【完結】うお……貞操逆転世界魔法少女物はちょっと盛りすぎ…… 作:しゅないだー
中華料理屋のオムライスが食べたい
その店は多くの客で賑わっていた。
少し前の様子を知る常連からしてみれば、本当に天地がひっくり返るような騒ぎと言っていい。
「店長さん、餃子1つ追加入りましたよぉ」
「今やってる、そっちの油淋鶏から持っていけ!!朔のバカは何をしている!?」
「あー、なんか氷織ちゃんのファンに絡まれてます」
「さっさと呼び戻してホール……はいい、キッチンに入らせろ!私が死ぬ!!」
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あの日、俺達を守る為に元々残り滓程度しかなかった魔法を使い潰した店長は"記憶"を弄っての認識阻害なる物が使えなくなってしまった。
それのお陰で彼女は自分の正体を隠しながら悠々自適の隠遁生活を送っていたらしいけど、とうとう年貢の納め時が来てしまった訳だ。
店長はそれを悲しむでも惜しむでもなく「やっとか」と一言だけ呟いていた。
かといって嬉しそうな訳でもなく、ただ淡々と。
まあとにかく。
その結果として、俺のバイト先は……大繁盛していた。
元"記憶"の魔法少女である店長のファンだとか、あとはよく氷織がご飯を食べに来るという噂を聞き付けてやってくる彼女のファン。
面白そうだからという理由でバイトし始めた夜家の顔ファン。
二十代後半くらいのOL二人組が、天津飯を運んできた俺を捕まえてキラキラした目で尋ねてくる。
「リリィちゃんとはどこで出会ったんですか?」
「話してもいいけどなんか追加で頼んで下さいよ。あー……俺が妄獣に襲われてる所を助けてもらったのがきっかけで」
「えーすごーい、ドラマみたーい!」
氷織はあのアパートを出た後、配信活動にも精を出していたらしい。
寂しさを紛らわせるためか何か知らないが妄獣の討伐に始まり、料理配信、ゲーム実況と何をやっているんだという感じである。
一緒に暮らし始めた今でも、時折自分の部屋で誰かと通話しながらゲームをしているみたいで声が聞こえてくる事もある。
まあ、趣味が多いのはいい事だ。なんだかんだでまだ高校2年生なんだから、楽しい事は多いに越した事はない。
ただその話を聞いた時、真っ先に俺の脳内を過ぎったのは『炎上』の2文字だった。
マジで勘弁してくれやと言う他ない、あの日本中に垂れ流された公開告白を経て俺の大学内での立場は物凄い事になってしまって。
男性の友人連中からは「魔法少女の知り合いを紹介しろ!!」と詰め寄られ。
女性の皆様方からは、最後にせめてもの思い出をと告白の列を作られ。
無下にする訳にもいかないので誠意を持って一人一人全員にちゃんとお断りをしたが、一生分の「ごめんなさい」「お気持ちは嬉しいです」を使い果たしたような気がする。
そりゃ俺だってバカじゃない、男女共に面白くないと思っている奴がいる事も理解している。
ただそれでも、世界を救った魔法少女の想い人にどうこうしようなんてアホな事を考える奴は早々いない。
氷織は氷織で過保護なくらい俺にべったりくっつこうとするから、まあ前みたいな事はまず起こらないだろう。そもそもGPS持たされてるし。
まあ、なんだかんだ落ち着きはした訳だ。
となると、次に考えるべき問題は氷織側の方だ。
いや、そういう配信者というか人気者に恋人がいるのは……まずいんじゃないか?
