【完結】うお……貞操逆転世界魔法少女物はちょっと盛りすぎ…… 作:しゅないだー
「じゃ、かんぱーい」
「二人だけで乾杯もクソもあるかよ」
缶チューハイを開けながらそんなお決まりの台詞を吐いたのは、いつもの安居酒屋ではなく。
かと言って気取ったお高い店なんかじゃない、誰もいない公園だった。辺りはすっかり日が沈み、少し湿ったベンチに腰掛けて冷えた酒を流し込む。
氷織にバレたら「男二人でそんなの危ないですよ!」って叱られるだろうな、なんて事をいつの間にか考えているのに気が付いて苦笑いする。すっかり尻に敷かれてるな。
「公園で缶チューハイ買って飲むって、大学生の頃思い出すわ。マジで俺に金なかった時とかたまにやったよな」
「なんとなくね、学生の頃みたいな事したくってさ」
大学を卒業してからまだ1年も経っていないのに、わざとそんなこましゃくれた事を言って笑い合う。
新卒1年目、俺は勤め人としてそれなりの企業で働いていた。
正直に言えば、氷織が仮に魔法少女を引退しても二人で暮らしていく分には全然問題ない額が振り込まれる事になっている。それくらい彼女の功績は大きいらしい。
でもそれに甘えてヒモみたいな生活するのは清楚じゃないし、何より暇だし。とりあえず社内ナンバーワン清楚でも目指すか。
夜家はてっきりホストだとかそういった職に就くと思ってたが、知らない間に俺よりずっと格の高い企業に就職を決めていた。
奴曰く「僕がホストはコテコテ過ぎて面白くないでしょ」らしいが、できるんならもっと真面目に生きろよと声を大にして言いたい。
自信なくすわ、マジで。
今日は珍しく夜家の方から誘ってきたかと思えば、その辺を歩いている大学生の方がまだマシな飲み方をしている。
でも安っぽい甘ったるさの付いたアルコールが血液を巡って、少しずつ脳に回っていく感覚は心地良い。
「ふふふ、聞いてよ朔くん。実はね、彼女ができたんだよね」
そうさらりと告げた夜家の言葉に耳を疑った。
「……お前どこか悪いのか!? 死ぬのか!?」
どういう意味さ、と不満そうにしている夜家は早くも缶を空にしていた。
「いや、俺はお前がどれだけ多くの女性にちんこねじ込めるかでギネス記録狙ってるんだと思ってたからさ」
2本目を開けながら、夜家は空になった缶を俺に抗議するように向ける。
「失礼過ぎるでしょ、僕にも女の子達にも。少なくとも朔くんに殴られてから僕は女の子を傷付けた事ないからね」
まあこいつは確かに処女喰いで、毎日取っ替え引っ替え連れてる女は違うカスではあるが。女性の方もそれを承知の上ではあるんだよな。
まあ彼女達からしてみりゃ、あまりにも都合の良い男過ぎるが。後腐れのないセフレみたいなもんだし。
「で、そんなお前が選んだのはどんな子なんだよ。どっかのお嬢様とか……アイドルとか? まさか魔法少女なんて言うなよ」
「変わった所なんて別にないよ、普通の子。魔法少女でもなんでもない、強いて言うなら事故でちょっと視力を失くしちゃったんだって」
「ふーん、大変だな」
こいつが同情だとかそんな物で付き合うとは思えなかった。それなりに長い付き合いだから分かるが、良くも悪くもこいつは全ての女性をフラットに扱っている。
何がこいつの琴線に触れたのか、少しだけ気になった。
うち以上に前時代的な旧家で生まれ育ったらしいが、それにしてはあまりにも自由奔放過ぎてこいつの事が未だによく分からない。
いつもへらへらしていて、大体女と一緒にいる。俺をおちょくる事に全力を注いでいる。他にやる事はないのか。
「暇だったからさあ、いつもみたいに街で女の子に声掛けてたんだけど。たまたま声を掛けたのがその子だったんだ。最初は目が見えないなんて思いもしなかったけどね」
こいつが街中でへらへらしながら女性に声を掛けている姿がありありと目に浮かんで嫌だった。もっと世のため人のためになるような事に時間を割けばいいのに。
「だからって邪険にもできないじゃん、こっちから声掛けた手前さあ。まさか簡単にヤれそうにないからじゃあね〜って訳にもいかないし。普通にお茶して、お話してたんだけど」
そこまで言って堪えきれなくなったのか、夜家は思い出したように笑い始めた。
