【完結】うお……貞操逆転世界魔法少女物はちょっと盛りすぎ…… 作:しゅないだー
このエピソードを以て後日談も終わり、ガチ完結とする!
口の中がからからに乾いて仕方なかった。
まだ夏と呼ぶには少し早い季節。開いた窓から流れ込んでくる風が火照った頬を冷ましてくれる。
誰もいない教室で気になっているクラスメイトと二人きり。女の子なら一度は夢想してみるような、そんなシチュエーションの中にあたしはいた。
帰り支度をしていた彼に、机に腰を下ろしたまま声を掛ける。
少し垂れた目は優しげに感じられるけど、その瞳には灯火のような光が宿っている。見惚れてしまうほどに、綺麗だった。
声が裏返らないように何度か咳払いをした後、思い切って口を開く。
「ね、ねえ……
名前を呼ぶだけで、心臓の鼓動が速くなるのを感じる。そんなあたしに気付いているのかいないのか、彼はのんびりと答えた。
「そうなんだ。
断られる訳ない、だってあたしは魔法少女なんだから。
いつも皆の為に戦って、頑張って、泣き言も言ってない。
「……魔法少女、あの魔法少女がだよ? そんな事滅多にない……って、思わない?」
そう、あたしは魔法少女で誰からも愛される。
そんなあたしを嫌ったり、拒絶する人なんかいる訳ない。
「その、あたしの言いたい事分かる? つまり、なんて言うか……えっと『付き合わない?』って事なんだけど……」
そんな台詞を受けて、目の前の彼は。何故か戸惑ったように眉を下げたまま黙っていた。
この為にわざわざ人払いしたのに、一向に返事をしない相手にやきもきする。
「……えっと」
えっと?
その言葉を聞いた瞬間、顔から血の気がどんどん引いていくのが分かる。
なんで「はい」でも「こちらこそよろしくお願いします」でもないの?
意味分かんない、意味分かんない、意味分かんない。
彼は困ったような表情を見せた後、ゆっくりと口を開いた。
「ちょっと考えさせてほしい」
その瞬間、私は。
それ以上どんな言葉が飛び出してくるのか聞きたくなくて、椅子や机に身体をぶつけながらその場を走り去った。
拒絶されるくらいなら、何もなかった事にした方が苦しくないから。
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もうこれ以上泣かない、余計惨めだから。
校舎から響いてくるチャイムに背を向けて走りながら電話を掛ける。泣いていた事を悟られないように、深呼吸してから一気にまくし立てた。
「ねえ、逆見さん! 迎えに来て、それでバッセン付き合って!!」
電話越しに聞こえてくるゆったりとした声のトーンが少しだけ私の心を鎮めてくれる。
「どうした、
「違うし、振られたの! あーイライラする!」
魔法少女なんて、別に楽しくも何ともない。
公園のベンチに座って逆見さんが迎えに来るのを待つ間、笑いながら遊んでいる子どもたちを眺めていた。
あーあ、こんな事なら出会いを求めて共学の中学校なんて選ぶんじゃなかった。
魔法なんか使えるようになっちゃった時から、普通に暮らせる訳ないって分かってたのになあ。
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球の軌道は見えるけど、それはそれとして当たるかどうかは別。
「……っ、ぐぬ、この!」
空振り、カス当たり、ピッチャーゴロ。
せっかくバッティングセンターに来たのに余計にストレスが溜まっていく気がする。
後ろで座って、そんなあたしを見てる逆見さんはどこか楽しそうだった。
「なんなの、ニヤニヤして」
「笑ってなんかいないさ。だが中々当たらないな」
「言っとくけどね、芯に当たったら特大ホームランなんだからね。魔法少女舐めないでよ」
完全にあたしのこと子供扱いしてる、と頬を膨らませていると何処かから視線を感じる。あー……また軽々しく魔法少女とか言っちゃったから。
────え、あそこで打ってる子、魔法少女なの!?
────見た事ないけど、頼んだらサインとか貰えるかな……?
