【完結】うお……貞操逆転世界魔法少女物はちょっと盛りすぎ…… 作:しゅないだー
真夏にも関わらず、その魔法少女が発する冷気で屋上は凍り付いていた。
先程までの時間稼ぎを目的とした、消極的な相手ではない。
自ら傷付く事も厭わず、自分を殺りに来ている。
この自分を、たった一人で。
"完全な顔付き"はそれを愚かしくも、面白く感じていた。
黒い雪崩の如く無尽蔵に生み出した妄獣をぶつけながら、相手の動きに注意を払う。
片手で触れるだけで妄獣を凍結させ、返す拳でそれを砕く様は自分の見てきた魔法少女の中でもトップクラスの実力だろう。
ただ、それでも到底一人の魔法少女に捌き切れる物量ではない。
処理できなかった妄獣に爪を立てられ、殴られ、裂かれながらも。
その目の輝きは全く死んでいない。傷を付けられた瞬間からそれを治し、平然と挑みかかってくる。
魔法少女が自身の傷を癒やす事ができるのは知っていた。ただ、それでも痛みは消えない事も。
「────『
自分の足元から突如突き上がる氷柱を仰け反るようにして避けた。
あまつさえ隙を見て攻撃まで仕掛けてくる目の前の少女は、今まで相対した魔法少女と何かが違う。
『ねえ。なんでそんなに頑張るの?痛いでしょ?怖いでしょ?どうせ死ぬのに、楽になりたくないの?』
それは"完全な顔付き"にとって、純粋な興味だった。
そして慈愛でもあった。
「……良いですよ。教えてあげます」
頬に付けられた大きな切り傷を撫でるようにして治すと、守名氷織はゆっくりと口を開いた。
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ある魔法少女は。
妄獣の群れを何とか処理した僅かな休息の間にスマホから流れる映像を見て、ドリンク片手にあんぐりと口を開けていた。
「あのクソ眼鏡──ッッッ!ひーちゃんに、な、なんて事を言わせてんのよ……!」
足を踏み鳴らして一頻り憤った後、溜息を吐いて「でも、仕方ないよね」と諦めたように笑った。
自分は彼女の保護者でも何でもない。一人の"友人"としてその変化を喜びたかったから。
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柊木朔を取り巻く二人は。
車に備え付けてあるテレビから流れてくるその映像に、これ以上ないほど腹を抱えて笑い合っていた。
「あっはっはっはっはっは!!!ヤバいヤバい、これ聞けただけでここまで来た甲斐あったなあ!」
「くくく……つくづく、朔には勿体無いな」
「これはいよいよ、こんな所で僕らが死んだら台無しですねぇ」
「そうだな。さて、私の魔法もあとどれくらい使えるか……」
未だ妄獣が数多蠢く街を車で駆け抜けていく。忘れられない記憶を刻み込むように。
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8年、彼女に付き添った魔法少女付きは。
モニターから流れるその映像を慈しむように眺めていた。
「はは。良い夢じゃないか。本当に……良い夢だ」
装甲車のドアにもたれ掛かるように座り込むと、俯いた。
どんな表情をしているのか自分でも分からなかったが、少なくともそれを周りの人間に見られたくなかったから。
大人の女性が涙をこぼす姿など、到底みっともなくて見せられない。
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「私が頑張れるのは、好きな人がいるからです。その人とずっと、一緒にいたいからです」
そう胸に手を当てる。
ずっと……ずっと、となると。やっぱりその、将来的には結婚……になるのかな。顔がほんのり熱くなるのを感じる。
でも守名朔、とても良い響きじゃないかな。結婚式とかやるにしても、誰を呼ぼう……私、友達少ないし。親戚もいないし。
逆見さんと舞ちゃんはもちろん呼ぶとして。
「子供は二人欲しいですね。女の子と男の子、どっちもがいいな。お姉ちゃんと弟がいいかな」
家族を大事にできるお母さんになりたいな。
私がしてもらいたかったけど、叶わなかった事を全部してあげよう。
