【完結】うお……貞操逆転世界魔法少女物はちょっと盛りすぎ……   作:しゅないだー

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#3「守名(かみな)氷織(ひおり)はお願いしたい」

 

 

「じゃあ名前から教えてもらおっかな」

 

「魔法少女、アイシスリリィです……」

 

「ふーん」

 

「か、守名氷織(かみなひおり)……です」

 

 

 

 彼女が我が家に足を踏み入れるのは数日ぶりにして2回目である。

 そして彼女は長らく空き部屋であった俺の隣に越してきたらしい。つまりお隣さんという事になってしまう。

 なんで?

 

「守名さんね。あのね、なんでピンポイントで俺の隣に越してきたのか知らないけどさ。普通に考えたらストーカーだからね、これ。警察電話していい?」

 

「ま、まだお礼何もできてなかったので!」

 

 せめてなんか取り繕えよ、『元々通学の為にこの辺に引っ越す予定でした』とかさあ。多分嘘や駆け引きが苦手なタイプだな。

 まあそもそもこんな頭おかしい事がまかり通ってる時点で警察呼んでも仕方ないだろうけど。

 

「いや、国から俺の口座になんかヤバい金額入ってきてたのも君でしょ。怖過ぎて使えないから全部寄付したわ」

 

「え!?あ、その、ええと……お優しいんですね……」

 

 情緒がおかしい。

 俺のプライバシーとかそもそものコンプライアンスはどうなってんだよ。

 今まで全く関心がなかったから知る気もなかったけど、魔法少女ってのは相当な権力をお持ちらしい。

 

「そ、それと若い男性の一人暮らしなんて物騒なので!私、魔法少女ですから貴方の事守れます!」

 

「今ひしひしとその物騒さを噛み締めてる所だけど」

 

 頑張って何か話そうとする度にカウンターパンチを食らい、あわあわと目を回す様は年齢以上に幼く見える。あの妄獣を一蹴していた時の凛とした雰囲気は見る影もない。

 何かを決意したように拳を握り締め、目を瞑りながらも少女は懸命に叫んだ。

 

「……わ、私!魔法少女なんですよ!?」

 

 彼女は薄目を開けて、ちらりと俺の様子を窺っている。

 

「それで?」

 

 俺のにべもない返答にがっくりと項垂れた。

 世間一般じゃ魔法少女と懇意になる事はステータスになるのかもしれないが、あいにく俺は清楚なお兄さんである。

 清楚なお兄さんは魔法少女を特別扱いしない。多分。

 

「う、うう……逆見(さかみ)さん、ちょっとバトンタッチ……」

 

「ちょ、なに、仲間を呼ぶの!?」

 

 マドハンドかよ、と心の中で思わず悪態をつく。氷織と名乗った少女がとぼとぼと出ていくのと同時に、入れ替わりに誰か入ってくる。

 なんか勢いに負けて素で通しちゃったけど入場料取っても罰当たらないだろ、これ。

 入ってきたスーツの女性は、俺に許可を取る事もなく椅子に腰掛けた。確かあの夜、少女を迎えに来ていた人だった気がする。

 

「あの、どちら様ですか」

 

「妄獣対策室の逆見だ、魔法少女アイシスリリィを担当している。少し今回の件について説明させてほしい」

 

 恐る恐る尋ねる俺にそう渡された名刺には、防衛省やら何やら小難しそうな肩書がやたら付いている。

 参ったな、俺って根は俗物だからこういう権威とかに弱いんだよな。

 

「ええ……はあ、話だけなら……」

 

 ざっくりした説明を聞くに、魔法少女には一人一人に対して逆見さんのような担当が付くらしい。周囲との折衝や生活のサポートなど、その業務は多岐に渡る。早い話がエリートだ。

 参ったな、俺って根は三下だからこういう賢い人とかに弱いんだよな。

 