「そこで僕、彼女になんて言われたと思う?」
少し考えた後、両手を上げる。
「分かんねえ、降参だ」
「男の人に声掛けられるのなんて初めてだからドキドキしたけど、案外普通の話しかしないんだね……ってさ」
思わず噴き出す。
「ぶっ、げほっ、ごほっ……笑わせんなよ。お前のその顔も見てもらえなかったら、けちょんけちょんじゃねえか」
「うん、けちょんけちょんだよ」
何故か夜家は楽しそうだった。言葉責めされて喜んでるのか知らないが、救いようがない。
「ねえ、朔くん。僕が氷織ちゃんの事を気に掛けてたのはさ、もちろん君の大事な人ってのもあるけどね。それ以上に、多分似てたからなんだ」
そう言いながら夜家は設置されているゴミ箱に狙いを定め、手に持っていた缶を振り被って投げた。
5mは離れていたのに、それは綺麗な放物線を描いて見事にゴミ箱の中に吸い込まれていった。
「僕もね、普通になりたかったんだ。普通に自分の事を好きになりたかった」
珍しく憂いを帯びた表情でそんな変な事を言うもんだから、鼻で笑い飛ばす。
「ああ? ちんこ大暴れさせてるだけで変人気取ってんじゃねえよ。頭良いけどド凡人だろ、お前」
俺からレジュメ借りてる癖に、俺よりテストの点は良かったし。なんかこう、要領が良いんだよな。
俺が死ぬような思いして入った大学にもなんかしれっと付いてきてるし。
「そう。朔くんはそう言ってくれるんだよ」
当の夜家はそんな訳の分からない事を心底可笑しそうに呟いていた。
「ってな感じで僕にも大事な物ができちゃったから、前みたいな事があっても付き合ってあげられないや。そうなったら車は貸してあげるから、今から運転は練習しておきなよ」
それを言われるとこっちも言い返しようがないのでそっぽを向く。
氷織にも「私、頑張って早く免許取りますね……! 朔さんが運転しなくても済むように……!」って言われてるし。完璧に舐められている。
「まあ、なんだ。今度その彼女紹介しろよ」
きょとんとした顔で夜家は俺を見た。なんか変な事を言っただろうかと不安になった。
「いや、朔くん……僕に興味あるんだと思って」
「なんだよ、大親友に紹介できないのか? 心配しなくても取りゃしないって、家で嫉妬深い魔法少女様が待ってるんだから」
大親友かあ、と隣でぶつぶつ言っている夜家が心配になる。
元はと言えば大親友云々はこいつが言い出したんだろうに。
「あと実家にも筋通しとけよ、お前ん所は面倒臭いんだから」
まあね、と憂鬱そうに俯く夜家へやっと追い付くように1本目を空にした。
「揉めそうなら呼べよ、付き合ってやる。大事になりそうなら氷織も呼ぼうぜ、あいつもお前の為なら時間作ってくるから」
それを聞いて少し驚いたように目を丸くした後「僕は友達に恵まれたなあ」なんて白々しく嘯いていた。
「じゃ、頼っちゃおうかな。大親友だからね」
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朔くんは、
知らない、というよりもそうなるように努めてきた。なるべく単に軽薄で節操のない人間に見えるように。
本当の僕は汚いから、知られたくない。
自分の顔も身体も、夜家章という名前すらも気に入らなかった。
というよりも、人生がつまらなかった。
大抵の事は、他人よりも上手くできた。
スポーツも勉強も、大した努力無しに人よりもずっと。顔も良く、家も裕福な旧家で非の打ち所がない。幼い頃から神童と呼ばれた。
ただ一点、男であるという事を除けば。
女の子だったらなあ。
女に生まれていれば、きっと魔法少女になれたのに。
でもこれだけ優秀なら、魔法少女に見初められるね。
そんな事をずっと囁かれ続ける毎日。
生まれた時から、誰かの添え物である事が決まっていた。
楽しくない。
面白くない。
気持ち良くない。
身体に纏わり付く空気、取り巻く世界の全てが不快だった。
いっその事、なまじ何もできない愚鈍な人間であれば。言われるがままに、周りの望むままに何も考えずいられたのに。
だから、愚かでいる事にした。
最初に誰かと交わったのは、中学1年生の頃だった。思い詰めた表情をしていた屋敷の使用人に迫られて、それをあっさりと受け入れた。