と言っても、それはあたし以外には聞こえない。そんな声にならない声、心の中の言葉があたしには聞こえる。
二つ隣のバッターボックスからかな、ちょうどOLっぽい女性二人がちらちらこっち見てるし。
カバンの中にいつも入れてる色紙を取り出すと、彼女達の方へ歩きながらさらさらとサインを書く。
いきなり自分達の方へ向かって歩いてきたあたしを見て固まっている二人に、無造作に書いたそれを突き出す。
「はい、転売とかしちゃ駄目だからね」
「……え!? あ、ありがとうございます」
サインを受け取ると、喜びと動揺に少しの恐怖が混じったような表情で彼女達はそそくさとバッティングセンターを出ていった。
そりゃ他の人からしてみれば先読みされると気持ち悪いよなー、って思う。
でもあたし、心読めちゃうから。
またの名を『
固有の魔法は、人の心の内を読む事ができるってやつ。はっきり言っちゃうと、大ハズレ。
妄獣を倒すのには全く役に立たないし、人には嫌がられるし。しかも私に向けられた感情にはオートで発動するから、読みたくもない物も読めちゃうし。
大体自分の心の中を見透かされて気分が良い人なんかいる訳ない、読む方だって気分悪いのに。
「相変わらずよく気が付くな」
「そりゃそういう魔法だもん」
逆見さんは黙って首を振った。
「色紙を用意しておいたり、自分から声を掛けてあげたりという心構えだ。そもそも無視したって良かったはずだ、偉いぞ」
「……別に、あたしみたいなのはファンサしっかりしといた方が良いだけだし? それに帰り際に声掛けられてぐだぐだするより、先に終わらせとくのがスムーズじゃん」
褒められるとなんだかむず痒くて、それだけぶっきらぼうに呟いてまた黙々とバットを振る。雑念が入っているからなのか、やっぱり芯には当たらない。
「それで。振られた、というのは前に話していた子か」
「……そうだけど?」
「『小説を読む横顔が涼しげでカッコよくてさー』のあの子か。名前は何だったかな」
前に浮かれたまま逆見さんにそんな話をした覚えがある。実際男の子の中でも顔の作りは綺麗だし。
性格はちょっと変わってるけど。なんせ、魔法少女の告白に「……えっと」で返すくらいだし。あたしに言い寄ってくる男なんか、山ほどいるのに。
「宮藤くんね。あと傷口抉るのやめて」
魔法少女が望む物は大抵手に入る、だからいけるって思ったんだけどな。
中学校でちょっと良いなーって思った男の子に告白なんかしてみちゃったりして……やめときゃよかった。
告白って本当は、ただの確認作業なのに。
「まあ、いいや。それであたしがさー、彼から何言われたと思う?」
「分からんな。だが酷い事を言われたなら、私がきっちり落とし前を付けにいくぞ」
「別にそんなんじゃないけど。心を読んでも困惑だよ困惑、天下の魔法少女に告白されて一言目が『……えっと』だよ!? もう耐えられなくて逃げてきちゃった……」
目の前の逆見さんはなんかこう……アホを見るような目でつむじの辺りを掻いていた。
「それ、別に振られてはいないんじゃないか」
「二つ返事で『はい』じゃないんだよ!? 魔法少女を相手にさあ、実質お断りみたいなもんでしょ……」
自分が魔法少女のお眼鏡に適うような男だって分かったなら、当然次に考える事はもっと"優れた"魔法少女に選ばれたいって思うはず。
こんな"
「あたしみたいな落ちこぼれより、もっと強くて可愛い魔法少女に見つけてほしいって思うよ。絶対ね」
「……お前はいい子だが、もう少し自分に自信を持てるようになるといいな」
逆見さんがあたしの頭に手を伸ばす。
「子供じゃないんだから、撫でないでよ」
そう言いながらも、逆見さんの手が温かったから。跳ね除ける気にもならずに、しばらくそのままでいた。
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結局ホームランは打てなかった。
でもまあそんな日もあるよね……って言えるほど人間できてない。
ムスッとした顔のまま、魔法少女御用達のレストランで夕食を取っているあたしを逆見さんが宥めようとしてくる。