「庭の付いたお家を建てて、ワンちゃんも飼ってみたいです。私は行けなかったから、小さい頃から色んな所に旅行に連れてってあげたいな」
ずっとずっと先の事かもしれないけれど、叶えたい夢で私の身体は満ち溢れている。だから私は負けないし、折れない。
『つまり君は、世界平和だとかこの世から悪を無くすだとか。崇高な願いじゃなく、そんな小市民じみた個人的な夢だけで私に追い縋ろうって事?』
「小市民で悪かったですね」
そう言われるとなんだかちょっと恥ずかしくなって、呆れたように肩をすくめてみせる相手にそっぽを向く。
「別に魔法少女だって、普通の女の子ですよ。世界平和なんてふわっとした物の為にこんなに頑張れません」
『……そうか。そうだね』
何故か、その妄獣は笑っていた。
『ねえ。仮に私を倒せたとしても問題は山積みだし、この世から妄獣がいなくなる事はないよ。人間がいる限りね。そうなってくると今度は私よりずっと強くて、残酷な同胞が生まれてくるかもしれない』
薄々分かってはいた。この妄獣を倒せたからといって、きっと全てが上手くいく訳じゃない。
魔法少女は万能じゃなくて、この世の中には私達でもどうにもできない事が沢山ある。
『人間って奴は、満ちれば満ちるほど愚かで傲慢になっていく。それに呼応するように、私達もその力を増す。君達魔法少女が傷付いて、傷付いて、その果てにあるのは。今よりも更に惨い結末かもしれないよ?』
人間は年月を経るにつれて、悪辣になっている。
そう主張する目の前の相手を、否定はできない。私だって、人の汚い所は沢山見てきたから。
けれど。
「ある意味では、あなたの言う通りかもしれません。未来の事は誰にも分かりませんから。でも、少なくともとりあえずは」
私も、朔さんも、逆見さんも、舞ちゃんも。
皆、いつかはきっと死んでしまう。ただ、それを今日でも明日でもなくてずっと先にする為に。
「私は、私の好きな人達と一緒にいられる"明日"が欲しいから」
そうまっすぐ、相手の目を見る。
何の感情もない読み取れない硝子玉のようなそれは、私の言葉を聞いて薄く細められた。
「だから、あなたはここで倒します。私は自分のはしたない所や恥ずかしい気持ちにずっと蓋をしてきましたけど、ちゃんと自分の欲望に向き合えたから」
欲しい物をちゃんと欲しいと言えるようになった。
それと同時に、大切な人の幸せをただ願えるようになった。
『良いね、めちゃくちゃ良いよ!矮小で卑近で、俗っぽい!エゴイズムの塊だ!なのにさあ……』
どういう感情なのか、整っていた"完全な顔付き"のパーツが福笑いのように一瞬乱れる。
『今の君、さっきよりもずっと強いじゃん?』
「ええ、簡単に負けるつもりは……いえ、私が勝ちます」
『頑張ってね。ところで……話に出てきたその相手って、さっき君が助ける為に飛び降りていった彼かな?』
その言葉に踏み出そうとした足が止まる。
「……そうですけど。それが何か?」
嫌な想像が脳裏を過る。
これ以上ないほど頑強に作り上げた氷壁で守っているから、まず朔さんを傷付けられる事はないと思っているけど。
もし何らかの要因で朔さんを狙われたり、人質に取られたりしたら。
『お名前、なんて言うの?君も、彼も。大丈夫だよ、何もしないから』
「……守名氷織。あの人は柊木朔です」
『じゃ、もし結婚するとなったら彼は守名朔くんになる訳だ』
「え〜?わ、私はそれでいいですけど朔さんが『姓は変えたくない』って言うなら、私が柊木氷織になったって……それもいいですね……」
いざ他の人から言われると、急に現実に近付いた気がして一層顔がにやけてしまう。
その時。
氷で反響しているのか、かなり下の階にいるはずの朔さんの声が響いてくる。特に手は出されていないようでほっとした。
「氷織、バカお前、何デカい声で言ってんだ!!」
「なんですか朔さん、今更照れてるんですか?残念ですけどもう離しませんよ」
多分、スマホか何かで流れている映像を見て私の言っている事を把握しているんだろうけど。
もうずっと一緒にいてもらうんだから。
ん?
……流れている映像?