あんまりそういう文化に馴染みがないからよく分からないが、なんて言うんだっけ……そう、ガチ恋とかそんな感じのやつ。
ただ。
あの"完全な顔付き"とかいう奴を倒して、氷織が一発目に上げた動画には「やっとですね」「本当におめでとうございます」みたいなコメントがアホみたいに付いていた。
夜家に聞く分には「氷織ちゃんが出してた動画とか配信って端々に未亡人みたいな雰囲気が漂ってたんだよね」という事らしい。
勝手に殺すな、と声を大にして言いたい。
氷織からは「絶っっ対に見ないでくださいね!恥ずかしいので!」と釘を刺されてるし。まあ見たけど。
そもそも過去の動画の時点で、雑談の中で氷織もなんか俺の事を匂わせてたし「リリィちゃんを悲しませるな」「彼ピッピは早くよりを戻せ」というようなコメントで溢れていた。
なんだよ、リスナー承認済カップルって。
「朔!油を売るな!」
「油は売ってないですよ、お酒売ってました。紹興酒出しますよ」
話をする代わりにドリンク入れてもらうって、なんかそういうお店みたいだな。
「え、あ、う、浮気ですか!?」と口をあわあわさせる氷織を思い浮かべると、つい口角が上がってしまう。
くだらない事ばかり考えても仕方ない、と労働に精を出した。
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何とか客を捌き切り、夜家と一緒に閉店後の店内を掃除していると疲労困憊といった様相の店長が大きく煙を吐き出しながら聞いてきた。
「今日もお疲れ様だったな。賄いはどうする?」
「俺はいつものオムライスで」
この為にいつも働いていると言っても過言ではない。
正直金銭面で言えばあの張り切り少女が「朔さんは私が養いますから」って感じだから別にバイトしなくたってどうにでもなる。
それでもここで働くのは恩返しの意味だった。
「あ、僕はさっきのお客さんとこれから飲み行ってくるんで大丈夫でーす」
「客に手を出すな、アホ。私にも紹介しろ」
アホが女の子に引っ掛けられてふらふらと店を後にするのを見送ると、誰もいない店内で店長と二人きりになる。
思えば氷織と出会う前は、こうして女性と二人でいてものびのびと過ごせるのはこの人くらいだったな。
「今日も氷織ちゃんが迎えに来るのか?」
「いや、氷織は出張で他の県に行ってるんですよ。何かのCM撮影だったかな……連絡入れたら魔法少女付きの人が迎え寄越してくれるんで」
「なら多少遅くなっても大丈夫か。暇なら晩酌に付き合ってくれよ」
少し考えた後、大人しく椅子に座った。
お互いに色々忙しく、最近はなかなか改まって話せる機会もなかったし。
「結局、氷織ちゃんと同棲してるのか」
また始まったよ、絡み酒が。
「同棲……まあ、そうですね。親が聞いたら『結婚前になんて事を!?』って卒倒するだろうな。いや、魔法少女だからギリセーフかもしれないですけど」
「隅に置けんな、お前も。ちゃんと上手くやれてるのか?」
「それがですね、聞いてくださいよ。あいつ『家具は私の方で用意しておきましたから』なんて言うもんだから、それに甘えちゃったんですよ。俺もそんな金ある訳じゃないですしね」
色々二人で考えた結果、セキュリティの厳ついマンションにした。
もっとデカい部屋も借りられたけど、2LDKくらいがちょうどいい。
「『あ、あれれ〜シングルベッド2つを買ったはずなのに何故かダブルベッドになってますね』とかすっとぼけてるんですよ。本当にエロガキですよ、あいつ」
無駄にするのも勿体無いし、あいつの部屋で一緒に寝てるけど。
「寂しいんだろう。甘えたいだけだ、構ってやれ」
構い倒してますよ、と首を竦めてみせる。
「まあ、やる事はやってる訳だ」
「下世話な事言うのやめてくださいよ、まだ何もしてないです。まああいつが大学受かってからかな」
「お前……氷織ちゃんが可哀想だろ。生殺しじゃないか」
信じられないような物を見る目で見てくるから思わず抗議する。
「そこの所はきっちりしとかないと。大体あいつ受験生になるんですよ、上手いこと餌にしてちゃんと勉強させてますから」