「智里、仏頂面より笑顔の方が私は好きだな」
「もう、今そういう気分じゃないの」
「それは悪かったな」
逆見さんはあんまりあたしのする事に口を出さないけど、お箸の持ち方とかテーブルマナーにはすごく厳しい。なんでか聞いたら「お前が大人になった後でも残る財産だから」だって。
そうやってしつこく言われるから、鬱陶しいけど気を付けるようにはしてる。実際外で恥かく事がないから感謝はしてるけど。
癇癪起こされたら普通の人なんかただじゃ済まないのに。
「あー彼氏欲しー、愛されたーい。逆見さんもそう思わない?」
「指し箸をするな。私はお前の世話で手一杯だからな、他の事にかまけていられない」
また子供扱いしてる。そう腹を立てるけど、実際子供だから仕方ない。
何でも願いが叶うとして、生きてる以上面倒な事は山積みな訳で。学校に通うのだって沢山の書類や手続きが必要だったり、一人暮らししようにも部屋の借り方だってよく分からないし。
魔法少女付きっていう大人がいて、あたし達は初めてのびのびと暮らせてる訳だし。
周りの魔法少女は皆ちやほやされて、好き放題してるけど。あたしはこの先、ちゃんとした大人になれるかどうかずっと薄っすら不安なまま。
いっそ他の子みたいに強い魔法でパーッと妄獣が倒せたなら、こんな事考えなくて済んだのかもしれない。
「……そう。あたしは欲しいけどな、彼氏。もっと言うなら、その先の旦那さん。家族ってやつ」
あたしに家族はいない。
年を追う毎に、男女比はどんどん女性に傾いていってるって聞いた。だからたまにいるらしい、なんていうか……リセマラ感覚で子供を産むような親も。
まあ男の子ってそれだけで
支援も手厚いし?
……だからお金のない家が考えもなしに子供を産んで、育てるの無理そうだったら施設やお寺に置いていくなんて事も増えていくんじゃないかって言われてる。
とにかく、あたしに血の繋がった家族はいない。
だから、欲しい。
あたしを、あたしだけを愛してくれるような。そんな自分の人生を懸けてもいいって思えるような人が。
でも今のあたしに言い寄ってくる男なんて、皆「あたしが魔法少女だから」ってだけでしかない。それはつまり、"天地智里"じゃなくてもいいって事だし。
「大体魔法少女付きってさ、もっとぺこぺこしてるものなんじゃないの? あたしの周りの子、そんな感じらしいけど」
「あいにく私は違うんだ。担当を変えてほしいなら上に掛け合ってみようか?」
「……いいよ、逆見さんでいい」
あたしが9歳の時に魔法が使える事が分かったから……施設に迎えに来た逆見さんとはもう6年の付き合いになる訳で。そんなの今更変えられたって、あたしだって困る。
それにこの人は変な人だけど、それでもあたしに嘘を吐かない。
本当に結婚するつもりもないのか、あたしが呼べばすぐ来てくれる。
何があっても、あたしの味方でいてくれる。でも、それに見合うような対価を逆見さんに渡せてるか分からない。
そもそも味方でいてくれるのもあたしが魔法少女だからであって、20歳になって卒業したら他人になっちゃう訳だし。
「それにしても逆見さんも損だよね、あのアイシスリリィの後に担当するのがあたしみたいな落ちこぼれって」
心を読めると言ったって、妄獣にそもそも心なんかない。
となるとあたしはただ身体が人より強いだけで、キラキラした魔法少女には程遠い。
周りの子が配信映えする派手な魔法で妄獣を倒しているのに、自分だけマジカルタコ殴りなんだけど。
「その落ちこぼれ、と言うのはやめなさい。智里も氷織も私の愛しい魔法少女だ」
「……ひぇー、愛しいとかよく真顔で言えちゃうね」
べーと舌を出して、照れているのを悟られないように誤魔化す。
逆見さんの言葉が嘘ではない、とあたしの魔法が言っているから。
守名氷織────魔法少女アイシスリリィ。
あたしを担当する前の逆見さんが付いてた、伝説の魔法少女。
本当は"
実力も凄くって、あたしが苦戦する普通の妄獣よりずっと強い"顔付き"を何体も倒して、あたしが魔法少女になる前にそれのボスみたいな”完全な顔付き"……だっけ。そんなのも一人で倒しちゃったらしいし。
