【完結】うお……貞操逆転世界魔法少女物はちょっと盛りすぎ…… 作:しゅないだー
最近朔さんは試験が近いらしく、夜遅くまで机に向かっているみたいだ。よく分からないけど「清楚なお兄さんはフル単で当たり前」らしい。
このアパートの壁は薄いから、ベッドで耳を澄ますと彼がいつも夜に聞いているラジオの音が微かに聞こえてくる。
ラジオから聞こえる誰かの話し声、朔さんがPCのキーボードを叩く音、外から時折聞こえてくる猫の鳴き声。
そんなBGMに耳を傾けていると意識が途切れて、いつの間にか朝になっている。
試験勉強だけでも大変そうなのに、同じ時期に期末レポートというのも出さないといけないらしくて、調べ物をするために大学の図書館によく篭っていた。
帰りが遅くなる事もあって、少し心配になる。
ちゃんとご飯食べてるのかな、寝てるのかな。
知り合いの子に「料理ってどうやったらできるようになるんだろうね」と聞いてみた事がある。
「料理?どうせ旦那にするんなら顔が良いのは絶対条件として、料理とか家事もできてくれないと嫌だよねー。シェフとかハウスキーパー雇ってもいいけど、尽くしてもらってる感が欲しいっていうかー。え、あーしが?なんで魔法少女が料理しなきゃいけないの?」
わざわざ自分で手間のかかる事をするなんて、魔法少女らしくないのかもしれない。
自分でそんな事をしなくたって、望めば美味しい料理を出してもらえるし、綺麗な服も用意してもらえて、お部屋だって好きに選べちゃう。
というかそもそも、旦那さんなんてそんな事考えた事なかった。
ないない、だめだめ、今のままで私は十分だから。
とにかく私は、朔さんに料理を作ってもらって嬉しかった。
だから私も朔さんにそうしてあげたい。
その気持ちは別に、嘘じゃなかった。やましい気持ちも別にない、はず。
「わ、私だってやればできるもん」
声に出して、自分を奮い立たせる。
まずは材料を買う所から。朔さんと前に行ったスーパーに一人で行って、朔さんが私に一番最初に作ってくれた野菜炒めを作ってみよう。
今日も遅くに帰ってくるだろうし「私が作りました!」って言ったらどんな顔するかな。
驚くかな。それとも「おお、これは清楚な野菜炒めじゃん」とか言ってくれるのかな。
なんだか胸が不思議と弾むような感じがして、慣れないその気持ちに首を傾げる。
ああ、そっか。今、私って楽しいんだ。
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まただ。思わず溜息を吐きそうになる。
図書館で、借りた書籍とにらめっこしながらレポートを進めているとじっとりとした視線を感じた。最近ずっと付いて回るようなそれは、恐らく同一人物だ。
ただ周囲に目を走らせてもそれっぽい人間は見つけられない。
そりゃ大学の構内を歩いていれば、大なり小なり見られているとは感じる。男という物珍しさ、悪くない顔、滲み出る清楚。
注目されても仕方ないよな、って自分の中で茶化してはみたが。
にしても、ちょっと最近特に酷い。
同期の女の子達とすれ違う時に横目でちらちら見られるのとは訳が違う。
もしかして前世で俺が思わず不可抗力ででっけえおっぱいをガン見しちゃった時とか、こんな気持ちを味わわせていたのかもしれない。
非常に申し訳ない。
居心地が悪くなってノートPCを閉じる、こんな環境で集中できるか。
図書館の外に出ると、辺りはもうすっかり暗くなっていた。
夜風がだんだんと冷え込む季節になってきた事を今更実感する。夜の街に俺の靴音がやけに大きく響いた。
氷織が隣に越してきてからもう2ヶ月は経つか。
変な子だけど、別に嫌いじゃない。最初は勘弁してくれって思ってたけど、素のままでいられるから一緒にいるのも苦じゃないし。いや、まあガキ相手に別にどうとか思わないけど。
そんな事をぼんやり考えていたからか、それに気付くのが遅れた。
これ、後を尾けられてるな。
早く帰りたいがために、あまり人気のない近道を選んでしまったのが仇になったか。
後ろからひしひしと気配を感じるが、振り向いてみてもやっぱり誰もいない。
というか暗がりが多過ぎてよく分からない。
よくよく考えてみれば、今まで好意を向けられた事はあってもどれも学生レベルの範疇だったし、バイト先で襲われる1歩手前ってのも相手の素性は分かってるし、実際どうにでもなる物だった。
今、俺が直面してるのはちょっと洒落にならないタイプのやつかもしれない。いや普通に考えてやべえだろ、ストーカーは。
薄気味悪い、いや……怖い?