へらへらと笑って、求められるまま身体を差し出して。
そうやって自分の価値を落として、落として、最後に残った何かがあるのなら。いや、あってくれと願っていた。
そんな事を続けていたらいつからか、どうやって他者と関わればいいのか分からなくなった。
家の人間は、僕に期待をしなくなった。
愛の反対は無関心、と言ったのは誰だったか。僕の愚行を叱りも咎めもせず、ただ金や物は充分に与えられた。
顔や身体は申し分ないから、最終的に戻ってくれば如何ようにでも使えると考えているんだろう。いくら才覚に恵まれていても結局女性の添え物になるのだから、その過程はそこまで気にしなかったのかもしれない。
多分僕は、心のどこかで叱ってほしいと思っていたけど。
恋や愛は理屈じゃないと思っている。もし理屈で解決できるのなら、ここまで苦しむ事はなかった。
誰かを好きになれるのなら、それはとても素敵な事だ。僕には無理だった。
誰かと身体を重ねる事自体は、別に面白くも楽しくもない。
ただ、気持ち良いだけ。他の男の子のように、それに抵抗を感じる事はなかった。
はしたないと言われ、後ろ指を指され。
自分と世界の位相がズレているような居心地の悪さに苛まれ続けた。生まれる世界を間違えたんじゃないか、とすら思った。
でも身体を許しただけで心まで手に入れたかのように勝ち誇る彼女達の顔は、滑稽で面白い。
夜を過ごす度に、ずるずると底の無い沼に沈み込んでいくように自分の人生が少しずつ駄目になっていくのはジェットコースターが落ちていくみたいで楽しい。
僕が都合の良い棒なら、お前らは都合の良い穴だ。
僕に跨がって腰を振る彼女達の顔はいつも黒く塗り潰されている。
楽しくて、面白くて、気持ち良い。
何人と寝たかなんて覚えていない。
そんな高校1年生の春だった。
僕の人生に、僕より普通じゃない彼が風穴を開けたのは。
どうでもいい事ほど鮮明に覚えているのは何故だろうか。
誘ってきたのは、彼女の方からだった。
地元の高校に入学して、しばらく経っての事だったと思う。
「君、誰にでもヤらせるんでしょ?」
下卑た笑みと共に、その女は話を持ち掛けてきた。まあ、どうでもよかった。誰かにどう思われようと。
少し困ったのは、もう事を終えた後に分かったいくつかの事実だった。
それは例えばその女が、自分の通う高校の上級生だという事や。
同じクラスに彼氏がいて、その男が高校の男子生徒のいわゆるボス格であるという事だったりする。
後出しでそんな事を言われても本当に困るんだけどなあ。
けれど全てがどうでもよかった。
人の女と寝たのは初めてだったけれど、別に何の感慨もない。ほんの少しの罪悪感こそあれど、それは背徳感というスパイスにはなり得なかった。
田舎だから、あっという間に些細な所から噂は広まる。数日しない内に、僕が彼女と寝た事はその男子生徒の耳に入った。
面倒だったなあ、あれ。
手始めに、体育の授業で着替えている所を写真に撮られてばら撒かれた。
別に何も辛い事はなかったが、数少ない友人が圧力に屈して自分の元を離れていったのは少し堪えた。
いや、元々友人ですらなかったのかもしれない。
女は僕の事を金や家柄に恵まれた顔の良い棒だと思っていただろうし、男はそんな僕を女に自分を安売りするクズだと思っていた。
ただ僕がほんの少し人より恵まれていたから、表立ってそう蔑むより近くでおこぼれを貰う方が賢いと判断していたんだろう。
兎にも角にもそんな嫌がらせが全く効いていない事に業を煮やしたのか、彼は女子生徒からの誘いを装って僕を人気のない旧校舎裏へ呼び出した。
彼とその取り巻きが4,5人集まっているのを見た瞬間、反吐が出そうだった。
なんでこいつらは群れる事しかできないんだ。
そこからの事も、どうでもいい。つまらない問答の果てに、僕は彼らを怒らせた事だけは覚えている。
殴られ、蹴られ、羽交い締めにされて地面に倒れ込む事すら許されず。
「お前、人の彼女を取って……何様のつもりなんだよ! 謝れよ!」
誘ってきたのは向こうだった、とはっきり言っても良かったし。
貴方の恋人だなんて知らなかったんです、と泣きながら詫びを入れても良かった。