あーあ、あたしなんかとは比べ物にならないような出来た人なんだろうな。
あたしみたいにこんなくだらない事で、うじうじ悩んだりしなかったんだろうな。
そんな事を考え始めると、なんだかどんどんモヤモヤした気持ちが溜まっていって。目の前で静かに食事をしている逆見さんの心の中が、穏やかな海のように凪いでいる事に無性に腹が立って仕方なかった。
「でもさ、逆見さんがあたしを選んだのってそういう事じゃないの? アイシスリリィと同じ"捨て子"だったから、でしょ」
あたしが投げたその言葉を聞いて、逆見さんは微かに眉を下げ、フォークをそっとテーブルに置いた。
多分怒ってる……訳じゃなかった。読み取れるのは寂しさ、悲しみだったから。
「……智里」
違う、違う。
こんな言い方するつもりじゃなかったのに、何故か今日は抑えが効かない。謝ればいいのに、後に引けなかった。
「第二のアイシスリリィが欲しかったのに、こんな大ハズレ引いちゃって。逆見さんも運が無かったね」
震える声でそこまで言って、酷い自己嫌悪に襲われた。
今吐き捨てたそれは自分だけじゃなくて、逆見さんもアイシスリリィも侮辱している事に気付いてしまったから。
あたしの魔法は人の心を読めるのに、こんな事言ってちゃ何の意味もない。
「そうだ。私が智里を選んだのは、その境遇を考慮しての事だ」
俯いていたあたしに、逆見さんは誤魔化すでもなくそう呟いた。
「え……あ、いや、そりゃそうだよね……」
自分で言ったくせに、心の中じゃ否定して欲しかったなんて甘えもいいところ。
あたしが悪い、そう分かってるのに。
泣いちゃ駄目、泣く資格なんかない。でも、違うって言ってほしかった。
「私も幼い時に両親を亡くしていてな。だからこそ、分かる。頼れる人間のいないその寂しさも、やり切れなさも」
そう淡々と吐き出される言葉に思わず顔を上げた。初めて聞いた、そんな事。
「これは氷織にも話した事がないんだがな」と頬を掻く逆見さんの顔が一瞬あどけない少女のように見えて。
「魔法の才能じゃない。どんな魔法少女付きよりも、私が一番お前に寄り添える。だから私は智里を選んだ」
魔法の才能じゃない。
そんな言葉一つで救われてしまうくらい、あたしはちっぽけな人間で。
「……ごめんなさい、なんか拗ねた事言って」
「拗ねるのも子供の特権だ、反抗期にしては少し遅いくらいだな」
どこまで言っても子供扱い。けど、嫌ではなかった。
あたしを魔法少女じゃなくて、一人の人間として見てくれる。それだけでただ嬉しかった。
「それにお前が氷織ではない事は、私が一番よく分かっている。それでいいんだよ」
話し込みすぎて冷めてしまった夕食に箸を伸ばしていると、逆見さんが「そう言えばな」と口を開いた。
「お前に似た魔法で"記憶"というのがあってな。
「本当に? まあ確かに"記憶"の魔法って戦闘向きじゃなさそうな響きだけど……それで一桁は無理じゃない?」
そう口を尖らせるあたしに、逆見さんは心底楽しそうに笑った。
「まあ、そうだな。今度会ってみるか、今は中華料理屋をやっているんだ。少々癖はあるが、良い人だ」
「え、中華料理屋?」
魔法少女が……中華料理屋。
そう言われると魔法少女を卒業した後に自分が何をやってるか、考えてみた事もなかった。いや、多分中華料理屋にはならないけど。
「ああ。オムライスがな、美味いんだ」
「オムライスって中華料理じゃなくない?」
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代わり映えのない日常って物は、ある日前触れもなくがらっと変わってしまう。良くも悪くも。
勝手に告白して勝手に逃げ出したあの日から、学校に行く気がしなくてずっと部屋でごろごろしていた。だって気まずいったらありゃしないもん。
逆見さんはそんなあたしに手を焼いていたけど、無理に学校に行けとは言わなかった。ちょっと甘すぎるかも。
そうやって数日が過ぎた頃、あまりにも見かねたのか逆見さんが私を外に連れ出そうとした。
