色鮮やかな花火が吹き飛ばす。

 車の上から物凄い勢いでぶん投げられている男と、それに向かって飛び出していったアイシスリリィの衝撃映像を見てから舞の調子は右肩上がりだった。

 

「ま、それもそっか」

 

 触れた妄獣をバラバラに"解体"しながら、腹を括ったようにそう返す。

 

「魔法少女はひーちゃんだけじゃないって、私達が一番よく知ってるでしょ」

 

 

 ─────────────────────────────────

 

 

 

 

 床を蹴るようにして、飛んだ。

 抉るように殴られた脇腹が酷く痛むけど、そんな事に構っていられない。口から溢れた血を拭って、空中に形作った氷の壁を更に蹴って加速する。

 

 相当高く投げられていたお陰で、朔さんに追い付くまで十分な猶予がある。

 

 加速に加速を重ね、何とか彼の腕を掴んだ。

 なんか気を失ってるけど。前に「俺、絶叫系駄目なんだよな」とか言ってたっけ。

 そんな事を懐かしく思い出した。

 

 そのまま朔さんを抱きかかえると、窓ガラスを突き破るようにして横に飛ぶ。ガラスの破片と共に、商業施設の中層に転がり込むようにして何とか着地に成功する。

 その衝撃で意識を取り戻したのか、朔さんは咳き込みながら目を開けた。

 

「……怪我してないですか!?」

 

「……お前、怪我は!?」

 

 多少ガラス片で切り傷を作ってはいるけど、平気そうでほっと胸を撫で下ろす。

 人心地つくと、なんて無茶をするのかと改めて腹が立って仕方なかった。

 

「バ、バカなんですか!?死んじゃう所だったんですよ!それに夜家さんや店長さんまで巻き込んで、なんで、何考えて、あ……」

 

 急いで顔を隠して、口を噤む。

 朔さんは私を見たら駄目なのに、喋ったら駄目なのに。私を見た時の、あの怯えたような表情が脳裏にこびりついて離れない。

 嫌だ、嫌われたくない。傷付けたくない。

 

 けれど。

 

「なーにが『忘れてしまっていいですから』だ、偉そうに」

 

「あいたっ」

 

 額にデコピンされて、ようやく朔さんの顔に目を向けた。

 少し不機嫌そうに眉を下げた、いつもの朔さんだった。私のせいで傷付けられる前の、ぶっきらぼうな朔さん。良かった、元気になったんだ。

 

「……だって、私が一緒にいたから。私が特別扱いされたから、朔さんは酷い事されて」

 

「んな訳ないだろ、あいつらが全部悪いに決まってるじゃん。そんな事よりお前ボロボロじゃんか」

 

 呆れたようにそう言いながら、ハンカチで私の顔を拭いてくる。

 

「それに前も言っただろ、お前に傷付けられるほど俺はヤワじゃない。自惚れんなよ」

 

 嬉しかったけど、悲しかった。

 

「なら、尚更なんで来たんですか。来ないで欲しかったのに」

 

「なんだよ、つれない事言って。どうしたんだよ」

 

 私の言葉に怒るでもなく、ただそう静かに聞いてくれた。

 

「だって私、あの顔付きに勝てません。他の魔法少女も各地の顔付きの対処に手一杯で応援も呼べなくて。朔さんを、守れません」

 

 来ちゃ駄目だったのに、そう言って俯く。それ以上喋ったら、泣いてしまいそうだった。

 

「私は、朔さんが幸せでいてくれたら、それで、それだけで良かったのに……むぐ」

 

 そうぼそぼそ呟いていると、いきなり両手で頬を挟まれて顔を上げられた。久々に触れられて、心臓がどくんどくんとうるさい。

 

「今から言う事は、絶対に俺のキャラじゃない。だから一度しか言わない。ちゃんと聞いとけよ、二度は言わないからな」

 

 大きな溜息を吐くと、朔さんは首筋を掻いて私の目をじっと見つめた。

 

 

 

「お前と一緒じゃないと、俺は幸せになんてなれないよ」

 

 

 

 そう言って、彼は困ったように微笑んだ。

 なんでもないように言ってるけど、朔さんの顔は最後に会った時よりもずっと痩せていて。私は朔さんが一番辛い時、一緒にいられなかったのに。

 