怖い、と少しでも感じた自分に驚いた。
そうか。分からない、ってのが怖いのか。
敵意や害意を向けられるなら、それに反抗する事ができる。
でも、多分今俺を付け回してる奴が抱いてるのは好意だ。ただ、それは相手の事を慮る事はない自分勝手な物。
それを躊躇なく相手にぶつけてしまえる、その思考が理解できなくてぞわぞわとする。
恐怖というのは、嫌悪に似ている。
鍛えてるとはいえ、この世界での性差では女性の方がフィジカルも強い。
それに相手が何か物騒な物を持っていないとも限らない。刃物だとか、スタンガンだとか。
不快なだけじゃなく、現実的な危険もあるの本当に勘弁してくれ。
このまま本当に家まで帰っていいのか、どっかコンビニとかに寄り道して時間潰した方がいいんじゃないのか。
ぐるぐると回る思考が暗く淀み始めた頃。
道の先に、きょろきょろ何かを探すように辺りを見回している氷織がいた。初めてあの路地裏で会った時みたいに。
俺の姿を見つけると、小走りで駆け寄ってくる。
「えっと、帰りが遅かったので様子を見に来たんです。近くにいないかなって」
「……ありがとうね。でも高校生がこんな時間に外を出歩いてたら補導されちゃうから、早く帰った方が」
下手に騒いで、氷織まで目を付けられたらたまったものじゃない。
なんとかいつも通りの清楚な笑顔を浮かべ、先に帰らせようとした次の瞬間。
氷織の目が淡く光る。
それと同時に上空の方で何かが弾けるような音が響いた。
「えっ、な、爆発!?」
咄嗟に氷織を庇うように抱き寄せる。
直後、顔に落ちてくる季節外れの雪のような氷片。
恐らく彼女の魔法によるものだった。多分、上で氷の塊か何かを作ってそれを破裂させたんだろう。
不審な物音に驚いたのか、慌てふためきながら電信柱の陰から走り去っていく誰かの姿が見えた。
やっぱり俺の勘違いじゃなかったらしい、あのまま家に帰ってたらどんな事になってたか。
「今の、氷織が?」
「あの、胸が、胸が」
「あ、悪い悪い」
強く引っ張ってしまったからか、なんだか顔が赤い氷織はぱたぱたと自分を手で扇ぎながらゆっくりと話し始めた。
「えっと、その、朔さんがそんな喋り方する時は、周りに誰かいる時ですけど。でもぱっと見た感じ、誰もいなさそうだったから。私が気付いてないだけで誰か近くに隠れてるのかなって。それと朔さんの顔が少し、引き攣ってたので」
そう言われて自分の顔に触れてみる。
「ちょっとお芝居、しちゃいました。勘違いだったらごめんなさい」
「……いや、助かった」
緊張で強張っていた身体が、一気に弛緩する。思わず座り込みたくなるような気分だった。
そっか、そもそも俺よりずっと強いんだもんな。どうも普段は気弱な姿しか見てないから、そういう認識が薄れて仕方ない。
「今日は俺もめちゃくちゃ疲れたから飯作る気力ないや、どっかで食べて帰ろう」
そう言うと、何故か氷織はもじもじとしながら指を突き合わせ始めた。
「あの……実は……」
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氷織を部屋に上げた事は何度もある、というかほぼ毎日に近い。まあ飯食ってすぐ帰るだけだけど。
対して彼女の部屋に入るのはこれが何回目だ、2回目?