「たまには一緒に出かけないか。少し会わせたい奴がいてな」
「えー……それって前に言ってた"記憶"の人?」
「まあ……その人にも会える」
「元一桁がおまけみたいな言い方じゃん」
でも、ちょっと興味は唆られた。
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結局根負けしたあたしが、逆見さんが運転する車に乗り込んで、例の中華料理屋に向かっている途中。
微かに感じたのは妄獣の気配と、人々の恐怖や狼狽だった。
「逆見さん、〇〇町の方に行って。多分いる……まあ大して強くないだろうけど」
あたしの魔法が優れているのは、人の感情すら読み取れる所。つまり妄獣の気配が微弱で感知しづらくても、それに怯える人の心で奴らの発生を知る事ができる。
これくらいの気配なら、あたし一人でも片付くでしょ。
そう思っていた。
車で十数分移動した先に広がっていたのは、解体され、瓦礫の山となった家屋が墓標のように並んでいる景色だった。
「なに、これ」
「……智里、軽く辺りを確認して要救護者がいないか確かめるだけに留めよう。討伐までしなくていい」
「うん、ちょっと変だし」
騙された。
どうやってか知らないけど、この辺りにいる妄獣は自分の気配をコントロールしている。まるで
でも少し辺りを見回していると、すぐにそれは見つかった。見つけてしまった、という方が正しいかもしれない。
道路を歩いていたのは、顔の無い猿だった。
大きくはない。2mくらいで、遠くから見れば痩せぎすの背が高い人のようにも思える。
そして向こうもこちらに気付いたらしい。
「本当、魔法少女って嫌になる……!」
猛スピードで走ってくる妄獣を確認して、逆見さんに一人で離脱するよう告げた。あたしが止めないと、車でも絶対追いつかれる。
顔は付いてないけど、そもそも関係ないくらいにその妄獣を取り巻く雰囲気は禍々しい。全身の毛が逆立つような感覚に吐きそうになる。
「……っ、逆見さん応援呼んで! あたし抑えてみるけど、これ1人じゃ討伐は絶対無、理……!」
言い終わらない内に、撃ち抜くような拳が飛んでくる。咄嗟に腕で受けたけれど、貰った箇所が痺れるように痛んだ。
もしかすると骨にひび入ってるかもしれない。
不幸中の幸いと言うべきか、近辺の住民はもうとっくに避難しているみたいだった。
周囲に人がいないなら、逃げに徹すればやりようはある。そう距離を取ろうとした瞬間、あたしの脳を掠めたのは。
悲しみ、恐怖。
咄嗟に感じたそれに視線を向けると、瓦礫と化した家屋に若い男性が埋もれているのが見えた。
でも瓦礫の下敷きになっている彼は気を失っている。じゃあ、今怯えているのは?
「……っ!」
気絶した男性に庇われるように抱かれている、まだ小さな赤ちゃんだった。泣く余力もないほど衰弱しているみたいで、そのお陰で気付かれていないのかもしれない。
彼らを背に庇うように、ゆっくりと摺り足で移動する。それを見て妄獣は、嘲るようにあたしを指差した。
「なんなの、こっち指差して……あ」
その指先は、あたしじゃなく二人が埋もれている瓦礫に向けられていた。
この妄獣は気付いてる。この瓦礫の下に、抵抗する事すらできない命があるって。
今あたしが逃げ出せば、きっとこの妄獣はそれを残酷に摘むに違いない。
逆に考えると、その間にあたしは安全に逃げられる。
隙を見て着けたインカム越しに逆見さんの焦った声が聞こえた。
『智里! 駄目だ、他の魔法少女が来るまで最低20分は掛かる! 撤退しろ!』
「……撤退?」
あたしは、両親から見捨てられた。
その事実はずっと毒のように心の大事な所を蝕んでいる。
なんであたしばっかり、そう思った夜もある。っていうか、今も思ってる。ずるい、ずるい。
だから、あたしは。誰の事も絶対に見捨てない。
そうじゃなきゃ、あたしはあたしの事を好きになれない。
「ここで逃げたら、魔法少女の名が廃るでしょ……!」
相手との距離を測るように、ゆらりと腕を前に伸ばして構えた。
