授業についていくだけでやっとの一日が終わり、チャイムが鳴ると同時にバックパックを背負った初樹が滑り込んできた。
「早っ! なにあんた、友達いないの?」
「違うわ! 同級生の学生寮仲間がいなかったから、先輩風吹かせてーの!」
「えぇー……なにそれ……」
「ドン引きすんな!」
「でもありがとう。二年なんて、みんなもう親しい関係とか出来上がった後でしょ? 二人がいてくれるから心強いよ」
「要……お前いい奴だな……やっぱり瀬戸とは違うぜ……」
「違ってて結構よ。ほら、行くんでしょ? 早く行かないと売り切れちゃうわよ!」
スクールバッグを肩にかけた明日佳が、キャンバススニーカーの歩を弾ませる。
「お前も乗り気じゃねーかよ! 友達いないんスかー?」
「今日はテニス部も休みだからやることなくて暇だったのよ」
「テニス部? 瀬戸さんってテニス部なの?」
「うん。あー……マネージャーだけどね?」
「それでも十分凄いよ」
「あはははは……そうかなー……」
歯切れの悪い言葉をごまかすように、明日佳は歩くスピードを上げる。
「あ、それよりもさ。要くんはどうして理館に来たの?」
「それこそあんまり面白い話じゃないと思うよ。そしたら桜ラテ……なんだっけ?」
「桜ラテチョコマウンテン!」
「そうそれ。それ飲みながらでも話そうか」
そう言いながら、一吹も歩くスピードを上げる。売り切れ必死の期間限定商品だというなら、急いだ方が吉だ。特にそろそろ学校帰りの学生が多々来る頃だろう。そうして急いだおかげで三人は桜ラテチョコマウンテンにありつけただけでなく、日当たりのいいテラス席も確保できた。
一口味わってから、一吹は口を開いた。
「――き、記憶喪失⁉」
「うん」
一口目でむせ返った二人の声がぴったりと重なり合う。それを尻目に、一吹は疲れた体に染み入る甘みを堪能していた。
「なにそれ⁉ 記憶喪失って、生活とか大丈夫なの⁉」
「大丈夫だよ。そういう生活動作に関する知識はあるけど、人間関係に関する知識……というか記憶か。そういうのが飛んじゃってるんだって。あんまりピンと来ないんだけど、交通事故に遭って頭を強く打った可能性があるとかなんとか」
「…………」
「ってことは、その治療のために理館に来たってことか?」
「そう。両親もワラにすがるような思いだったらしいけど、俺はそういうのもあんまり分からなくって。交通事故らしかったんだけど、退院してそのままこっちに来たって感じかな」
「そりゃそうでしょ……大事な子供が記憶喪失とか、転入させてまで理館に来させるわよ。ここならなんか分かるかもしれないし」
「んだな。というかそんな激重事情持ちとか、俺知らなったわ……」
「それはそうだ。だって話していなかったのだから」などと考えつつ、話の腰を折るのもなんだと思って、一吹は呑気に桜ラテチョコマウンテンをちゅーちゅー啜る。桜の塩気が濃厚なチョコの風味を引き立てていて、かなり美味しかった。
「そしたらさ、理館での生活は思いっきり満喫しようぜ!」
初樹は拳を振り上げる。
「確かに、名目は治療のためかもしれないけどさ、折角こっち来たんだから楽しまないのは損だろ?」
「小野寺の言うことだから癪だけど、私もそう思うかな。ならさ、この後ゲーセンとかどうよ?」
「賛成! 要はどうだ?」
「いいの? 奢ってもらっただけでもありがたいのに……」
「いいっていいって! あーでも、ここから一番近いとこのアーム、メチャクチャ弱いんだよな……」
「それなら二駅離れてるけど、私いい穴場知ってるわよ?」
「お! ならそこで決まりだな!」
初樹の音頭が三人の飲み切るタイミングと重なり、テラス席を立つ。居心地がいいのでそのまま話していたいのは山々だったが、店も大分混んできている。明日佳の誘いに乗ってゲームセンターに行くのが得策だと思われた。
コーヒーショップは駅と隣接したファッションビルの一階に居を構えている。駅とは目と鼻の先だった。そういえば、交通系ICアプリの残高は大丈夫だっただろうか……とスマホを確認したところで、ふとそのアイコンが目についた。
「なんだ、これ……?」
パープルグレーのベースに、ギザギザ歯の人間がカードを持っているアプリアイコンだった。アプリの名前は『
……パープルグレーというカラーリングが、嫌に気にかかった。
「おい、どうした?」
「あ、ううん。なんでもない。ちょっと残高確認してただけ」
「そっか。こっち来るまでに結構使ってるだろうしね」
『サニタス』をインストールした時にまぎれ込んだのかもしれないと思い、アンインストールをタップする。ついでに確認した残高に問題はなかった。
「でも大丈夫。行こうか」
「ああ!」
初樹の喜色満面の笑みに、ほっと胸を撫で下ろす。知らない土地に知らない人間。記憶喪失で知らないのはお互い様だったが、やはり内心不安だったのは確かだ。そこに気のいい二人と出会えたことは、良縁に恵まれたと言っても過言ではないだろう。一吹は頬が緩むのを禁じ得なかった。
最先端都市のゲームセンターというと、VR機器などもあったりするのだろうか……などと思いながら改札にスマホをかざし、そして――
――世界が一変した。