妄獣(カースド)とは人の怨み、妬み、呪いといった情念が形となったものだ。そして魔法少女が唯一それを打破できる。これは一般向けにも公開されている情報であるし、理解できると思う」

 

「まあ、はい」

 

 妄獣は普通の人間には太刀打ちできない。

 だからそれに抗う事のできる魔法少女は、社会から尊重され特権を与えられている。

 

「妄獣に対抗する魔法少女はまさにその対極。12歳〜20歳までの女性の中で最大化される、生命の根源とも言える熱い血潮のようなその欲望!それを魔力とし、澱んだ感情の結晶たる妄獣を打ち倒すのだ!」

 

「……なるほど」

 

「ここまで理解して頂けたかな?」

 

 これ、言っていいんだろうか。下手すりゃ各所方面からめちゃくちゃ怒られそうなんだけど。

 

「あの、それって小難しい言い方してますけど性欲ですよね」

 

「口を慎みたまえ。生命の根源とも言える熱い血潮のような欲望だ」

 

「性欲の事ですよね」

 

 何とも言えない沈黙が流れた。ここ、出方を間違った方が絶対負ける。

 

「とにもかくにも、氷織は奥手でな」

 

「あっ、流しやがったこの女」

 

「考えてもみろ、魔法少女にはそれぞれ何社ものスポンサーが付いていて女児の将来の夢ランキング不動の1位だぞ。それが煩悩の塊みたいなイメージが付くのはまずいだろう」

 

 まあそれは一理あるか。

 実際あの夜の光景は幻想的で、神秘的で、それが実は性欲をエネルギーに変えてやらせてもらってます〜なんて言われたら人によっちゃ傷付くかもしれない。

 

「英雌色を好むと言うだろう。氷織には光る物はあるが、飢えが足りない。それが度々の魔力切れ、継戦能力の低さに繋がっている」

 

 魔力切れ、確かあの子も自分でそう言ってたな。

 あの周囲一帯が凍り付きそうな程寒くなって、生み出された氷の刃は妄獣の首をあっさりと落とした。あの人間を超えた力も無尽蔵という訳ではないらしい。

 

「それに別に性欲に限らないんだ、要は欲望が彼女達に力を与える訳だからな。それを踏まえた上で一つ聞いてほしい」

 

 真剣な調子でそう言うもんだから、思わず居住まいを正してしまう。そもそも真面目に取り合う義務なんてないのに。

 

「あの子が何かを欲しがったりする事は殆どないんだ。魔法少女としては非常に珍しい。なにせ望めば殆どの物は手に入るからな、美食にブランド物、美男子まで」

 

 馬鹿馬鹿しい、奥ゆかしさの欠片もないじゃないか。

 人間の欲望なんて際限がない。望むまま与えられても、底の抜けた箱みたいにどんどん漏れ出ていくだけだ。

 

「で、その彼女が俺を欲しくなったって?悪いけど俺は物扱いなんてまっぴらごめんですよ」

 

 正直に言えば、今の若い男性は言い方を変えればトロフィーだ。

 そもそもこの男女比であれば交際している事自体が周りに差を付けるステータスとなるし、顔が良ければ、特技があれば、男の価値という物は隣に立つ女性を引き立てる為にある。

 だが清楚なお兄さんを舐めるなよ、金や物で靡く訳ないだろう。

 

「勘違いしているなら申し訳ないが、氷織が"欲しい"と望んだならそれは決定事項だ。必ずそうなる。君の主義主張に関わらず、な」

 

 その口調は脅しではなかった。ただ淡々と"事実"を述べているだけ。改めて魔法少女という物がこの世界でどれだけの力を持っているか、否が応でも身体が理解する。

 

「しかしあの子の要求は違う。あの子が望む事は」

 

 

 