 ずるいなあ。朔さんはいつだって、私が辛い時に一番欲しいものをくれる。

 じゃあ、私も頑張らないと。

 

「それじゃ、仕方ないですね」

 

 私も朔さんが一緒にいてくれないと、幸せになんてなれないから。

 私はこの人の事が、本当に大好きだから。

 

「ねえ、朔さん。覚えてますか?朔さんのお願いを1つ聞いたら、私のお願いも1つ聞いてくれるって約束」

 

「俺の料理を食べる代わりに呼び捨てで呼んでくれ、ってやつな。今考えたらそれ、お前にとって良い事しかないじゃん。全然等価交換になってないよな」

 

「ご不満なら、また何かお願いしてもらってもいいですよ?」

 

 私はずっと、独りぼっちの魔法少女だった。

 逆見さんも、舞ちゃんもいてくれたけど。

 でもこの人だけは、私を"魔法少女"じゃなくて対等な"一人"として扱ってくれた。

 色んな事を教えてくれて、一緒にご飯を食べて、悪い事をしたら叱ってくれた。

 

「じゃあ、俺もお前も。夜家も店長も、皆五体満足で普通の生活に帰らせてくれ」

 

 複数人の一桁(シングル)でようやく撃退できるような大物相手に、随分な無茶を言ってくれるんだから。思わず苦笑いしてしまう。

 でも朔さんの目は、私がそれをできると信じて疑っていなかった。

 

「いいですよ、じゃあ私のお願いも聞いてくださいね」

 

 私の願う事も、もうとっくの昔に決まっていた。

 

「私と1日デートしてください」

 

 そう言って、朔さんの手を握る。大きくて、ごつごつしてて、温かい。

 

「朝から晩まで、ずっと一緒にいてください。色んな所に行って、一緒にご飯を食べて、お話たくさん聞いてください。私、朔さんに話したい事がいっぱいあるんです」

 

 そんな"これから"が、沢山あるから。

 こんな所で、私は立ち止まっていられない。髪を切りに行って可愛くしてもらわなきゃ。一緒に出かける時の服を選ばなきゃ。どこへ遊びに行くか、何を食べるか、やりたい事が次から次へ溢れて止まらない。

 

「それ、俺にとって良い事しかないから全然等価交換になってないけど。いいんだな?」

 

 彼はにやりと笑った。

 

「じゃ、これでようやくおあいこですね」

 

 私も同じように笑った。もう何も、怖い物なんてなかった。

 

「……あの、今から戻るので。1回だけキスしていいですよね、それだけで元気が出るので」

 

「何サカってんだ、終わったらいくらでもしてやるよ」

 

「今!今がいいんです!」

 

 私の鬼気迫る表情に気圧されたのか、朔さんが「わ、分かったって。1回だけな」と返事した瞬間に押し倒す。言質は取ったから、良いよね。

 舌なめずりする。

 

「……えーと、氷織さん?」

 

 今まで口にした物の中で、一番甘かった。

 

 

 ─────────────────────────────────

 

 

 

 ひとっ飛びで先程までいた屋上へ飛び上がる。

 "完全な顔付き"は、退屈そうな顔で文庫本を広げていた。つくづく人間みたいで、不気味だ。私を見つけられなかったのか……あえて泳がせていたのか。

 それすらも分からない。でもやる事は決まっているから、それだけで十分。

 

『休憩は終わった?こんな事ならセットでケーキも付けておけば良かったよ』

 

「ええ、お待たせしました」

 

『なんか顔がつやつやしてるね』

 

 身体の傷は大体治っている。魔力も今までと比べ物にならないくらい溢れている。

 昂る心を静めるように、目を閉じた。

 

 "過去"には私より強い魔法少女なんて沢山いただろうし。

 "未来"には私より強い魔法少女なんて沢山出てくると思う。

 

 でも。

 

「"今"、この瞬間だけは。私が世界で一番強い……いえ」

 

 目を開く。

 辺り一面が吹き荒ぶ風と共に、銀雪で覆われる。着ていたドレスが白く舞う雪に彩られていく。

 終わった後で朔さんを迎えに行くのに、こんなボロボロの格好じゃ恥ずかしいから。

 

「世界で一番、清楚な魔法少女ですよ!」

 

『……意味分かんないね!』

 

 

 

 

 




清楚かどうかは要審議です
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