丸く収める方法なんていくらでも思い付いたけれど、実行に移す気にはなれない。
だってそんなの楽しくない。面白くない。気持ち良くない。
「貴方じゃ駄目だなあ。つまんないよ、言う事もやる事も。まずは歯を磨いたらどうかな、臭うから。そんな事だから新入生如きに寝取られちゃうんじゃないかな?」
そう笑った。
羽交い締めにされたまま思いっ切り殴られて、口に溜まった血が地面に飛び散る。
「女に媚びるクズの癖によ……!」
「……ねえ先輩、貴方の彼女の方から僕に声掛けてきたんですよ? 教えてあげますよ、ヤッてる時にあの人『夜家くんの方がずっと良い』って言ってましたよ、めちゃくちゃ笑えますよねぇ!」
怒りと屈辱と、色々な感情が混ざった顔でひたすら彼は僕を殴り続けた。
今思えば、あの頃の僕にとって誰かと寝るのはある種の自傷行為みたいなものだったのかもしれない。
渇き切った喉に、たっぷりと砂糖の入った清涼飲料水を流し込むような。注いでも注いでも、満たされない。
女も嫌いだが、まだ気持ち良いから価値がある。
男は皆嫌いだ。
どいつもこいつも添え物の癖に、それに甘んじている。
そんな人生の何が楽しい、何が面白い、何が気持ち良い? 見ていて苛々としてしょうがない。
女も嫌いで、男も嫌いで、世界に居場所がない。
羨ましかったんだ。
僕も普通でいられたらなあ。朦朧とする頭で、そんな事を思っていた。
「あいつ、柊木だ」
「誰だよ、それ」
「こいつと同じ新入生で、なんかいつも清楚だとか訳の分かんねえ事言ってる奴。関わらない方がいいよ」
飛びかけていた意識がその会話で戻ってくる。
腫れて開きづらい目に、長身で顔は悪くないけれど少し目付きの悪い男が映った。
一目見て、違うと分かった。
今自分を囲んでいる男達とも、諦めたように殴られ続けていた自分とも。
「ちっ、なんだよ因数分解って……! 実生活に役立つのかよ、こんな事なら前世でもっと真面目に勉強しときゃよかった……!」
参考書を片手にぶつぶつと何か訳の分からない事を呟きながら歩く彼は、相当集中していたのか僕らのすぐ近くに来るまでその存在に気付かなかったようだ。
「おっと、取り込み中か……何これ? どういう状況?」
この頃の朔くんは本人曰く「清楚なお兄さんへの準備期間」だったらしい。
頭良い大学に通ってる方が清楚っぽい、という謎の理屈で勉強に精を出していた。でも努力は陰でする方が清楚だから、と図書室ではなく学校の人気のない場所を毎日探し求めて勉強していたんだとか。
「家でやれば良かったじゃん」と言ったら「まあ、そうなんだけどさ。でも家も居心地悪くてよ」と返された。
気持ちは分かるから、それ以上何も言わなかった。とにかく、そのお陰でたまたま朔くんは殴られていた僕を見つけた訳だ。
「お前らさあ」
状況を理解したのか心底軽蔑したような視線を辺りに向けながら、参考書を地面に放り捨てる。
「よってたかって一人をぼこぼことか、清楚じゃねえ……んだよ!」
率先して僕を痛め付けていたボス格の男子の前に立つと、何の葛藤もなくその顔を殴り飛ばした。良い所に当たったのか、声を上げる事もなくその場で昏倒する。
怯えたように後ずさる取り巻きをそのまま稲妻のような速度で殴り付けて、気付けば立っているのは朔くんだけだった。
「あーつまんねえ。なよなよしやがって、やり返しもしねえ」
固まったように動かなかった身体が、その一言で息を吹き返す。
「……いや、助かったよ。これ、少ないけど取っておいてよ」
そう財布から何枚か紙幣を抜いて差し出した時。
「……あ? お前、俺がそんな小金欲しさにやったと思ってんの? っていうか、お前が夜家だろ。噂は聞いた事あるんだよな」
吐き捨てるようにそう言って、拳をぽきぽきと鳴らしながら彼は此方に向かって歩いてきた。
「大体なあ。お前も人の女に手を出すなよ、清楚じゃねえんだよ!」
「いや、待って、僕、殴られて……え!?」
気付いた時には、鋭い痛みと共に地面に倒れ込んでいた。
さっきまでもっと手酷く殴られていたはずなのに、この一発の方が断然重くて痛かった。