 ───"えっと、付き合うとかそんなのじゃなくて。わ、私なんかがおこがましいし、ガキに興味無いって言ってたし。自分でもよく分かんないの……でも魔法少女の私を助けようとしてくれて、魔法少女の私をだよ?本当は私の事す、好きとまではいかなくても悪くないなって思ってたり、してるんじゃないかな……って。けど、もし嫌がられたりしたら立ち直れる気しないし、贅沢言わないからちょっと近くで、本当はちょっとだけ贅沢言いたいんだけど、いい……?あの、隣の部屋に引っ越して、たまに朝とかすれ違ったら挨拶とかしてみたり、なんて、えへへ……えっと他には"───

 

 

「長え!!!3行でまとめてくれます!?」

 

「君の近くで暮らして、たまに挨拶とかできたら嬉しいなーという事だ」

 

「最初からそれでお願いしますよ、マジで」

 

 逆見さんは悪びれた様子もなく、今度はよよよと下手な泣き真似を織り交ぜながら話し始めた。

 

「魔法少女は……早ければ年齢が1桁の頃から両親と引き離され、訓練を受ける。言うなれば一番飢えている物は他者との関わり、愛情と言えるかもしれない」

 

「そうやって情に訴え掛けてくる訳ね、はいはい」

 

 腕を組んでそっぽを向き、その手には乗りませんよと態度で示す。もうここまで来るとお互い手持ちの弾も尽きてくる、根比べだ。

 

「頼む!そうでないとそろそろ公権力に物を言わせなければならなくなる!」

 

「マジであんた言ってること最悪だからな!バーカバーカ!アホ!」

 

 反則級のカードを叩き付けられ、もうこっちもシンプルな悪口しか出てこない。

 

「ぐ……氷織は良い子なんだ、本当にな。何が不満なんだ!?」

 

 ただ、どうやら逆見さんはそのカードを切れないらしい。

 いや、彼女の言葉をそのまま受け取るなら守名氷織に止められていると思った方が自然だ。

 

「そうですね……お姉さんみたいな歳上の人がタイプだから、かな」

 

 上目遣いでそう言いながら彼女に指を絡ませてみる。

 あまりこういう事はしたくない、本当に不本意だが仕方ない。

 

「ん゛ッッ」

 

「うわっ、自分の頬肉噛みやがった」

 

 口の端から血を流しながら不敵に笑う逆見さんに、もはや畏敬の念すら覚える。公務員って覚悟決まり過ぎだろ。

 

「危ない危ない、君は色気が凄いな。私がもう少し若ければ公私混同していたかもしれん」

 

「もう本当に早く俺の部屋から出て行ってくれませんかね」

 

 負けを認めたのか、のろのろと逆見さんが荷物をまとめ始める。

 

「最後に聞きたいんだが。なぜ君は、そこまで頑なに拒む?」

 

「そりゃ……清楚じゃないからですよ」

 

「清楚?」

 

 頭に疑問符を浮かべている逆見さんには俺のこの理念は理解出来まい。

 

 清楚。

 飾り気がなく、清らかな様。

 

 しかし、しかしながら。

 あの夜、命を救ってくれた恩人を後の自分の為だけに無碍にしたのは本当に胸を張って清楚と言えるのか。

 カスみたいな打算の果てに再び手に入れた安寧が、本当に俺の目指すべき清楚なのか。

 言葉一つで望みを叶えられる立場にありながら、それでもなお相手に身一つで来た氷織と名乗る少女の選択の方が清楚なのではないか。

 

 

 

 クソでかい溜め息を吐きながら、席を立って部屋を出る。行くべき所は目と鼻の先だ。

 

「嫌われた……絶対嫌われた……わぁ!?」

 

 隣室の扉をノックもせずに入ると、部屋の隅に体育座りでそんな事をぶつぶつと呟いていた彼女は驚いたように飛び上がった。

 勝手に入った事を詫びるつもりも別にない。ただ聞きたいのは一つだけだ。

 