1回目は割と最初の頃に部屋の片付けがちゃんとできてるのか見に行った。まあおよそ清楚とは言い難い部屋の有様だったが、今日は割と片付いている。
「これ朔さんに食べてもらおうと思って……でも失敗しちゃいました……火をとにかく通さなきゃって思ったら焦げて、なのに味は薄くて……よくよく考えたらお米もどうやって炊くのか分からなくて……」
焦げた野菜炒めを前に、粗相を叱られた犬のような表情をして氷織は正座していた。
そんなたかだか野菜炒めを失敗したくらいで、この世の終わりみたいな顔をしなくてもいいのに。
そう言いかけて氷織が今まで、というか今も背負っている魔法少女という責務の事を考える。
失敗なんて許されない、自分の命だけでなく人々の命までかかってるんだから。
それが本当に酷く悲しかった。子供なんて、失敗して、転んで、痛みに涙を流しながらそれでも立ち上がって育っていくものなのに。
ちょっと待ってな、と言い残して自分の部屋に戻る。
そのままパックご飯とソースの類を持ってきた。
「俺だって米を炊くの忘れる事あるからさ。そんな時はパックご飯でいいし、味が薄けりゃ足しゃいいし。焦げは酷い所を取れば、食べられない事はないよ」
電子レンジでそれを温めながら、しみじみと呟く。
「誰かに作ってもらった飯ってのは、また格別だよな。すっかり忘れてたよ」
野菜炒めをおかずに白飯を口に放り込む。
まあ確かに美味くはない。でも悪くもない。
「それと……こ、こんな事言っちゃったら怒られるかもしれないんですけど」
「別に怒りゃしないよ」とだけ答えて、氷織が話し出すのをじっと待つ。
「なんて言うか私、初めて皆の為じゃなくて。誰かの為に何かしたんです。朔さんが喜んでくれたら嬉しいなって思って、失敗しちゃいましたけど……でも楽しかったんです」
その言葉の端々に滲む好意に、何だかこそばゆくなる。最近ずっと晒されていた粘つくような感情を、そっと引き離してくれるようだった。
「朔さんは喜んでくれましたか?」
「ああ。すっげー嬉しいよ」
こんな焦げ臭い野菜炒めの味が、多分俺はずっと忘れられない。
「えっと、それと。今度から遅くなる時は言ってもらったら私、迎えに行きます」
その言葉にきょとんとした後、頭を下げる。
「じゃ、お願いしよう。それなら連絡先交換しとかないとな」
俺だって子供の時、頼ってもらえると嬉しかった。子供はちゃんと子供として扱ってやるべきなんだろうけど、多分それだけでも駄目なんだ。
スマホを取り出した時、ある事に気付いてつい吹き出してしまう。
それを見て心配そうに氷織が「ど、どうしました?」と聞いてくる。
「いや、俺達まだお互いの電話番号も知らなかったんだなって。おかしいだろ、お互いの家には行き来してんのに。普通逆だ、逆」
どうにも可笑しくって俺が笑いを堪えられないでいると、氷織も釣られてくすりと笑った。
最近はどうも保護者気取りで、自分でも知らず知らずの内に肩肘張っていたらしい。
目の前で安心したようにはにかむ魔法少女は、常人には計り知れない力を秘めている。ただ、野菜炒めすらちゃんと作れない。
未熟で、幼く、不完全。
でもそれは、多分俺も同じだ。
だから氷織の事を放っておけなかったのかもしれない。
少しだけ、彼女との距離が近付いた気がした。いや、そもそもそんな距離なんてもの、知らず知らずのうちに自分で設定していただけか。
子供だから、魔法少女だから。レッテルを貼ってたのは、俺も同じ。
まあろくでもない1日ではあったが。
それに気付けたんだ、そこまで悪くもない1日だろう。