最先端の技術が集結する学園都市と聞いていたが、街並みは都心部のオフィス街と相違なく、残業と思しき窓の光を尻目に、一吹は閑静なマンション街の一角に辿り着いた。
「ここか……」
改めてスマホのマップでも確かめてみるまでもなく、門には『理館学園第一学生寮』との文字が掲げてあった。おそるおそる玄関をくぐる。
「すみませーん」
外国よろしく、土足OKの内装だった。玄関先は広く、ラウンジとしてソファやテレビが置かれているらしかった。
「――お!」
そのテレビ前から声がする。重なり合っていた音声が消えると、バタバタと近づいてくる足音があった。
「君が転入生?」
「は、はい」
「あははは、敬語なんていいよ。同じ二年になるんだから」
溌剌と笑い声を上げた少年はピースサインを作る。襟足を刈り上げてセンター分けにしたマッシュショートがお洒落だが、作る表情は歳相応のやわらかさがあった。
「俺、
「要一吹。よろしく」
差し出された手と握手を交わす。思いのほか、たくましい手のひらだった。
「というか、道迷わなかった?」
「うん。駅から簡単な道だったし。それより結構普通の街並みで、そっちの方がビックリしたかも」
「あー、それある。俺も最初思ったもん。もっとハイテクで車がチューブの中走ってると思って期待したし」
「流石にそれはないでしょ」
「でも、それぐらい期待したって無理ないだろ? 工業から医療まで、様々な分野の最先端が提供されるなんて触れ込みなんだからさ」
――理館学園都市は、人工島に居を構えた、いわゆる最先端の学術研究都市というのが売りだ。国内の一流企業が名を連ね、海外の多くの企業とも提携しているらしい。
「まあでも、ここまで来るのに結構疲れただろ? 入浴時間はもう終わってるけど、朝寮母さんに言えば融通利かせてくれると思うし、今日のところは部屋でゆっくりした方がいいと思うぞ」
「うん。そうさせてもらう」
初樹の先導もあって、自室にはすぐに辿り着いた。「あ、そうだ。連絡先交換しとかね?」という初樹の提案を了承して別れ、荷解きを待つダンボールが詰まれた部屋へと入った。
一見すると、ただのワンルームだ。備え付けの机とベッドがあるだけのシンプルな作りで、先程初樹と話していたように学術研究都市の一室とは思えない。今もまだ夢を見ているようだ。
「でも、夢じゃないんだよな……」
高校二年という中途半端な時期の転入に、理由がないはずがない。そのわけを噛み締めながら、ベッドに体を投げ出す。するとポケットの中でスマホが震えた。見れば、早速メッセージアプリに初樹が連絡をくれたらしい。「不安なら明日は一緒に登校してもいいからな!」との一文があった。
「……『大丈夫だと思う』」
学生寮と高等部はそう遠くない。道筋も頭に入っている。返信すれば「OK!」と戦隊ものっぽいスタンプが送られてきた。スマホを枕元に置き、天井を見上げる。夢見心地が少しは変わるかと思ったが、代わりに段々とまぶたが重くなってきた。
「あ……スマホ、充電……」
手足の感覚が遠くなり、考え事をするのが億劫になっていく。五感が千々と散逸していく。長旅で頼りなくなったスマホを充電することすら諦めて、一吹は本当の夢の世界へと旅立っていった。
――次に意識が形を成したのは、パープルグレーの霧の中だった。
「なんだ? ここ……」
足元こそ確かだが、薄気味悪い。まるで昼間見た悪夢の続きのようだと、一刻も早くこの場から離れたくなって、一吹は足早に霧をかき分けて進んだ。しかし歩いても歩いても、霧は取り巻くように果てがない。とうとう走り出してもパープルグレーは延々と付きまとってきた。
「なんだよ、これ……!」
状況が転じたのは、正面に気配を感じたからだった。
警戒から足を止める。三歩ほど先に、誰かが立っている。だが霧に阻まれて、顔も分からなければ大人か子供かすらも分からなかった。
「――戦う意志は、ありますか?」
「は……?」
まったく意味が分からない。一吹は眉根に皺を寄せた。口調こそ優しかったが、内容は物騒だ。しかも声も霧がかったように個人の区別がハッキリとしない。そんな問いかけに素直に答えられるほど、一吹は純粋な子供ではなかった。
「ここから出せ!」
「――ならば、戦ってください」
片手にずしり、と重みがかかる。見れば、フィクションの死神ぐらいしか持っていないような大鎌が手に収まっていた。
「な――」
「――戦わなければ、死んでしまいます」
かすかに硬質さを帯びた声色に、脅しのような虚飾は感じられなかった。声の主は、本当に死ぬと言っているのだ。
「じゃあ、お望みとあらば……!」
一吹は大鎌を手に駆け出した。距離はわずか。一瞬で片が付く。一吹は武器の使い方など分からない。けれどもがむしゃらに、声の主へと大鎌を振るう。
「はああああ!」
すか、と空を切る音につんのめる。勢いあまって大鎌は地面を滑り、一吹は転がった。気配は遠ざかり、霧にまぎれて消えていく。この期に及んで、痛みがただの夢でないことを告げていた。
「戦う意志があるとは言えませんね――ですが、『戦わない意志しかない』とも言えないようです。今回はそれで及第点としましょう」
「なんだよ、それ……」
「いずれ、嫌でも分かります。それまで、貴方様の日常に安寧がありますよう――」
声の主が遠ざかっていく。地面に倒れ伏したまま、一吹はまぶたを閉じた。
――次に開いた目が捉えたのは、つけっぱなしの電気と、窓から差し込む朝の光だった。清廉な春の空気が漂っており、あのパープルグレーの重々しさなど微塵もない。夢にしてはリアルな感覚に首をひねりつつ、一吹は息をついた。
「新しい環境で疲れてんのかな……?」
もう朝風呂は借りられるだろうかと、スニーカーに足をつっかけて部屋を後にした。