「一つ聞いてみるけどさ、なんで俺が良いの?あの夜は急に態度変えたし、ガキとかそれなりに酷い事言ったと思うけど」

 

 俺は本当に自分の事をそんなにマシな人間だとは思っていない。だから清楚を、理想を追う。それを追い続けていれば、それなりにマシな人間に見えてくるだろうから。

 

「お願い……聞いてくれるって、言ったから。だから隣に引っ越してきても……怒らないかな、って……」

 

「あ〜〜〜〜〜〜〜〜」

 

 言った、確かに言ったわ。僕にできる事ならいいよ、とかスカした事言ってたわ。

 

「つまり、俺の蒔いた種か……」

 

 彼女の"お願い"は別に付き合うとかそんなんじゃなく、ただ俺の近くで暮らしてみたいとかいう女性云々というより子供じみたものだった。

 しかし現実的に無理ではなく、尚且つ別に俺に直接的な迷惑は掛からない。そう、隣に住むだけなら。

 ここで強引に理由を付けて「いや、あれやっぱなしね」は……清楚じゃない。

 

わ、私達(魔法少女)は人をいつも助けてます。それは別に良いんです、そういうものだから。感謝されてもされなくても、どちらでも。けど、その」

 

 何故かその言葉を聞いて酷く寂しくなった。

 そこまで興味の無い俺でも魔法少女を取り巻く世の空気という物は何となく分かっている。

 魔法少女は勝って当然、魔法少女は皆の為に戦っている、魔法少女はいつもキラキラしている、魔法少女はいつも私達の事を考えてくれている。

 

「……助けてもらったのは、初めてだったから。訳が分からなくなっちゃって、でも嬉しくて、ごめんなさい……」

 

 誰もが一度は考えた事があると思う。

 いつも誰かを助けているヒーロー、ヒロインがいたとして。

 じゃあ誰が、彼女達に手を伸ばすのだろうと。

 

「あと、ガキって言われたのはそれはそれでなんかどきどきして」

 

「分かったよ、良いよ、隣に住むだけね!それ以上は知らないからね!」

 

 その言葉を聞いた瞬間、彼女の顔が本当に花が咲いたように綻んだ。

 おどおどしたように伏せられた瞳でも、何かを言おうとして噤んでしまったような口元でもなく。

 

 何だ、そんな顔もできるんじゃないか。

 

「朔。柊木朔ね」

 

「ひ、柊木さ……あの、朔さんって呼んでも……?」

 

「お好きにどうぞ」

 

 隣人なら、別に名前くらいは教えても構わないだろう。

 

 

 

 ─────────────────────────────────

 

 

 

 

「……逆見さんだっけ。あんた、煙草吸う人?」

 

 そう言いながら何本か吸った後の煙草の箱を差し出す。

 答える代わりに一本抜き取った彼女とベランダで並んで火を付ける。

 

「確かにあの子、変かもしれないですよ」

 

「魔法少女なんてものは皆浮世離れしているぞ」

 

 ぽっかりと口を開けて煙で輪を作りながら、彼女はしみじみとそう呟いた。この人にもまあ色々あるんだろう。

 

「話を聞く分には魔法少女の権力ってのを使えば、たかが一人の男なんて言う事簡単に聞かせられるんじゃないですか?でもあの子はそうしなかった」

 

 隣で煙草を揉み消す逆見さんは何も答えなかった。

 

「ズレてるし空回りしてるのかもしれないけど。でも俺の事を曲がりなりにも尊重しようとしてるって事でしょ、一応」

 

「それで君は良いのか?」

 

 良いのか、と問われれば別に良い訳ではない。ただ、彼女(氷織)が悪い訳でもない。

 

「悪意があるならともかく。ガキのする事にいちいち目くじら立てるのは、清楚じゃないんですよ」

 

 一際強く風が吹く。短くなった煙草の灰が、空に舞った。

 逆見さんはその言葉を聞いて、何故か嬉しそうに微笑んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

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