恐る恐る、空中をふよふよと漂っているカメラを模した妄獣に目を向ける。
「違うわバカ、配信!テレビ!これ日本中に流れてんだよ!!ヤベえ、俺の顔までネットに出回ってる!!」
「あ……あ、え、ちょ、あああっ!?!?」
じゃ、じゃあ。
私が今さっき、明らかに浮かれポンチのままペラペラと喋っちゃったこれからの将来設計が……全国のお、お茶の間に。
カメラに向かって大慌てで首をぶんぶんと振る。
「あの、あの……今のなし!全部なしで!も〜!!!なんで、こんなのズルいじゃないですか!?」
"完全な顔付き"はその様子を見て転げ回っていた。
この妄獣だけはもう、絶対に生かしておけない。
『いや、面白過ぎるでしょ』
「は……嵌めましたね!?」
『100%君のせいだよ』
まるで涙を拭うかのように目元に手を当てると、"完全な顔付き"は一際大きく息を吐いて服の埃を払った。
それはどこか、遣る瀬無い溜息のようにも聞こえたのは私の気のせいかもしれない。
『じゃあ、もう少し喋っていたいけど。そろそろ続きをしようか』
相手の"目"が妖しく光る。
私の肋骨だけを折った、あの能力が来る。咄嗟に氷壁を自分と相手の間に、仕切るかの如く生み出した。
目が起点という事はきっと、目視が条件に入っている。なら私の姿を隠してしまえば、不可避の攻撃は飛んでこない。
私の仮定が間違っていたとしても、今のコンディションならすぐ治せる。
数秒経っても、私にダメージはない。読みは当たっていた、これならペースを私が握れる。
まるで透かすように、氷壁越しに何かが光っていた。
「──っ!?」
それを避けられたのは、きっとあの動画を見ていたから。
"雲海"の魔法少女がその光で焼き切られる姿を。
咄嗟にしゃがみ込むのと同時に、私の頭上を一筋の光線が薙いだ。氷壁を通した事で微妙に屈折していなければ、私の頭は焼き切られていたかもしれない。
死の一歩手前を経て、心臓が早鐘を打つ。
また"完全な顔付き"の瞳が輝いた。恐らく右目と左目で、別々の能力としてカウントされている。
でも光か、もう一つの方か。どちらの能力が来るかまで分からない。
側面から回り込むようにして一気に距離を詰める。
痛みは怖くないと自分に言い聞かせ、掲げた手に魔力を込めた。
「────『
氷で形作った剣を携えて、がむしゃらに走る。
撹乱するように何度もフェイントを入れたけれど。"完全な顔付き"は私をただ一瞥した。
それだけで身体の内側から握り潰されるような感覚と共に、ぼきりと嫌な音が体内に響いた。
「ぐ……!」
それにも構わず"
このまま内部から凍らせて、確実に砕く。
魔力をありったけ流し込んで、瞬間的に凍結させた。
そのまま叩き割ろうと拳を振り被った瞬間、気付く。
"完全な顔付き"はつまらなさそうにこちらを見ていた。なんで、凍ってないの?
ただ、その理由は一目瞭然だった。
目の前の相手は、手刀で自らの左腕を肩から切り離していた。
そのまま放たれた右拳が、がら空きになった私の腹部に突き刺さる。
「かはっ、う、うぇ……」
息ができない。
折れた肋骨が、多分どこかの臓器に刺さって身体が警鐘を鳴らしている。
これ以上のダメージは、許容出来ないと。
それでも尚、立ち上がろうとした時。
「〜〜〜っ、あ、あ……痛、痛い痛い痛い!」
耐えられない激痛に「痛い」と口から何度も溢れ出る。
蹴り砕かれたのか、右足の膝関節が逆方向に折れ曲がっていた。
『魔法少女って傷を塞ぐのは得意だけど。骨とか内臓とか、イメージし辛い物って切り傷とかに比べて治りが遅いんだよね』
そう言いながら倒れ伏す私を見下ろしている妄獣の左腕は、黒い菌糸が伸びるようにして再生していた。
私はと言えば、口から止めどなく流れる血を拭う気力もない。
『じゃ、今から死ぬ訳だけど。辞世の句とか詠みたい?今なら全国の皆さんが聞いてくれるよ』
辞世の句、って言われても死にたくなんかない。
私はまだ生きる事を、ハッピーエンドを諦めない。そう拳を握り締めた時、ぽつりと雫が落ちた。
思わず空を見上げる。
「今日の、天気予報は……にわか雨に、注意、です」
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ぽつり、と雨が落ちる。
空を見上げた後、再び地面に這い蹲っている魔法少女に目を落とす。
夏の通り雨などよくある事だ。