当の本人はボス格の男子生徒を叩き起こして「悪かったな先輩、あいつも殴っといたからそれでチャラにしてやってくれよ。次はタイマンでやれよ、それなら文句付けないから」なんて言っていた。
痛む身体をどうにか起こす。
「な……なんなんだ、君」
「こんな世界でわざわざ人の女に手ぇ出すとかどんなやべー奴だよ、って思ってたけどさ。リアクションもつまんねえし」
理解ができない。
こんなの知らない。
面白い、楽しい。
「お前、"普通"だな」
普通。
普通、と言われた。
「普通……僕が?」
「ああ? なんだよ、そういう歳頃か? どう見ても普通だろ、ただちんこ大暴れさせてるだけで変人気取ってんじゃねえよ、カスがよ」
俺さあ寝取り男が一番気に入らねえんだよな、なんて訳の分からない事を呟きながら彼は踵を返す。
行ってしまう。この理解できない彼が、面白い彼が。
何か言わないと、気を引かないと。もっと話してみたい。
「……っ、それで何か君に迷惑を掛けたのかよ!?」
その言葉を聞いて、彼が何を思ったのかは分からない。
ただ、また殴られはしなかったから腹を立てた訳ではないらしい。
「テメー助けてもらっといて面白い事言うじゃん、お前の事なんかどうでもいいんだよ。でも仮に俺に迷惑が掛かってたとして、それもどうでもいい」
どうでもいいなら、なんで。全く理解できない。
「清楚であれとは言わねえ、キャラが被るからな。でも誠実でいろよ」
わざわざ彼はしゃがみこんで、僕に視線を合わせた。
「じゃないと、お前が苦しいだけだろ」
金や家柄、顔に恵まれた棒でもなく。
女に媚びるクズでもなく。
誰かの添え物なんかじゃなく。
その瞬間、彼は間違いなく僕をただの一人として扱っていた。
「……清楚って、なんだよ。意味が分からないよ」
それが朔くんとの出会いだった。
人は変わらない。
それからも僕は女の子達と寝るのをやめなかったし、朔くんはそれを呆れた目で見ていた。
でも、言われた通りに誠実であろうとした。僕なりに、ではあるけれど。
穴と蔑むのではなく、一人一人を見つめた。
血走った性欲の裏には、彼女達の抱える寂しさがある。
それは本能に抗えない悲しみでもあり、誰かに認められたいというコンプレックスでもあり、ただ愛されたいという叫びでもあり。
満たされないから求めるし、求めた所でそれは広大な砂漠にグラスで水を注ぐようなものだろう。それはお互い様ではあるけれど。
とにかく、前のように自暴自棄になって女の子を誘う事はなくなった。今の自分は完全なる趣味、それも彼女ができたからもうおしまい。
僕だって、死ぬのは怖い。命を懸けて何かをするなんてまっぴらだ。
そこまでしてやるほど、この世界に価値がある物はないと思っている。
だから一度だけだ。
一度だけ、たとえそれで死んだとしても。朔くんが困っているなら命を懸けよう、と。
君がつまらなさそうに僕を普通にしてくれた日から、そう決めていた。
あの日妄獣に追われながら運転している時、手が震えているのを朔くんに見られなくて本当に良かった。そんなダサい事、清楚じゃないから。
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夜も更けてきたし、駅までタクシーを呼ぼうとしたが「もうちょっと話そうよ」と夜家に絡まれた。
仕方ないから「駅まで歩いてやってもいいけど、普通に帰るからな」と念を押して歩き出す。
珍しく酔っているのか、千鳥足で肩を組んでくる夜家を押しのけていると不安そうな声色で尋ねてきた。
「朔くん。僕は君に迷惑を掛けてないかな」
前に一度だけ、そんな事を言っていた。確か初めて会った時だっただろうか。
「知らねえよ。仮に迷惑かかってようと、どうでもいい」
その言葉を聞いて、夜家ははっとした顔をしていた。
あの時、不貞腐れたこいつが拗ねた子供みたいな顔をしてそんな事を言っていたからどうも放っておけなかったのを思い出す。
「ねえ、朔くん。今もやっぱり、僕は普通かな?」
「ああ。残念だったな、お前の隣にいるのは稀代の清楚なお兄さんだぜ。どんなアイドルだろうが天才だろうが、霞んじまうよ」
その言葉を聞いて、夜家は声を上げて笑った。
僕は夜家が一番好きでね……
おまけも更新してあるので覗いてみてね(すっとぼけ)