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逆見さんにはなんだか照れ臭くて、彼を好きになった理由を聞かれた時に「小説を読む横顔が涼しげでカッコよくてさー」なんて濁しちゃったけど。
本当の理由は他にあって。
魔法少女って、それだけでコミュニティの中心になっちゃうような存在で。
学園祭の出し物だって、体育祭で出る種目だって、全部あたしが決められる。皆があたしの顔色を窺う。
あたしの事を嫌ってない事は分かる。それどころか好いてくれている。でも、それが友達って言えるとは思わなかった。
嫌だったんだ、本当に。
あたしは別に目立ちたくないし、特別扱いもされたくなくて。
なれるなら、ただ普通になりたくて。ずっとそう思っていた。
その日にクラスで何を話していたのかは覚えていないけど、多分いつものように下らない事だった。掃除班の割り当てとか、学級委員決めとか。
どうせあたしの意見は全て通っちゃうから、何も言わない。
何も言わなかったら、それはそれで全部あたしの都合の良いように回るようにできている。
それを誰も、不公平だとすら言ってくれない。
魔法少女だから、と。
────魔法少女だからって、何でも決め付けるのは良くないと思う。天地さんは『やりたい』も『やりたくない』も、一言だって言ってない。
そんなある日、彼はそう言い放った。
初めて"魔法少女ステラハート"じゃなくて、"天地智里"として見てもらえた気がした。
あーあ、それを告白の時に素直に言ってれば……もう少し違う返事が貰えたのかな。彼は"魔法少女じゃないあたし"を見てくれたのに、あたしは臆病だったから。
結局、"魔法少女"に頼っちゃった。
そりゃそんな都合のいい女に、彼もあたしの魔法も応えてくれる訳ないよね。
魔法少女じゃなかったら今のあたしはないのに、魔法少女でないあたしを求めてる。なんて自分勝手なんだろう。
あたしが本当になりたかったものって、なんなんだろう。
あれ?
なんて言うんだっけ、こういうの。
大事だった思い出が、ふっと頭の中を過ぎるやつ。死ぬ寸前とかに。
思い出した。
走馬灯、だ。
『──里、智里!!』
壊れかけたインカムから雑音混じりで何度も呼び掛けられて、やっと意識を取り戻す。清々しいくらいに手も足も出なかった。
「……かはっ、ぅ」
周りには戦闘の余波でできた瓦礫の山。
壊れた人形みたいに折れ曲がった自分の手足。
見下ろすようにあたしの顔を覗き込んでいる猿には、紛れもない悪意があった。
ずっと前に習った覚えがある。
妄獣の中でも"顔"が付いた奴はヤバいって。
それは、人に近いからだって。
だから小さいからって、顔が付いてないからって、人間みたいに見えた時点でもっと警戒すべきだったのに。
でもまだ立たなきゃいけない。他の魔法少女が来るまで、あたしがあの二人を守らなきゃいけない。
乏しい魔力を回して、壊れた四肢の回復を急ぐ。せめてあと1分あれば、また立ち上がれるのに。
でも、そんなの待ってはくれない。妄獣は私に向けて拳を高く振り上げ、そして。
「誰……?」
あたしを庇うように、一人の女性が妄獣の前に立っていた。
20代後半くらいに見える彼女は小柄で、殴られるどころか吹かれるだけで細雪のように消えてしまいそうに思えるほど儚かった。
ただ妄獣の方も、突然現れた女性に困惑しているのか振り上げられた拳が下ろされる事もなく。
「なに、してるの、逃げ、て」
あたしの方を向くと、その人は柔らかく微笑んだ。それがとても綺麗で、何故か「ああ、もう大丈夫なんだ」って思えて。
そのまま立てた人差し指を妄獣に向けて、彼女は呟いた。
「────『
その余裕に満ち溢れた一言に、場の雰囲気が一気に呑まれる。
まるで空気ごと凍り付くような─────
「……え?」
何も起こらない、けど。
あたしも、何なら目の前にいる妄獣すらこの状況に戸惑っているように思えた。
ただその人だけは、真っ白なスカートに付いた埃を払って腰に手を当てて。
「うん、やっぱり駄目ですね」
彼女はあっけらかんとそう言った。