"目"は今のクールタイムで、他の能力を使えるようになるにはもう少し時間がかかる。
素手で首の骨を折って、おしまいとしよう。そう"完全な顔付き"はゆっくりと歩を進めた。
また、雨粒が落ちる。
『……?』
微かな痛みが顔に走って、思わず手を添える。
頬からどろりと黒い血が垂れていた。まるで削り取られたかのような傷が付いている。
目の前の魔法少女が遮蔽物やその構造で時間を稼ぎやすい屋内ではなく、頑なに屋上という外で戦い続けた理由に"完全な顔付き"は今更ながら気付いた。
彼女の表情は、ずっと死んでいなかった。
「────『
雨粒を自分や外にいる妄獣へ当たる瞬間に凍結させる事で、魔力を帯びた雹に変えているのだと"完全な顔付き"が理解した時には既に遅かった。
空から落ちてくる無数の弾丸が、再生するそばからその肉体を削り取る。
『があああああ……!!』
数十年前の敗走でも感じなかった、死が目の前に迫る感覚をたった一人の魔法少女によってそれは突き付けられていた。
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雨が止んだ。時間にして、五分にも満たなかったかもしれない。
『悪くない。本当に、悪くなかった』
防御に振っても無駄だと最初の数秒で悟った。
故に"完全な顔付き"は己の全てのリソースを再生に回し、削り取られたそばからそれを相殺するように自己再生を続けた。
各地に散った他の顔付きや妄獣達への
それによって他の地域は鎮圧されるかもしれないが、それでも構わなかった。
目の前の魔法少女は、自分の喉元まで深く刃を突き立てた。あと一歩、それは掻き切るまで届かなかったが。
『惜しむらくは、街や他の生き残った人間への配慮かな?精緻な魔力操作で私達へ当たる雨粒だけピンポイントで凍らせていたみたいだけど、その分一発一発の威力がかなり落ちてしまっていた』
あと数分、この通り雨が続いていれば再生不可レベルまで追い込まれていたかもしれない。
『そして自分の傷も治さずに、二の矢を
右足を壊されて立てないからか、座り込みながらも満身創痍の魔法少女の手には魔力で形成された氷塊が浮かんでいた。
それはあまりにも禍々しく、もはや勝ちが確定したこの状況において尚"完全な顔付き"は身震いした。
ただ、この時間ももう終わりだ。
少女の首に手をかけようとした、その時。
「────笑って?」
弾丸のようなスピードで飛び込んで来たそれは、魔法少女と"完全な顔付き"の間に割って入った。
その顔を見てしまった瞬間、表情が意思に関係なく"笑顔"へと歪まされる。発動しようとしていた能力が、強制的に停止させられた。
そのままの勢いで、突如現れた闖入者の拳が妄獣の顔面に深々と突き刺さる。
その魔法少女も数多の戦闘をこなしてきたからか、もはやその攻撃に"完全な顔付き"を傷付ける程の力はなかったが。
それをよろめかせ、魔法少女アイシスリリィに繋ぐには十分過ぎた。
「────『
それは何の飾り気もない、軽自動車程の氷塊。
受けて、再生すれば問題ない。そう考えていた。
しかし。
その一撃に、"完全な顔付き"は数多の生命を終わらせてきた"
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"完全な顔付き"は目を覚ました。
下半身はあの氷塊に消し飛ばされ、上半身も右腕と胸部から上を残して原型を留めていない。
普通の妄獣であればとっくの昔に身体を維持できず、死んでいる。
少し離れた場所で二人の魔法少女が会話していた。
「沙羅さん、他の顔付きは大丈夫だったんですか……?」
「うーんとね、10体は倒したかな?それでもどんどん湧いてくるから、これ足止めだろうなって。だから他の
化け物め。
想定外は、二人いた訳だ。
戦闘を続けようとして、ある事に気付く。
細胞の一つ一つが停止している。再生ができない。
自分という個体の死を、"完全な顔付き"は朧気ながら悟った。
「うわ、まだ生きてる……けど時間の問題か。悪いけど後は任せていい?とりあえず、まだ顔付きも残ってるだろうからそいつらしばいてくるね」
ふらつきながらも飛んでいった"笑顔"の魔法少女を見送ると、"氷雨"の魔法少女はゆっくりと足を治しながら近付いてきた。
「あなたの"時間"はもう止まっています。私の魔法は、そういうものです」