毎日お預け食らってる犬みたいな顔してベッドの中に入ってくるのは正直面白いし可愛い。
一応遠慮してるのか少し離れた所で寝始めるけど、朝には俺の腕を枕にしている所とか。
そんな取り留めもない事を話していると、ふと会話が途切れる。
一瞬訪れた沈黙を崩したのは、店長だった。
「……なあ、朔。別にな、ここを辞めたって構わない。大変だろう、色々根掘り葉掘り聞かれたりするのも」
あ、一応気にはしていたんだな。
「それに元々歩いて来られる距離にあるのが、ここで働く決め手だっただろう。引っ越した今、そういう事情もない。氷織ちゃんと一緒なら金にも困らないはずだ」
面接の時にそんな事も話した気がするが、俺がこの店を選んだ決め手はそうじゃない。
「俺は店長と働くのが楽だから、ここを選んだんですよ。しょうもないセクハラとかしないですしね」
絡み酒はダルいですけど、と付け加えたが彼女は聞こえない振りをしていた。
「俺が大学卒業するまであと一年と何ヶ月かですけど、よろしくお願いします」
「ああ。卒業したら今度は客として来い」
この人がいなければ多分今、俺はここにいなかった。
となると氷織も死んでただろうし、この世の中は今よりも少しだけ悪くなっているだろう。
店長だけじゃなくて、逆見さんも、あのクソガキも、夜家も。
誰か一人でも欠けていれば多分俺は立ち上がれなかったし、氷織の所に辿り着けなかった。
「そういえばですけど、俺聞きたい事があったんですよね」
俺の返答に機嫌が良くなったのか「ああ、何でも聞け」と弾んだ声で安請け合いしてくれた。
「なんか店長の魔法の影響なんですかね、今まで気にもしなかったですけど。名前、なんて言うんですか?」
そう尋ねると、店長は迷ったように明後日の方向を見た。何か考え込むように。
数秒後、彼女は「悪いな」と言いながら俺の目を見つめた。
「私はお前にとって、ただのバイト先の店長でいたいんだ。駄目か?」
「それならまあ、仕方ないですね。俺もビール飲んでいいですか?」
店長はグラスをもう一つ取り出すと、瓶ビールから注いで渡してくれた。
軽く乾杯してクリーミーな泡と炭酸の喉越しに舌鼓を打つ。
「なあ、朔。バイト先の店長ではない、ある魔法少女の成れの果て。そんな女の話を聞いてくれないか」
グラスに口を付けながら頷く。
「私はな、もう抱えるのが嫌になっていたんだ。私の魔法で記憶を消した所で、その事実が消える訳じゃない」
気休め、慰めでしかないんだ。
彼女はそう呟いた。
「魔法少女だった事を忘れたい、という子もいた。優しい子ほど、そうだった。魔法少女だったからこその思い出も全て消える、と説明しても彼女達の意思は変わらなかった」
「辛かったな。私だけがその子との嬉しかった事も悲しかった事も、全て抱えて生きていく。置いて行かれる子供のような気分だったな」
「本当に、私も忘れられたらどんなに楽かと。全て綺麗さっぱりリセットできたらと、何度思ったか分からない。澱のように溜まっていくその気持ちに耐えかねて、私は逃げてこの店を開いた」
ある魔法少女が"店長"になるまで、きっと色々な事があったんだろう。
でも彼女がそれについて事細かく語る事はなかった。
なら、俺も根掘り葉掘り聞くつもりはない。
「だからそうだな……お前があのどん底の中で『忘れない』と言い切った時、なんだろうな。少し救われた気がしたんだ」
この人が氷織の事を、魔法少女の事を気に掛けていたのは。
多分、自分と重ね合わせていたのかもしれない。
「お前は決して強くはない。私や氷織ちゃんにしてみれば、赤子の手をひねるようなものだ。まあ男だからな、仕方ない」
「それ、差別ですよ」
事実を言ったまでだ、と悪びれもせずに店長は鼻で笑った。
「だが、お前は誰よりも勇敢だ」
なんだか真正面から褒められるとそれはそれで照れ臭くて、返事の代わりにグラスのビールを飲み干した。
「いつか年老いても。お前達の事は、忘れたくないな」
酒が回り始めたのか、少し赤くなった顔で店長がそう呟く。
魔法少女である事からやっと抜け出せた、これからの彼女にどうか幸あれと願った。