『……私の負け、か』
そう口に出すと、なんだか清々しいような気すらしてくる。
が、自分は妄獣だ。最後まで人に仇なす責務を果たす。
『私はね、所詮ただのイレギュラーだよ。ラスボスなんかじゃない、倒しても気休めにしかならない』
そう嘲笑う。達成感になど、浸らせてやるものか。
『君達にだって、たまに生まれてくるだろ。君や、さっきの笑顔ちゃんや他の……
けれど仮に自分を凌ぐ妄獣が現れても、きっと魔法少女は傷付きながらそれを打ち倒すのだろう。そんな確信があった。
「それでも、私は自分にやれる事をやるだけです。私より前の魔法少女もきっとそうだったし、これから生まれてくる魔法少女もきっとそう」
少女の瞳は澄んでいた。
あまりにも眩しすぎるくらいに。思わず溜息を吐く。
『私はやっぱり、こんなに人間はいらないと思うけど。君達を傷付けて、利用して、使い潰して。そう思わない?』
「あなたの言葉は……なんだか、私達に同情しているようにも聞こえます」
その質問には答えない。決して同情などではないから。
それは例えるなら……やめた。
『……"私"は
そうぼやかす。
『間違っても哀れむなよ。私は数十年前に街一つを地図から消して、君のお仲間を何人も殺した残虐で極悪で獰猛な妄獣なんだ』
それは真実で、自分がこの世に生まれ落ちてからずっと人類という種に対しての嫌悪感は拭い去る事ができなかった。
けれど、自分には他の妄獣と違って思考があった。理性があった。人の作る物を好きになってしまった。
本能のままに暴れ狂えたらどれだけ楽だった事か。
言わば、人間の妄獣として生まれてしまった悲哀かもしれない。
「あなたが手を抜いていたとは思いません。何回も死にかけましたし、紙一重でした。でもやろうと思えば朔さんを人質に取ったり、妄獣に襲わせて私の意識をそちらに向けられたんじゃないですか?」
『そりゃ、人質を取るなんて野蛮な真似は人間くらいしかしないだろう。私達は本能で君達を滅ぼそうってくらい嫌悪してるのに、そんな同等に堕ちる事はできないよ』
それは"完全な顔付き"としての矜持でもあった。
人間の汚さを嫌悪しているのに、真似るような愚行を犯す訳にはいかない。
『数十年前に敗北を喫してから色んな物を見たし、聞いたよ。美味い食事に綺麗な夜景。心踊る音楽。少しはマシな人間もいた。いたんだよ。後は夏の夜に飲むビールや……』
懐かしむように、昔の事を思い返す。
『多分、私は時間をかけ過ぎたんだ。そういう意味では……君個人ではなく。君達"人類"の勝利、かもね』
"氷雨"の魔法少女は何も答えなかった。
『まあ、精々頑張れ』
黒い汚泥となって身体が溶けてゆく。多分、これが死という物なんだろう。
君の見せる夢は悪くなかったよ、最後にそう言い残した。
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誰もいない街で、夕焼けを眺めながら逆見さんが迎えに来るのを待っていた。
「勝ったのは良いけどどうすんだよ、これ。俺の築き上げてきた清楚ブランドが1日にして崩壊したじゃねえか」
まあ、あれだけ全国的に出回っちゃったら……もう清楚も何もないし、女の子も朔さんに近付かないか。
「よくよく考えたら、別に私以外の女の子にちやほやされても仕方ないですもんね。良いんじゃないですか?」
「何開き直ってんだ」
「あいたっ」
デコピンされた額をさすりながら、お互い顔を見合わせる。
そして、どちらともなく笑い出す。
「晩ご飯はお肉が食べたいです。焼肉行きませんか?」
ボロボロなのに元気だな、と呆れたような声で言いながら朔さんはスマホを取り出して近くの店を調べ始めた。
ぶっきらぼうなのに私を優先してくれる、そういう所が私は好き。
「でもお前、なんか色々話聞かれたり諸々処理があったりするんじゃないの?」
「逆見さんにワガママ言ってどうにかしてもらいます」
今の私にとって世界で一番大事なのは、朔さんとご飯を食べる事だから。
「おっとっと……」
ふらついた振りをして朔さんにぴったりとくっつく。今は二人しかいないし、これくらいしても許されるよね。
ぽん、と頭に手を置かれた。
「見ない間に背、伸びたな」
「ええ。私だって日々、成長してますから」
「ああ。お前は本当に凄い奴だよ」
前より少し朔さんに近付いた景色が、ただ嬉しかった。